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教育勅語

先ほどご紹介しました今朝の毎日新聞の社説に、<教育勅語を再評価
する森喜朗首相(当時)のもとで教育改革国民会議が00年、「郷土
や国を愛する心や態度を育てる」との報告をまとめ、今日へのレール
が敷かれた。>とありました。今の若い皆さんは“教育勅語”といっ
てもお分かりにならないでしょうが、70代以上の方ならきっといろい
ろな思い出がおありでしょう。

戦前・戦中の小学校(国民学校)では、祝日には全校生が登校して式
典が行われました。そのとき、礼装に身を正した校長先生が、白い手
袋に教育勅語を掲げ、うやうやしくそれを“奉読”しました。その間
児童たちは頭を垂れていなければなりませんが、当時の子どもは栄養
状態が悪かったので“洟(はな)垂れ小僧”が多く、あちこちで鼻水
をすする音がかならず聞こえてきたものです。

国民学校の祝祭日の様子は、今西崇浩さんの「『神の赤子』になり損
ねた少国民物語
」に詳しく書かれています。

教育勅語を知らない人のために、原文とその現代語訳をご紹介しまし
ょう。

http://www.assahi.com/kyouikuchokugo.html

このような今の大人でも難解な文章を、当時の小学生たちはお経のよ
うに丸暗記させられていたのです。

Wikipediaによれば、この教育勅語については当初次のような意見も
あり、かならずしも神聖化されたものではなかったとのことです。

<井上(毅)は当初、「立憲国家は臣民の良心に干渉すべきでない」
と勅語自体に反対したが、元田(永孚)の単独執筆では近代化そのも
のを否定する復古的な勅語を起草しかねないと危惧したために、自分
が主たる起草者となることを条件に起草に参加した>

<文部大臣西園寺公望は、教育勅語が余りにも国家中心主義に偏り過
ぎて「国際社会における日本臣民(国民)の役割」などに触れていな
いという点などを危ぶみ『第二教育勅語』を起草したものの、西園寺
の大臣退任により実現しなかった>

しかし昭和に入り軍事色が強くなるにしたがい、だんだん神聖化され
るようになり、軍国主義の教典として利用されるにいたりました。と
くに「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ」というくだりが強く印象に残っ
ていますが、これがわれわれ“少国民”たちに「大きくなれば、兵隊
さんになって、天皇陛下のために戦うのだ」という気持ちを植えつけ
るのに大いに役立ったと思います。

教育勅語について、戦争を知らない世代の皆さんのご感想をぜひお聞
かせください。

またご高齢の皆さんには、教育勅語にまつわる思い出をお願いします。
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プロフィール

西羽 潔

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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