スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ビアク島、米軍上陸前の資料発見

太平洋戦争の激戦地の一つビアク島の上陸(1944年)直前に米軍が作
成した偵察資料がアメリカで発見されたと、30日の産経ニュースが伝
えています。
「『ビアク島』米軍上陸前の資料発見、地獄のニューギニア戦線

ビアク島ではニューギニア戦線で最大の激戦が展開され、日本軍約
13000名のうち生還者は僅か520名でした。その生還者の一人である元
兵士の体験記をご紹介します。
ビアク島からの生還

スポンサーサイト

われわれは“臣民”か?

今朝の産経新聞のコラム「正論」を読んで、一気に目が覚めました。

筆者の櫻田淳・東洋学園大学准教授によれば、日本は歴然とした「立
憲君主制」の国にであり、<国政に携わる政治家とは、「『民』に選
ばれて『臣』の列に連なり、『君』に仕える人々」でしかない>との
ことです。

そして先の天皇と中国要人との会見に関し、民主党の小沢幹事長を
「『臣』としての分際を弁えてない」と非難し、鳩山総理や小沢幹事
長を「姦臣」としています。

何かその昔にタイムスリップした感じです。これでは「日本国」は
「大日本帝国」と一体どこが違うんでしょう?

新憲法により、日本は「立憲君主制」から「象徴天皇制」に変わった
のではなかったのか? われわれは「臣民」から「国民」に変わった
のではなったのか?

こういう意見が化石頭の老学者から出てきたのならともかく、新進気
鋭といわれる若い学者から出てくるとは、“元”臣民にはとても信じ
られません。かつて頭を垂れ、洟をすすり上げて何度も聞かされた
「爾(なんじ)臣民」という言葉が悪夢のごとく頭に浮かんできまし
た。

以前から思っていることですが、そもそも「大臣」というアナクロな
名称もいけません。憲法改正とともに「長官」かなどに変えておくべ
きだったでしょう。

ともかくもう「国民」から「臣民」に後戻りさせられるのはごめんで
す。

【正論】東洋学園大学准教授・櫻田淳 『臣』の作法は忘れ去られ
たか


日中歴史共同研究の中国側報告

ご承知のように、日中歴史共同研究の第1期の最終会合が24日東京で
開かれましたが、中国側委員6人が26日、北京でメディア向けに懇談
会を開き、その成果について報告しました。。

29日の「人民網日本語版」は、この研究のうち日中戦争関係について
次のように伝えています。

< 第1期研究ではいくつかの共通認識が形成されたが、溝も残った。侵略戦争の性質については比較的一致した認識が得られた。近代史チームの双方の学者は、中日戦争の性質について十分に討議し、各自の報告書の中で「1931年に始まり1945年に終わった中日戦争は日本による中国への侵略戦争であった」と明確に指摘。日本側の学者は研究成
果の中で、日本軍国主義の対中侵略と中国人民に与えた甚大な被害を明確に認め、戦争中の日本軍による様々な不法行為が大量の中国民間人の犠牲をもたらし、中国人民に深い戦争の傷跡を残し、戦後新たな中日関係を築く上で障害になったとの認識を示している。日本側の学者の報告書は「細菌戦、遺棄化学兵器、労働者強制徴用、婦女暴行などに関する近年の訴訟は、いずれも戦争が中国人民にもたらした深い傷痕の現われだ」としている。>

相互理解促進の重要な一歩 ---- 中日歴史共同研究を振り返る

テレビ放送から戦争遺留品の身元判明

去る8日NHKテレビで放送されました「クローズアップ現代 さま
よう 兵士たちの“日の丸”」は、NHKにも多くの反響が寄せられ
ました。

担当ディレクターによれば、<「日の丸を美化している」などの若干
のクレームはありましたが、おおむね好意的に受け止められ、特に20
代の若者に訴えかけることができたようです>とのことです。

