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特攻隊は志願?強制?

MLで、次のような質問がありましたので、それに対するレスを
転載します。

> あの、初歩的な質問かもしれませんが、特攻隊って、志願してな
> るのですか?
> それとも、強制だったのですか?
> あるいは、その中間で、嫌がると家族に迷惑がかかるとか、仕方
> なしに志願したのですか?

すでに他の方がお答えになっていますが、「いま特攻隊の死を考え
る」(白井厚編、02年7月、岩波ブックレット)から、ご参考になる
部分をご紹介します。筆者の白井厚氏は、1930年生まれ、特攻隊員
より少し年少の方です。

--------------------------------------------------------------
しかし特攻隊員は、多種多様だったことを先ず注意しなけれぱな
りません。本当に自発的に志願した人、一時の興奮や集団の圧力でな
った人、ほとんど命令でなった人などさまざまです。それから職業軍
人、学徒兵、一般の兵、少年兵、さらに兵器の違い、陸軍と海軍の違
い、階級の違いたど、実に多様です。隊員の具体的な動機は何だった
のか、中で何を考えていたか―。それは、画一的なものが多いげれど
も、彼らが残した手紙や遺書でもある程度わかります。

ひとたび隊員となれば、近い将来に命令によって必ず死ぬ身です。
彼らはなぜ参加したのか。一番多いのは、国を守るため、家族を守る
ため、故郷の山河を守るため、愛する人、子どもたちを守るため、天
皇を守るため、などです。それから、戦友の仇を討つ、米兵に男の意
地を示す。卑怯と言われたくない。どうせ死ぬなら華々しく二階級特
進で、という人もいます。平泉澄の本を読んで感動したからというも
のもあります。『きけわだつみのこえ』(岩波文庫)に収録されてい
る佐々木八郎は、“日本に生きる青年としてこの世界史の創造の機会
に参画できることは光栄の至り”(新版)と書きました。もう勝利の
見込みはなくなっても、せめて講和の条件を有利にするために敵艦を
沈める、と書いた人もいます。

隊員となってから出撃(自爆)するまでの期間には、徴妙な問題が
たくさんありました。家族のこと、故郷のこと、自分の短い人生のこ
と、そして戦争のこと、国家の前途、人類の将来など。おそらく国家
と私情の矛盾、そして国のあり方と自分の思想との矛盾に苦しんだ人
が何人もいます。それは、当時の一般国民の常識を越えた、驚くほど
厳しい言葉となって今も残っています。そのいくつかを、『きけわだ
つみのこえ』の中に見ましょう。

職業軍人批判―“今宣言する! 帝国海軍のためには少くとも戦争
しない。……以後は、彼ら(海軍兵学校出身者のこと)とは決して妥
協しない。……私は今度は「アソデルセン」のおとぎの国へ行って、
そこの王子様になります。そして小鳥や花や、木々と語ります”(林
憲正)。

海兵出のもっとも大きな欠点は、かかる人間としての未熟さにある
と信ずる。……あまりにも狭量に、あまりにも排他的に、あまりにも
独善的……(杉村裕)。

「学徒出陣」讃美批判―“出陣を鼻にかけ、看板にし、町や駅をのさ
ぼっている学生を見ると反感さえ持ちたくなる。……同年輩の者は既
に征き、妻子ある者も続々征っている”(市島保男)。

形式批判―“はっきり言うが俺は好きで死ぬんじゃない。……俺み
たいなバガポンドは墓は要らない”(大塚晟夫)。

軍隊批判―“軍隊においてもまた矛盾あり。……我は不言実行、矛
盾の絶減を期せん。……悠久の大義に生きるとか、そんなことはどう
でも良い”(上原良司)。

“人間は……少しも進歩していないのだ。今次の戦争には、もはや
正義云々の問題はなく、ただただ民族間の憎悪の爆発あるのみだ。…
…恐しき哉、浅ましき哉。人類よ、猿の親類よ”(長谷川信)。

特攻隊員と言えぱ、天皇崇拝者で、上官の命令一つでロボットのよ
うに突入するコチコチの軍人、と思われることがありますが、残され
た手記を読めば、家族を心配し恋人を慕う多感な青年、そして当時稀
に見る批判精神の持ち主がいたことがわかるでしょう。こんな知性や
感性を持ちながらなぜ特攻隊を「志願」し死んでしまったのか、その
理由は、敗戦問近の異常な情況と「実質的強制」、長年の「滅私奉公」
教育以外は私にはよくわかりません。特攻隊という限界状況の苦しみ
の中だったからこそ、彼らの批判精神は研ぎすまされ、軍隊や戦争の
本質を洞察したのかもしれません。

ただ明らかなことは、一億一心で戦って戦争に負けた国民の多くが、
戦後に彼らの中に苛酷な試練とそれに負けなかった精神を見出し、彼
らの書を読んで驚きの中から日本人の自信を取り戻していったこと、
そしてこのような悲劇が二度とあってはたらないと考えたことです。

軍国主義下の厳しい思想弾圧と無謀な戦争の中で、そして軍隊とい
うさらに厳しい閉塞状況の中で彼らは特攻隊に行かざるを得なかった。
もし当時の日本にほんの少しでも自由があったら、世界の情勢につい
ての情報を得ていたら、そして指導老が判断を誤らなかったら、彼ら
は死ぬことはたかったでしよう
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プロフィール

西羽 潔

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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