敗戦の日の黒澤明
今は亡き映画監督の黒澤明は、自伝の中で終戦の玉音放送を聞いた時
のことを書いていますが、あるブログでそのを部分が引用されていま
したので、ご紹介します。
< 黒澤明は『蝦蟇の油―自伝のようなもの』という自伝のなかで4
5年8月15日の記憶を次のように書いている。当日、黒澤は玉音放
送を聞くために撮影所へ呼び出されていた。
▼往路、祖師谷から砧の撮影所へ行く商店街の様子は、まさに一億玉
砕を覚悟した、あわただしい気配で、日本刀を持ち出し、その鞘を
払って、抜身の刃をじっと眺めている商家の主人もいた。詔書が終
戦の宣言である、と予想していた私は、この有様を見て、日本はど
うなる事かと思った。しかし撮影所で終戦の詔勅を聞いて、家へ帰
るその道は、まるで空気が一変し、商店街の人々は祭りの前日のよ
うに、浮々とした表情で立ち働いていた。これは、日本人の性格の
柔軟性なのか、それとも虚弱性なのか。私は、少なくとも、日本人
の性格には、この両面がある、と考えざるを得なかった。この両面
は、私自身の中にもある。もし、終戦の詔勅がなく、いや、あれが
一億玉砕を呼びかけるものだったら、あの祖師谷の道にいた人達は、
それに従って死んだろう。そして、おそらく、私もそうしたであろ
う。>
「黒澤明全作品30作の放映(9) 『虎の尾を踏む男達』」
のことを書いていますが、あるブログでそのを部分が引用されていま
したので、ご紹介します。
< 黒澤明は『蝦蟇の油―自伝のようなもの』という自伝のなかで4
5年8月15日の記憶を次のように書いている。当日、黒澤は玉音放
送を聞くために撮影所へ呼び出されていた。
▼往路、祖師谷から砧の撮影所へ行く商店街の様子は、まさに一億玉
砕を覚悟した、あわただしい気配で、日本刀を持ち出し、その鞘を
払って、抜身の刃をじっと眺めている商家の主人もいた。詔書が終
戦の宣言である、と予想していた私は、この有様を見て、日本はど
うなる事かと思った。しかし撮影所で終戦の詔勅を聞いて、家へ帰
るその道は、まるで空気が一変し、商店街の人々は祭りの前日のよ
うに、浮々とした表情で立ち働いていた。これは、日本人の性格の
柔軟性なのか、それとも虚弱性なのか。私は、少なくとも、日本人
の性格には、この両面がある、と考えざるを得なかった。この両面
は、私自身の中にもある。もし、終戦の詔勅がなく、いや、あれが
一億玉砕を呼びかけるものだったら、あの祖師谷の道にいた人達は、
それに従って死んだろう。そして、おそらく、私もそうしたであろ
う。>
「黒澤明全作品30作の放映(9) 『虎の尾を踏む男達』」
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