当日画面に映された数々の日章旗についても、いろいろな情報や照会
が寄せられましたが、その中で再三大写しになった日章旗の持ち主
「小山寅與」さんの親戚の方からの情報で、ご遺族が新潟県におられ
ることが判明しました。

F072

小山寅與さんの身元は厚生労働省の調査でも判明せず、ご遺族探しは
暗礁に乗り上げていましたが、さすがゴールデンタイムのNHK全国
放送の威力は大したものです。

この日章旗はNHKの取材班が預かって持ち帰っていますので、早速
返還することになりましたが、ご遺族側は各地から一族集まって受け
取りたいから、大雪の季節が過ぎてからにしたいとのことで、3月ご
ろに返還が実現することになりました。その上で永代供養されるそう
です。

テレビでの元米軍兵士の証言にありましたように、この旗はサイパン
島で自決した小山さんが持っておられたもので、ご遺族にとってはお
そらく遺骨に代わる貴重な形見となるものと思われます。

ヒロシマの校庭から届いた絵

原爆投下から2年後に、爆心地に近い広島の小学校の児童たちが描い
た絵がアメリカの教会に贈られましたが、来年の原爆忌に里帰りする
ことになりました。

原爆:投下2年後、子どもは希望を描いた 爆心410メートル広
島の小学校
」(毎日大阪版、26日夕刊)

記事中にあります目下制作中のドキュメンタリ映画「ヒロシマの校庭
から届いた絵」の公式サイトで、一部の絵がご覧になれます。

ドキュメンタリー映画 『ヒロシマの校庭から届いたの絵』」

NHK「「飢餓の島 味方同士の戦場」を観て

26日に放送されましたNHKテレビ「証言記録 兵士たちの戦争」の
「飢餓の島 味方同士の戦場 ~金沢歩兵第107連隊~」を観ました。
南太平洋マーシャル諸島の環礁“ミレー島”での物語です。

この島には、陸軍と海軍合わせて5700人が駐屯していましたが、その
内3100人が死亡しました。その大半は、敵との戦闘によるものでなく、
飢餓によるものでした。

「あんなもん、戦争じゃない。島流しや」という元兵士の証言に表さ
れるように、この島は日米両軍の作戦によって、米軍の進攻からも取
り残され孤島となりました。そして2年近く補給が途絶えます。

やがて食糧難から、しだいに陸軍と海軍の対立が生じ、食糧争奪をめ
ぐって銃の打ち合いにまでなります。部隊内でも、食べ物の恨みから
部下が小隊長を殺すなどの事件が発生し、ついには死んだ戦友の肉ま
で食べるまでになりました。

次の元兵士の証言が、ミレー島での戦争を如実に物語っています。

「泥棒の寄せ集まりや。日本の兵隊と味方同士の戦争やった」
「あんなもん、戦争やない。餓鬼道地獄やった」

今、平和を語る:作家・林京子さん

毎日新聞大阪版夕刊に毎月連載中の「今、平和を語る」、今月は作家
の林京子さん(79)が登場し、自らの長崎での被爆体験とその後の原
爆症の恐ろしさを語っています。

今、平和を語る:作家・林京子さん

NHK「零戦~栄光と悲劇の航跡~」を観て

去る20日にNHK・BSハイビジョンで放送されました「零戦~栄光
と悲劇の航跡~」を、遅ればせながら録画で観ました。

まず驚いたのは、もう80代、90代になる零戦の元飛行士と、彼らと戦
った米軍の元飛行士のお元気なことです。そしてその人たちを捜し出
してくるNHKの取材力にも、いつもながら感心させられます。

