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シンポ「戦争体験者から受け継がねばならないこととは?」(続)

昨日のシンポジウム「戦争体験者から受け継がねばならない
こととは?」に出席された方から、詳しい内容の説明や感想
をMLに投稿していただきました。

転載歓迎ということなので、以下コピペします。
4日、兵庫県・関西学院大学にて開かれた
戦争セミナー「戦争体験者から受け継がなければならない事とは?」
に、参加してきました。
関西の大学生の方たちが企画したイベントでした。

・・・この文章を紹介するにあたり、
私自身のことを言う必要があるかと思います。
私は、40代半ばです。戦争未体験者です。

大変長くなってしまっていますので、
先に 参考サイトを紹介します。

・企画グループの方のサイトです。
 http://1hero1mission.jp/top.php

・「男たちの大和-YAMATO-」の公式サイトです。
 http://www.yamato-movie.jp/

・最後に書いています メッセージポスターのGIF画像を、
 しばらくの間 公開して頂いています。ご覧ください。
 http://1hero1mission.jp/img/pub/06030305out.gif

イベントの内容を、簡単に紹介します。

第1部は、「映像から見る戦争」。
大学生の方が制作した、「戦争」について映像化した
約30分のものです。

第2部は、「男たちの大和-YAMATO-」の監督である
佐藤純彌さんの講演。約1時間程度。

休憩をはさみ、
第3部は、小グループに分かれ、
20人の戦争体験者からのお話と対話 という内容のものでした。

全体で、約3時間弱。
一気にするには、ご高齢の方には
少々難のある時間だったかもしれませんが、
にもかかわらず 多くの若い人と ご高齢の方が 参加された、
大変中身の濃い よい企画でした。

私は開演と同時に場内に入りましたので 30分くらい待っていたのですが、
その間 ジャージ姿の若者たちが 何十人も入場してきました。
もしかしたら、サッカーか何か 運動サークルの人たちが
活動中?それとも終わってから?入ってきたような感じで。
関学の学生さんに 誰かが 「観に来てや!」と 宣伝したのでしょうか。
それを聞いて「観に行こうや」と 仲間を誘って 参加したのでしょうか。
自分の時間 自分の生活の中で 「戦争」について
関心を持っているかのようで、とても好感を持てました。



第1部の映像は、
なにより、「考え」て 「形にしたもの」を 「人に見せる」、
そういう 「表現行動」を「実行」したことに 大変感動しました。
内容については、観た人 作った人が また 意見を交換すればいいこと。
良し悪しではなく。 「良し」も「悪し」もなく。 心意気に意味がある。

ただ 映像についての 私自身の感想としては、
「戦争」の映像としては、「タマの撃ちあい」「火の吹きあい」というイメージに
留まっていたように感じます。
果たして、戦争とは それに留まるものなのでしょうか?
制作者の言葉が映されます。「私たちは 『戦争』を 知らない」と。
最後には 「国を守る」 という言葉が 映されていたように 記憶しています。

制作者の方が 「戦争」を 果たしてどんな風に想像したのか、
観た側としては やや わかりにくかったのが 少し心残りでした。

でも。
もし、わからない ということでしたら、
それでも全然構わないことでしょう。
当然でしょう。ちょっとやそっとでわかるもんじゃあないでしょうし。
どうか これからも 想像し 考え続けてほしい と 思います。

ともあれ この映像は
「考えた形の表れ」という意味で 価値あるものと 私は思いました。

佐藤さんの講演内容は、果たして
監督としての テーマなどを お話されるのかと思いきや、
講演時間のほとんどが、日本の近現代史中の歴史の話で 少々驚きました。
歴史として 残されていること。 研究により後日判明したこと。
これは、若い人には 価値ある内容だったと思います。

講演の最後で佐藤さんがお話されたことを、一部メモしました。
以下列挙します。
(メモですので、不正確かもしれませんし、
 自分の言葉に置き換わっている箇所もあるかと思います。ご了承下さい)

