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NHK番組改変問題に関する社説

一昨日BPOから意見書が出されましたNHK教育テレビの番組改変
問題について、今日の中日 / 東京新聞が社説で論じています。

NHK番組改変 自主・自律は生命線だ」(中日 / 東京)
< 放送法第三条は「放送番組は、法律に定める権限に基づく場合で
なければ、何人からも干渉され、又(また)は規律されることがない」
としている。自主・自律を保障したこの規定は、検閲などで情報が国
民に自由に伝えられなかった戦中の苦い経験から生まれたが、法律以
前に放送人の倫理として自覚しなければならないことである。>

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NHK教育テレビ番組に関するBPOの意見書

放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会は昨28日、
従軍慰安婦問題を特集したNHK教育テレビの番組の改変問題につい
て「NHKの自主自律を危うくし、視聴者に疑念を抱かせる」とする
意見書を公表しました。

その意見書の全文です。
NHK 教育テレビ『 ETV2001シリーズ戦争をどう裁くか』 第2回
『問われる戦時性暴力』に関する意見


これに対するNHKのコメントです。
BPOの意見についてのNHKコメント

NHK番組「アジアの“一等国”」に対する批判と反批判

去る5日NHKテレビで放送されました「JAPANデビュー 第1
回『アジアの“一等国”』」に対して、ネット上で「反日・反台湾」
と大きな批判が起こっています。私のブログにも、偽装アドレスから
批判のコメントが寄せられました。

ネットだけでなく、自民党のネオコン派からも、「台湾は李登輝元総
統など親日家が多いのに番組は反日の部分だけを偏向して報じた」な
どと、NHKを批判、糾弾する声が上がっています。

安倍、町村氏らがNHK番組を批判『偏っている』」(産経、23日)

そして今日の産経新聞の「正論」では、評論家の鳥居民氏が NHK
制作者の「驕りぶり」「傲慢さ」を批判しています。

評論家・鳥居民 NHK特番の傲慢さが悲しい

台湾の人たちが「親日的」であることを、過去の植民地支配の正当化
の根拠にしているネオコンにとって、この番組が「親日」の底にある
「悲しみ」や「恨み」を明らかにしたことが、心外でならないのでし
ょう。

これらの単に情緒的な「反日」批判に対し、次のブログは理性的に答
えているように思います。

「 NHK スペシャル『アジアの“一等国”』が伝えようとしたもの
< そもそもシリーズタイトルが示すように、この番組は「台湾問題」
についての番組ではなく、「日本問題」についての番組であった。植
民地時代は台湾にとってどうであったか、ということではない。日本
がいかなる視線で植民地台湾を眺めていたか、ということが問題なの
だ。たとえば、この番組ではロンドンの博覧会に日本が台湾「原住民」
を「展示」したことを取り上げていたが、それは日本が植民地に向け
ていたコロニアルな視線を浮き彫りにし、またそのようなコロニアル
な視線の獲得こそ日本が「文明国」の仲間入りをする条件であったと
いう事実から、「近代」とは何だったのかという本質的な課題を提示
するものであった。単に、学校をつくったことは良い支配、でも現地
の人を差別したことは悪い支配、といった表面的な見方ではなく、学
校の建設も現地人の差別も、植民地に対する日本の視線、あるいは植
民地というものが日本において果たした機能において同じ構造にあっ
たのだ、ということを、この番組では読み取れるように構成されてい
たと思われる。>

首相の靖国供物に関する社説(続)

靖国神社の春季例大祭に麻生首相が供物をを奉納した件に関し、先日
の朝日、産経に続き、今日は北海道新聞が社説で採りあげています。

靖国問題 首相は持論を忘れたか
<こうした問題点があるからこそ、首相は論文で靖国神社が非宗教法
人となったあと、国立の追悼施設にすることを提案したのだろう。
 自民党内では千鳥ケ淵戦没者墓苑を拡充して国立の新たな追悼施設
とする構想も検討されてきた。
どちらもたなざらしにされたままで、具体化していない。「国立で
無宗教」という基本に立って新施設構想を前進させる。首相はこのこ
とを真剣に考えてはどうか。>

