「国家戦略局」あなたはどう感じる

鳩山政権が新しく設けた「国家戦略局」に批判が多いようです。とい
っても中身でなく、その名称にです。「国家」とか「戦略」というと、
戦時中の苦い経験を思い出すとの戦争経験世代からの声があるようで
す。野坂昭如氏も「心寒い名称の響き」と評しているとか。

先日もテレビで、ある民主党の幹部に後援会の人が「戦争でもおっぱ
じめるのかと思った」と皮肉っているのを見ました。

今日の asahi.com はそうした批判の声を紹介し、「あなたはどう感
じる」と問いかけています。

戦争っぽい?今風? 『国家戦略局』あなたはどう感じる

<元NHKディレクターの志村建世さん(76)も家族で話題となり、
ネット上のブログに「妻が空襲体験を思い出し、違和感があると話し
た」ことを書くと、賛成の書き込みが相次いだ。だが、「強い言葉を
使わないと戦えない時代で、私自身は理解できる。娘も今流行だと好
意的で、世代別でも受け取り方がだいぶ違うようだ」とも話す。>

志村さんと同じ歳の私も、戦争中を思い出して違和感を感じる一人で
す。「戦略」よりもむしろ「国家」という言葉にどうも違和感があり
ます。

鳩山首相の所信表明演説には「国民」という言葉は多用されていまし
たが、「国家」はほとんど出てきませんでした。「国家戦略局」とい
う名称は鳩山政権にはふさわしくないと思いますが、皆さんはどうお
感じになりますか?

井上靖の従軍日記を発見

日中戦争に従軍した作家・井上靖の従軍日記がこのほど発見されたと、
今日の毎日新聞が報じています。日記の全文は、11月7日発売の月刊
文芸誌「新潮」12月号に掲載されるとのことです。

井上靖:従軍日記見つかる 中国出征から送還までの半年

強制連行訴訟の和解をめぐって

戦時中に強制連行された中国人とその遺族に対し、西松建設が謝罪し、
救済のための基金を設立することで和解しましたが、今日の朝日新聞
と北海道新聞の社説は共にこれを評価し、さらに政府も戦後補償に前
向きに対応するべきと書いています。

中国人強制連行―政府も勇気ある行動を」(朝日)
< それにも増して動かねばならないのは政府である。中国人強制連
行についての国の関与は明白だ。国とともに訴えられた別の被告企業
は「政府が動かない以上、補償に応じられない」との姿勢を示してい
た。>

戦後補償和解 国も向き合う時がきた」(北海道)
< 東アジア共同体構想を掲げる鳩山由紀夫首相は、歴史を直視する
と言明している。立法措置や基金の創設などで、戦後補償の包括的な
解決に取り組む時期がきたととらえたい。>

一方産経新聞は、「一企業の思惑で国家間の取り決めをないがしろに
すべきでない」と批判する署名記事を掲載しています。

中国人強制労働訴訟和解 一企業の思惑で国家の取り決め超えるの
は…」

< 今回の和解を機に、同様の動きが活発化することも予想される。
確かに被害者への補償は重要かもしれない。その一方で、一企業、一
個人の思惑で、国家間の取り決めがないがしろにされる事態も避けな
ければならず、冷静な対応が求められる。>

爆笑問題+加藤陽子

NHK総合テレビで放映中のシリーズ「爆笑問題のニッポンの教養」、次回のゲストは加藤陽子・東大教授(日本近代史)です。

今ベストセラーになっている「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」の著者に、爆笑問題の二人が「戦争のつくりかた」をテーマにいかに切り込んでいくか。次のように放送されますので、ぜひご覧ください。

●爆笑問題のニッポンの教養「戦争のつくりかた〜日本近現代史・加藤陽子」
●10月27日(火)23:00〜23:30
●NHK総合
http://www.nhk.or.jp/bakumon/nexttime/

谷垣総裁の靖国参拝に対する中国側の反応

谷垣氏の靖国参拝は、野党の党首というのに中国側の反発は意外に強
く、外交部の報道局長が「問題の適切な処理を日本側に望む」と述べ
たほか、メディアも一斉に批判しています。

谷垣氏参拝の背景を論じた例をご紹介します。

自民党新総裁の『亡霊拝み』の背景」(人民網日本語版、21日)
< 自らの人気を高めるため、谷垣氏は小泉氏のように「亡霊」に頼
らざるを得なかったのだ>

自民党総裁が靖国参拝『馬脚を現わした』」(サーチナ、21日)
<自民党は社会からの重視と注目を集めるために靖国神社参拝を行う
必要があった。>
<自民党の歴代首相が靖国神社に参拝しなかったからといって、それ
は歴史認識が変わったことを意味するのではなく、国益のために参拝
を我慢しただけに過ぎない>

これらの分析にあるように、リベラル派といわれる谷垣総裁も、民主
党との対立軸を鮮明にするために、より保守色を強めざるを得ないの
でしょう。

早速ネトウヨたちからは「谷垣見直した」と声援を送られているよう
ですが、田母神元空爆長が選挙で応援演説をした中山成彬、西村真悟、
中川昭一などの諸氏が軒並み落選したのをどう分析しているのでしょ
うか。

沖縄の漁民を「人間魚雷」に

戦争末期、南太平洋パラオ諸島で、爆弾を持ち海底に潜って敵艦に近
づき爆破させる「人間魚雷」の特殊部隊に、沖縄の漁民が動員された
記録がこのほど見つかったと、今日の琉球新報が報じています。

