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「終戦の日」の新聞コラムから

今日の各紙のコラムは、やはり戦争に関する話題が多いようです。そ
の一部をご紹介します。 

朝日の「天声人語」は、この春死去した城山三郎さんの話題です。
<自らも死線をさまよった。軍部は拙劣な作戦を繰り返し、補給もな
く、おびただしい兵を野たれ死にさせた。その責任に目をつぶって、
惨めな戦死者を「英霊」と呼べば、戦争の実相を隠すと思うからだ。

http://www.asahi.com/paper/column.html


毎日の「余録」は、東条英機が戦後収容所で語った言葉を紹介してい
ます。
<開戦についても述べた。「日米両国は虚心坦懐(たんかい)に……
直接交渉して、和平の途を勇敢に講じてみるべきではなかったか」。
これら指導者としてあまりに素朴な後知恵による自省は、一般の怒り
をかうことを関係者がおそれ、長く公表されなかった。>
http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/yoroku/


東京の「筆洗」は、早坂隆さんの「日本の戦時下ジョーク集」を引用
しています。
<他にも事例はある。「一億の国民は腹ぺこ(略)団結して反戦運動
を展開せよ」と書かれたビラがまかれたこともあれば、全国の公衆便
所には「戦争ヤメロ」の落書きが頻繁に登場した>
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2007081502041138.html


中日の「中日春秋」は映画「陸に上った軍艦」についてです。
<軍艦の上ではなく内地で、年少の上官になぐられけられ、雑役に追
い回された三十すぎの「弱兵」たちの戦記だ。新藤さんはパンフレッ
トにこう書く。「そんなみじめな戦記をだれが書くか、思い出したく
ないのだ、戦争そのものを」。だが新藤さんは、書いた>
http://www.chunichi.co.jp/article/column/syunju/CK2007081502041087.html


北海道の「春秋」は、北海度空襲について書いています。
<爆撃機を使った本州などへの空襲と異なり、北海道空襲は艦載機と
艦砲射撃による無差別攻撃だった。死者は千九百五十八人で、前著か
らの十二年に三十三人増えた。各地で進む新たな調査を反映した。>
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/fourseasons/


東奥日報の「天地人」は、山田風太郎の「同日同刻」からです。
< 陸軍省で放送を聞いた記者は、こんな風景を見た。憲兵たちが私
物や官給品を抱え込み、とっとと門を出ていった。特攻隊を送り出し
た将官たちは、自ら最後の出撃をした者もあれば、「死ぬばかりが…」
と動かぬ者もいた。奉天では関東軍の将校たちが酒盛りをしていた。
兵隊たちは外でつましく飯盒(はんごう)を分け合っていた。開拓団
の人々が惨劇に投げ込まれていた時、真っ先に逃げたのは関東軍だっ
た。>
http://www.toonippo.co.jp/tenchijin/ten2007/ten20070815.html


信濃毎日の「斜面」は、先ごろ亡くなった小田実さんの言葉です。
<8月15日について知識人が何を書いたか、作家の小田実さんは執
着した。彼らは「解放」「屈辱」などと書いたけれど、自分にはそう
いった感覚はなかった、と自著で振り返る。戦争が日常化し、疲れ切
ってもいて、もう空襲はないと思っただけという>
http://www.shinmai.co.jp/news/20070815/KT070814ETI090004000022.htm


神戸の「正平調」は、半藤一利さんの話を紹介しています。
<まったく同じことが現代にあるわけではない。しかし慧眼(けいが
ん)の作家は懸念する。国の管理体制を強める教育関連法改正をみて
も、似たような流れが起きていないか。当時の「鬼畜米英」のように、
一つのことに熱狂する芽が残っていないかと>
http://www.kobe-np.co.jp/seihei/index.shtml


中国の「天風録」は、防空壕跡の思い出からです。
<駅や繁華街で、アコーディオンを弾きながら軍歌を口ずさむ傷痍
(しょうい)軍人の白衣姿も、さほど珍しくなかった。親の陰からこ
わごわ垣間見た「戦争」に連なる幼い日の記憶がよみがえる>
http://www.chugoku-np.co.jp/Tenpu/Te200708150176.html


山陰中央日報の「明窓」は、「千の風」です。
<厚労省資料によると、太平洋戦争では三百十万人もの日本人が戦死
している。その一人一人が家族や古里に思いを残して「千の風」にな
る。無念さ、いとおしさは倍加、さらに乗加され、時空を飛び越えた
-。理屈を超えた情念の世界を思う>
http://www.sanin-chuo.co.jp/column/modules/news/article.php?storyid=440252034


西日本の「春秋」は、随筆家の岡部伊都子について書いています。
<旗を振って送り出した自分を「加害の女」と呼ぶ。そんなに責めな
くてもと人は言う。あのころはみんなそうだったと言ってくれても岡
部さんは自分を許さない。許さずに戦後と平成を生き、加害者にさせ
られた悔しさもつづってきた。>
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/column/syunzyu/20070815/20070815_001.shtml


宮崎日日の「くろしお」は、山田風太郎の「戦中派不戦日記」からで
す。
< 実際には、天皇の声は悲痛に満ちていた。「自分は生まれてから
これほど血と涙にむせぶような声音というものを聞いたことがない」。
漢語が多く聞きにくかった。近くのおばさんは「どうなの? 宣戦布
告でしょう? どうなの?」とかすれた声で尋ねてきた。>
http://www.the-miyanichi.co.jp/contents/index.php?blogid=5&catid=14


ただ一紙戦死者を「英霊」として“尊崇”する産経の「産経抄」だけ
が、誰一人この日に靖国を参拝しない安倍内閣を、<「美しい国」の
内閣は、醜悪な内閣になり果ててしまった。>と激しく批難していま
す。


<心ならずも散華した幾百万の先人に真っ先に頭(こうべ)を垂れる
べき防衛大臣にとって、九段の杜(もり)は、ワシントンのアーリン
トン墓地よりも遠いらしい。山本有二金融担当相に至っては「公的参
拝は歴史的経緯からアジアの政治的安定を害する」と妄言を吐いてい
る。
争臣とはほど遠い大臣たちを任命した責任は、安倍首相にある。自身
の靖国参拝について「行くか行かないか言わない」という曖昧(あい
まい)戦術も大失敗だ。参院選大敗で崖(がけ)っぷちに立った首相
に失うものは何もない。きょうは、自らの心のままに行動されるべき
だろう。>
http://www.sankei.co.jp/ronsetsu/sankeisho/070815/sks070815000.htm

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プロフィール

西羽 潔

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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