「重爆撃機 攻撃ハ特攻トス」を観て

今朝NHKハイビジョンで放送されました「戦争証言プロジェクト」
シリーズの「重爆撃機 攻撃ハ特攻トス ~陸軍飛行第62戦隊~」を
観ました。

空からの特攻といえば戦闘機と思っていましたが、重爆撃機による特
攻作戦があったとは驚きました。しかも急造の特攻爆撃機のため、ま
ともに飛ぶことができないので、飛行訓練もなく、いきなり本番の出
撃とか。

さすがに部隊長も「犬死」とか「準備不足」との感想を述べるほどの
まさに「外道」の作戦でした。

ましてこういう特攻をいきなり命じられた爆撃機の搭乗員たちはたい
へん動揺しました。元兵士の一人は「内心は行きたくなかった。戦友
もこっそりそう打ち明けた」と語っていました。そして出撃の前夜、
何者かが搭乗機に放火して、焼けるという事件があったそうです。

生き残った証言者の方々は、出撃したものの、結局敵を見つけること
ができず帰還したため命拾いをしました。帰らなかった特攻機も、そ
の戦果は日米双方の記録にはないとのことです。

われわれ軍国少年が当時、尊敬と憧れの眼差しで見ていた特攻隊の実
態をまた一つ思い知らされた感がしました。


見逃された方は、再放送が下記のようにありますので、ご覧ください。

5月1日 ( 金 ) 16時00~16時43分  BShi

それにしてもこういう番組を、なぜハイビジョンでなく、地上波でも
放送しないのでしょう?

ファシズムへの道(大内力)

経済学者の大内力氏が、去る18日90歳のご高齢で亡くなりました。

同氏の著作「ファシズムへの道」(中央公論社版「日本の歴史」第24
巻、1974年)のうちの2章が、日本ペンクラブの「電子文藝館」に掲
載されています。昭和の初めから日本がいかにファシズムへの道を歩
んだかを解説し、そして日本的ファシズムの特質が分析されています。

同氏を偲んで、ご紹介します。

ファシズムへの道 準戦時体制へ

辻井喬氏の戦争体験と憲法九条

「マガジン9条」4月22日号に、詩人・作家の辻井喬氏(本名:堤清
二)のインタビュー記事が掲載されています。

その中で、辻井氏は旧制高校生だった戦争中の体験を語るとともに、
元セゾングループ代表としての経済人の立場から、次のように述べて
います。

<平和が維持されているということは、日本経済の維持、発展の前提
条件なんです。9条があってこそ、日本の経済は生きていけるんです
よ。>
この人に聞きたい『辻井 喬さんに聞いた』 その2」

首相の靖国供物に関する社説

靖国神社の春季例大祭に麻生首相が供物をを奉納した件に関し、今日
の朝日と産経は対照的な社説を掲載しています。

首相の供え物―持論と矛盾しませんか」(朝日)
< 首相自身も外相当時の3年前、靖国神社が宗教法人である限り、
政教分離原則から首相や天皇の参拝は難しい、宗教色を除いた特殊法
人にすべきだ、という論文を発表したことがある。
参拝でないとはいえ、いまも宗教法人である靖国神社に真榊を奉納
することは、論文の趣旨と矛盾するのは明らかだ。>

首相と靖国 堂々と参拝をしてほしい
< そうした近隣外交への配慮もあり、麻生首相は参拝でなく、真榊
奉納という形を選択したと思われる。中韓の抑制的な反応を見る限り、
外交的にはやむを得ない判断だったように見える。だが、遺族や国民
の立場に立てば、小泉純一郎元首相が行ったように、直接、靖国神社
を訪れ、参拝するのが本来のありようである。>

NHK「戦争証言プロジェクト」放送予定

NHKの「戦争証言プロジェクト」、次回は次のように放送されます
ので、ご覧ください。

4月25日 ( 土 ) 8時00分~8時43分  BS ハイビジョン
再放送 :5月1日 ( 金 ) 16時00~16時43分  BS ハイビジョン

「重爆撃機 攻撃ハ特攻トス ~陸軍飛行第62戦隊~」

<昭和20年春、沖縄沖のアメリカ艦隊に対し、追いつめられた日本軍
が行った「特攻」作戦。陸軍飛行第62戦隊は、本来は上空から爆弾を
投下する重爆撃機部隊だが、沖縄作戦の直前に特攻部隊に指定された。
重爆撃機「飛龍」を改造し1.6トンの爆弾を積んだ「ト号機」、更に
究極の特攻用重爆撃機として投入された秘密兵器「さくら弾機」。お
よそ3トンの特殊爆弾が胴体内に組み込まれ、爆発すると前方3キロ
が火の海になるといわれた。しかし、重い爆弾のために速度が遅く、
軽量化のため機関砲などの武装が外され、燃料も片道分しか積めない、
出撃すると二度と生きて帰れない兵器だった。