何しろ実際に零戦で戦い、また零戦と戦った日米双方のパイロットた
ちが生の声で語るのですから、零戦に関するいかなる解説よりも迫真
力がありました。

太平洋戦争開戦時には、零戦は確かに米軍の戦闘機より性能が優れて
いました。米軍の飛行士たちは、零戦とは一騎打ちはするな、まず逃
げろと指示されていました。

しかしその後米軍は、捕獲した零戦を組み立てて研究するなどして、
しだいにその性能を上回る戦闘機を開発し始め、彼我の性能は逆転し
始めます。当初は零戦を見ると逃げていた米軍機も、逆にカモとばか
りに襲い掛かるようになります。

零戦は機体を軽くするため、防御能力を犠牲にしていました。その分
精神力で戦えと飛行士たちは教え込まれていました。しかし大和魂だ
けでは弾丸を防げず、優秀なパイロットがどんどん斃されていきます。

最後には零戦は特攻機となり、重い爆弾を抱え、片道燃料で出撃して
いきます。しかし軽い機体が災いしてうまく敵艦に命中できないまま、
多くが海底の藻屑と消えていきました。

零戦の歴史はまさに太平洋戦争の歴史そのものであり、帝国海軍の栄
光と破滅を象徴するものでした。

京都の空襲

京都には多くの文化遺産があるから戦災を免れたという「都市伝説」
がありますが、実は京都にも小規模ながら米軍の空襲はありました。

毎日新聞大阪版のシリーズ「平和をたずねて」は、11月17日から5回
にわたって「京都空襲 古都が震えた日」を連載し、余り知られてい
ない京都の空襲の実態を紹介しています。

京都になぜ単機だけによる小規模な空襲が行われたのか? それは原
爆投下のテストだった。それではなぜ原爆が投下されなかったのか?
それは文化財を守るためではなく、冷徹な政治判断がなされたからだ
った、というのが記者の推理です。

下記のサイトに5回の連載記事へのリンクがありますので、お読みく
ださい。
平和をたずねて アーカイブ

日中歴史共同研究の「総論」発表

昨日もご紹介しました「日中歴史共同研究」の報告書の総論が、24日発表されました。古代から近現代史までの詳細な報告書は1カ月以内に公表されるとのことです。

日中歴史共同研究:『戦後』対象外に 南京事件は両論併記 来月にも報告書」(毎日、25日)
日中歴史研究報告書総論の要旨」(時事、24日)
「『日中歴史研究』関係・談話」(時事、24日)

日中歴史共同研究、「南京で大虐殺」認定

かねてから日中の専門家によって進められてきました日中歴史共同研
究の報告書の内容が明らかになり、南京大虐殺については「大規模な
虐殺行為」との認識では一致しましたが、犠牲者数や原因、背景など
については今後の研究課題とされたとのことです。

また盧溝橋事件について、日本側は事件の「偶然性」を、中国側は事
件発生の「必然性と計画性」を重視。毒ガス兵器の使用や市民への無
差別爆撃などについては、日本軍の中国での侵略の傷跡が今も残って
いるとの考えで一致しました。

「『南京で大虐殺』認定 規模は今後の課題 日中共同研究」(朝日、24日)

戦時徴用の年金手当たった99円

戦時中、「朝鮮女子勤労挺身隊」として朝鮮半島から日本に徴用され、
工場で働かされた韓国人女性たちが1998年に請求していた厚生年金の
脱退手当金がこのほどやっと支払われました。その金額は何と99円。

女性の一人は「まさか、物ごいをしてももらえるような金額とは……。
馬鹿にされた思い。挺身隊で人生が狂った。65年間の苦労を換算し
てほしい」 と語っています。

戦時徴用の年金手当たった99円 元朝鮮挺身隊女性に」(朝日、23日)

長妻大臣はこのことをご存じだったのでしょうか?

