スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

栗林中将と牛島中将

今日の産経新聞のコラム「正論」で、防衛大学校長の五百旗頭真氏が、
硫黄島戦の司令官・栗林中将について書いています。

< 硫黄島守備隊の任務は、侵攻する米軍に勝つことではなかった。
圧倒的な敵制海空権下で勝利は論外であった。敗れるにせよ、1日で
も長く抵抗を続け、米軍の日本本土攻略を遅らせること、この限られ
た目的が任務であった。

栗林はその任務を立派に果たしたのではなかったか。敵上陸時を
たたく日本軍の伝統的な水際作戦を捨て、後退し叫び声をあげないゲ
リラ戦を命じたのは、栗林が敵を知り己を知り、そして戦場を知って
いたからである。米国民がもっとも嫌がる戦いを知米派の栗林は編み
出した。その結果、敵将スミス中将が「5日」とした作戦予定を7倍
する36日間の抵抗を続け、日本側2万1000の死に対し、米側2
万8000の損失を課した。「国の為重きつとめ」を立派に果たした
と言うべきではないか。>

<米軍部はガダルカナルで22対1であった日米死傷者比率が、硫黄
島で1対1となったことに衝撃を受けていた。火力と物量ではますま
す圧倒しているのに、日本本土に近づくにつれ、日本側の抵抗は熾烈
(しれつ)となり、死に行く日本兵は米兵を地獄へ1人ずつ道連れに
する形をとり始めた。本土決戦はペイする戦争でありうるのか。>

その結果、アメリカの戦略は「無条件降伏=本土決戦を通しての完全
勝利」の方式から、天皇制の容認を含む穏当な方式に変わり、ポツダ
ム宣言へとつながったと、五百旗頭氏は述べています。

そういう意味で、栗林中将は“捨石”としての役割を立派に果たした
ということですが、“捨石”という意味では、沖縄戦も同じです。多
くの県民を道連れにして、その役割を果たした牛島中将はどう評価す
のでしょうか?

防衛大学校長・五百旗頭真 栗林中将は『重きつとめ』を果し得た

スポンサーサイト

トラックバック

http://nishiha.blog43.fc2.com/tb.php/668-03643f7d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | HOME |  »

最近の記事

カテゴリー

カレンダー

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

月別アーカイブ

最近のトラックバック

ブログ内検索

リンク

このブログをリンクに追加する

「戦争を語り継ごうML」ご案内

このブログの記事は、主としてメーリングリスト「戦争を語り継ごうML」へ投稿したものです。このメーリングリストは、世代間の交流を通じて戦争を正しく語り継いでいく場として、設けたもので、10代から90代まで、多数の人が参加しています。

参加を希望される方は、上の「リンク」の「戦争を語り継ごうML」をクリックしてください。

コメントをどうぞ

このブログについてのコメントは、下記へお寄せください。

名前:
メール:
件名:
本文:

プロフィール

西羽 潔

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。