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「君が代」不起立で処分される教師

入学式、卒業式の君が代斉唱の際、起立しなかったとして繰り返し停
職処分を受け、今度は免職も予想されている、ある都立校教師につい
て、今日の毎日新聞のコラム「記者の目」が書いています。

<卒業・入学式で国旗掲揚・国歌斉唱を実施するようにとの指導が強
まり、反対してきた教師が次々に起立・斉唱に転ずるなか、この教師
は、自らの良心に従って不起立を貫いてきた。その姿は、周囲をうか
がい迎合するのではなく、勇気を持って行動することの大切さを教え
ているようにも見える。この静かな不服従に東京都教育委員会が免職
や停職処分で臨むことは、はたして適切な教育行政なのだろうか。>

<私たちは、多くの命が奪われたアジア・太平洋戦争から、「お国」
も間違うことを学んだ。国旗・国歌はそれぞれ歴史を持つ「お国」の
象徴だ。国民それぞれに思いがあるのは自然だ。
 「良心に基づく不服従」への処分は、東京都だけの問題ではない。
日本社会のありようが問われている。>
記者の目:君が代 不起立で処分される教師=湯谷茂樹

この教師、根津公子さんについて、2月18日付のジャパン・タイムス
が記事を載せていますので、その日本語訳をご紹介します。
座っているが誇りは高く

この記事から―
<ある戦争中の語り伝え
佐藤秀夫は1940年、小学生だった頃、日の丸を君が代に合わせ
て揚げさせられたことを思い出す。(君が代は日本の国歌で「天皇
の御代」という意味)
日の丸が旗竿の上に届くのが歌より早過ぎると教員は彼を殴った。
60年以上たって、彼は今だにこの旗が使われていることが不愉快で
ある。>

君が代判決に関する社説

卒業式などの君が代斉唱時の不起立を理由に再雇用を拒否されたのは
違憲・違法として、東京都立高の元教職員13人が都に賠償を求めた訴
訟で、東京地裁は7日、計約2760万円の支払いを命じる判決を下しま
した。

この判決について今日の朝日、産経の両紙は、対照的な論調の社説を
掲載しています。

君が代判決―都教委は目を覚ませ」(朝日)
< 再雇用拒否の当否が争われた裁判では、東京地裁の別の裁判長が
昨年、都教委の主張を認めた判決を出している。「一部の教職員が起
立しないと式典での指導効果が減る」との理由だが、再雇用を拒むほ
どのことではないという今回の判決の方が常識にかなっている。>

君が代訴訟 徹底指導を妨げる判決だ」(産経)
< 卒業式と入学式は年に一度ずつしか行われない。子供たちが国旗
と国歌に対して敬意を払う心とマナーをはぐくむための数少ない機会
である。教員の不起立がたった一度であっても、それは重大な職務命
令違反である。>

北海道文化賞受賞者、国歌斉唱を拒否

チュッと古いニュースで恐縮ですが、11月5日の産経ニュースは次の
ように伝えていました。

< 北海道教委が5日、札幌市内のホテルで行った北海道文化賞贈賞
式で、壇上にいた受賞者の1人の演劇演出家、鈴木喜三夫氏(76)
と夫人が、国歌斉唱の際いったん起立したものの、国旗に背を向けた
まま自席に着席し斉唱に参加しないという一幕があった。

道教委は入学式や卒業式で国歌斉唱の際に起立しない教職員を処分
しており、「道教委の行事で国旗・国歌を尊重しない行為があったこ
とは問題だ」との声が上がっている。道教委は「こういう事態は聞い
たことがない。事前にこういう考えの人だとは聞いていなかったので、
事情を調べる」(吉田洋一教育長)と当惑している。

式典後、鈴木氏は「先の戦争で多くの仲間が特攻隊として死んでい
った。とても立って(国歌を)歌う気になれない」と語った。>
国歌斉唱を拒否して着席、北海道文化賞受賞者

このニュースは産経しか伝えていないようなので、余り知られていな
いと思いますが、ネットで検索しますと、ブログなどで多くの書き込
みがありました。そのほとんどは、それなら賞を取り上げろ、受賞を
辞退すべきであった、戦死した特攻隊員が泣いている、などと批判的
なものです。

これら批判者はすべて戦争を知らない世代だと思いますが、私は鈴木
氏の同世代として、その心情はよく理解できます。理解できないのは、
北海道教委の考え方です。

●「本道の芸術、科学、教育などの文化の向上発展に貢献した方々の
功績をたたえる」ため贈呈される北海道文化賞の贈賞式で、なぜ国
歌斉唱が行われるのか?

●「事前にこういう考えの人だ」と聞いていたら、賞は贈らなかった
のか?