NHK「証言記録 兵士たちの戦争」放送予定

NHKテレビのシリーズ「証言記録 兵士たちの戦争」の次回は以下
のように放送されます。

「飢餓の島 味方同士の戦場 ~金沢 歩兵第107連隊~」 
石川県金沢市で編成され、太平洋戦争中、日本から4600キロ離れ
たミレー島に派遣された歩兵第107連隊。補給が途絶えた島で、多
くの命が失われた戦場の実態を描く。

チャンネル :BShi
放送日 :2009年12月26日(土)
放送時間 :午前8:00~午前8:43
http://www.nhk.or.jp/shogen/schedule/heishi_yotei.html

英語の被爆証言、動画で発信

約1350人分の被爆証言を記録し、今年3月に72歳で亡くなった元長崎
放送記者・伊藤明彦さんが撮影した、英語による被爆証言の動画が22
日インターネットで公開されました。

英語で被爆証言 『You Tube』から世界の若者に」(朝日、22日夕刊)

広島・長崎の被爆体験証言ビデオ英語版インターネット公開」(NBC長崎放送、22日)

この動画は次のサイトで視聴できます。
Video Testimony

「陸軍登戸研究所」見学ツアーのルポ

戦時中陸軍の謀略・秘密戦の研究施設であった「陸軍登戸研究所」
(川崎市)の木造建家が老朽化のため取り壊されるということで、去
る20日に見学ツアーが行われましたが、そのルポが今日の JanJan に
掲載されています。

老朽化で取り壊し予定の『陸軍登戸研究所』はいま

海の沖縄戦

今日の琉球新報のコラム「金口木舌」は、沖縄戦では激烈な地上戦の
ほか海上でも激しい戦闘が行われたことを忘れてはならないと、次の
ように書いています。

< 沖縄戦は激烈な地上戦として知られるが海も戦場だった。日本の
若者3000人が航空機による特攻で戦死、米軍は沖縄戦の戦死者の
4割を洋上で失った。近海では輸送船が沈められ疎開学童や多くの民
間人が犠牲になった>
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-154571-storytopic-12.html

沖縄県南風原町の沖縄県公文書館では現在、特別企画「海の沖縄戦」
を開催中です。
http://www.archives.pref.okinawa.jp/publication/2009/10/post-272.html

旧日本軍が沈めた豪病院船発見

今日の時事通信によりますと、太平洋戦争中旧日本軍の攻撃を受けて
沈没したオーストラリア軍の病院船「セントー号」が、オーストラリ
ア・クイーンズランド州沖の海底で発見されたとのことです。

旧日本軍が沈めた病院船発見=水深2000メートルで調査チーム-豪

セントー号は病院船であることをはっきりと表示していたにもかかわ
らず、1943年5月14日夜、クイーンズランド南部の沖合いで魚雷攻撃
を受け、沈没しました。この攻撃を行ったのは、中川肇少佐が指揮す
る日本軍潜水艦「伊177」です。

船の定員332人の内12人が看護婦で、生存したのはわずか64人でした。
当時非武装の船を沈没させたことにオーストラリア人は憤激し、「セ
ントー」は彼らの戦争勝利に対する決意の象徴となりました。そして
沈没するセントー号の絵と「看護婦の復讐を」という標語を書き込ん
だポスターがオーストラリア中に出回ったのです。

豪日研究プロジェクト

NHKテレビ「零戦~栄光と悲劇の航跡~」のお知らせ

明20日のNHK・BSハイビジョンで零戦に関する番組が放送されます。

ハイビジョン特集「零戦~栄光と悲劇の航跡~」
<太平洋戦争を通じて海軍の主力戦闘機として戦った零戦(ゼロセン)。華々しい戦果の数々から伝説に彩られてきた。その誕生から終焉までの5年を元パイロットの証言で描く。>
チャンネル :BShi
放送日 :2009年12月20日(日)
放送時間 :午後10:00~午後11:30(90分)
http://www3.nhk.or.jp/hensei/program/p/20091220/001/10-2200.html

軍命令で「慰安所」の設置を示す供述書発見

中国の元「慰安婦」被害事実調査委員会が17日、第3次調査報告を発
表しましたが、それによりますと、「慰安所」が軍の命令で設置され
たことを示す旧日本軍人の供述書が見つかったとのことです。

