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特攻兵器 蛟龍艇長の物語(続)

先にご紹介しました宗像基著「特攻兵器 蛟龍艇長の物語」(社会批
評社、07年8月)を読みましたので、その概要をご紹介します。

宗像基氏の略歴:1924年台湾生まれ。海軍兵学校卒業後、特殊潜航艇
「蛟龍」艇長。戦後はキリスト教の牧師となり、現在小平学園教会牧
師。

(1)なぜ海軍兵学校へ進んだか
父の影響で小さいときからクリスチャンであった。また時代の影響で
ゴリゴリの軍国少年でもあった。そして<クリスチャンこそ天皇の忠
良なる臣民であることを身をもって示さなければならない>との思い
から、海が好きなこともあって、海軍兵学校を受験した。

(2)海軍兵学校の教育
基本的には、大元帥・天皇に対する忠誠心を培う、徹底した精神主義
で、その方法は<いわば頭の中を真っ白にさせて恐怖を与えるという
ものだった。>

(3)帝国海軍将校として
海兵での教育の結果、命令には忠実で、艦とともに死ぬのを美学と考
えていた。「生」に対する未練はまったくなくなっていた。蛟龍での
出撃命令を受け、準備中に「玉音放送」を聞いたが、そのまま出撃し
た。しかし途中で「軽挙妄動を慎め!」という命令が来たので、涙を
呑んで引き返した。

(4)特攻についての現在での考え
特攻は海軍の精神主義が産み出した。<犠牲的精神を要求した軍首脳
・天皇とは一体、何なのか。この非道な命令を下し、若き青年たちを
捨て石にし、犬死に追いやったものは何なのか。人の命を徹底して軽
んじ、自爆的攻撃という絶望的な死に追いやっていったこの特攻攻撃
を、私は絶対許せない。>      
   
(5)平和への思い
< 戦後しばらくたって、私の中にはフツフツと怒りが湧き上がって
きた。戦争や国家に関する自分たちの無知もあったが、天皇が私たち
を騙したという思い、そして、天皇自身があの戦争に対して無貴任を
決め込んだことが、私の怒りとなった。

私は天皇の命令で戦争に行ったのだ。それを今さら命令をした覚え
がないというのだから、これだけは許せないという怒りが、だんだん
と強まってきた。だから、私は反天皇制の立場になったのだ。もちろ
ん、それだけではない。

私に対して、特攻兵器に乗っていながら今さら何を言うんだ、とい
う人たちがいる。しかし、私は特攻兵器に乗っていたからこそ、天皇
の命令というのにこだわっているのだ。これが私の原点ともなってい
る。>
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プロフィール

西羽 潔

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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