証言を元に、太平洋戦争末期に行われた重爆撃機による特攻作戦の真
実に迫る。>

http://www.nhk.or.jp/shogen/schedule/index.html

麻生首相、靖国神社に供物奉納

今日の共同通信は、麻生太郎首相が21日から始まった靖国神社の春季
例大祭に合わせ、「内閣総理大臣」名で「真榊」と呼ばれる供物を奉
納したと伝えています。現職首相としては、安倍晋三元首相以来との
ことです。
首相、靖国例大祭に供物奉納 中韓反発の可能性

麻生首相、靖国神社の春季例大祭にあわせ「内閣総理大臣』名義で
供え物を奉納
」(FNNニュース)

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戦争を語り継ごう -リンク集-」に、新しく次の2サイトを追加
しましたので、ご覧ください。

語りつぐ戦争体験
東京都狛江市における空襲や戦時下の生活などの体験記集

西東京市 市民の戦争体験記(一)」
西東京市民の戦争体験記。空襲やシベリア抑留のことなど

映画「南京!南京!」中国で近日公開

今日の中国・人民網日本語版は平均年齢35歳以下の制作チームが4年
の歳月をかけて作り上げた映画「南京!南京!」が22日から中国で公
開されることになったと報じています。1937年に起こった南京大虐殺
に対する若い映画人の思いを映画を通じて表現しているとのことです。

映画『南京!南京!』近日公開

「『反戦だが反日ではない』-映画『南京!南京!』」(エキサイト
ニュース、13日)
< 陸監督は、「『南京!~』は日本軍を故意に醜悪化して描くよう
なことはしていない」とし、「戦争は両国の人々に共に傷を負わせた。
この作品は反戦映画ではあるが、反日映画ではない」と述べた。日本
公開の詳細については「現在交渉中で詳しいことは言えない」とした。


真実を表現したい、映画『南京!南京!』試写会開催」(サーチナ、
17日)
< 日本政府はかつて慰安婦問題を否認し続けていた。『南京!南京
!』では、慰安婦のシーンが大きな割合を占め、女性たちの結末が描
かれており、中国映画で初めて慰安婦の運命とその秘密を描くことに
なる。>

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戦争を語り継ごう -リンク集-」に、新しく次の2サイトを追加
しましたので、ご覧ください。

明日に伝えたいこと いま、できること
戦地で、銃後で、9人の方々の戦争体験。北茨城・九条の会制作によ
る文集

Nagasaki A-bomb victim recounts her experiences
A Nagasaki atomic bomb victim speaks about her experiences

北の“ミサイル”騒ぎと満州事変

今日の JanJan に、昨今の北朝鮮の“ミサイル”騒ぎを満州事変の頃
の世論と比べた記事が掲載されています。

< 北のミサイル発射で、元防衛庁長官の久間章生氏が「今は何かあ
ると、ワッと性急に議論が進んでいく。それは怖いなあと思いますよ」
と語ったのは、満州事変のころの「世論」があったのではないか。外
交・安全保障政策が、非理性的な「国民感情」に支配され、「言論」
がそれを批判する力を失ったとき、国家は大きな間違いをしでかして
しまう。日本はいままさに、「第2の満州事変」を恐れなければなら
ない時期にある。>
「『満州事変のとき』を思わせる世論の現状

映画「ジョン・ラーベ」

南京大虐殺の最中、中国市民の保護に努め、「南京のシンドラー」と
いわれるドイツ人ジョン・ラーベを描いた、中・独・仏合作の映画
「ジョン・ラーベ」は、4月2日からドイツで封切られ、28日から中国
で上映されることになっていますが、どうやら日本では公開されない
ようです。

