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8月15日の靖国神社と千鳥ヶ淵墓苑

今日の JanJan に、8月15日に靖国神社と千鳥ヶ淵戦没者墓苑を訪ね
た感想が掲載されています。

< 同行した、僕の連れ合いと、
 「先に靖国神社へ行って、それからこっちへ来たのは正解だったね」
全く同感して笑った。もしも順番が逆だったら、清らかな心で鎮魂慰
霊どころか、さぞかし毒された気分となり、落胆の思いを胸に家路に
就くこととなっただろうから。これからは、終戦の日に参拝するなら
「千鳥ヶ淵戦没者墓苑のほうが良い」と、強く納得した。>

<今回、8月15日の靖国神社を初めて体験し、この場所は、ひとつ
の『カルト宗教』にとっては最重要の聖地であるかも知れないが、僕
ら一般の国民市民が、戦争で亡くなった人たちへ思いを馳せ、数多の
魂の安らかなることを、静かな気持ちで祈る場所としては、ちっとも
相応しくないことを如実に感じた。>

8月15日の靖国神社に思う 精神的教化の象徴的役割を担って
きた過去に目をつぶってはならない


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日章旗返還、日米双方の元兵士が面会へ

F086
ちょうど1年前にご協力をお願いしました戦争遺留品(F086)の日章
旗の元の持ち主が、厚生労働省の調査で判明し、去る6月26日、同省
を通じご本人に返還されました。

元の持ち主は、静岡県御殿場市に住む木下伊三男さん(87)。木下さ
んは、東京で銀行員をしていた1944年2月に応召し、同年8月フィリピ
ン・ミンダナオ島に派遣されました。

戦争が終わった45年9月、木下さんは米軍に投降するべく、いかだで
川を下りましたが、激流の中で荷物を持ち続けることができず、途中
で重病の戦友とともに日章旗を残しました。

一方この旗を拾った元米兵は、アメリカ・ミシガン州モンロー市に住
むケネス・バッキンガムさん(86)。60年以上もこの旗を保管してい
ましたが、この際お返ししたいと、在米の私の友人に頼んできたもの
です。

今まで50件以上の戦争遺留品をお返ししてきましたが、日米双方の当
事者の元兵士が共にご健在であったというのは初めてで、まことに珍
しく、喜ばしいことです。

木下さんはぜひバッキンガムさんに会いたいと、早速9月初めに、夫
人と孫娘を伴って訪米されることになりました。一枚の日章旗が縁と
なって、かつて砲火を交えた日米双方の兵士が、64年の年月を経て合
いまみえることになろうとは、まったく思いもかけないことでした。

その経緯については、日米双方の地元紙で報道されています。
日刊静岡、毎日新聞静岡版
MonroeNews

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プロフィール

西羽 潔

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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