「『慰安婦』 軍命令示す供述書 中国調査委が第3次報告」(しん
ぶん赤旗、18日)

れは戦争犯罪人として取り調べを受けた旧日本軍将兵の資料を調査
したものだそうが、そのような例として下記サイトにある第117師団
長・鈴木啓久元陸軍中将の供述書をご紹介します。

< 私ハ巣県二於テ慰安所ヲ設置スルコトヲ副官堀尾少佐ニ命令シテ
之レヲ設置セシメ中国人民及朝鮮人民婦女二〇名ヲ誘拐シテ慰安婦ト
ナサシメマシタ>

< 日本侵略軍ノ蟠居スル所ニハ私ハ各所(豊潤、砂河鎮其他二、三)
ニ慰安所ヲ設置スルコトヲ命令シ中国人民婦女ヲ誘拐シテ慰安婦トナ
シタノデアリマス其ノ婦女ノ数ハ約六〇名アリマス

日本侵略軍ノ蟠居地ニハ私ハ所謂慰安所ノ設置ヲ命ジ中国並ニ朝鮮
人民ノ婦女ヲ誘拐シテ所謂慰婦トナシタノデアリマシテ其ノ婦女ノ数
ハ約六〇名アリマス>

戦犯自筆供述書『皇軍の性犯罪』」

「南京大虐殺72カ年証言を聞く東京集会」のレポート

去る13日東京で、「ノーモア南京の会」主催による「南京大虐殺72カ
年証言を聞く東京集会  ― 旅順大虐殺から南京へ ―」が開かれ、
映画「南京・引き裂かれた記憶」の上映、生存者の証言、講演が行わ
れました。

そのレポートが今日の JanJan に掲載されています。
南京虐殺から72年、真の日中友好を考える

東京大空襲判決に関する社説・コラム(続)

今日は朝日新聞のコラム「天声人語」が書いています。

<軍人には年金や恩給がある。だが一般の戦災は多く放置されてきた。
その理不尽を原告は問うた。当時の国土は戦場さながらだった。国は
ことあるごとに「一億」という表現で軍民一体の総力戦を鼓舞した。
歴史を思えば訴えには理がある。ちなみに蘇峰の記事の題も「一億英
雄たれ」だった>

http://www.asahi.com/paper/column20091216.html

A級戦犯:福岡県遺族会が「分祀」提言

靖国神社に合祀されているA級戦犯について、福岡県遺族連合会(会
長・古賀誠氏)が分祀を求める提言をまとめたと、今日の毎日新聞が
伝えています。

分祀反対論が根強い日本遺族会内で論議を活発化させる狙いがあると
みられるとのことです。

A級戦犯:福岡県遺族会が『分祀』提言 『宮司預かりに』」
解説:A級戦犯『分祀』提言 高齢化に危機感

東京大空襲判決に関する社説・コラム

東京大空襲の被災による賠償などを求めた訴訟の判決で、東京地裁は
14日、「立法を通じて解決する問題」として請求を棄却しました。

この判決について、今日の東京新聞の社説およびコラムが書いていま
す。

「【社説】東京大空襲判決 『救って』の声が疼く
< 軍人や軍属らには、恩給や年金などが支給されている。原爆の被
害者にも、医療特別手当などが支給されている。中国残留孤児らも国
の援護の対象だ。空襲被害者が置き去りでいいのか。この訴訟はそん
な問題を投げかけている。>

筆洗
<「どんなに過酷な戦場でも、一晩で十万人が亡くなったのは初めて
だった。日本の国土が最も過酷な戦場だった」。支援者の作家早乙女
勝元さん(77)は判決後にそう語った。安全に暮らせるはずの「銃
後」は、戦地そのものだったが、訴えは届かなかった>

