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横浜事件免訴に関する各紙社説

  戦時下最大の言論弾圧とされる「横浜事件」の第四次再審請求の再
審判決が30日横浜地裁であり、裁判長は検察側の主張どおり「免訴」
の判決を言い渡しました。第三次再審請求に続き、元被告の遺族らが
求めていた無罪判決はなりませんでした。

この問題について、今日の全国紙は社説で採りあげていませんが、多
くの地方紙の社説がこの判決を批判しています。

「横浜事件 再審冤罪の責任は司法にも」(中日 / 東京)
< 戦後、その責任を取った裁判官はほとんどいない。政治、行政、
軍事などの責任者はさまざまな形で責任を追及されたが、司法に関し
ては戦前と戦後の断絶が必ずしもなされていないのである。>
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2009033102000040.html

「横浜事件免訴 事実を見ずに幕引きか」(北海道)
<判決の中で実質無罪をにじませることもなく、法律解釈を優先した
裁判所は元被告のみならず、司法の名誉回復を果たすという格好の機
会をも逸したといえよう。>
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/editorial/156109.html

「横浜事件再審」(神奈川)
< 何事においても、信頼を得るにには過去の過ちに率直、謙虚でな
ければならない。司法の責任に及び腰の判決が残念でならない。>
http://www.kanaloco.jp/editorial/entry/entryivfeb090255/

「横浜事件免訴 司法の反省はどこに」(信濃毎日)
< これで言論や思想の自由の守り手となれるのか、心配になる。司
法界全体が過ちと向き合い、自ら姿勢を正すのでなければ、国民の信
頼は得られない。>
http://www.shinmai.co.jp/news/20090331/KT090330ETI090014000022.htm

「横浜事件再審判決 過去に目をつぶるのか」(岐阜)
<  判決は淡々と法律論を展開しただけで、戦時下の言論・出版の弾
圧に積極的に加担し、ずさんな審理で有罪判決を言い渡すなどした
「司法の責任」と正面から向き合うこともなかった。>
http://www.gifu-np.co.jp/column/syasetsu/

「横浜事件/不問でいいか戦時下の闇」(神戸)
< 横浜事件の再審は、元被告の無実の罪を晴らし、名誉を取り戻す
ものだった。加えて、わたしたちが歴史の教訓を学ぶという意味でも、
重い意義があった。
 言論の自由を守り抜くために、過去の闇に光を当てる作業は不可欠
だ。>
http://www.kobe-np.co.jp/shasetsu/0001787529.shtml

「横浜事件再審 割り切れぬ『免訴』判決」(山陽)
< 横浜事件は、一九四二年から終戦直前にかけて、雑誌「改造」な
どの編集者ら約六十人が治安維持法違反容疑で逮捕された。三十人以
上が起訴され、大半が終戦直後に有罪判決を受けた。今回の判決で、
一連の再審裁判は終結する見通しだが、国家による言論弾圧の恐ろし
さを物語る事件として、後世に語り継がねばなるまい。>
http://www.sanyo.oni.co.jp/sanyonews/2009/03/31/2009033108552075013.html

「横浜事件 なぜ司法の責任に向き合わぬ」(愛媛)
<  戦後の研究で事件はでっち上げだったことが定説となっている。
そのため問われたのは、かつて罪に問われたことが法令の改廃で罪で
なくなったという法律論ではない。犯罪とされた事実があったか、な
かったのかに尽きる。>
http://www.ehime-np.co.jp/rensai/shasetsu/ren017200903319668.html

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井上靖、戦地から両親への手紙 

今日の毎日新聞東京朝刊に、作家の井上靖が出征先の中国から両親あ
てに送った軍事郵便が、昨年10月亡くなった夫人の遺品から見つかっ
たと報じています。

井上靖:戦地から両親への手紙 貴重な資料、夫人の遺品から

「証言記録・兵士たちの戦争」を視て

先にご紹介しました「証言記録・兵士たちの戦争 東部ニューギニア
 絶望の密林戦」を視ました。

他に例をみない3年にも及ぶ、凄絶な東部ニューギニアの戦闘、食糧
も弾薬も補給を断たれ、それは病気と飢餓との戦いでもありました。
兵士たちは皆、もう人間というより動物のようであったと証言されて
いました。

こういう体験は本などで読んだことがありますが、実際に体験された
人々の口から聞くとさらに真に迫るものがあります。もう90歳前後に
なる、こういう元兵士たちを捜し出して取材をするというのは、さす
がNHKといつもながら感心させられます。