「『ジョン・ラーベ』が日本で上映禁止、出演俳優には批判の声も
(チャイナネット、3月31日)
「 『ジョン・ラーベ』予告編(ドイツ語)」

今日の JanJan は、「ドイツ映画『ジョン・ラーベ』を日本で上映すべきだ
という記事を掲載しています。

オバマ大統領の「道義的責任」発言の影響

既報のように、オバマ米大統領は先日の演説で核兵器の使用について
「道義的責任」を負うと述べましたが、この発言に対する米国内の反
応を、今日の産経新聞は伝えています。

それによりますと、日本ではこの発言にある種の期待感が広がってい
るが、米国での議論は、原爆投下の歴史評価をめぐる議論はほとんど
素通りされているとのことです。

米大統領、原爆投下の『道義的責任』発言の影響は?」

教科書検定に関する社説

このほど自由社発行の中学歴史教科書が教科書検定に合格しましたが、
これについて今日の琉球新報の社説は、事実誤認が甚だしいとして、
検定制度の不備と杜撰さを批判しています。

教科書検定 事実誤認も見逃す杜撰さ

「つくる会」の歴史教科書(自由社)が検定合格

「新しい歴史教科書をつくる会」が主導し、自由社が発行する中学歴
史教科書が、9日教科書検定に合格しました。この教科書は従来から
扶桑社が発行し、「つくる会」のメンバーらが執筆している中学歴史
教科書と記述の約8割が共通しているとのことです。

「自由社の歴史教科書が検定合格  『つくる会』メンバーら執筆」(産経、9日)

日本共産党は、侵略と植民地支配を正当化する内容になっていると批
判しています。
侵略美化の中学歴史教科書 文科省また検定合格」(しんぶん赤旗、
10日)

沖縄では、沖縄戦や琉球処分の実相を歪めるものと批判の声が上がっ
ています。
「つくる会教科書 慶良間触れず合格」(琉球新報、10日)

韓国でも、「歴史を歪曲した中学校教科書」として、政府やメディア
から厳しい抗議の声が上がっています。
極右派の歴史わい曲教科書、新たに検定合格/日本(1)」

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「戦争を語り継ごう -リンク集-」に、終戦の日関連の次の3サイ
トを追加しましたので、ご覧ください。

八月十五日 天の岩戸が開いたような
終戦時の旧制中学3年生が、学徒動員中に聴いた玉音放送とその後の
価値観のコペルニクス的転回を綴る

私の八月十五日
旧制高等女学校の講堂で玉音放送を聴いた時の不安と帰宅後の安堵の
思い出

嗚呼、八月十五日
終戦の日、陸軍省勤務の大尉が自刃した阿南陸軍大臣の遺体と対面し
た体験

書評「戦時グラフ雑誌の宣伝戦」

朝日新聞の書評欄に、次の本の書評が掲載されました。

井上祐子著「戦時グラフ雑誌の宣伝戦―十五年戦争下の『日本』イメ
ージ」(青弓社、09年2月)

<総力戦体制下の日本で、グラフ雑誌はその記録性・報道性とプロパ
ガンダの狭間で何を表現したのか。「 FRONT 」「 NIPPON 」「アサ
ヒグラフ海外版」「太陽」「 SAKURA 」「ジャワ・バルー」などを素
材に、聖戦や大東亜共栄圏構想を視覚化しようとした宣伝戦の実態を
描き出す。>

http://book.asahi.com/review/TKY200904070148.html

ミサイル発射誤報と盧溝橋の一発

今日の韓国・ 朝鮮日報に、今回の防衛省によるミサイル発射の誤報
を、「盧溝橋の一発」と重ね合わせた記事をの東京特派員が書いてい
ます。なかなかうがった見方の内容ですので、ご紹介します。

「彼らは戦争を待っていたのか(上)
彼らは戦争を待っていたのか(下)」

「もうひとつのシベリア抑留」を観て

一昨夜はたまたま、NHKの二つのチャネルで日本統治下の朝鮮と台
湾に関わる番組が放送されました。放送時間帯がダブっていましたの
で、そのうちの「もうひとつのシベリア抑留 ~韓国、朝鮮人捕虜た
ちの60年~」は録画で観ました。

戦争末期、朝鮮人に対しても徴兵令が施行され、多くの若者が軍隊に
招集されました。そのうち旧満州の関東軍に派兵された兵士たちは、
戦地に着任する間もなく、ソ連軍が侵攻してきて、その捕虜となり、
シベリアに抑留されました。