沖縄の漁民“人間魚雷”に 1945年・パラオ 日本軍が動員

超党派国会議員54人、靖国神社を参拝

超党派の「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」は20日午前、
秋季例大祭に合わせて靖国神社を参拝しました。鳩山内閣の閣僚、副
大臣、政務官は参拝しなかったとのことなので、同会に参加している
原口総務相は今回は参拝しなかったようです。

超党派国会議員54人、靖国神社を参拝」(産経、20日)

なお幹事の尾辻秀久氏(自民党)は、無宗教の国立追悼施設について
「『靖国神社にまつる』というのは国と死んでいった人たちとの約束
なので、政府はその約束を守るべきだ」と反対する考えを示しました。

しかし国立追悼施設を建設したからといって、戦死者の霊を靖国神社
から移すのではないでしょう。また政府がそういうことをできるはずも
ありません。昨日の谷垣総裁といい、どうも靖国派のいうことは理解
に苦しむことが多いようです。

谷垣自民党総裁、靖国神社参拝

自民党の谷垣禎一総裁は19日、靖国神社を秋季例大祭に合わせて参拝
しました。参拝の理由については「この前の戦争に限らず、日本の近
代史の中で亡くなった方の霊を慰める気持ちだ」と述べました。また
新しい国立追悼施設の建設には反対の考えを示しました。

谷垣氏、秋季例大祭の靖国神社を参拝 自民総裁では3年2カ月ぶり」(産経、19日)

ご承知のように、靖国神社は天皇に殉じた軍人を祀る神社です。それ
以外の人の霊も併せて慰めるなら、新しい国立追悼施設こそふさわし
いのではないでしょうか?

これではやはり谷垣氏は参院選をにらみ、日本遺族会の票にお参りし
たといわれても仕方がないでしょう。

中国のネット・メディアも一斉にこれを報道しています。
日本自民党総裁谷垣禎一参拜靖国神社」(人民網、19日)

同じ日近くの千鳥ケ淵戦没者墓苑では「創建50周年記念秋季慰霊祭」
が営まれ、皇太子や首相代理も参列しました。

千鳥ケ淵で50周年の秋季慰霊祭 皇太子さまら参列」(共同、19日)

日章旗が縁で「昨日の敵は今日の友」

Kinoshita

先に「日章旗返還、日米双方の元兵士が面会へ」で、戦争末期フィリ
ピン・ミンダナオ島に日章旗を残した元日本兵の木下伊三男さん(87)
が、その旗を拾得して木下さんに返還した元米兵のケネス・バッキン
ガムさん(86)をアメリカ・ミシガン州モンロー市に訪ねる予定とお伝え
しました。

その訪問は去る9月2日に実現しましたが、それを報じる記事や写真が
米紙のサイトに載っていますのでご覧ください。

Flag's journey forges friendship for ex-WWII foes
( Chicago Tribune 、9月14日)
Ken Buckingham & Isao Kinoshita Meet 」( monroenews )

記事によれば、二人は会った瞬間がっちりと抱き合ったとのことです。
バッキンガムさんは、1945年ミンダナオで旗を見つけて以来ずっと捜
していた人を見て、興奮を隠し切れませんでした。

そして木下さんは、旗が発見されたことについて、「驚きと幸せだ」
と語りました。旗には53人の親戚や友人が署名しており、その内7名
が健在とのことです。

木下さんは御殿場市長の礼状を携えていきました。その結びには「こ
のご厚意によって、日米のフレンドシップがいっそう深まるよう期待
しています」と書かれていました。

写真に写っているお二人の笑顔を見て、ささやかながら日章旗返還の
お手伝いをさせていただいた一員として、わが事のように嬉しく思い
ました。

フィリピンからの二つの戦争遺留品

埼玉県庁の職員の方からメールをいただきました。フィリピンのセブ
島で見つかった旧日本兵士の従軍手帳を預かっており、ご遺族にお返
ししたいとのこと。

この従軍手帳の持ち主は「辻清」さんと推定され、ネットで「辻清 
セブ島」と検索をかけてみたところ、拙サイト「旧日本軍人の遺留品」
が見つかったのだそうです。

「旧日本軍人の遺留品」には、マニラの日本軍が敗退の直後、日本軍
の陣地で米海軍将校が発見した、「辻清」さんを発信人とする、未発
信のはがきと手紙が掲載されています。

これら二組の遺留品は発見場所が違いますが、前線のセブ島で書かれ
た手紙が日本内地へ送るべく、いったん後方のマニラへ送られたとす
ると、同一人物の遺留品とも考えられます。その他次の点でも、それ
が裏付けられると思います。

(1)素人目ながら、手帳と手紙の筆跡が似ている。
(2)手帳には家に残してきた貯金通帳と私物のことが繰り返し記さ
れているが、母宛のはがきにもそれらを「よろしく」と書かれている。
(3)辻さんは手紙の宛先から京都府舞鶴市の出身と思われる。一方
手帳には預金先として安田銀行と書かれているが、戦時中舞鶴には安
田銀行の支店があった。

しかし例えどちらも同一人物の遺留品だったとしても、肝心の辻清さ
んの身元が判明しなければ、お返しすることができません。

辻清さんについては、今まで手紙の宛先に照会状を送ったり、厚生労
働省や舞鶴市に照会したり、新聞に掲載してもらったりしましたが、
まったく情報がありません。

舞鶴市の場合は個人情報保護法の関係で調査を断られましたが、埼玉
県から依頼していただければ、あるいは調べてもらえるかも知れない
と、今のところそれが唯一の望みです。

この遺留品につきましては、「旧日本軍人の遺留品」の「手帳・日記
・手紙」にT009-2およびT009-3として掲載していますので、情報の
ご提供を再度お願いします。

T009-2


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プロフィール

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集−」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)