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戦時中の食生活(2)

引き続き、「暮らしの手帖 96号 特集・戦時中の暮らしの記録」
(1968年8月)から転載します。

(2)豆ご飯


家の中に残った食糧といえば配給の大豆が四斗余りと、バケツに山
盛りの砂糖だけ。思えば奇妙な取り合わせではある。

今日も三人の子供を学校へ出した後は、今夜の御飯の心配である。
魚の配給は今日も無い日だし、と考えている中に、ふと妙案を思いつ
いた。隣村の農家に嫁いでいる昔の女中の事である。二年前のちょう
ど今頃彼女が赤ん坊を産んだというので、お祝いを持って見舞いに行
った事がある。その帰りに、向こうの亭主が「田舎の土産は重いです
が」と言ってえんどう豆を沢山くれた。嵩ばるからと、実だけにして
呉れたのを思い出したのである。

「そうだ今日は豆をもらいに行って来よう」私は早速モンペを着て出
かける用意をした。銘仙の単衣を一枚土産にする事も忘れなかったし、
何時どこで空襲に逢うやも知れぬから、防空頭巾も肩にかけた。

先方の家に着くと、女中だった人は心よく豆をつんで、今度も実だ
けにして呉れた。そしてその豆の下に一升ばかりの白米を、かくす様
にして入れてくれて、「嬢(とう)さん―豆御飯にして坊ちゃん達に
―」と云う。私はじんと胸が熱くなる思いで「有がとう」とその人の
手を思わず固く握っていた。この時ほど人の情が心に沁みた事はない。
喜び勇んで帰途についた。

帰る途中で案の定、ここ数日来、激しくなっていた艦載機の攻撃に
あった。私は畠の畝の間に腹這って大切な荷物をその下にかくした。
爆音が少し遠のいたので、そっと頭をもたげると、五十メートル程先
の堤防の小屋が火を吹いていた。

後で聞いたら、学校から帰る途中の小学生が二人死んだという事だ
った。それにしても自分は何と「浅ましい姿」だろう。もしこの儘で
弾に当って死んだら「一升の米と豆を抱いて死んでいた」と人は笑う
だろうか。起き上ると背中は冷たい汗が一ぱい流れていた。

タ食の時、思いがけない白米の豆飯を見て、子供は目をみはって喜
んだ。竜宮に行った浦島太郎の様に思えた。

二、三日して「豆の採れる期間は短かい、もう一度欲しいな」と思
ったが、余り厚顔しいので思い止まった。そのかわり、いつかミシン
を欲しがってお米と替えてあげた近くの百姓家にたのんで見ようと考
えた。

道々今日は交換に何を注文するだろうかと考えつつ重い足を運ぶ。
行って見ると若い嫁さんはいなくて、婆さんが一人で留守居していた。
それでも私の顔を覚えていて、「奥さん今日はなに持って見えたえ ? 」
と言う。一瞬ハッとして相手を見ていると「うちは金などいらんけん
に、何か、うちの孫っ子の着るものないですか ? 」と云う。

「着るものね―おいくつ ? 」
「七つと三つの男の子ですさ―」頭の中でタソスの中を探しめぐらし
た。

「そうだ、水兵服の可愛いのがあるがどう ? 」「上の子にか、それ
とも下の ? 」「そうね、上の子に着れると思うのきっと」

「それなら結構ですわ、二代着れるもんな」と、大喜び。そして「き
っと約束して下さるな」と念を押されて、漸く豆にありつけたが、何
とこの炎天下で自分で採れと云う。仕方なく一時間もかかって、やっ
と一貫位つんだ。「ああ暑―」と疲れて悲しくなった。しかも今日は
お米はない。煮て卵とじにでもするしかないと思った。

翌日は昨日の約束の水兵服を届けねばならないが帰りに素手ではつ
まらないと考え、水兵服に一枚浴衣の新しいもを添えて出かけた。

その家に着くと婆さんが出て来て、浴衣を見るなり、「新しいんで
すの」と言う。何かを持って帰って貰わねばと思ったらしく

「奥さん玉葱とジャガ芋はどうどす。豆より重いが持てますかいな。
もっとも欲力ちうてな、持てるもんですけどな」とカラカラと笑う。
私は何かあざけられた思いで止そうかしらと思ったが、裏から出て来
た若い嫁さんが「まア新しい浴衣まで―」と喜んでくれたのでスッと
心が晴れた。嫁さんはホーレン草まで入れて呉れた。

まったく目のさめている間中、食物の事ばかり考えていなければな
らない。それが今日も明日も、あさっても、次の又次の日も、一体い
つ迄続くのだろう。世問では百年戦争だと言っている。では今日生れ
た赤坊までがこの戦争地獄の中で死んで行かねばならないのだろうか。
( 喜多三重子 茨木市 )


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プロフィール

西羽 潔

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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