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今、平和を語る:作家・林京子さん

毎日新聞大阪版夕刊に毎月連載中の「今、平和を語る」、今月は作家
の林京子さん(79)が登場し、自らの長崎での被爆体験とその後の原
爆症の恐ろしさを語っています。

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NHK「零戦~栄光と悲劇の航跡~」を観て

去る20日にNHK・BSハイビジョンで放送されました「零戦~栄光
と悲劇の航跡~」を、遅ればせながら録画で観ました。

まず驚いたのは、もう80代、90代になる零戦の元飛行士と、彼らと戦
った米軍の元飛行士のお元気なことです。そしてその人たちを捜し出
してくるNHKの取材力にも、いつもながら感心させられます。

何しろ実際に零戦で戦い、また零戦と戦った日米双方のパイロットた
ちが生の声で語るのですから、零戦に関するいかなる解説よりも迫真
力がありました。

太平洋戦争開戦時には、零戦は確かに米軍の戦闘機より性能が優れて
いました。米軍の飛行士たちは、零戦とは一騎打ちはするな、まず逃
げろと指示されていました。

しかしその後米軍は、捕獲した零戦を組み立てて研究するなどして、
しだいにその性能を上回る戦闘機を開発し始め、彼我の性能は逆転し
始めます。当初は零戦を見ると逃げていた米軍機も、逆にカモとばか
りに襲い掛かるようになります。

零戦は機体を軽くするため、防御能力を犠牲にしていました。その分
精神力で戦えと飛行士たちは教え込まれていました。しかし大和魂だ
けでは弾丸を防げず、優秀なパイロットがどんどん斃されていきます。

最後には零戦は特攻機となり、重い爆弾を抱え、片道燃料で出撃して
いきます。しかし軽い機体が災いしてうまく敵艦に命中できないまま、
多くが海底の藻屑と消えていきました。

零戦の歴史はまさに太平洋戦争の歴史そのものであり、帝国海軍の栄
光と破滅を象徴するものでした。

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プロフィール

西羽 潔

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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