「南京・史実を守る映画祭」のリポート

先にご案内しました「南京・史実を守る映画祭」が昨13日開催されま
したが、そのレポートが「シネマトゥディ」に掲載されています。

記念シンポジウムに登壇した新右翼団体「一水会」顧問の鈴木邦男氏
のコメントはなかなか興味深いものがありました。

南京虐殺映画4本一挙上映に警察が会場を厳重警備!新右翼団体鈴
木氏が盾になる?」


南京陥落のニュース映画

日中戦争の緒戦、日本軍は中華民国の首都・南京を速攻、今から72年
前のちょうど今日、12月13日に陥落させました。次のサイトでは、こ
の時のニュース映画が観られます。

近代日本動画資料室 南京陥落当時の映像

映っている兵士たちも祝勝ムードで明るい雰囲気ですが、その陰であ
の大虐殺が行われていたとは、この映画を見た国民はもとより、映画
の中の兵士たちも知らないことでした。

三つのテレビ番組を観て

「開戦の日」を前に、NHKテレビで三つの戦争関連の番組が放送さ
れました。生憎入院中の身で、録画などで断続的にしか観られなかっ
たのできわめて雑駁ですが、感想を記します。

●「真珠湾の謎 ~悲劇の特殊潜航艇~ 」(6日)

真珠湾攻撃に参加した5隻の特殊潜航艇は、結局ほとんど戦果を挙げ
ることなく全滅してしまいました。戦艦アリゾナを轟沈したとの報道
も戦闘機の戦果を横取りしたものでした。

開戦直後われわれ軍国少年たちの血を沸かせ、海軍兵学校に憧れさせ
た「九軍神」の物語もまったく作り上げられたものであったことがよ
くわかりました。戦争中は極秘だった10人の特攻隊員が揃った集合写
真も初めて見ることができました。

毎日新聞の栗原俊雄記者のコメントもご紹介しておきます。

NHKスペシャル:『真珠湾の謎~悲劇の特殊潜航艇~』 発表の
『戦果』事実なのか


●「日米開戦を語る 海軍はなぜ過ったのか ? 400時間の証言より ? 」(7日)

8月に放送された「400時間の証言」の内容を、三人のコメンテー
ターの解説でより深く理解できました。三人はこの証言について、海
軍擁護の立場からではあるが、かなり本気でしゃべっており、一般の
メディアには決して明かされなかった生の声なので非常に価値がある
と評価していました。

しかしその証言は、軍人の内輪だけの話ですから、戦争に負けたこと
に対する軍人としての反省ではあっても、国民としての反省ではあり
ませんでした。

澤地久枝氏が最後に語った「せっかく反省会をやったんだから、もう
少し人間的な痛みというものがあってほしいですよ。死んだ人、残さ
れた人の悲しみがこの人たちに伝わっていない」がそれをよく表して
います。

●「障害者たちの太平洋戦争」(7日)

戦後64年、多くの戦争体験が語られてきましたが、障害者のそれは余
り伝えられることがありませんでした。そういう意味でこの番組は画
期的で、岸博実さんなどの多年のご活動が実ったものといえましょう。

戦争中、障害者の人たちもいかに戦争に協力させられたか、あるいは
自ら進んで協力したかがよくわかりました。とくに私と同年代の小学
生たちが工場に動員されていたという証言は衝撃的でした。

戦争への協力と、戦争によって障害者になった傷痍軍人の増加で、永
年差別を受けてきた障害者の人権も向上するかに思われましたが、や
はりそこには限界がありました。障害者の基本的人権が保証されるよ
うになったのは、戦争によってでなく、戦後の新憲法によってです。

岸さんが最後に語られた言葉をご紹介しておきます。―「戦争がもっ
とも多量の障害を産み出すということを、多くの方に考えていただく
機会にこの番組がなればいいと思います」

見逃された方は、NHKオンデマンドで視聴できます。
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2009012182SC000/index.html

