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NHKテレビ証言記録「偽装病院船」を観て

今朝NHKテレビで放映されましたシリーズ「証言記録 兵士たちの
戦争」の「偽装病院船 捕虜となった精鋭部隊~広島・歩兵第11連
隊」を観ました。

かつての軍国少年にとっては、輝けるわが皇軍が卑怯にも病院船に偽
装して部隊を輸送するなどとは、まったく信じられないことです。し
かもその命令がアメリカ軍に無線傍受されて、あっけなく船が拿捕さ
れ、帝国陸軍の将兵1500名が一度に捕虜になったとは。

兵士たちは傷病兵になりすますよう命令されたときは、それに従うし
かありませんでした。彼らはまたシンガポール占領後、華僑の虐殺を
命じられたときも、命令に従うしかなかったのです。

捕虜になった兵士たちは、自分たちは皆殺されるものと思っていまし
た。そう思うのは無理もありません。かつて自分たちがシンガポール
でやってきたことですから。

捕虜収容所に入った彼らは、どうせ殺されるなら、その前に反乱を起
こして死のうと考えました。しかしその彼らの気持ちを萎えさせたの
は、「アトミック・ボム」によって故郷・広島が灰燼に帰したという
ニュースでした。

そしてやっと故国へ帰ってきたとき、そこには懐かしい家もなく、歓
迎してくれる家族もいませんでした。

お国のため、愛する故郷・家族のためと信じて戦ってきた戦争は何だ
ったのか? 誤れる戦争に駆り出され、軍の命令に翻弄され続けた兵
士たちの証言記録です。


参考ウィキペディア:
橘丸事件
シンガポール華僑虐殺事件

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NHK・ETV特集「障害者たちの太平洋戦争」

戦争中、障害を持った人たちも軍属や工場労働者として動員されました。そのような障害者の戦争体験はあまり知られていませんが、このほどNHK教育テレビのETV特集で採りあげられ、下記のように放送されます。

この番組には、「戦争を語り継ごうML」のメンバーである岸博実さんが出演されています。ぜひご覧ください。

NHK・ETV特集「障害者たちの太平洋戦争」
チャンネル :教育/デジタル教育1
放送日 :2009年12月6日(日)
放送時間 :午後10:00~午後11:30
http://www.nhk.or.jp/etv21c/update/2009/1206.html

NHK「証言記録 兵士たちの戦争」放送予定

NHKテレビのシリーズ「証言記録 兵士たちの戦争」の次回は次の
ように放送されます。ご覧ください。

「偽装病院船 捕虜となった精鋭部隊~広島・歩兵第11連隊」

終戦直前、1500人の将兵が一度に捕りょとなる事件が起きた。そ
れは病院船を違法に使って移動している最中だった。無謀な作戦にか
り出された広島歩兵第11連隊を描く。

チャンネル :BShi
放送日 :2009年11月28日(土)
放送時間 :午前8:00~午前8:45(45分)

作家・山崎豊子さんの原点は戦時体験

目下上映中の映画「沈まぬ太陽」の原作者で、社会派作家として知ら
れる山崎豊子さん(85)が、このほど最新作「運命の人」で毎日出版
文化賞を受賞しました。

25日行われたその贈呈式で、山崎さんは戦時中の学徒動員の思い出な
どを紹介し、戦時下での体験が創作の原点であると語りました。

<「神様にお願いできるなら私の青春を返してくださいと言いたい。
もっと勉強し小説を読みたかった」>
毎日出版文化賞:戦時体験、創作の原点 山崎さん、作品の思い吐
露--贈呈式
」(毎日、26日)

山崎さんの語る戦争体験です。

< ・・・山崎さんは戦時中、学徒動員のため軍需工場で砲弾磨きに
従事した。「この弾で、人が殺される」という恐怖と、学業と共に教
員になる夢をも断たれた悔しさと。バルザックの小説を持っていたの
を見とがめられ、当直将校に殴打された記憶は、今も心の傷として残
る。「戦争の不条理、その暴力性が、私たちの世代の心と体にはしみ
ついている」>

大作『運命の人』刊行 山崎豊子さん」(読売、5月13日)

森繁久彌の歌う「戦友」

先日96歳のご高齢で亡くなった森繁久彌さんは、1936年早稲田大学在
学中に、当時必修とされていた軍事教練を拒否して大学を中退、1936
年NHKのアナウンサー試験に合格し満洲に赴任しました。アナウン
サーになったのも、徴兵制度を避けるためだったそうです。 

