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戦時中の食生活(10)

引き続き皆さんからお寄せいただきました体験をご紹介します。

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(10)食料品店

戦中の食料、食事のお話しが続いていますので、私も
記憶にある限りお話し致します。

父が出征し、母の実家で生まれ育ちました。 幸いにし
て、大きな食料品店(生鮮食品を除く)でしたから、おの
ずと、当時の標準レベルではありません。

米、大豆、小豆、メリケン粉、酒、味噌、醤油、それに
タバコなど、量は分かりませんが、終戦まで何でも揃って
いたような気がします。 おそらく、軍にも納入していたで
しょうから、かように確保出来たのでしょう。 食品の小
売は、マスや天秤を使った、殆どが量り売りでした。

副食品で、記憶にあるのは、かますに入って積み上げ
られたカズノコ(今の白っぽいものとは違って、完全な
天日干しで黄金色をしていました。 味も比べものにな
りません。)、他に、鰹節、塩鮭などでした。 品揃えか
ら見て、国内のみならず、当然、朝鮮半島、北洋(樺
太、千島)、大陸(満州)からも入っていたようです。

ようやくもの心ついた時のお話しですから、これでも食
生活が一般家庭と比べて、たいそう恵まれていたのを
知ったのは、少し大きくなってからのことです。 それこ
そ、当時のレベルからすれば、袋叩きものですね!

ただし、戦争が終わったら何も入らなくなり、皆と同じよ
うに買い出しの生活になりました。

リュックを背負い何キロも歩いて田舎に出掛ける年長
者に手を引かれて、ただ付いて行っただけですが、帰り
道にポツンとあるアイスキャンデーの小さな工場で、一
本だけ買って貰えるので、それを目当てに付いて行った
のでしょう。 時には、水から氷になるまで装置の前で
ジッと待っていた記憶もあります。(当時のアイスキャン
デーは、ピンク色の丸い筒状の氷に、スティックが付い
ていたもの一種類だけだったはずです。)

私にも、美味しいビスケットの記憶がありますが、おそら
く、米国製だったのでしょう。 店に来る米兵が、いろい
ろと甘いものを置いていってくれました。

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プロフィール

西羽 潔

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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