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「もうひとつのシベリア抑留」を観て

一昨夜はたまたま、NHKの二つのチャネルで日本統治下の朝鮮と台
湾に関わる番組が放送されました。放送時間帯がダブっていましたの
で、そのうちの「もうひとつのシベリア抑留 ~韓国、朝鮮人捕虜た
ちの60年~」は録画で観ました。

戦争末期、朝鮮人に対しても徴兵令が施行され、多くの若者が軍隊に
招集されました。そのうち旧満州の関東軍に派兵された兵士たちは、
戦地に着任する間もなく、ソ連軍が侵攻してきて、その捕虜となり、
シベリアに抑留されました。

その後彼らに待ち受けていたのは、朝鮮半島出身者であるが故、さら
に祖国が分断されたため、日本人捕虜を上回る過酷な運命でした。し
かし今ではやっと韓国でもその労苦が認められるようになり、彼らの
口からその波乱に富んだ体験が聞かれるようになったのです。

その体験談の中で、シベリア抑留とは関係ありませんが、ある重大な
証言がありました。それはソ連軍が侵攻してきたとき、関東軍の将校
が日本人の居留民に集団自決を命令したというものです。

将校は小銃や銃剣を貸し与え、「海行かば」を歌うように命じたとの
ことです。子供やおばあちゃんも皆「海ゆかば…」と歌っていたとの
生々しい証言でした。

沖縄戦では、軍が住民に「集団自決」を命じたかどうかで、教科書問
題で紛糾し、裁判沙汰にまでになりましたが、満州では明らかにそう
いう命令があったようです。

「海行かば」の歌詞には「大君(おおきみ)の 辺(へ)にこそ死な
め」とありますが、やはり“皇軍”は天皇を守る軍隊であって、国民
を守る軍隊ではありませんでした。

シベリア抑留を体験された池田幸一さんの詳しい感想もお読みください。
「『もうひとつのシベリア抑留』を見て

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プロフィール

西羽 潔

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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