そして敗戦直後ソ連軍に連行されましたが、危うくシベリア送りの難
を逃れ、「帝国軍隊がまいた罪の深さが、輪廻となって頭上に降って
きた」とする苦労を重ねながら1946年に帰国しました。

そうした体験から、森繁さんは終生反戦平和を信条とし、晩年その思
いをしんぶん赤旗に書いてきました。

その森繁さんが「過ぎし戦さの庭に散りし友への鎮魂歌」として涙を
浮かべて歌った「戦友」をお聴きください。
YouTube - 戦友 - 森繁久彌

「戦友」は日露戦争時に作られ、もっとも有名な軍歌の一つです。私
も子供のころよく歌っていました。しかし太平洋戦争時の勇ましい軍
歌と違い、哀愁を誘う歌詞とメロディーからむしろ反戦歌ともいわれ
ています。

陸軍は、歌詞の一部が軍規に反し、メロディーが兵士の郷愁を誘うと
して、兵士に歌うことを禁じていました。

南京・史実を守る映画祭

一昨年の南京事件70周年を機に、諸外国ではこの南京虐殺をテーマとした多くの映画やテレビドラマが製作されました。しかしその多くは、当事国である日本ではなかなか観られない現状にあります。

そこでこれらの作品を自主上映で公開しようという趣旨で、次のような映画祭が開かれます。

■ 南京・史実を守る映画祭 ■
主催:南京・史実を守る映画祭実行委員会

○日時 2009年12月13日(日) 10:00開場
○場所 東京都世田谷区区民会館ホール
○料金 前売券900円、当日券999円。
1作品ごとに入れ替えを行います。

○プログラム・上映作品
10:30-『南京』(88分)
13:00-『アイリス・チャン』(103分)
15:00- シンポジウム
 ※ゲスト:鈴木邦男さん、『南京・引き裂かれた記憶』武田倫和監督
 ※映画祭チケットご購入のすべての方が入場いただけます。
16:30-『南京・引き裂かれた記憶』(85分)
18:30-『チルドレン・オブ・ホァンシー 遥かなる希望の道』(125分)

公式サイト
http://jijitu.com/filmfestival2009/

戦争遺留品(T019-2))、ご遺族へ返還

去る9月、 「新たな戦争遺留品(T019)」でご協力をお願いしました戦
争遺留品(の手紙のうち、岩館清七様宛てのはがき1通、封書2通に
ついて、このほど厚生労働省の調査により岩舘様の身元が判明し、北
海道のご遺族に無事お返しすることができました。

これらの手紙は、アメリカ・コロラド州の Charles Johnson 氏から
のご依頼によるもので、解体工事中のビルから発見され、30年間以上
も保管されていました。

すんでのところで産業廃棄物になるところを、奇特な方に拾われ、60
数年ぶりにご遺族の手に渡ったとは、まったく僥倖といわざるを得ま
せん。

岩館清七様は北海道のご出身で、横浜海兵団に入団し、ニューギニア
で戦死されたものと思われます。当時は独身だったので、妻子はおら
れませんが、ご高齢のご兄弟が4人もご健在で、たいへん喜んでいた
だきました。

この件につきましては、すでに岩淵春蔵様宛てのはがき9通、封書3通
をご遺族にお返ししており、あと塚本義雄様宛ての封書3通がまだ残
っています。引続き皆さんのご協力をお願いします。

強制連行被害者、64年ぶりに大阪へ

今日の朝日新聞大阪本社版は、<第2次大戦中、中国大陸から大阪港
に強制連行され、過酷な荷役労働を強いられた常保貴さん(85)=
河南省原陽県=が21日、大阪市港区の天保山公園内の追悼記念碑前
で開かれた式典に参列した。>と伝えています。

強制連行された中国人男性、64年ぶりに大阪へ

大阪市への中国人強制連行については:
大阪にあった中国人強制連行

家庭で戦争を語り継ごう

今日の毎日新聞のコラム「記者の目」は、記者が自分の父親に戦争体
験を“取材”した経験から、<戦争を知る世代が高齢化する今、戦時
下を過ごした両親や祖父母から各家庭で聞き書きし、子どもたちに語
り継ぐことを呼び掛けたい>と書いています。

記者の目:家庭で『戦争』を語り継ごう=大澤重人

教科書検定制度の改善を(琉球新報)

先に川端文部科学相は、高校歴史教科書の沖縄戦「集団自決」の記述
に関する07年の教科書検定意見に問題がないとの見解を示しました。
これに対し沖縄では、鳩山政権は県民の期待を裏切ったとの批判の声
が上がっています。

