貞明皇后は和平派だった?
去る7月、「原武史著『昭和天皇』を読んで」の中で、次のように書きま
した。
<戦況が深刻になっても、貞明皇后(当時の皇太后)は自らを神功皇
后に擬して「かちいくさ」を祈り続けましたが、昭和天皇はなかなか
その呪縛から抜けきれず、同じように戦勝を祈り続け、戦争終結を主
張する弟の高松宮の進言にも耳をかそうとしませんでした。>
すなわち原武史氏の意見は、昭和天皇は抗戦派の母の影響を受けて、
なかなか戦争終結に踏み切れなかったということです。
これに対し評論家の鳥居民氏が、今朝の産経新聞のコラム「正論」で、
“貞明皇太后”はむしろ和平派であって、原氏は<二、三の出来事を
誤読、誤解>していると批判しています。
< 神がかりであり、抗戦派である貞明皇太后といった叙述、その呪
縛下にあった昭和天皇といった主張は、事実から遠い。残念ながらと
もう一度言うが、すべては原氏の思い過ごしである。>
「【正論】評論家・鳥居民 『宮中祭祀廃止論』への疑問」
なお文中“貞明皇太后”とあるのは、正しくは“貞明皇后”と書くべ
きでしょう。私にはどちらでもいいことですが、皇室の伝統を尊重す
べしという鳥居氏が書くと、その意見の信憑性も疑われかねますね。
した。
<戦況が深刻になっても、貞明皇后(当時の皇太后)は自らを神功皇
后に擬して「かちいくさ」を祈り続けましたが、昭和天皇はなかなか
その呪縛から抜けきれず、同じように戦勝を祈り続け、戦争終結を主
張する弟の高松宮の進言にも耳をかそうとしませんでした。>
すなわち原武史氏の意見は、昭和天皇は抗戦派の母の影響を受けて、
なかなか戦争終結に踏み切れなかったということです。
これに対し評論家の鳥居民氏が、今朝の産経新聞のコラム「正論」で、
“貞明皇太后”はむしろ和平派であって、原氏は<二、三の出来事を
誤読、誤解>していると批判しています。
< 神がかりであり、抗戦派である貞明皇太后といった叙述、その呪
縛下にあった昭和天皇といった主張は、事実から遠い。残念ながらと
もう一度言うが、すべては原氏の思い過ごしである。>
「【正論】評論家・鳥居民 『宮中祭祀廃止論』への疑問」
なお文中“貞明皇太后”とあるのは、正しくは“貞明皇后”と書くべ
きでしょう。私にはどちらでもいいことですが、皇室の伝統を尊重す
べしという鳥居氏が書くと、その意見の信憑性も疑われかねますね。
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