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戦時中の食生活(8)

引き続き、「暮らしの手帖 96号 特集・戦時中の暮らしの記録」
(1968年8月)から転載します。

皆さんのご感想や同じような体験記をお寄せください。

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(8)ごった煮

暑さ寒さも彼岸迄の諺の通り、昨日までのうすら寒さも忘れたよう
に、うららかな春の日でした。

私は時折り、近くの別所沼(浦和)のあたりを散歩することが多く、
今日も早生の芹でも生えていたら不足勝ちな野菜の足しにしようと、
沼の岸をさがしながら歩いていますと、年の頃五十五、六の男の人が、
なにかバケツの中へほうりこんでいました。

なにごとかと近寄ってみますと、バケツの中に、大きな蛙が一杯入
っていました。思わず「その蛙どうするんですか」と問いました。そ
の人は、しづかな口調でひとりごとのように、「戦争で食い物がない
ないというけれども、こんないいものがいるのを誰もうっかりしてい
るんだ」といいました。

私はすこしおどろいて「その蛙、食用蛙ですか」と問いますと、
「マアそんなもんだね」といいました。いくら食糧難でも、この蛙が
食べられるかな、と半信半疑で、「ほんとうに食べられますか」
ときくと「ほんとうだとも、とてもうまいよ」といいたがら、蛙の上
アゴと下アゴを上下に引きはなして、スルスルと尻の方へと皮をむき、
赤はだかにして、バケツにほうりこんでいます。

その手つきを見ていて、残酷だな、と思いましたが、生きるためだ、
しかたがない、とも思いました。そして自分も、蛙を取ろうと決心し
ました。

沼の中を見まわすと、居ること、居ること、浅瀬のところに、あち
らにも、こちらにも、澄んだ水の中で、春の日を受けていました。

私は家へ飛んで帰ってバケツと、こどもが目高すくいに使った網を
持って、再び沼へ戻ってきました。水がつめたいので、よく動けない
のか、難なく、つぎつぎと取ることができました。バケツはたちまち
一杯になり、四十匹くらいいたでしょう。先刻の人の仕方を、そのま
まやってみました。ムゴイやり方で、最初は心臓がどきどきするのを
感じました。はじめの一匹を料理していると、途中で手からすべって、
蛙は沼の中へ落ちてしまいました。蛙の生命力の強さに驚きました。

何匹か料理しているうちに、次第に手際よく出来るようになりまし
た。急いで家へ持って帰り、妻や、こどもに蛙の一件を話しました。
しかしみんな、大丈夫かしら、食べられるかしら、と心配顔でした。

「ナー二毒になるようなことはない、きっと食べられるよ。さっき沼
のはしにいた人がいったよ」というと、家族の者は私のいうことを信
用してくれました。

早速煮る事になり、幸い配給の人参が少々あったので、ごった煮に
することにして、大きな鍋に、貴重なしょう油を少し入れて、煮はじ
めました。プーンと近頃かいだことのない、よいにおいがしてきまし
た。思わず「これはきっとうまいぞ」と、期待と同時に、空腹の上に
空腹を感じました。

間もなく煮上りました、早速責任上毒見です。口の中へほうりこみ
ました。いやそのうまさといったら、一寸たとえようもない味です。
「うまい」と私がいうと、妻や、こどもたちも「ホント」とのりだし
てきました。

「うンうまい、食べてみな」私はすばらしい餌を取ってきた親鳥のよ
うな誇りを感じました。

親子五人が一斉に箸を入れ、一瞬の間、「うまいうまい」の感嘆の
声と、「むしゃむしゃ」食べることで、我家は異常な昂奮に包まれま
した。

なんというか、その味は、川魚と、鶏肉の中間のような味で、肉が
骨とよくはがれ、柔かで、さらにうまさを引き立てました。食糧不足
の毎日、栄養失調の体、空いた腹、じつによい味でした。四十匹もの
蛙のことゆえなんの遠慮もなく、みんなが思いきり、腹の虫がおさま
るまで食べました。

夜になって、家族一同、あらためて「おいしかったね」と顔見合せ
ました。床について、一眠りして目ざめた私はふと、鍋の中の蛙の煮
こみを思い出しました。また空腹をおぼえました。いつも少量の食物
だけなので、すぐ腹がすいてしまいます。

私は起きて、蛙を食べはじめました。すると妻も目をさまして、
「お父さんまた食べているの」といいたがら、起きてきました。そし
て「私も食べましょう」といいながら、二人で夜中に「むしゃむしゃ」
と食べました。
( 内田長三郎 埼玉県 )
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プロフィール

西羽 潔

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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