被爆歌人・正田篠枝の歌集「さんげ」

被爆歌人といわれる正田篠枝は、35歳のとき爆心地より1.7キロの自
宅で被爆。そして原爆症による乳がんのため55歳でこの世を去りまし
た。

彼女は戦後間もなく、原爆の悲惨な体験を詠んだ歌集「さんげ」を自
家出版しました。GHQの検閲が厳しく、見つかれば捕らわれると家
族が反対するのを押し切ったといいます。

この歌集の一部が下記サイトに掲載されています。ぜひお読みくださ
い。
さんげ

この中の一首「大き骨は 先生ならん そのそばに 小さきあたまの
 骨あつまれり」は、広島の平和記念公園の一角に立つ「原爆犠牲国
民学校教師と子どもの碑
」に刻まれています。

作家・関千枝子さん、被爆体験を語る

広島原爆で高等女学校の同級生を失ったノンフィクション作家、関千
枝子さん (77) が明15日、東京都大田区で開かれる「9条フェスタ2
009」に参加し、被爆体験を語り継ぎます。

核廃絶への風圧後押し 被爆体験の作家関さん あす9条フェスタ」(東京、14日)

下記のサイトには、関さんの被爆体験および被爆死したクラスメート
が合祀されている靖国神社に対する思いが綴られています。ぜひご一
読を。

<私があの日学校を休むという奇跡がなかったら、私は、まちがいな
く死んでいる。靖国神社の神になっている。それでいいのか。私は
「嫌だ」と思った。>
「原爆と靖国─被害と加害 関千枝子(ノンフィクションライター)」(日刊ベリタ、07年08月26日)

「戦争を語り継ごう −リンク集−」更新のお知らせ

「戦争を語り継ごう −リンク集−」に新しく次の2サイトを追加し
ましたので、ご覧ください。

戦争体験文庫
奈良県立図書情報館所蔵の戦中・戦争直後の体験に関する資料群

かみふらのの郷土をさぐる会機関誌
北海道上富良野町の郷土史研究の機関誌。戦争体験の記事も数多く掲
載されている

慰問文(続)

戦時中、政府の国策グラフ雑誌として発行された「写真週報」の昭和
18年3月17日号 P17-19に「送れ 心の弾丸 慰問文」という見出しの
記事が掲載されています。慰問文は「銃後の者のなすべき責務」とし
て、その送り方や注意点を解説しています。
http://www.jacar.go.jp/shuhou/DjVu/A2704801/YA104801/0183/index.djvu

また慰問文は兵士だけでなく、満州開拓団にも送られました。当時の
農村向け雑誌「家の光」では昭和18年に満州開拓慰問文の募集を行い、
入選者を満州見学旅行に招待しています。

5月号には義勇隊訓練本部長賞を受賞した奈良県の国民学校1年生男
児の「ボクモ マンシウヘ」が掲載され、10月号には男児の渡満日記が
掲載されています。

< 僕は国民学校の一年生です。…お父さんがもう3年も兵隊に行っ
ているので、お母さんは毎日もんぺを履いて、田や畑の仕事をしてい
ますが、晩御飯が済むと勇ましい兵隊さんのお話を聞かせてください
ます。そして「お前たちも、大きくなって立派な日本人になるのです
よ」といつもおっしゃいます。…本当に僕も満州に行ってみたくてな
りません。僕もそんな所へ行きたいなあ」と言うと、お母さんは「早
く大きくなって広い広い所で力一杯働いてちょうだい。お母さんも一
緒に行くかもしれないよ」といわれるが、ほんとかしらん。僕の大好
きな先生やお母さんも一緒に行けたらいいんだがなぁと思います。>
http://www.library.pref.nara.jp/event/booklist/W_2009_01/hitosyo06.html

原文はカタカナだそうですが、それにしてもとても1年生とは思えな
い文章ですね。

そういえば戦時中の標語として人口に膾炙した「ほしがりません、勝
つまでは」も、国民学校5年生の女児の入選作として話題になりまし
たが、戦後父親の代作であることが判明しました。

このようにわれわれ子供たちも、戦意高揚や国策遂行に一役も二役も
買わせられていたのです。

撫順戦犯管理所の収容体験

11日付けの JanJan に、戦後戦犯として中国の撫順戦犯管理所に収容
された元兵士の証言集会のレポートが掲載されています。この集会は、
「撫順の奇蹟を受け継ぐ会」東京支部の主催で、証言者は都内在住の
小山一郎さん (89) と千葉県在住の坂倉清さん (89) のお二人です。
元日本兵『中国・撫順戦犯管理所』収容体験を証言

