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敵兵を救助せよ!(続)

06年7月に、太平洋戦争中多数の英海軍将兵を救助した旧海軍の駆
逐艦長、工藤俊作の行動を追った「敵兵を救助せよ!」という本が出版
されたとお伝えしましたが、昨年4月このエピソードがテレビで放送され
ました。

その放送のビデをが下記でご覧になれます。
「戦場のラストサムライ 知られざる奇跡 敵兵を救出せよ」
1 of 3 http://www.youtube.com/watch?v=wRcOmYgdp4E
2 of 3 http://www.youtube.com/watch?v=QByCyliKXcI
3 of 3 http://www.youtube.com/watch?v=Q_SbowJUWV4

たいへん感動的な話で、当時の海軍軍人としてはなかなかできないこ
とだと思います。これが日露戦争の頃だったら、帝国海軍の鑑として
広く喧伝され、教科書にも載ったかもしれません。

しかし“鬼畜米英”が叫ばれていた当時は、この美談は国民にはいっ
さい知らされていませんでした。もちろん大元帥陛下の耳に達し、
「武士道の誉れ」といったご嘉賞の言葉があったとも思えません。

工藤艦長はその後他の駆逐艦の艦長に転じましたが、その年の12月に
は海軍施設本部部員、翌年には海軍予備学生採用試験臨時委員を命じ
られ、さらに44年末から体調を崩し、翌年3月15日に待命となったと
のことで、この事件以降出世コースから外れたといえます。

彼は体格が良く柔道の有段者でしたが、性格はおおらかで温和であり、
艦内では鉄拳制裁を厳禁し、部下には分け隔てなく接したとのことで
す。ある意味で、当時の帝国海軍では少数派だったのかもしれません。

こういう“美談”を語り継ぐことは結構なことだと思いますが、同時にこの
ような“美談”が美談でなく、まったく隠蔽される世の中であったこともま
た語り継がねばと思います。

これをただ単に“美談”としてもてはやすのは、同時に当時の帝国海
軍や軍国主義に対する批判ということになるのではないでしょうか?

今年の5月、<この事績をひろく世界に向けて発信する事は、日本国
の国益としても大いなる意義があることと信ずるところであります>
という趣旨で、「故海軍中佐工藤俊作顕彰会」(会長:平沼赳夫)が
発足しました。

「故海軍中佐工藤俊作顕彰に関する趣意書

協賛にはなぜか、工藤元艦長が祀られてもいないのに靖国神社の名が
あります。パール判事と同じく境内に顕彰碑が建つのでしょうか。戦
後もずっと沈黙を守ってきたという工藤は地下でどう思っているので
しょう。


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[テレビ]奇跡体験!アンビリバボー~戦場のラストサムライ・敵兵を救助せよ

フジテレビ 2007年4月19日放映「奇跡体験!アンビリバボー」において放送。番組では特別に海上自衛隊の協力で、海上ロケで再現ドラマを作成して放映。番組では前フリ:「日本人の品格」全体まとめ:「武士道の精神で救った」として構成。完全な美談として放映。 (原作)敵

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プロフィール

西羽 潔

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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