その後彼らに待ち受けていたのは、朝鮮半島出身者であるが故、さら
に祖国が分断されたため、日本人捕虜を上回る過酷な運命でした。し
かし今ではやっと韓国でもその労苦が認められるようになり、彼らの
口からその波乱に富んだ体験が聞かれるようになったのです。

その体験談の中で、シベリア抑留とは関係ありませんが、ある重大な
証言がありました。それはソ連軍が侵攻してきたとき、関東軍の将校
が日本人の居留民に集団自決を命令したというものです。

将校は小銃や銃剣を貸し与え、「海行かば」を歌うように命じたとの
ことです。子供やおばあちゃんも皆「海ゆかば…」と歌っていたとの
生々しい証言でした。

沖縄戦では、軍が住民に「集団自決」を命じたかどうかで、教科書問
題で紛糾し、裁判沙汰にまでになりましたが、満州では明らかにそう
いう命令があったようです。

「海行かば」の歌詞には「大君(おおきみ)の 辺(へ)にこそ死な
め」とありますが、やはり“皇軍”は天皇を守る軍隊であって、国民
を守る軍隊ではありませんでした。

シベリア抑留を体験された池田幸一さんの詳しい感想もお読みください。
「『もうひとつのシベリア抑留』を見て

オバマ大統領、核使用に「道義的責任」

オバマ米大統領は5日チェコのプラハで、「核のない世界」の実現に
向けた新政策を打ち出す演説を行い、その中で「核を使用した唯一の
保有国としての道義的責任」にふれました。

今朝の日本の各紙もいっせいにそれを評価する社説や記事を掲載して
います。その中で、国内外の反響を伝えている毎日新聞の記事をご紹
介しましょう。岡本三夫さんのコメントも掲載されています。

オバマ米大統領:核廃絶演説 唯一の核使用国、『道義的責任』に
言及


TV番組「アジアの“一等国”」を観て

昨夜放送されました「NHKスペシャル シリーズ JAPANデビ
ュー 第1回 アジアの“一等国”」を観ました。

日本は日清戦争の勝利によって台湾という初めての植民地を得ました。
そしてそれをうまく統治することにより、欧米列強に並ぶ“一等国”
の地位を確立しようとして、英仏などに植民地政策を学びます。

当時英仏などは植民地に対し“同化政策”を採っていたので、日本も
それに倣います。しかしその後しだいに世界は“民族自決”の方向に
向かいましたが、日本は日中戦争の勃発もあって、より同化を進めた
“皇民化”政策へと転換します。日本語の強制、創氏改名などはその
手段でした。

番組には、統治時代台湾一のエリート中学(旧制)であった台北一中
の台湾人卒業生たちも出演していました。中学校も皇民化の一環で台
湾人も入れるようになりましたが、その比率は僅か3%程度。日本人
より勉強しなければ入れなかったと言います。

彼らは皆きれいな日本語をしゃべります。驚いたことに、「私の頭の
中のコンピュータは日本語です」「難しいことを話したり、書いたり
するのは、情けないことに中文でなくて、日文でないとだめなんです」
とのことです。

そこまで日本人化して、そして高校(旧制)、大学を出て官僚になっ
ても、同じ職位で給料は、内地人160円に対し台湾人100円でした。一
等国民は内地人、二等国民は琉球人、三等国民は台湾人とされたそう
です。

そのうちの一人が「日本時代は?」と聞かれたところ、「ひどい差別
で、口惜しかった」と涙を堪えるような顔で答えました。とかく親日
的な人が多い台湾人ですが、その内心を垣間見た思いがしました。

台湾統治の実態を描くテレビ番組

半世紀に及ぶ日本の台湾統治の実像を明らかにするテレビ番組が、今
夜次のように放送されます。

タイトル :NHKスペシャル シリーズ JAPANデビュー 第
1回「アジアの“一等国”」
内容 :1895年、日清戦争に勝利した日本は、初の植民地として
台湾を支配した。敗戦まで半世紀に及んだ台湾統治の実像に迫り、近
代日本とアジアの関係の原点を探る。
チャンネル :NHK総合 / デジタル総合
放送日 :2009年 4月 5日(日)
放送時間 :午後9:00~午後10:15(75分)
http://cgi4.nhk.or.jp/hensei/program/p.cgi?area=001&date=2009-04-05&ch=21&eid=1675

