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従軍記者が見聞した南京事件(1)

朝日新聞は同紙自身の戦争責任を明らかにするため、過去の戦争をど
のように報道したかを検証する「新聞と戦争」シリーズを夕刊で連載
中です。現在は「南京」という章に入っていますが、その中で南京事
件に直接関わる部分を抜粋して、以下数回に分け引用します。

-------------------------------------------------------------
追撃戦は一気に進んだ。食糧などの補給が追いつかず、前線の兵士
はそのほとんどを「徴発」でまかなった。事実上の略奪だった。

元同盟記者の前田雄二によると、徴発はこうして行われた ( 著書
『戦争の流れの中に』 ) 。

「兵隊はまず ( めぼしい家の ) 扉を破ると、居室の抽出(ひきだ)
しをひっくり返す。ついで衣裳ダンスや収納櫃をこじあける。そして
台所で食糧を探す」
「住民居住地域に行って、徴発した支那服や靴などを、米や高梁酒、
そして砂糖などと交換した。鶏や卵が手に入れば大成功だった」

陸軍刑法は「戦地または帝国軍の占領地において住民の財物を掠奪
したる者は一年以上の有期懲役に処す」と定めていたが、戦場では日
常的な行為だった。

「 ( 無錫の ) 城内外を視察す。種々雑多な兵隊でゴッタ返し徴発物
件を洋車 ( 人力車 ) につんで陸続と行くあたりまるで百鬼昼行であ
る」 ( 佐々木到一『ある軍人の自伝』 )

そうして得た食糧を、記者たちも食べた。歩兵第36連隊乙副官、菅
原茂俊の11月26日の日記。「徴発隊を出す。タ食に豚をスキ焼にし、
記者一同と会食す」 ( 『同資料集皿』 )

朝日記者の斎藤一は、上海西方にある湖「太湖」の南側を通って南
京に向かった。

「競馬の様に各部隊が毎日抜きつ抜かれつしてゐた」 (38年1月27日
付朝日群馬版 )

斎藤が書き残した手記は、兵士たちの「娘狩り」に触れている。

「斎藤さん、話さうか」
中国戦線を取材する朝日新聞記者斎藤一に、兵隊が話しかけた。

「俺達旅団通信は七人、部隊に遅れたのを幸ひ、交代で昼問娘狩りに
出てな」
「畑や野ツ原を追ひかけまわして、まるで鶏をつかまえる時の様に骨
を折らせやがつて……」
日本兵の行状の一端を斎藤は手記につづった。
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プロフィール

西羽 潔

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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