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「長崎原爆の日」の各紙コラム

今日は「長崎原爆の日」、新聞各紙の社説はほとんどこのテーマを採
りあげていませんが、やはりそれぞれのコラムでは触れています。

「天声人語」(朝日)
<  車いすに座った小幡悦子さん(80)の足は「くの字」に曲がり、
えぐれた太ももは引きつっている。64年前のきょう、爆心から1キ
ロで被爆した。辛うじて生き延びたが、原爆は容赦のない爪跡(つめ
あと)を体に残した▼昨年、朝日新聞長崎総局の取材を受けた。ため
らいながら「足の写真を撮らせてほしい」と頼む記者に、小幡さんは
うなずいた。「この足が原爆だから……。私が伝えられるのは足だけ
だからね」。つらく、重い言葉である>
http://www.asahi.com/paper/column.html

「編集手帳」(読売)
<国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館がここ(ラスベガス)で特別展
を開いたことがある。被爆者が語る体験談にアメリカの高校生は「知
らなかったことばかり」と驚いていた、と特派員は伝えていた。こう
した取り組みを、息長く積み重ねていくしかないのだろう>
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/column1/news/20090808-OYT1T01066.htm

「発信箱」(毎日)
<  被爆地にはこうした生き証人の他に、負の世界遺産ともいうべき
原爆の惨禍を見せつけてやまない資料館がある。感情を揺さぶる力は、
広島と長崎に特有のものだろう。>
http://mainichi.jp/select/opinion/hasshinbako/index.html?link_id=OE002

「春秋」(日経)
<14歳のとき学徒動員先の長崎の兵器工場で被爆した作家、林京子さ
んの小説「長い時間をかけた人間の経験」の中にこうある。「私は被
爆者だから、被爆を根にした死に的を絞って生きてきた」。70歳を間
近にこう言う主人公はしかし、愕然(がくぜん)とすることになる>
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20090808AS1K0700307082009.html

「夕歩道」(中日、8日夕刊)
< あす九日は、六十四回目の長崎原爆の日。半世紀前、日本銀行の
行員として長崎に勤務した俳人の金子兜太は、爆心地を毎日歩き続け
た。「広場一面火を焚(た)き牙むく空を殺す」>
http://www.chunichi.co.jp/article/column/yuhodo/CK2009080802000268.html

「卓上四季」(北海道)
<日本に、核武装を語る人々がいる。勇ましげな主張は、かつて戦争
を主導した現実無視のラッパと同じ響きだ。長崎の原爆の日、鎮魂と
ともに、より現実的となった核廃絶への道のりを思う。>
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/fourseasons/

「河北春秋」(河北新報)
<恐ろしいのは、米国民の多くが今も同様の考えを持っている現実だ。
米国の大学の世論調査で原爆投下を「正しかった」とする回答が61
%に上り、「間違っていた」という意見は22%にとどまった>
http://www.kahoku.co.jp/column/syunju/20090809_01.htm

「正平調」(神戸)
<学生のころ、初めて海外旅行をしたインドで、出会った人たちに
「日本の町の名前を知っている?」と尋ねた。国際港の神戸も千年の
都である京都も意外に知られていない。トーキョーに続いて名前が挙
がるのはヒロシマ、そして、きょう原爆忌を迎えるナガサキだった>
http://www.kobe-np.co.jp/seihei/0002214466.shtml

「滴一滴」(山陽新聞)
<  きょう9日は、長崎原爆の日である。広島、長崎の被爆地に続く
第3の悲劇を防ぐ決意が大切だ。核廃絶は絶対に実現できる。>
http://www.sanyo.oni.co.jp/column/teki.html

「小社会」(高知)
<現在の天主堂は被爆14年後の1959年、廃虚を撤去した跡に再
建された。500メートルほど離れた爆心地に、移設された遺壁の一
部が残る。もし遺構が保存されていれば、「被爆の証人」として世界
遺産に登録されていたかもしれない。
撤去に至る経緯を追った、長崎市出身の高瀬毅さんの「ナガサキ 消
えたもう一つの『原爆ドーム』」(平凡社)は、そこに米国の意図が
介在したと指摘する。東西冷戦のさ中、「同じキリスト教徒が原爆を
落とした罪の象徴」がいつまでも残ることは不都合だった、との見方
だ。>
http://203.139.202.230/?&nwSrl=247081&nwIW=1&nwVt=knd

「春秋」(西日本)
<「雨垂れ石を穿(うが)つ」と言う。雨垂れの一滴一滴は微小に見
えても、力が一つのところに加わるといつか穴があく
穿ち始めたと思いたい。手応えを感じる人が長崎にもいる。核廃絶を
訴える「高校生一万人署名活動実行委員会」の高校生たちだ。9年目
のこの活動には海外からも署名が届く。ことしは初めて米国の高校か
ら届いた>
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/114290

「水や空」(長崎)
<  「げんしばくだんは、ひどかバイ。痛かトバイ。もう、やめまっ
せ!」。被爆4年後、原爆の惨禍を辛うじて生き残った子どもたちの
手記を「原子雲の下に生きて」にまとめた永井隆博士は、その序文に、
子どもたちの気持ちを代弁して、こう記した?
http://www.nagasaki-np.co.jp/press/mizusora/top.html

 

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プロフィール

西羽 潔

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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