飢餓の余り味方の人肉を食べたというのも、あちこちの戦地の話とし
て聞かれますが、当事者の口から直接語られると、実に生々しく、と
うていその人たちを責めることはできません。

大隊長だった竹永正治中佐が、部下46名を連れてオーストラリア軍に
投降したというのは、日本軍が戦闘中に命令で集団投降した唯一の例
と思いますが、その時投降した元兵士も証言されているのは驚きでし
た。

陸軍士官学校でのキャリア軍人が進んで捕虜になるとは当時ではとて
も考えられなかったことですが、こういう例も実際にあったのですね。
出演した元第18軍の参謀が「初めて聞きました。そういう人がいたと
は残念です」と、実に心外そうな顔をしていたのが印象的でした。

下記のように再放送がありますので、見逃した方はぜひご覧ください。

チャンネル :BShi
放送日 :2009年 4月 3日(金)
放送時間 :午後4:00~午後4:45(45分)

玉砕の島・ビアク島の戦争遺留品

今日の毎日新聞 Web 版に、甲府市の夫妻が玉砕の島・ビアク島で拾
得された旧日本兵の財布の元の持ち主を捜しているという記事が掲載
されています。

旧日本兵:持ち主は誰ですか 女性の写真入った財布

この遺留品については、夫妻からの依頼により拙サイト「旧日本軍人
の遺留品」の「その他」のページにM031として掲載していますので、
何か情報があればお知らせください。

http://www.rose.sannet.ne.jp/nishiha/iryuhin/sonota_body.htm#m031

NHK「証言記録・兵士たちの戦争」放送予定

NHKの「証言記録・兵士たちの戦争」シリーズ、次回は次のように放
送されます。ぜひご覧ください。

●3月28日(土)19時00分~19時43分
●NHKハイビジョン
●東部ニューギニア 絶望の密林戦

書評「重慶爆撃とは何だったのか」

都市に対する無差別空襲の嚆矢といわれる「重慶大空襲」を論評した
「重慶爆撃とは何だったのか―もうひとつの日中戦争」(戦争と空爆
問題研究会編、高文研、2009年1月)の書評をご紹介します。

「朝日新聞(3月22日)」
< ここ数年、米軍のイラク空爆をきっかけに空襲史の研究が蓄積さ
れている。それは空爆する側の論理が、国の違いを超えてどのように
影響し発展してきたかを、世界史的に跡づけたものである。重慶爆撃
に見られる空爆の論理と技術は、やがて東京大空襲にもつながってい
く。>
http://book.asahi.com/review/TKY200903240122.html

「 JanJan (2月1日)」
< 重慶を攻めあぐんだ日本軍が考え出したのが、当時としては最新
鋭の爆撃機を投じての空爆作戦。1938年12月から41年12月
まで計画的組織的持続的に行われ、高性能爆弾と焼夷弾を使った無差
別都市爆撃作戦であったことが、本書で明らかにされている。それは
「国民の継戦意志破壊」を目的とした「戦政略爆撃」であると日本軍
部自身が公言する、初めから市民殺傷をねらったものであった。本書
では、これを戦争の「新紀元」を切り開いたものと評価している。>
http://www.book.janjan.jp/0902/0901290428/1.php

この本の筆者の一人である一瀬敬一郎氏(重慶大爆撃訴訟の原告代理
人)のインタビュー記事もお読みください。

今週の一言

抑留者特措法案、参議院に提出

民主、共産、社民、国民新、新党日本の野党各党は昨24日、シベリ
ア抑留者に特別給付金を支給する「戦後強制抑留者問題に関する
特別措置法案」を参院に共同提出しました。

谷博之議員(民主党)のサイトに法案の内容やこれまでの詳しい経緯
が説明されています。
戦後処理問題 シベリア抑留者の未払い賃金の解決

日米の戦争遺族の平和を希う心

17日付の「戦争遺留品返還の新聞記事」でご紹介しましたように、先日
アメリカのゴードン・ドレイク氏から岐阜県の埜藤信子さんに戦死した兄
上の日章旗が返還されましたが、その際添えられた手紙の日本語訳を
ご遺族から送っていただきました。たいへん感動的な内容でしたので、
以下引用させていただきます。

--------------------------------------------------------------
私の名前はゴードン・ドレイクといいます。私の祖父、マックス・ド
レイクは第2次世界大戦のときフィリピンで海軍のパイロットでした。
私は、何故祖父が貴方のお兄様の旗をもっていたのかはわかりません
が、貴方のお兄様や私の祖父の命を奪った戦争に対する共通の深い思
いを感じながら、この旗を貴方のご家族にお返しできることを誇りに
思います。

