ある元戦犯と“アジア解放”
24日に NHK 教育テレビで放映されました 「BC級戦犯(2)“罪”
に向きあう時」の録画を観ました。番組には、先に「『地獄の日本兵』
を読んで 」でご紹介しました「地獄の日本兵 ニューギニア戦線の真
相」という本を書いた飯田進氏が出演されていました。
飯田氏は若い頃吉田松陰に心酔し、アジア解放に一生を捧げようと、
インドネシア語と剣道を学びました。そして1943年志願して海軍民政
府職員となり、ニューギニアへ赴任しました。
彼が戦犯の罪に問われたのは、敵軍のスパイと疑われた原住民の男性
を、上官の命令で処刑したからです。最初はもっとも年次の若い朝鮮
半島出身の兵士が銃剣で刺殺を命じられたのですが、彼が緊張してう
まく突けなくて男性が苦しむのを見て、軍刀で止めを刺したのだそう
です。
またある時、調達した食糧を運ばせるため、女性と子供を「自分は住
民のための民政府の職員だから、命は絶対に保証する」と言って連れ
てきたことがあります。ところが軍の上官は、自分たちの居場所が通
報されるからという理由で、飯田氏の反対を押し切って、その婦女子
も処刑していまいました。
これについて飯田氏はテレビで次のように語っていました。
「戦争は殺すか、殺されるか、ですから、敵に加担した者や通じた者
は殺されても止むを得ないと思っていました。しかし罪のない女性や
子供まで巻き添えにするなんて、人間としてとても許せませんでした。
その時から、この戦争に疑問を持つようになりました。アジア解放な
んて何だったろう」
「大東亜戦争はアジア解放のためだった」などとノーテンキに言う若
者たちに、あの飯田さんの苦悩に満ちた言葉を聞かしてやりたいと感
じました。
に向きあう時」の録画を観ました。番組には、先に「『地獄の日本兵』
を読んで 」でご紹介しました「地獄の日本兵 ニューギニア戦線の真
相」という本を書いた飯田進氏が出演されていました。
飯田氏は若い頃吉田松陰に心酔し、アジア解放に一生を捧げようと、
インドネシア語と剣道を学びました。そして1943年志願して海軍民政
府職員となり、ニューギニアへ赴任しました。
彼が戦犯の罪に問われたのは、敵軍のスパイと疑われた原住民の男性
を、上官の命令で処刑したからです。最初はもっとも年次の若い朝鮮
半島出身の兵士が銃剣で刺殺を命じられたのですが、彼が緊張してう
まく突けなくて男性が苦しむのを見て、軍刀で止めを刺したのだそう
です。
またある時、調達した食糧を運ばせるため、女性と子供を「自分は住
民のための民政府の職員だから、命は絶対に保証する」と言って連れ
てきたことがあります。ところが軍の上官は、自分たちの居場所が通
報されるからという理由で、飯田氏の反対を押し切って、その婦女子
も処刑していまいました。
これについて飯田氏はテレビで次のように語っていました。
「戦争は殺すか、殺されるか、ですから、敵に加担した者や通じた者
は殺されても止むを得ないと思っていました。しかし罪のない女性や
子供まで巻き添えにするなんて、人間としてとても許せませんでした。
その時から、この戦争に疑問を持つようになりました。アジア解放な
んて何だったろう」
「大東亜戦争はアジア解放のためだった」などとノーテンキに言う若
者たちに、あの飯田さんの苦悩に満ちた言葉を聞かしてやりたいと感
じました。
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