「君が代」判決についての各紙社説(続)

いわゆる「君が代」判決について、今日も引き続き各紙が社説に採り
あげています。地方紙はほとん批判的な論調のようです。


「『君が代』判決/締め付けの根拠にせずに」(神戸)
< 気になるのは、今後、この判決が教育の現場にどう反映されるか
である。
 教育基本法の改正で「愛国心」に触れた記述が初めて盛り込まれ、
教育改革論議のなかでも国の関与や権限を強めようとする流れがある
だけに、なおさらだ。>
http://www.kobe-np.co.jp/shasetsu/index.shtml


「君が代伴奏判決 異見つぶす風潮は怖い」(中国)
<  米国で子育てを経験したある大学の先生は「米国でも日本でも、
褒める教育の大切さがいわれる」という。しかし、その中身は大違い
で、日本では教師を含めたみんなと同じ意見を発表すると褒められる
が、米国ではみんなと違う意見を言うと褒められる、という。日本人
は体質的に均質化に向かう傾向があるようだ。それが背景にあったか
ら、無謀な戦争に突入したのではなかろうか。>
http://www.chugoku-np.co.jp/Syasetu/Sh200703010124.html


「強制の後ろ盾にはするな 君が代伴奏判決」(西日本)
< 最高裁の判決をいわば「後ろ盾」にして、国旗国歌を強制する動
きが強まることには強い懸念を抱かざるを得ない。>
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/column/syasetu/20070301/20070301_002.shtml


「職務命令に限界ないのか」(沖縄タイムス)
<  今回の最高裁判決はピアノ伴奏拒否に対する初の判断である。東
京地裁は昨年、国歌斉唱行為の強制は憲法一九条に違反し、許されな
いとする判決を下した。学校教育という側面から教師の「思想・良心
の自由」に一定の制約があるとしても、校長の職務命令にもおのずか
ら限界があるのではないか。>
http://www.okinawatimes.co.jp/edi/20070301.html#no_1

「君が代」判決についての各紙社説

昨日の最高裁の「君が代」判決について、今日の各紙の社説の論調は、
賛否両論に分かれています。


「『君が代』判決 『思想・良心』の侵害はなかった」(読売)
< 問題なのは、一部の教師集団が政治運動として反「国旗・国歌」
思想を教育現場に持ち込んできたことだ。国旗・国歌法が制定され、
教育関連法にも様々な指導規定が盛り込まれている現在、そうした法
規を守るのは当然のことだ。>
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20070227ig90.htm


「妥当な最高裁『君が代』判決」(日経)
<争われているのは公務員の職務としての行為だ。最高裁判決の那須
弘平裁判長の以下の補足意見が常識にかなうのではないか。「(国歌
伴奏などの行為が)『思想・良心の自由』を理由にして、各教師の個
人的な裁量に委ねられたのでは、学校教育の均質性や組織としての学
校の秩序を維持する上で深刻な問題を引き起こしかねない」>
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20070227MS3M2700427022007.html


「君が代伴奏拒否 最高裁判決は当たり前だ」(産経)
<  校長がピアノ伴奏を命じたのは、職務上当たり前の行為である。
これが「憲法違反だ」というのは、あまりにも突飛(とっぴ)で自分
勝手な論理である。これでは到底国民の支持も得られまい。>
http://www.sankei.co.jp/ronsetsu/shucho/070228/shc070228000.htm


「国歌伴奏判決 強制の追認にならないか」(朝日)
< 今回の判決で心配なのは、文部科学省や教委が日の丸や君が代の
強制にお墨付きを得たと思ってしまうことだ。
 しかし、判決はピアノ伴奏に限ってのものだ。強制的に教師や子ど
もを日の丸に向かって立たせ、君が代を歌わせることの是非まで判断
したのではない。>
http://www.asahi.com/paper/editorial.html


「君が代判決 『お墨付き』にしてはいけない」(毎日)
<  戦後学校教育の原点は「自治」であり、特に学校現場の裁量に期
待されるところが大きい。そのことを改めて確認しておきたい。>
http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/shasetsu/


「君が代伴奏*軽視された内心の自由」(北海道)
<  最大の争点となった「内心の自由」をめぐる問題については、判
断しなかった。問題の重みを受け止めていない判決と言わざるを得な
い。>
http://www.hokkaido-np.co.jp/Php/kiji.php3?j=0032

門ごとに日章旗の翻るのが美しい日本?

昨1月27日は国旗制定の日だったそうです。今朝の産経新聞の主張
(社説)は、「いまや日本人の多くが忘れてしまっている日」と言っ
ていますが、戦前生まれの皆さんはご存じだったでしょうか?

