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帝国陸軍の戦略と国府軍の戦略

今読んでいる本に、蒋介石の次男である蒋緯国が語った興味ある話が
ありましたので、ご紹介します。

蒋緯国という人は実は養子で、実母は日本人です。蒋介石に育てられ、
ドイツで軍人教育を受け、日中戦争や国共内戦で国府軍の指揮を取っ
た軍人です。

その蒋緯国に、作家の保阪正康氏が1992年に台湾で会ったとき、彼は
こう言ったそうです。

「日本の軍国主義が最終的につぶれていくというのは完全に私たちの
予想の範囲のなかにありました。中国に攻めこんだ国ががどういうふ
うにつぶれていくかというのは歴史のなかでぜんぶ証明されているの
に、そして私たちはその戦略をもっているのに、日本軍はそのとおり
に入ってきた。あなたたちは、南京から重慶、成都へと日本軍が得々
と侵略して入っていったというでしょう? 違いますよ。あれは私た
ちがずうっと引きずっていったんですよ。引きずって引きずって、そ
して補給が絶えたときに敵は自然に崩壊するというような作戦だった
んですよ。私は半分、日本人の血が入っていますけれども、日本軍国
主義を憎悪することにおいては共産主義の比じゃありませんから」
(保阪正康+半藤一利「『昭和』を点検する」)

当時の帝国陸軍は、“支那”など一撃の下に倒せると安易な考えで戦
争をおっぱじめました。いわゆる「対支一撃論」です。そして首都の
南京を陥落させた時、これで中国は手を挙げるだろうと考えていまし
た。

私はまだ幼児でしたが、南京陥落を祝う提灯行列を見て、喜んでいま
した。もちろん子供だけでなく、大人も、政治家も、軍人も、そして
大元帥陛下も、連戦連勝に酔いしれていました。

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プロフィール

西羽 潔

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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