調布の不発弾処理、B29撃墜の目撃談
昨日東京・調布市で、住民およそ1万6千人に退去命令が出されるとい
う大掛かりな不発弾処理が行われましたが、この不発弾は1945年4月7
日に東京に襲来した米軍の爆撃機・ B29に、日本の戦闘機・飛燕が体
当たり攻撃した際、落下したものとみられています。
当時中学生であった岡田敬造さん(77)は、勤労動員に向かう途中そ
の瞬間を目撃し、日記帳にスケッチしていました。昨日の FNN ニュ
ースで岡田さんがそのときの様子を語っていますので、そのビデオを
ご覧ください。
「東京・調布市の不発弾処理終了 当時、米軍機撃墜の瞬間を目撃し
た男性がその様子を語る」
なおこの飛燕を操縦して B29に体当たりし、落下傘で生還した古波津
里英少尉(当時)は、06年 10月、87歳で逝去されました。 B29撃墜
時、主翼の落下で防空壕に避難していた住民8名が犠牲になりました
が、古波津氏はそのことに責任を感じ、戦後何度も墓参を希望したも
のの、ことごとく遺族に拒否されたとのことです。
う大掛かりな不発弾処理が行われましたが、この不発弾は1945年4月7
日に東京に襲来した米軍の爆撃機・ B29に、日本の戦闘機・飛燕が体
当たり攻撃した際、落下したものとみられています。
当時中学生であった岡田敬造さん(77)は、勤労動員に向かう途中そ
の瞬間を目撃し、日記帳にスケッチしていました。昨日の FNN ニュ
ースで岡田さんがそのときの様子を語っていますので、そのビデオを
ご覧ください。
「東京・調布市の不発弾処理終了 当時、米軍機撃墜の瞬間を目撃し
た男性がその様子を語る」
なおこの飛燕を操縦して B29に体当たりし、落下傘で生還した古波津
里英少尉(当時)は、06年 10月、87歳で逝去されました。 B29撃墜
時、主翼の落下で防空壕に避難していた住民8名が犠牲になりました
が、古波津氏はそのことに責任を感じ、戦後何度も墓参を希望したも
のの、ことごとく遺族に拒否されたとのことです。
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