スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

戦時中の食生活(3)

引き続き、「暮らしの手帖 96号 特集・戦時中の暮らしの記録」
(1968年8月)から転載します。今回は農家の人の体験記です。

(3)糠の団子
私の家は、米を全然作らない山腹の小さな農家でした。その頃は、
働き手は兵隊や軍需工業に取られて、いまの言葉でいう、いわゆる三
ちゃん農業でした。頼りにする肥料は、配給で思うにまかせず、配給
量の少ない時は、おかし包みのように紙のおひねりで、組合の人々と
分けた事もありました。人手がないので草は伸び放題、仕事は手おく
れで、いよいよ収量は減りました。

そんな状態の中にも、銃後の務めは厳しくて、やれ軍馬の飼葉の乾
草を、やれ兵隊さんの浮袋に山吹のしんを、と供出割当はいっぱいあ
りました。それに衣服の繊維も不足して、からむしの皮や、桑の木の
皮、あかそ等も乾して供出しなければなりませんでした。気にかかる
畠仕事をおいてさえ、割当を満たすために、これらの野草を探して、
おべんとうを持って刈りに行ったりしました。

やっととれた少最の麦も、供出割当にかなりの分量が当てられまし
た。自家用が残っても残らなくても、それは問題にはされません。供
出の麦は、一里程離れた共同の倉庫まで運び、それをまた配給として
背負って来て食べました。

そんな状態の中に、縁故を頼って疎開は続々と入りこみ、農家は多
くの口を抱えこみました。およそ食べられると思われる野草は、摘み
つくされました。その頃の草餅は、米はおろか、麦の粉も少ししか入
れられず、ゆでるとお湯にとろけてしまうので、ほうろくで焼いて食
べたこともありました。

毎日食べるトウモロコシのおかゆの中に、母はこっそりとフスマを
入れるようになりました。夜なべに母とトウモロコシの粉をひきうす
でひくことは、昼間働き疲れた私達にとって大変な仕事でした。何回
も何回もひいてはふるい、ふるってはひき、最後にフルイの上に残っ
た一つかみの糠。或る晩母は私に言いました。「もう一度ひいて、こ
れを二人で焼いて食べようか」

二人で食べた糠の団子、それは小さな梅の実くらいのものでしたが、
私はもう寝てしまっている家族にすまたいような気がしました。全く
何もなかったのです。塩もありませんでした。潰物の水も捨てないで、
粉で団子をつくる時にその水でこねたりしました。おっかどという木
の実には、塩気がありましたので、取って来てしゃぶったこともあり
ました。でもこの実をあまりしゃぶると、舌がこわれて血が出ました。

衣類も逼迫していましたので、蚕を飼って、糸をひいて、作業衣か
ら下着まで絹で作りました。ぜいたくに思える絹も、下衣や手拭には
決してよいものではありません。

一番困るのは赤ちゃんのおしめです。娘たちは結婚を夢みて、やが
て生まれてくる子供のために、一枚か二枚しかない木綿の着物を宝物
のように衣類箱の下にしまっておきました。よき時代に子供の成長を
祈って買った武者絵幟は煮洗いされて下衣にされました。紋のついた
絹のもんぺや武者絵の残るじゅばんでした。でもそれを持っている人
は羨ましがられました。

石鹸もありませんでした。とくに絹は石鹸がないと汚れが全然落ち
ないで、ほんとに困りました。配給になった豆の粉は、あまりに味が
悪くて、できものの膿のような匂がしましたので、石鹸の代りに使わ
れました、よくは落ちませんでしたが、無いよりはましでした。

電気がひけていませんでしたので、配給の石油は、一升瓶に紙で目
もりを張っておいて、組合の人々と分けました。ラジオはないので、
敵機の襲来を告げる警報は、駐在所に当番が詰めていて、ふれて歩き
ました。そこに一晩泊まると、シラミを一人一人がもらったので、し
ぼらくするうちに、五つの部落の一軒一軒にシラミはえこひいきなく
配給されました。    ( 新井オイツ 青梅市 )
スポンサーサイト

トラックバック

http://nishiha.blog43.fc2.com/tb.php/961-33b1d9bc
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | HOME |  »

最近の記事

カテゴリー

カレンダー

10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

月別アーカイブ

最近のトラックバック

ブログ内検索

リンク

このブログをリンクに追加する

「戦争を語り継ごうML」ご案内

このブログの記事は、主としてメーリングリスト「戦争を語り継ごうML」へ投稿したものです。このメーリングリストは、世代間の交流を通じて戦争を正しく語り継いでいく場として、設けたもので、10代から90代まで、多数の人が参加しています。

参加を希望される方は、上の「リンク」の「戦争を語り継ごうML」をクリックしてください。

コメントをどうぞ

このブログについてのコメントは、下記へお寄せください。

名前:
メール:
件名:
本文:

プロフィール

西羽 潔

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。