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セキネ・ズサク氏の身元判明

以前「アッツ島玉砕の生存者を捜しています」で情報をお願いしてい
ました、アッツ島での元捕虜、セキネ・ズサク氏の身元が、このほど
厚生労働省の調査により判明しました。

厚労省の資料によりますと、「セキネ・ズサク」とは偽名で、本名は
「佐藤国夫」、第六要塞山砲隊の陸軍伍長とのことです。捕虜時代身
元を隠すため偽名を使っていたものと思われます。

早速厚労省から教えられた奥様の電話番号にかけてみたところ、佐藤
国夫氏は1987年にすでに亡くなっており、奥様も戦争中のことはよく
分からないということでした。

そこでネットで「佐藤国夫」を検索してみますと、次の2冊の本が見
つかりましたので、早速取り寄せ、拾い読みしました。
(1)「証言私の昭和史4」(テレビ東京編、1984)
(2)「アッツ虜囚記」(佐賀廉太郎著、1978)

この本と奥様の話から、佐藤氏についてわかったことは次のとおりで
す。

<明治42年(1909)、福島県生まれ(存命ならばちょうど100歳)。
大倉高商卒。応召時は東京で工場を経営、すでに3人の子がいた。

第六要塞山砲隊の上等兵として、アッツ島の戦争に従軍。捕虜になっ
て、その後米本土のマッコイ収容所に送られる。英語が少しできたの
で、米軍側との交渉に当たる。捕虜第一号の酒巻元海軍少尉からも感
化を受ける。

1947年“生きた英霊”として帰国。その後はヤマス鋼業という会社の
経営に当たりながら、アッツ島の戦没者の慰霊に尽力、札幌市内に慰
霊碑を建立。1987年死去。>

問題の偽名については(2)に記述があるのですが、「関口治助」と
なっています。またセキネ氏との再会を望んでいる、元米海軍のラデ
ロー氏とのエピソードには触れられていませんし、同氏の話ともやや
矛盾する点もあります。

しかしアリューシャンで撃沈された潜水艦の元乗組員でやはり捕虜に
なった内門義雄元三等兵曹の証言とも、符合する点が多々あります。
われわれとしてはこれ以上調査のしようはないし、厚労省の正式回答
でもそうなっていますので、セキネ・ズサク=佐藤国夫と結論付ける
に至りました。

この件について情報をお寄せいただきました皆さんに、お礼申し上げ
ます。

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プロフィール

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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