今日の琉球新報の社説も、「歴史ゆがめる制度の改善を」と訴えてい
ます。

教科書検定問題 歴史ゆがめる制度の改善を
< この際、鳩山政権は歴史の真実を徹底検証し、特定の思惑による
歴史改ざんを許さない教科書発行制度の確立を目指してほしい。>

文中に<そもそも自公政権下で鳩山由紀夫首相(当時民主党幹事長)
は「日本軍による強制、誘導、関与なしに起こりえなかった」との見
解を示していた>とありますが、その見解は下記のサイトで述べられ
ています。
沖縄戦『集団自決』に関する教科書検定について(談話)」

故田英夫氏の特攻体験

田英夫

前参院議員の田英夫氏が去る13日86歳で亡くなりました。田氏は戦争
中、学徒出陣をし、ボートに爆薬を積んで敵艦に体当たりする海軍震
洋特攻隊に配属されましたが、出撃の命令が下る前に終戦となりまし
た。その体験が終生平和を唱える原点になったといわれます。

またお一人戦争の貴重な体験を語り継ぐ語り部が亡くなり、痛惜の念
に耐えません。

2002年に田氏がテレビ朝日の「徹子の部屋」に出演した際語った特攻隊
員としての戦争体験談が、次のサイトに記録されていますので、お読み
ください。。

「徹子の部屋辞典(田英夫・南こうせつ)」

「戦争を語り継ごう -リンク集-」更新のお知らせ

戦争を語り継ごう -リンク集-」に新しく次の2サイトを追加し
ましたので、ご覧ください。

見た・聞いた・体験した『戦争の話し』」
マガジン9条が終戦60周年特別企画として読者から募集した戦争体験


電子文藝館:反戦・反核
日本ペンクラブ電子文藝館の「反戦・反核」篇。多くの文学者の戦争
体験に関わる作品が読める

被爆歌人・正田篠枝の歌集「さんげ」

被爆歌人といわれる正田篠枝は、35歳のとき爆心地より1.7キロの自
宅で被爆。そして原爆症による乳がんのため55歳でこの世を去りまし
た。

彼女は戦後間もなく、原爆の悲惨な体験を詠んだ歌集「さんげ」を自
家出版しました。GHQの検閲が厳しく、見つかれば捕らわれると家
族が反対するのを押し切ったといいます。

この歌集の一部が下記サイトに掲載されています。ぜひお読みくださ
い。
さんげ

この中の一首「大き骨は 先生ならん そのそばに 小さきあたまの
 骨あつまれり」は、広島の平和記念公園の一角に立つ「原爆犠牲国
民学校教師と子どもの碑
」に刻まれています。

作家・関千枝子さん、被爆体験を語る

広島原爆で高等女学校の同級生を失ったノンフィクション作家、関千
枝子さん (77) が明15日、東京都大田区で開かれる「9条フェスタ2
009」に参加し、被爆体験を語り継ぎます。

核廃絶への風圧後押し 被爆体験の作家関さん あす9条フェスタ」(東京、14日)

下記のサイトには、関さんの被爆体験および被爆死したクラスメート
が合祀されている靖国神社に対する思いが綴られています。ぜひご一
読を。

<私があの日学校を休むという奇跡がなかったら、私は、まちがいな
く死んでいる。靖国神社の神になっている。それでいいのか。私は
「嫌だ」と思った。>
「原爆と靖国─被害と加害 関千枝子(ノンフィクションライター)」(日刊ベリタ、07年08月26日)

「戦争を語り継ごう -リンク集-」更新のお知らせ

「戦争を語り継ごう -リンク集-」に新しく次の2サイトを追加し
ましたので、ご覧ください。

戦争体験文庫
奈良県立図書情報館所蔵の戦中・戦争直後の体験に関する資料群

かみふらのの郷土をさぐる会機関誌
北海道上富良野町の郷土史研究の機関誌。戦争体験の記事も数多く掲
載されている

慰問文(続)

戦時中、政府の国策グラフ雑誌として発行された「写真週報」の昭和
18年3月17日号 P17-19に「送れ 心の弾丸 慰問文」という見出しの
記事が掲載されています。慰問文は「銃後の者のなすべき責務」とし
て、その送り方や注意点を解説しています。
http://www.jacar.go.jp/shuhou/DjVu/A2704801/YA104801/0183/index.djvu

また慰問文は兵士だけでなく、満州開拓団にも送られました。当時の
農村向け雑誌「家の光」では昭和18年に満州開拓慰問文の募集を行い、
入選者を満州見学旅行に招待しています。

