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日中戦争で戦死した 一兵士の手紙

戦争を語り継ごう -リンク集-」に、新しく「日中戦争で戦死し
た 一兵士の手紙」を掲載しました。

このサイトは、MLメンバーのKTさんとちょうど同じ頃、自動車部隊
に所属して中国で戦われた一兵士が、1938年(昭和13年)に戦死され
るまでの約1年間に、妻子や親族に宛てて出された手紙の内容を公表
したものです。

当時はまだ、その後の太平洋戦争時よりは検閲も緩かったのか、次の
ような文章も見られ、驚きました。戦場の様子などもかなり具体的に
うかがわれ、その意味でも貴重な資料と思われます。ぜひご覧くださ
い。

<我々が通行する時、時々出会う支那人は、皆敗残兵で無いかを身体
検査する。
あやしいと見れば、忽ち首は無い。
今に首を切られるに、之を知ってか知らぬか、総ての人間は平然とし
て居るのに、感心するよりも不思議な位である。
此の如く、抵抗せぬ支那兵の刑を見る時、如何ににくき支那兵でも哀
れに思ひ、いつも心で念仏を唱えてやって見物して居る。
国家の為に戦死せる我軍の馬敵の兵の死骸は、今迄何千と見た。
道路上に横たわる支那兵の死骸の上を、ガタンゴトンと自動車で踏み
越えて走る事幾度か、実に戦争の悲惨なれる事が思われるであろう。
全く戦争其の物の残酷である事、戦地で始めて感じた。願わくば、人
類として此の戦争の絶無を衷心より願ふものである。
世は文明となっても、此の戦争の絶無と言ふ事は絶対にならず、益々
残酷となるこそ嘆かわしき次第であると思ふ。>

<二,三月頃、凱旋するような話もあったが、どうもお流れらしい。
いつ帰れることやら、今の処さっぱり不明。
支那へ来て、自動車隊だけに、大半北支全部走り廻って、見る所がなく
なってしまった。
生きて帰れる積もりは無いが、今の処命があるから、やはりもう帰りた
くて仕方の無い有様。
帰りたい帰りたいと、余り大きく言へないが、真実の話である。
各兵も集まると、いつ凱旋だろうとその話ばかりである。>

日中戦争で戦死した 一兵士の手紙
1937年8月に召集を受け、中国戦線に従軍した一兵士が、1938年8月戦
死するまでの1年間に、妻子など宛てに出した手紙の内容を公表
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プロフィール

西羽 潔

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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