・最近の日本の動向で、一番恐いのは、
 ジャーナリストの集中的な煽り。
 これは、「集中的貧困」。
 多様な情報の中で、何が正しいかわからなくなると、
 一番大きな声にのせられてしまう。

・「戦争への道の準備」が進んでいる。
 10年後に、憲法がどうなるか? これは、皆さんの問題です。
 (※「皆さん」とは、おそらく、若い人を指して言ったのかと思います。
   勿論 老若問わずでもあるでしょうけれど)

・ヨーロッパのジャーナリストから聞いたこと。
 「ヨーロッパには、もはやナショナリズムという概念がない。
  一国ではなく、複数の国がつながる考えに変わっていっている。
  だが、アジアには、まだナショナリズムが残っている。」

・ゲッペルズ(ナチスドイツの宣伝大臣)の言葉。
 「国民を戦争にかりたてるのは簡単。『仮想敵国』を作ることだ」

・(質問「防衛のために軍隊は必要なのでは?」に対して)
 軍事力は、より大きな軍事力に負ける。
 だから、「競争」になる。「抑止力」には、なりえない。

質疑応答で、ある方(戦争体験者)が、こうお話されました。
「私が戦争に行った時は、愛する女性はいたけれど、
 愛する女性のためなんて思わなかった。国のために行こうと思った」
・・・その後で 休憩中、ある若者の男性が
「んー あれ(上の質疑応答の件のようでした)聞いてなー
 俺、映画観る気なくした」
ちょっとくすって おかしくなりました(^^;;

もしかしたら、単に 映画と実際とに「ギャップ」を感じて、
映画に対して「フィクション性」を感じて
それに幻滅しただけなのかもしれませんが。「嘘やったら嫌や」みたいな。

でも。もしかしたら こうかな? とも、受け取りました。
若い人にとって、「男たちの大和」に関心を持つところは
『愛する人のため』が 戦争へ行く動機になるのか、
という部分なのかな? と。

私は、この関心の向け方は、
とてもまっとうで、自然で、普通で、健全だと思います。

自分の命 や、 家族、愛する人 や、 国、
もし戦争が起こった時・・・ と想像し、
これらの関係や 「バランス」を考えることは、
大切なことだと 思います。
考えないと。自分の中で答えを見つけないと。

#ちなみに私は、
 「愛する人のためを守る」ことと「国を守る」ことは、
 全くつながりません。
 さらに、「国を守りたい」なんて、全く思いません。
 自分の命 愛する人の命を守ることだけを、考えます。

第3部で 私がお伺いした くぼたさんという方のお話を、
以下要約します。

・中国で生まれ、1937年、19歳で、中国で入隊した。
 (私の記憶です。メモしていませんので、定かではありません)
 中国で生活していたために、中国人の考えがわかるということで、
 通信・スパイの仕事を受け持った。

・敵の本拠地に侵入するため、中国兵になりすまして進軍した。
 最後の砦を通る時に、先頭にいた私は、尋問中銃口をつきつけられていた。

・行きはその砦をなにもなく通過できたが、相手にはばれてたに決まってる。
 (単にうまくだまし通せただけのこと)
 なので、帰りに同じルートは絶対に危険だと言い張ったが、
 「だましきれた」と思い込んでいる(手柄にもしたい?)小隊長は聞かず、
 同じ砦を通ることに。案の定、攻撃され、ほぼ全滅。
 酒もよく飲み 慰安所仲間でもあった 軍隊での親友が目の前で即死。
 彼の遺体だけはどうしても連れて帰った。

この後、日本軍に嫌気がさし、反日軍に入ったそうですが、
「武勇伝」は反日軍に入るまでのスリルに満ちた道中の話で
なかなかその先に進むことができず 残念ながら時間切れとなりました。