国旗掲揚 軽視する風潮に終止符を
< ところが戦後、いつしか元日はじめ国民の祝日にも国旗を掲揚し
ない家庭が増えていった。家々から日の丸は消え、平成11年8月1
3日、国旗国歌法が制定、施行された以降も、その状況にあまり変わ
りがないようにみえる。>

< 門ごとに日章旗の翻る光景が日常化していけば、それこそ美しい
日本の光景となるであろうし、国旗を軽んじてきた風潮にもいつしか
終止符が打たれよう。>

戦前、戦中は、そういう「美しい日本の光景」が見られました。国旗
を掲げていないと、“非国民”といわれた時代でした。

しかし各戸がすべて国旗を掲げている国が、世界にあるでしょうか?
あるとすれば、その国は全体主義の国でしょう。

9:11の直後、アメリカでは星条旗が町にあふれました。その熱気が
イラク戦争に結びつきましたが、その結果は今どうなったでしょう?

産経新聞の論説委員の皆さんは、元日に自宅に日の丸を掲げたのでし
ょうか?

東京地裁の判決に関する各紙の社説(続)

国旗・国歌の強制は違憲とする東京地裁の判決に対する各紙の社説を、昨日に引
き続きご紹介します。これを見ますと、昨日の読売、産経以外はすべてこの判決を
支持しています。これ以外にも、割愛しましたが、教育現場いにより近い地方紙は
すべて支持です。


「国旗国歌判決『強制は違憲』明確に断」(中国、22日)
< 特に広島県内では九八年の「是正指導」を受けて国旗掲揚や国歌斉唱の徹
底が叫ばれ、〇一年から斉唱の声量報告も求められた経緯がある。指導の二年
後から国歌斉唱の実施率は100%になった。
 しかし、こうした姿勢が「学校管理や統制を強める手段になる」との指摘があった
のも事実だ。本来、子どもの能力や心を育てるはずの学校運営が教員らへの過度
の「監視」になってはいけまい。>
http://www.chugoku-np.co.jp/Syasetu/Sh200609220108.html

「やはり強制は行き過ぎだ 国旗国歌判決」(西日本、22日)
< 国民に広く定着したとしても、国旗掲揚や国歌斉唱に反対する人も少なからず
いる。「こうした人の思想良心の自由も公共の福祉に反しない限り、憲法上保護に
値する」とした今回の判決は、少なくとも当時の政府見解の延長線上にあるという
見方もできるだろう。
 判決はまた、「国旗・国歌に対する正しい認識を持たせ、それらを尊重する態度を
育てるのは重要」と指摘する一方で、都教委の通達や指導は教育基本法が規定す
る「不当な支配」に該当し違法?と認めた。>
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/column/syasetu/

「国旗・国歌 「心の自由」を侵害するな」(毎日、23日)
<「国旗、国歌は国民に強制するのでなく、自然のうちに国民の間に定着させるとい
うのが国旗・国歌法の制度趣旨である」。判決はそうも説いている。同法成立当時の
小渕恵三首相は「内心にまで立ち至って強制するものではない」と、「心の自由」を尊
重する国会答弁をした。教育関係者は原点に立ち返る必要がある。>
http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/shasetsu/news/20060923k0000m070164000c.html

「国旗国歌*違憲判決が鳴らす警鐘」(北海道、23日)
<「日の丸、君が代」には、国民の間で多様な意見があるのも事実だ。五輪などで、日
の丸を振り、君が代を口ずさむのは、だれに強制されたものでもない。判決が、自然な
形で「国民への定着」を図るべきであると指摘しているのもうなずける。
 「国旗国歌法」が制定された一九九九年、政府は「強制しない」という国会答弁を繰り
返した。それなのに、東京都では逆の動きが加速した。
 道内では美唄市で今春、卒業式で教職員を起立させるためにいすを置かない小学校
も出た。道教委や市町村教委は、学校現場への高圧的な押し付けを慎むべきであろう。>
http://www.hokkaido-np.co.jp/Php/kiji.php3?j=0032

「国旗国歌訴訟/「行き過ぎ」が指弾された」(神戸、23日)
< オリンピックやサッカーW杯で私たちは日の丸を振り、君が代を唱和する。だれかに強
制されて、あの光景は生まれない。「自然のうちに定着させるのが国旗国歌法の趣旨で
あり、学習指導要領の理念」という指摘は、多くの国民の思いと重なる。
 同法が成立した時、政府が「義務づけは考えていない」と強調したのも、そうした認識が
あったからではないか。>
http://www.kobe-np.co.jp/shasetsu/0000119256.shtml

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プロフィール

西羽 潔

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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