テレビ番組のお知らせ

シベリアに抑留された60余万の日本軍将兵の中に数千人の韓国・朝
鮮人がいました。その人たちの戦中・戦後を描いたテレビ番組が次の
ように放送されます。

●ETV特集 「もうひとつのシベリア抑留~韓国・朝鮮人捕虜の60年~」
敗戦後シベリアに抑留された3千人の韓国・朝鮮人の名簿が発見された。
ソ連から帰国後も差別されてきた韓国人・元抑留者の苦難の半生を新資
料と証言で描く。
●NHK教育テレビ
●4月5日(日) 午後10時00分~11時00分
http://cgi4.nhk.or.jp/hensei/program/p.cgi?area=001&date=2009-04-05&ch=31&eid=1759

戦艦大和生存者の体験談

64年前の4月7日撃沈された戦艦「大和」の数少ない生存者の体験談が、
今日の産経ニュースに掲載されています。

「『戦艦大和』沈没64年 生存者が語る沖縄海戦

横浜事件免訴に関する各紙社説(続)

去る3月31日に横浜事件免訴に関する各紙社説をご紹介しましたが、
今日さらに朝日新聞が社説で採りあげましたので、ご紹介します。

横浜事件―司法が背負う過ちの歴史」(朝日)
< 大島裁判長は判決でも、「免訴では名誉回復を望む遺族らの心情
に反する」と理解を示した。裁判官の中にも、過去を直視する姿勢が
芽生えたと信じたい。
刑事補償の申請を受けたら、裁判所は早く決定を出すべきだ。その
中で、冤罪と弾圧にかかわった過去への反省を国民に向けて明確にし
てほしい。>

卒業式の歌

続いて卒業式の話題をひとつ。今までMLで卒業式のうたが話題にな
ったことがありますが、そのうち印象に残る二つをご紹介しましょう。

●ねがい

この曲は2002年に広島市立大洲中学校の3年生有志が作詞し、卒業式
で歌ったものです。

元の歌詞は4番まででしたが、曲が有名になるにつれどんどん追加さ
れ、現時点では実に1618番までになっています。そして世界31カ国で
37言語に翻訳されて歌われているそうです。昨年5月に開かれた「9
条世界会議」のオープニングでも歌われました。

詳しくは次のサイトをご覧ください。曲も聴けます。
ヒロシマから発信する平和

●別れの曲(うた)

この曲は沖縄戦中、福島県出身の太田博・元陸軍少尉がひめゆり学徒
隊の学芸会に招かれた際にお礼として贈ったものです。元々1945年3
月のひめゆり学徒たちの卒業式のために作られた曲でしたが、ついに
卒業式で歌われることはありませんでした。

作詞した太田少尉も、作曲した音楽教師の東風平先生も、そしてひめ
ゆり学徒のほとんども、ともに沖縄戦で亡くなってしまいました。学
徒たちは息を引き取る寸前までこの曲を口ずさんでいたそうで、現在
ひめゆり平和祈念資料館で、鎮魂歌として流されています。

次のサイトで、この曲をお聴きください。
別れの曲」(相思樹の歌)

国民学校の卒業写真

今年、孫の一人が小学校を卒業しました。そこで63年前の自分の国
民学校初等科(今の小学校)の卒業式を思い出しました。敗戦の翌年、
疎開先の小さな小学校でした。

そのときの写真がアルバムに残っているので、ご紹介します(クリック
すると大きくなります)。敗戦前後数年間に自分が写っている唯一の貴
重な写真です。

卒業式

男の子は当時皆制帽を冠るのがふつうでしたが、この写真でいわゆる
学生帽を冠っているのは二人だけ、それ以外はすべて軍隊の中古の戦
闘帽です。女の子もセーラー服はごく少数で、ほとんどが“もんぺ”
姿です。

男の先生方も、スーツは校長先生だけで、他はすべて国民服です。女
の教職員はよく分かりませんが、たぶんもんぺでしょう。これが当時
として精いっぱいの正装でした。

古い卒業写真を眺め、改めてこの60年余の平和のありがたさをつくず
く感じます。

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プロフィール

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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