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テニアン島と渡嘉敷島

NHKで放送中のシリーズ「戦争証言」、「兵士たちの戦争」に引続
き新しく「市民たちの戦争」が始まりました。その第3回「楽園の島
は地獄になった ~テニアン島~」と第5回「“集団自決” 戦後64
年の証言 ~沖縄・渡嘉敷島~」を観ました。

テニアン島、渡嘉敷島、どちらも小さな孤島で、住民たちが戦闘に巻
き込まれて逃げ場を失い、集団自決に追い込まれました。

その集団自決にはまず伏線がありました。

テニアン島では、米軍の攻撃が近づいたころ、住民全員が学校に集め
られ、海軍中佐が「もし負けたら皆死んでくれ。捕まったらなぶり殺
される」と演説しました。最後に全員で「海ゆかば」を合唱したら、
金縛りにあったような気がしたと、当時10歳だった人が証言していま
した。

渡嘉敷島では、在郷軍人が青年団などで「戦陣訓」の「生きて虜囚の
辱めを受けず」を教育していました。

そしてどちらの島でも、最後追い詰められた時、住民たちは「米軍に
捕まったら、男はなぶり殺しにされ、女は強姦される。それより死ん
だほうがましだ」と思いつめ、軍から配られたり、貰った手りゅう弾
でお互いに殺し合いました。

あの混乱の中で、軍からの正式な命令など出ようはずはありませんが、
あの集団自決は「軍国主義」に強制されたものであることは明らかで
す。当時子供だった私も、「生きて虜囚の辱めを受けず」を信じてい
ました。

二つの島のいずれにも、自ら肉親を手に掛け、自分だけ生き残った人
がいます。彼らはこの64年間深い業を背負って生きてきました。その
皺が刻まれた顔は、涙なくして見られませんでした。

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プロフィール

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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