若い人は、熱心に聞いていました。
くぼたさんは やんちゃそうな感じの方でしたので、
かなり「いけいけ」的な内容のお話だったかもしれませんが、
戦争に参加して 戦後となり これまで60年間の中で思った
「政治」的な思想・発想 よりも、
当時の気持ちを思い出して頂き その体験をお話して下さる
ことの方が 私は ありがたいと 思います。
生身の声って 大事ですね。

以下、お話を伺って、思ったことです。

同じ戦地・同じ戦争の中で、
統一された目的による統括された作戦で軍事行動できなかった。
また、兵力を「兵隊の数」で推し量っていた様子。

戦争は、「目的」があるものなのでは?
軍事力は、「兵器の能力」によって決まるのでは?

アメリカは、当時 飛行機から爆弾落としていた というのに、
「敵地を攻める」のに、歩兵が進む?
誰が考えたん? 阿呆?

なんて、当時の日本軍は、「軍隊として」幼稚で愚かで、
戦争できるに値する能力を持っていない組織だったのか。

この阿呆さは、軍部の能力です。

実際に戦争する「能力」が 全く欠落していた。
つまり、ただの野蛮な集団です。

この「野蛮な集団」が、日露戦争以降とったスタイルが、
「現地調達」。
内地には物資がない。
だから戦争しなくてはいけなかった?
だから現地調達?

物資がないなら、戦争「できない」。
それが普通の考え方。
「戦争するために必要なもの」がないんだから。

根本的に矛盾してるやん?
誰が考えたん? 阿呆?

そんな「阿呆な道理」で、戦争したんか?

明治から 昭和、戦時中までの、
日本という国を動かしていた人たちの
「阿呆さ」が 本当によくわかりました。

だから。
「国を守るため」という、当時の「謳い文句」は、
その文句そのものが、論理崩壊しています。

でも、「阿呆」は その「謳い文句」で、若い人たちをだまし、
中国で 東南アジアで
アメリカ人を殺し、中国人を殺し、その地の人たちを殺し、
「自分の国」の人を 殺し、殺し、ただ殺し続けた。

今。
「国を大事にする。国を守る。」と連呼している 人たちがいます。
一般の人の意見発表なら、ひとつの意見として伺えます。
でも、

為政者の中に います。

その人が、もし
昔の「謳い文句」と 同じ道理で言ってるのなら、
それは 「国民を殺す」という意味で 受け取っておいた方がよいでしょう。

確かに、当時、日本だけでなく、
「列強諸国」と言われる国が 「植民地政策」をとり
「軍事力」により 「侵略」する というスタイルが ありました。
日本だけじゃなかった。

「日本だけじゃなかった。」
日本だけじゃなかったことは、事実だと思います。

「だから、当時とってしまった方針、向いてしまった方向は、
 仕方なかった。無理もなかった。」
無理もなかったと思います。

「日本が、他の国と違い、『軍事力』を行使しない方針だったら、
 攻められていた。殺されていた。」
その通りだと思います。

ただし、この価値観で、「今」の世界を推し量るのは、間違っています。

「これからのこと」を考える時に、
「日本だけじゃない」という物言いは、全く理由にはなりません。
これだけ、「国」という「単位」の独自性が 国際的に認められ、
その「国」の 「間の関係」を 数十年前よりも
考え合うように 変わってきている この「現代」で、
「これから 『自分たちは どうする』」が 言えない ・・・だとしたら。

「国際社会」 ・・・「国」の単位を超えた人との間の関係 に
参加できる思考には至っていない。
そう考えざるをえません。

終わってから、戦争体験された数名の方たちと ご一緒させて頂き、
お食事させて頂く機会を 持たせて頂きました。
そこで、一部の方から、このような言葉を伺いました。

「戦争は、絶対になくならない。」

実は、少々がっかりしました。
「なくならない」と思っていることに対して ではありません。

「これから」のことを 考えようとした時に、
どうして、
「他人の行動」を 話すのか?

