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「南京虐殺はなかった」との証言

今日の産経新聞のコラム「正論」に、拓殖大学教授の藤岡信勝氏が去
る12月6日、東京の九段会館で行われた「南京陥落70年国民の集い 
参戦勇士の語る『南京事件』の真実」という集会のことを寄稿してい
ます。

5人の“勇士”により、<「軍紀弛緩(しかん)・悪逆非道の日本軍」
のイメージを根底から覆す貴重な証言の数々>が語られたとのことで
す。

拓殖大学教授・藤岡信勝 70年目の証言に拍手やまず

なおこの集会については、週刊新潮2007/12/20号でも報道されている
とのことですが、下記ブログではその内容が詳しく引用されています。

家族がいちばん

これによれば、今年97歳の稲垣清証人が次のように語ったとのことで
す。

「中島今朝吾師団長の日記は5冊、目を通しましたが、捕虜を取る方
針でなかったとか、見つけたら即刻片づけること云々とありますけれ
ども、全部反対に解釈されとるように思えますわ。私は、捕虜を取る
方針でない、ゆうんは、殺せいうことやなくて逃がせゆうことだった
んだと、あの頃から思っとりました。」

この証言に藤岡氏は<目からウロコが落ちる思いだった>と書いてい
ますが、その中島今朝吾日記には次のように書かれています。

<一、斯くて敗走する敵は大部分第十六師団の作戦地境内の森林村落
地帯に出て又一方鎮江要塞より逃げ来るものありて到る処に捕虜を見
到底 其始末に堪へざる程なり

一、大体捕虜はせぬ方針なれば片端より之を片付くることとなした
る(れ)共千五千一万の群集となれば之が武装を解除すること すら
出来ず 唯彼等が全く戦意を失ひぞろぞろついて来るから安全なるも
のの之が一端掻(騒)擾せば始末に困るので部隊をトラツクにて増派
して監視と誘導に任じ 十三日夕はトラツクの大活動を要したりし 
乍併戦勝直後のことなれば中々実行は敏速に出来ず 斯る処置は当初
より予想だにせざりし処なれば参謀部は大多忙を極めたり

一、後に到りて知る処に依りて佐々木部隊丈にて処理せしもの約一万
五千、大(太)平門に於ける守備の一中隊長が処理せしもの約一三〇
〇其仙鶴門附近に集結したるもの約七八千あり尚続々投降し来る

一、此七八千人、之を片付くるには相当大なる壕を要し中々見当らず
一案としては百二百に分割したる後適当のけ(か)処に誘きて処理す
る予定なり >

中島今朝吾日記 12月13日

「片付ける」が「逃がす」という意味なら、なぜ“相当大なる壕”が
必要なのでしょうか? 「処理する」とは「逃がす」ということでし
ょうか?

私は戦争中、小学生でしたが、「捕虜を処理する」と聞いたら、「殺
す」と理解したでしょう。子供でもわかることが、将校にわからなか
ったとは驚きです。獣医少尉ということですから、きっと動物好きの、
優しい方だったのでしょう。


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プロフィール

西羽 潔

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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