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慰問文(続)

戦時中、政府の国策グラフ雑誌として発行された「写真週報」の昭和
18年3月17日号 P17-19に「送れ 心の弾丸 慰問文」という見出しの
記事が掲載されています。慰問文は「銃後の者のなすべき責務」とし
て、その送り方や注意点を解説しています。
http://www.jacar.go.jp/shuhou/DjVu/A2704801/YA104801/0183/index.djvu

また慰問文は兵士だけでなく、満州開拓団にも送られました。当時の
農村向け雑誌「家の光」では昭和18年に満州開拓慰問文の募集を行い、
入選者を満州見学旅行に招待しています。

5月号には義勇隊訓練本部長賞を受賞した奈良県の国民学校1年生男
児の「ボクモ マンシウヘ」が掲載され、10月号には男児の渡満日記が
掲載されています。

< 僕は国民学校の一年生です。…お父さんがもう3年も兵隊に行っ
ているので、お母さんは毎日もんぺを履いて、田や畑の仕事をしてい
ますが、晩御飯が済むと勇ましい兵隊さんのお話を聞かせてください
ます。そして「お前たちも、大きくなって立派な日本人になるのです
よ」といつもおっしゃいます。…本当に僕も満州に行ってみたくてな
りません。僕もそんな所へ行きたいなあ」と言うと、お母さんは「早
く大きくなって広い広い所で力一杯働いてちょうだい。お母さんも一
緒に行くかもしれないよ」といわれるが、ほんとかしらん。僕の大好
きな先生やお母さんも一緒に行けたらいいんだがなぁと思います。>
http://www.library.pref.nara.jp/event/booklist/W_2009_01/hitosyo06.html

原文はカタカナだそうですが、それにしてもとても1年生とは思えな
い文章ですね。

そういえば戦時中の標語として人口に膾炙した「ほしがりません、勝
つまでは」も、国民学校5年生の女児の入選作として話題になりまし
たが、戦後父親の代作であることが判明しました。

このようにわれわれ子供たちも、戦意高揚や国策遂行に一役も二役も
買わせられていたのです。

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プロフィール

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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