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第2回 あの戦場体験を語り継ぐ集い

昨年第1回が開かれました戦場体験放映保存の会主催の「あの戦場体験を語り継ぐ集い」が今年も下記のように開かれます。皆さんお出かけください。

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 2008年9月28日(日)
 午後1時~3時半(12時開場)
 東京都・日比谷公会堂 【入場無料】
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63年前の戦場の実相を語るため、北から南から、老兵たちが集まります。

■サイパン 全員玉砕の戦地から私だけなぜ還った。(故人・VTR)
■ニューギニア 目的の島に着く前に2千人が292人に減ってしまった。
■巡洋艦・愛宕で ミッドウェー海戦、ソロモン海戦、ガ島撤退に連続参加。
■インパール軍医 負傷兵の腕を手術中、我が足を弾が貫く。二人で逃げ惑う。
■ラバウル 駆逐艦で。島に近づく艦船はことごとく被弾。艦橋は跡形も無く。
■ノモンハン 死体置き場で焼却寸前、7日目に生存が発見される。
■シベリア抑留 酷い食糧、最後は自分の糞を食べた。
■ガダルカナル (ガ島戦友会長)上陸から撤退まで全部見た。
■北支・軍医 捕虜を生体解剖、その記憶がまぶたから離れぬ。
■南支・初年兵教育 命令でやむなく捕虜を刺した私。
■中支 命令でも苦力(クーリー)を刺せなかった私。
■中国・最後の初年兵 行き先も知らされず3千?を歩く。
■軍属 船ごと徴用され撃沈された。島へ泳ぐ。
■秘密基地建設中の 強制連行の朝鮮人は、敗戦前夜、全員行方不明。
■硫黄島 地下壕40度を死体と共にいかに生きたか。
■沖縄戦 その空を守る日々、我が機も被弾。炎上の機体から脱出。
■ルソン島 富永司令が逃亡後、飛行兵は歩兵に。蛆虫を喰って生き延びる。
■特攻基地 せめて練習用赤とんぼでない飛行機で行かせてくれの声続く。
■北支 至近距離の八路軍と、相手の投げた手榴弾を投げ返す激戦。
■パレンバンで 「空の神兵」と呼ばれた私がなぜ脱走を決意したか。
■満蒙 15歳の少年兵は『お母さん』と泣いた。
■比島在住 現地召集、収容所で家族5人の惨死を知る。
■パラオ島 (最後に96歳、静岡からの登場)疫病で川に沿って死者ずらり。

主催:戦場体験元兵士の会・戦場体験放映保存の会
戦場体験放映保存の会ブログ

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プロフィール

西羽 潔

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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