そのことに、がっかりしました。

たとえば、もし、
戦争という未来に反対しているのであれば、

「自分たちは、戦争しない。」

これしか言えないのでは?

この言葉の後には、さらにこう続けることができるはずです。

「残念だけど、なくならないかもしれない。
 頑張って なくしたいけど、なくせないかもしれない。
 でも、
 誰が、どこの国が、たとえ何をしようとも、
 自分たちは、しない。」

自分のこと 自分たちのこと。
自分たちがどうするかを、話したいです。

未来の話をして、
「自分たちがどうするか」を 話して、
たとえそれが「戦争する」「軍隊を持つ」でも、
全然構わないと 私は思います。
・・・私はたぶん反対しますけど(^^;;
でも、全然構わないです。

そんな「対話」をすることが広がることを、私は望みます。

会場で、文字だけの「メッセージポスター」が、数枚貼られていました。
このポスターに、感動しました。
そこには、「今の自分の生活」「今の自分の感覚」で綴られた
言葉が 書かれていました。

率直に話すこと。
みんなで考えようと望み、願うこと。
このような意思表明に 意味があると 私は思います。
このポスターを最初に一目見て、
「ああ、今日のこの企画は、いい企画やなあ」って 感じました。

制作者の方を紹介して頂き、許可を頂きましたので、以下紹介します。
(尚、実際のポスターには、改行がありません。
 以下の文章は、私の判断で、適宜改行を入れています。)

いや、もちろん考えてるよ、絶対ダメだよね、戦争。
オレはいつだって声を大にして言うよ
だってやっぱ殺し合うなんてよくないじゃん。
アメリカだって、アルカイダだっけ?
テロにあったりして、最低だね。
人が人殺して言い訳ないじゃない。
どうしてわかりあえないのかな。ホント最低。
やっぱり宗教の違いってやつ?から始まるんだろうね。
おれら日本人は無宗教っていうか、
他人の宗教のことなんてあんまり考えないから、
その感覚わかりにくいよね。
戦争ってどうやったらなくなるのかな。
みんなで考えてみようよ。
日本は唯一の原爆被害国じゃん。
じいちゃんたちが実際に戦争いって悲惨な目にあってるわけじゃん。
そういうのもっと真剣にさ、おれらで考えて
戦争のない素敵な世の中つくりたいよね。
おれはさ、なんとなく戦争反対。ってカッコ悪いと思う。
なんかポリシー感じないっていうかミーハーな感じ?
それと一緒でとりあえず平和ってのも危ない気がする。
まずどうして戦争が起こるのかって考えてみない。
なんでだろう?うんん、戦争おこすやつがいるから。
というか武器なんて持つから戦争だめなんじゃね。
そうだ、いいこと考えたよ。
ブッシュもフセインもビンラディンも小泉さんもさ、
いっしょに温泉でもいってさ、
熱燗持っていってもいいからさ、背中流しあってさ、
まったり語り合えばいいじゃん。
裸の付き合いってやつでわかりあえるんじゃね?
とにかくさ、戦争よくない。絶対よくないよ。
なんかこう、自分達と違う宗教は認めないとか、
自分の国の利益のためだとか、
自分の国が良ければそれでイイ!みたいなのが戦争おこすんだよね。
戦争なくす方法を考えてみようよ。
みんなで真剣に。
明日から自分にできること。
だれか腕につける戦争反対バンドみないなつくってくれないかなー、
シロはかぶるから他の色で、かっこいいのがいい。

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はじめまして、戦争を知らない世代の僕たちには、過去について知らない事が多すぎます。次回掲載も楽しみにしてます。今回は勉強になりました。

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色付きの文字ブログを見て今、学校で習っているところなので、とても勉強になりました。是非良かったら、第二次世界大戦のことも教えてください。体験者のコメントなど知りたいので、また今度このブログv-238ご拝見します。よろしくお願いしますv-20

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プロフィール

西羽 潔

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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