5月号には義勇隊訓練本部長賞を受賞した奈良県の国民学校1年生男
児の「ボクモ マンシウヘ」が掲載され、10月号には男児の渡満日記が
掲載されています。

< 僕は国民学校の一年生です。…お父さんがもう3年も兵隊に行っ
ているので、お母さんは毎日もんぺを履いて、田や畑の仕事をしてい
ますが、晩御飯が済むと勇ましい兵隊さんのお話を聞かせてください
ます。そして「お前たちも、大きくなって立派な日本人になるのです
よ」といつもおっしゃいます。…本当に僕も満州に行ってみたくてな
りません。僕もそんな所へ行きたいなあ」と言うと、お母さんは「早
く大きくなって広い広い所で力一杯働いてちょうだい。お母さんも一
緒に行くかもしれないよ」といわれるが、ほんとかしらん。僕の大好
きな先生やお母さんも一緒に行けたらいいんだがなぁと思います。>
http://www.library.pref.nara.jp/event/booklist/W_2009_01/hitosyo06.html

原文はカタカナだそうですが、それにしてもとても1年生とは思えな
い文章ですね。

そういえば戦時中の標語として人口に膾炙した「ほしがりません、勝
つまでは」も、国民学校5年生の女児の入選作として話題になりまし
たが、戦後父親の代作であることが判明しました。

このようにわれわれ子供たちも、戦意高揚や国策遂行に一役も二役も
買わせられていたのです。

撫順戦犯管理所の収容体験

11日付けの JanJan に、戦後戦犯として中国の撫順戦犯管理所に収容
された元兵士の証言集会のレポートが掲載されています。この集会は、
「撫順の奇蹟を受け継ぐ会」東京支部の主催で、証言者は都内在住の
小山一郎さん (89) と千葉県在住の坂倉清さん (89) のお二人です。
元日本兵『中国・撫順戦犯管理所』収容体験を証言

なお記事中に出てきます昨年11月30日にNHK・BSで放送された
「“認罪”~中国 撫順戦犯管理所の6年~」は下記の YouTube で
観られます。この番組は当時MLでも話題になりましたが、見逃され
た方はご覧ください。
http://www.youtube.com/watch?v=yZnzHliy7kM

満州非情 医師の見た記録

毎日新聞の大阪朝刊に8月から10回にわたって連載された「平和をた
ずねて:満州非情 医師の見た記録」がこのほど完了しました。

この連載記事は、終戦直後旧満州で医師として日本人の避難民の治療
にあたった、東京都調布市の開業医・池田精孝さん (85) の回想と毎
年の慰霊の旅を中心に、終戦前後のソ連軍の侵攻によって引き起こさ
れた混乱と悲劇を描いています。

<池田さんは当時を振り返る。「関東軍の報道部長がこう言いました。
ソ連の参戦はない。何が起きても関東軍が守るので安心してほしいと
--。ところが後になってわかるのですが、このとき軍は南下してお
り、軍人の家族も引き揚げの準備をしていた。それなのに開拓団にも
住民にも避難の指示を出していないのだから、ひどいものですよ」>

毎回の記事は、下記URLの「平和をたずねて アーカイブ」からリ
ンクされていますので、お読みください。
http://mainichi.jp/select/wadai/heiwa/visit/archive/

元特別少年兵が本を出版

「特別少年兵」として15歳で旧帝国海軍に入り、戦艦大和による沖縄
特攻作戦に生き残った東京都清瀬市の井上理二さん(83)がこのほど、
自分の半生を描いた「特攻くずれ-ある海軍特別少年兵の昭和史」
(元就出版社)を出版しました。

特別少年兵:『震える魂を知らせたい』 元兵士が本を出版」(毎
日、10日)
< 井上さんは「海軍は(15歳未満の者を軍隊に採用してはならな
いとした)ジュネーブ条約に反して14歳の少年まで特別少年兵に採
用し、戦後、その存在を闇に葬ってきた。国家に命じられるまま、ま
だあどけない子供までもが死地に赴いた事実を世に残しておきたい」
と話している。>

慰問文

戦争中、子供たちは戦地の兵士たちに慰問文を送りました。学校で指
導して児童たちに書かせ、まとめて送られたものが多かったと思いま
す。内容も当時の軍国主義教育を反映したものでした。