なお記事中に出てきます昨年11月30日にNHK・BSで放送された
「“認罪”〜中国 撫順戦犯管理所の6年〜」は下記の YouTube で
観られます。この番組は当時MLでも話題になりましたが、見逃され
た方はご覧ください。
http://www.youtube.com/watch?v=yZnzHliy7kM

満州非情 医師の見た記録

毎日新聞の大阪朝刊に8月から10回にわたって連載された「平和をた
ずねて:満州非情 医師の見た記録」がこのほど完了しました。

この連載記事は、終戦直後旧満州で医師として日本人の避難民の治療
にあたった、東京都調布市の開業医・池田精孝さん (85) の回想と毎
年の慰霊の旅を中心に、終戦前後のソ連軍の侵攻によって引き起こさ
れた混乱と悲劇を描いています。

<池田さんは当時を振り返る。「関東軍の報道部長がこう言いました。
ソ連の参戦はない。何が起きても関東軍が守るので安心してほしいと
−−。ところが後になってわかるのですが、このとき軍は南下してお
り、軍人の家族も引き揚げの準備をしていた。それなのに開拓団にも
住民にも避難の指示を出していないのだから、ひどいものですよ」>

毎回の記事は、下記URLの「平和をたずねて アーカイブ」からリ
ンクされていますので、お読みください。
http://mainichi.jp/select/wadai/heiwa/visit/archive/

元特別少年兵が本を出版

「特別少年兵」として15歳で旧帝国海軍に入り、戦艦大和による沖縄
特攻作戦に生き残った東京都清瀬市の井上理二さん(83)がこのほど、
自分の半生を描いた「特攻くずれ−ある海軍特別少年兵の昭和史」
(元就出版社)を出版しました。

特別少年兵:『震える魂を知らせたい』 元兵士が本を出版」(毎
日、10日)
< 井上さんは「海軍は(15歳未満の者を軍隊に採用してはならな
いとした)ジュネーブ条約に反して14歳の少年まで特別少年兵に採
用し、戦後、その存在を闇に葬ってきた。国家に命じられるまま、ま
だあどけない子供までもが死地に赴いた事実を世に残しておきたい」
と話している。>

慰問文

戦争中、子供たちは戦地の兵士たちに慰問文を送りました。学校で指
導して児童たちに書かせ、まとめて送られたものが多かったと思いま
す。内容も当時の軍国主義教育を反映したものでした。

ところで 「新たな戦争遺留品(T019)」で情報提供をお願いしました戦
争遺留品の中に、戦時中の小学生が「海軍の兵隊さん」に送った「慰問
文」がありました。

その慰問文のコピーをウェブサイトにアップしましたので、慰問文の
一例としてご覧ください。
慰問文

このような慰問文を送った方あるいは戦地で受け取られた方がおられ
ましたら、その思い出をお寄せください。

「戦争を語りつぐプロジェクト」(奈良)の活動

7日の毎日新聞奈良版に、MLメンバーの植田義弘さんが主宰されて
いる「戦争を語りつぐプロジェクト」の活動が紹介されています。

<活動は戦後60年を控えた04年夏から。知人の紹介で取材に出向
いたり、過去に書いた手記の提供を受けるなどして、体験者の声を集
めた。現在、HPでは、国内の戦争体験者約70人による「市民の証
言集」を紹介。活動中に知り合った米国の日系4世ジャーナリストが
提供してくれた在米日系1、2世17人の証言も掲載している。>

newsそれから:戦争を語りつぐプロジェクト 90人の貴重な
証言、HPに」


当プロジェクトのウェブサイトは:
戦争を語りつぐ60年目の証言

ますますのご活躍を期待しています。

シベリア抑留後の残留者、一時帰国

戦後、シベリア抑留を経てカザフスタンに残留した阿彦哲郎さん (78)
がこのほど一時帰国し、石狩市に住む弟や同じカザフでの元抑留者ら
と再会すると、6日の朝日新聞北海道版が報じています。

阿彦さんは、戦時中サハリンに在住、学徒動員で機械工場で働いたが、
終戦後、15歳でシベリアに強制連行され、強制労働をさせられたとの
ことです。

< ソ連崩壊や、その後の独立を機に街並みはすっかり変わり、「強
制労働で死んだ日本人の墓地もたくさんあったが、開発で次々と無く
なってしまった」という。今は近郊に「日本人埋葬碑」が一つあるだ
け。日本からお参りに来る遺族は今も絶えず、阿彦さんは埋葬碑に案
内するが「一人ひとりの墓がなく、遺族がかわいそう」と嘆く。>

カザフ残留の男性、一時帰国し来道

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プロフィール

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集−」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)