スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「自決」した隊長、「逃走」した隊長

昨日の朝日新聞東京本社版「声」欄の特集「語り継ぐ戦争」に、「逃亡を許した部隊長は自決」という投書がありました。

筆者は戦争末期北朝鮮で臨時召集され、元山でソ連の大軍に包囲された時、部隊長が「お前たちは全員召集兵である。家には妻も子もあろう。よって逃亡を許す。責任は自分がとる」と訓示しました。そこで筆者はすぐ逃げ出し、半島南部経由で無事帰国しました。しかし部隊長は責任を取って割腹自殺したとのことです。

これをを読んで、当時の北朝鮮駐屯部隊にも、ビルマ戦線のミートキーナの水上源蔵少将のような部隊長がおられたのかと感銘を受けました。

ところで北朝鮮の元山といえば、「予備学生の墓場」といわれた海軍特攻隊の基地があった所です。この隊の司令・青木泰二郎大佐は、戦況不利と見るやいち早く8月11日に家族ぐるみで元山の海軍基地から日本に脱出しました。彼はミッドウエー海戦で撃沈された空母「赤城」の艦長でしたが、その時撃沈された帝国海軍の軍艦中唯一の生き残り艦長でもありました。

戦時中われわれ軍国少年たちの憧れと尊敬の的であったエリート軍人たちもまた「いろいろ」だったようです。

スポンサーサイト

トラックバック

http://nishiha.blog43.fc2.com/tb.php/984-ab58fa0b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | HOME |  »

最近の記事

カテゴリー

カレンダー

08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

月別アーカイブ

最近のトラックバック

ブログ内検索

リンク

このブログをリンクに追加する

「戦争を語り継ごうML」ご案内

このブログの記事は、主としてメーリングリスト「戦争を語り継ごうML」へ投稿したものです。このメーリングリストは、世代間の交流を通じて戦争を正しく語り継いでいく場として、設けたもので、10代から90代まで、多数の人が参加しています。

参加を希望される方は、上の「リンク」の「戦争を語り継ごうML」をクリックしてください。

コメントをどうぞ

このブログについてのコメントは、下記へお寄せください。

名前:
メール:
件名:
本文:

プロフィール

西羽 潔

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。