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昭和天皇の十五年戦争

MLで、「昭和天皇は、哀れな操り人形であったのではないか」とい
う意見がありましたので、それに関連して藤原彰著「昭和天
皇の十五年戦争
」(1991年、青木書店)を再読しました。
以下その内容の概略をご紹介します。

この書は、昭和天皇が十五年戦争を通じいかに戦争とかかわったかを
検証し、そこから昭和天皇の戦争責任を追及したものです。そして陸
軍士官学校出身の著者は、昭和天皇の軍事的素養を高く評価していま
す(以下<>内は引用)。

< 昭和天皇は、生まれながらにして将来の大元帥となることを予定
されていた。そのために幼少時代から特別の帝王学と軍事教育を受け
た。のちに十五年戦争の指導者として、並みの政治家が及びもつかな
い軍事知識と能力を発揮する素地は、こうした軍事教育によって形成
されたのである。>

一般社会から隔絶された環境で育ったからこそ、こういう特殊な教育
によっていわゆる“軍事オタク”的な能力が培われたともいえましょ
う。初めて軍艦に乗ってヨーロッパを訪問した時、せっかく文化・芸
術の宝庫の地を訪ねながら、自ら希望して、第一次大戦の激戦地など
の古戦場を巡ったそうです。

以下十五年戦争を通じ、昭和天皇が軍幹部と「ご下問」、「奉答」を
繰り返すことによって、いかに戦争を指導していったかを、著者は詳
しく説明し、次のように書いています。

< 以上いくつかの例をあげたように、天皇は大元帥としては直接作
戦に介入し、戦争指導に大きな役割を果たしたことは事実である。し
かも天皇は、終始一貫変ることのない大元帥であった。十五年戦争の
期間に、帷幕の長としての参謀総長は、九年間在任した閑院宮をふく
めて五人が交代し、軍令部総長は八年間在任した伏見宮をふくめて六
人が交代している。陸軍大臣は二一人、海軍大臣は九人が就任してい
る。天皇だけが変ることなく最高の地位に座りつづけていたのである。

またこれらの指導者が、老齢でロボットにすぎなかった二人の皇族
は別にしても、いずれも出世の階段を上りつめた五〇歳以上の年齢で
あったのに比べて、天皇は三〇歳から四〇歳半ばにかけての壮年の時
代で、記憶力も抜群であったといわれている。したがって過去からの
経緯についてもくわしく知り、全般の状況についても明らかで、すべ
ての情報を手にする立場であったから、全局に通暁する最高の軍事指
導者であったということができるのである。

統帥と国務の双方の最高位にあって実質的な戦争指導を終始変らず
続けていた天皇は、機構のうえでも、その実質においても、最高の戦
争指導者であったことは、疑う余地のない事実である。立憲君主であ
って、すべて内閣の輔弼にしたがい、責任機関の上奏は何ごとも却下
したことはなかったとか、平和主義者で終始軍部のすすめる戦争に反
対でありながら、立憲君主の制約のゆえにその意向を表明できなかっ
たのだとかの虚構は、歴史の事実によって否定されている。天皇の戦
争責任を免罪にすることで、現実の政治的利益を得る勢力が、歴史の
事実の抹殺をはかっているのである。>

しかし戦局がだんだん不利になるにつれ、軍部は正確な戦況を上奏せ
ず、天皇は統帥部に対する不信感を抱き始めます。そして1945年6月、
侍従武官を派遣して、九十九里浜付近の防備状況を視察させますが、
その報告は、防備はほとんどできておらず、本土防衛の師団も、兵士
に銃剣さえいきわたっていないというものでした。この報告も、天皇
に終戦を決意させる一因となったといわれます。

このように、軍部にとっては天皇は煙たい存在であり、できるだけ
「裸の王様」にしたいと思っていたのでしょうが、昭和天皇は決して
単なる「裸の王様」ではなかったことが分かります。そして著者は、
最後をこう締めくくっています。

<新しい史料である独白録や側近者の日誌類は、昭和天皇の実像をあ
らためて明確に描き出すものとなった。彼はあとになつて言つている
ように、決して立憲君主の枠を守ったのではなかった。大日本帝国の
統治権者としての強烈な自覚をもち、万機を親政しようとした。とり
わけ大元帥として陸海軍を親率することに強くこだわった。十五年戦
争の全期間にわたって、終始戦争指導の中枢に位置して戦争を推進し
た。そして国民の苦難をかえりみず、国体すなわち天皇制の護持と、
皇模すなわち領土の拡大に熱意をもやしていた。まぎれもない最大の
戦争責任者だったのである。>
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プロフィール

西羽 潔

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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