ところで 「新たな戦争遺留品(T019)」で情報提供をお願いしました戦
争遺留品の中に、戦時中の小学生が「海軍の兵隊さん」に送った「慰問
文」がありました。

その慰問文のコピーをウェブサイトにアップしましたので、慰問文の
一例としてご覧ください。
慰問文

このような慰問文を送った方あるいは戦地で受け取られた方がおられ
ましたら、その思い出をお寄せください。

「戦争を語りつぐプロジェクト」(奈良)の活動

7日の毎日新聞奈良版に、MLメンバーの植田義弘さんが主宰されて
いる「戦争を語りつぐプロジェクト」の活動が紹介されています。

<活動は戦後60年を控えた04年夏から。知人の紹介で取材に出向
いたり、過去に書いた手記の提供を受けるなどして、体験者の声を集
めた。現在、HPでは、国内の戦争体験者約70人による「市民の証
言集」を紹介。活動中に知り合った米国の日系4世ジャーナリストが
提供してくれた在米日系1、2世17人の証言も掲載している。>

newsそれから:戦争を語りつぐプロジェクト 90人の貴重な
証言、HPに」


当プロジェクトのウェブサイトは:
戦争を語りつぐ60年目の証言

ますますのご活躍を期待しています。

シベリア抑留後の残留者、一時帰国

戦後、シベリア抑留を経てカザフスタンに残留した阿彦哲郎さん (78)
がこのほど一時帰国し、石狩市に住む弟や同じカザフでの元抑留者ら
と再会すると、6日の朝日新聞北海道版が報じています。

阿彦さんは、戦時中サハリンに在住、学徒動員で機械工場で働いたが、
終戦後、15歳でシベリアに強制連行され、強制労働をさせられたとの
ことです。

< ソ連崩壊や、その後の独立を機に街並みはすっかり変わり、「強
制労働で死んだ日本人の墓地もたくさんあったが、開発で次々と無く
なってしまった」という。今は近郊に「日本人埋葬碑」が一つあるだ
け。日本からお参りに来る遺族は今も絶えず、阿彦さんは埋葬碑に案
内するが「一人ひとりの墓がなく、遺族がかわいそう」と嘆く。>

カザフ残留の男性、一時帰国し来道

「原爆の子」上映会

映画人九条の会は、結成5周年の記念イベントとして、下記のように
映画「原爆の子」の上映会を行います。

「原爆の子」は、新藤兼人監督が広島で被爆した子供たちが綴った作
文をもとに脚本を書き、劇団民藝と共同で1952年に製作した、日本で
最初の反核映画です。

この上映会では、「映画『原爆の子』は私の原点」と語る、劇団民藝
の俳優・日色ともゑさん(68)の舞台あいさつがあります。日色さん
は、「原爆の子」を小学5年生の時に見て、「私の家は東京大空襲で
焼け、祖母、叔母が亡くなったけれど、あの戦争で広島、長崎に原爆
が落とされたことが私の胸に刻みこまれました」と語っています。

■日時/2009年11月24日(火)18:50~21:00
■場所/東京・文京シビック小ホール
東京都文京区春日1-16-21  TEL 03-5803-1100
地下鉄丸の内線・南北線「後楽園駅」徒歩1分/都営三田線・大江戸線「春日駅」徒歩2分
■舞台挨拶/日色ともゑさん(劇団民藝)・神山征二郎監督(映画人九条 の会代表委員)
■参加費/1000円
■主催/映画人九条の会

http://kenpo-9.net/event/091124_joueikai.html

シベリア抑留、体験者の意くむ補償を(北海道新聞)

今日の北海道新聞の社説は、シベリア抑留者に対する補償問題を採り
あげ、政府が「特別給付金」を支払う法案の成立を目指す方針を固め
たことを評価すると共に、次のように書いています。

< 国の方針転換は、政権交代がもたらしたものだ。体験者でつくる
全国抑留者補償協議会(全抑協)もこの方針を歓迎し、新政権に対す
る要望書の中で早期実現を求めている。

とはいえ、体験者にとっては苦渋の選択だったに違いない。全抑協
も「依然、国相手の訴訟を続けている仲間もいる」と要望書で言及し
ているように、本来ならば未払い賃金の支払いを受けるのが筋だから
だ。

国を相手取った損害賠償訴訟が相次いで敗訴し、生存者の平均年齢
も90歳近くなってきたことを考えると、現実的な選択肢として受け
入れることになったのだろう。

法案は、そうした意をくみ取り、「強制労働に対する対価の支払い
を受けていないことなど、その労苦を慰謝するために」とするだけで
はなく、補償や謝罪を意味する文言にまで踏み込むべきではないか>

シベリア抑留 体験者の意くむ補償を

アジア各国の歴史教科書における日本の戦争

アジア各国にアジア・太平洋戦争がどのように記述されているかにつ
いては、今まで2度ほどご紹介しました。

アジア各国の歴史教科書にみる日本の戦争
インドネシアの歴史教科書

それ以外にも次のようなサイトがありましたので、ご覧ください。

世界の歴史教科書における太平洋戦争の記述

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プロフィール

西羽 潔

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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