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星に錨に闇に顔

戦時中お父さんが陸軍の補給廠に勤務していたので、食べ物には困ら
なかったという投稿がMLにありました。たいへん正直な告白です。
しかしわれわれ都会の子どもたちはほとんど、いつも腹をすかしてい
ました。白米のご飯などは夢のまた夢でした。同じ歳ながら空腹の経
験がないという友人は、米屋の息子でした。

清沢洌の「暗黒日記」に出てきます「世の中は 星に錨に闇に顔 馬鹿
者だけが行列に立つ」は有名な言葉です。星というのは陸軍、錨は海
軍を指します。闇というのは、正規の配給制度をかい潜った不法行為
です。顔はもちろんコネです。そういえば、今でもすぐ近くにそうい
う国があるようですね。

昨年、NHKテレビで毎日放映されました「あの日 昭和20年の記憶」
で、作家の杉本苑子さんは、戦後すぐ当時の首相であった東久邇宮の
屋敷に女中として住み込んだ時の、次のような体験談を話していまし
た。


奉公に上がったその日に、コックさんが「お苑さん、今日はいいマグ
ロが入りましたが、照り焼きにしますか、お刺身にしますか」と言っ
たので驚きました。闇市に行ったってマグロの刺身などは買えない世
の中でした。それがたかが一女中の夕食に出るのです。もちろんご飯
は白米で、毎日そのようなお食事が出ました。

台所の戸棚を開けると、もう何年もお目にかかれなかったカニの缶詰
などがぎっしり詰まっていました。内閣の事務官たちも食事をしてい
ましたが、私ども子供の時からだってそんなことをしたら怒られるの
に、お茶碗に点々とお米粒付けたまんま残してあるんですよ。


「欲しがりません、勝つまでは」と縛られていたタガから,敗戦で一
挙に解き放たれた庶民が、「国体は護持されたぞ。朕はたらふく食っ
ている。汝臣民飢えて死ね。御名御璽」というプラカードを掲げて皇
居に押し寄せたのは、その後まもなくでした。
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プロフィール

西羽 潔

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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