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悪魔の言葉 「玉砕」

「新右翼」の代表・鈴木邦男氏が、次のサイトに「玉砕」論を書いています。

悪魔の言葉 ~ 鈴木邦男コラム

「玉砕」という言葉が太平洋戦争で最初に使われたのは、1943年5月29日、アリューシャン列島アッツ島の日本軍守備隊約2600名が全滅した時です。「全滅」という言葉が国民に与える動揺を少しでも軽くし“玉の如くに清く砕け散った”と印象付けようと、大本営によって生み出された。いわば婉曲表現です。

<大本営発表。アッツ島守備部隊は5月12日以来極めて困難なる状況下に寡兵よく優勢なる敵兵に対し血戦継続中のところ、5月29日夜、敵主力部隊に対し最後の鉄槌を下し皇軍の神髄を発揮せんと決し、全力を挙げて壮烈なる攻撃を敢行せり。爾後通信は全く途絶、全員玉砕せるものと認む。傷病者にして攻撃に参加し得ざる者は、之に先立ち悉く自決せり。>

こういう発表を聞いて、当時の軍国少年は大いに感動したものです。よく考えれば、負け戦なのですが、子供心にはそういう感じがありませんでした。

最近は「美しい言葉」が新聞紙上を賑わしているようですが、とかく美辞麗句には気をつけるべきでしょう。

「悪魔の言葉」の全文は、以下でお読みください。

 玉砕(ぎょくさい)

こんな言葉を作った奴は悪魔だ。それこそA級戦犯だ。……と前から思っていた。一見、きれいな言葉だ。玉となって砕けるなんて。でも、強制された集団自殺だ。弾丸尽き、食糧もなく、もう戦えない。でも捕虜になるくらいなら、いっそ死ねと強制する。悪魔の言葉だ。また、この言葉の美しさに魅惑され、あるいは縋(すが)って絶望的な突撃を敢行した人々が何と多かったことか。硫黄島、アッツ島、サイパン島、ペリリュー島、グアム島……と。これらは、玉砕の島となった。

 藤田嗣治は軍の要請で多くの戦争画を描いた。その中に、「アッツ島玉砕」「サイパン島同胞臣節を全うす」などの玉砕画がある。実にリアルで悲惨だ。今、僕らが見たら「反戦画」ではないのかと思うほどだ。しかし軍は満足し、戦争記録画展では絵の前で頭(こうべ)をたれ、合掌する人も多くいたという。宗教画になったのだろう。玉砕という言葉が宗教にしたのだ。

 一体、誰がこんな言葉を考え、使ったんだろう。軍の人間だろう。また、日清、日露戦争の時はないと思う。総力戦になり、国民にも心の準備をさせるために作られた恫喝(どうかつ)の言葉だろう。軍人は日々、玉砕している。残った国民も「一億玉砕」の覚悟をしろ! 本土決戦だ! と煽り立てるために。

 そう思って調べてみた。ところが意外なことが分かった。日本人の発明ではなかった。中国の『北斎書』の「元景安伝」に出てくる。6世紀だ。元景安という人が、こう言った。「大丈夫。むしろ玉砕すべきも、瓦全するあたわず」。瓦のような無意味な存在で命を全うするよりは玉と砕けよ、という意味だ。

 さらに調べ、漢文の先生にも聞いて分かったが、これは、あくまでも「個人的覚悟」「決断」の言葉だ。事に当たってのサムライの決断だ。だから、決して他に強制するものではない。ましてや多数の部下たちに「死ね」と命じる悪魔の言葉でもない。実際、そんな無駄な戦法はとってない。兵隊はもっと大事に使った。

 日本では切腹の中に個人の決断や美学があったから、とりわけ玉砕という言葉は使われなかった。日本人は漢文の知識として知ってはいても、あえて使わなかった。そう思う。日本人で初めて使ったのは西郷隆盛だろう。『西郷南洲遺訓』には、「児孫の為に美田を買わず」という有名な言葉があるが、その直前に「丈夫は玉砕するとも甎全(せんぜん)を愧づ」と言っている。「もし此の言に違ひなば、西郷は言行反したるとて見限られよ」と言っている。やはり、あくまでも「個人的覚悟」のことだ。

 それが、先の大戦では、軍人全員への死の強制になった。全国民にもその覚悟を押しつけた。悪意をもって、確信犯的「誤訳」がなされたのだ。この言葉のもとに何と多くの人々が死んだことか。恐ろしい話だ。
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西羽 潔

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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