♪東洋平和のためならば♪

オバマ大統領は昨日のノーベル平和賞の受賞演説で、「戦争の手段と
いうのは、平和を保つうえで役割を持っている」と述べました。これ
で思い出したのが、戦時中われわれがよく歌った軍歌の一節「東洋平
和のためならば」です。

この軍歌の名は「露営の歌」、1937年日中戦争開戦直後に作られたも
ので、「勝ってくるぞと勇ましく」と出征兵士を送る際の定番の歌で
した。そしてこの歌に送り出された兵士たちは「東洋平和のため」に
中国大陸を蹂躙したのです。

太平洋戦争の宣戦の詔書にも、中華民国は「東亞ノ平和ヲ攪亂シ」、
米英両国は「東亞ノ禍亂ヲ助長シ平和ノ美名ニ匿レテ東洋制覇ノ非望
ヲ逞ウセムトス」として、「東亞永遠ノ平和ヲ確立」するために戦い
を開くと書かれています。

「クローズアップ現代 さまよう兵士たちの“日の丸”」の反響

一昨8日夕に放送されましたNHKテレビ「クローズアップ現代 さ
まよう 兵士たちの“日の丸”」は、今まで余り知られていなかった
戦争遺留品を採り上げたせいか、NHKにはすごい反響が寄せられた
そうです。

拙サイト「旧日本軍人の遺留品」も映されましたので、私の所へも、
海外放送を観た方を含め、多くの激励や情報照会のメールをいただき
ました。出演した在米の友人にも、かつてご遺品をお返ししたご遺族
から電話がありました。

ネットで検索しても、「日本兵の遺品がアメリカで売買されていると
知って驚いた」などの書き込みが多く見られます。今更ながらNHK
テレビの看板番組の威力に驚いています。

この番組は下記の「NHKオンデマンド」でもご覧になれます。見逃
された方はご覧になってください。ただし会員登録と視聴料210円が
必要です。

https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2009012345SC000/index.html

NHK「証言記録 市民たちの戦争」3話放送

13日(日)のNHK総合テレビ「地域発!ぐるっと日本」(午前
10:05~11:30)にて「シリーズ証言記録 市民たちの戦争」の次の3
話が放送されます(ただし東海・北陸地方・北海道は別番組)。

「爆撃された教室 ~大分 保戸島~ 」(再編集版)
「海に沈んだ学友たち ~沖縄 対馬丸~」 
「ぼくたちは兵器を作った ~大阪砲兵工廠~」 
http://www.nhk.or.jp/shogen/schedule/shimin_yotei.html

いずれも当時の少年少女たちの体験です。ぜひご覧ください。

開戦直後、太平洋戦争を批判した師団長

<太平洋戦争開戦から間もない昭和16(1941)年12月末、中国・徐州に進駐していた陸軍第17師団の師団長だった平林盛人中将が部下の将校を集め、痛烈に開戦を批判する演説をしていたことが、元部下2人の証言で明らかになった。>と7日の中日新聞が報じています。

陸軍中将が太平洋戦争を批判 平林師団長、将校40人の前で演説

«  | HOME |  »

最近の記事

カテゴリー

カレンダー

11 | 2009/12 | 01
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

月別アーカイブ

最近のトラックバック

ブログ内検索

リンク

このブログをリンクに追加する

「戦争を語り継ごうML」ご案内

このブログの記事は、主としてメーリングリスト「戦争を語り継ごうML」へ投稿したものです。このメーリングリストは、世代間の交流を通じて戦争を正しく語り継いでいく場として、設けたもので、10代から90代まで、多数の人が参加しています。

参加を希望される方は、上の「リンク」の「戦争を語り継ごうML」をクリックしてください。

コメントをどうぞ

このブログについてのコメントは、下記へお寄せください。

名前:
メール:
件名:
本文:

プロフィール

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。