私の祖父は、1945年5月1日、中国の海南島で戦死しましたので、この
旗は祖母と祖父の母に返された祖父の遺品の中にあったに違いありま
せん。旗は数ヶ月前まで私の母が持っておりましたので、こういうも
のがあることを私は知りませんでした。私は、インターネットでキヨ
シのサイトを見つけ、彼が貴方を探してくれたことをうれしく思いま
した。旗の片隅に私の祖父の名前と日付があります。おそらく、この
日付は私の父が旗を見つけた日だと思います。そして、たぶん貴方の
お兄様の亡くなった日に近いのではないかと思います。

戦争は、この痛ましい出来事の間に家族や友人を失った人にとって、
最も辛い過去です。貴方のお兄様を失ったことをお悔やみ申し上げる
とともに、この旗をお返しすることで、一人の男とその家族がこの旗
を長い間大事にし、今こうしてお返しできるということを知っていた
だくことで少しでも傷が癒えることを願っております。

私は、いかなる将来の困難に際しても戦争ではないよりよい解決方法
を人類が見つけることを祈っています。

乎和を願って

ゴードン・ドレイク
------------------------------------------------------------

この手紙に対しての埜藤さんのご感想の一部もご紹介します。
--------------------------------------------------------------
云いぶんのない戦争を始めたのは私の国。ドレイク様は、それを悲し
い過去のこととして、私どもを思いやってくださいます。ありがたい
とおもいます。

(中略)
ゴードンさんが云われるように、どんな困難も戦争のない解決をする
国やひとの多くなるように祈ります。
--------------------------------------------------------------

一つの遺留品を通じて、ともに戦争で肉親を失った日米の両家族の平
和を希う心が、太平洋を越えて結ばれた感がして、ささやかながらお
役に立てたことをたいへん嬉しく思っています。

新たな戦争遺留品(F100)

F100

またアメリカ人から戦争遺留品である日章旗の返還協力の依頼があり
ました。隣人が友人から譲り受けた物とのことで、取得の経緯は不明
です。

寄せ書きには本人の氏名はなく、その他、茅根(栄一、秀、俊春、義
一)、猿田(豪之介、清次)、大森(政市、倉造)、水越猛彦、飛田
昇、塩谷きわ、荒井富美子、鈴木ひで、石井まきなどの氏名がありま
す。

拙サイト「旧日本軍人の遺留品」の「日章旗 (F051~ ) 」のページ
に、 F100 として掲載しましたので、ご覧の上、何か手がかりになる
ような情報がありましたら、ぜひお知らせください。

なおこれで返還活動を進めています日章旗がちょうど100件になりま
した。ささやかなウェブサイトにこれほどまでに世界中から情報が寄
せられるのは、いかに多くの日章旗が戦利品として戦地から持ち去ら
れたか、またそれを故郷に戻したいと願っている善意の人たちがいか
に多いかを物語っているようように思えます。

テレビ番組のお知らせ

次のように「戦争を語り継ごう」関連のテレビ番組が放送されます。

「じいちゃんが泣いた… 高校生が撮った“戦争”」
3月22日(日) 25:25~25:55
NNN系列局
それは、映画「男たちの大和」を見ている時。祖父、治郎四さん(86)が
泣いた。山形の開沼健一君(高3)は祖父の涙の理由がずっとひっかか
っていた。ある日、日本史の佐藤教諭が、高校生と平和をテーマにした
ビデオコンクールへの参加を薦めた。会場は東京。「都会で遊べる!」そ
んな軽い気持ちもあり友達と、戦争体験者の取材を始めた。だが死と直
面する戦場の話に初めからお腹いっぱい。頭がパニックになるほど衝撃
受けた。更に特攻隊や原爆投下…。感じたことをどう伝えればいいのか。
生徒達のまなざしが変わった。

憲兵隊、生徒の思想調査

昨19日の朝日新聞大阪版夕刊は、戦争末期憲兵隊が大阪府立北野第
二中学校(現北野高校定時制過程)で朝鮮半島出身の生徒の思想や
動向を調査したことを示す「極秘」文書が見つかったと、報じています。

朝鮮人兵士を日本軍に入れた際に問題が生じないかを検討するための
資料だったとみられるとのことです。

北野高校で戦時中の憲兵隊文書発見 生徒の思想調査指示

日本兵捕虜埋葬名簿

戦没者の遺骨収集活動をしていますNPO法人「戦没者を慰霊し平和
を守る会」はこのほど、米軍の捕虜収容所で死亡した日本兵約6000人
分の氏名や埋葬地などを記した名簿を下記サイトで公開しました。

太平洋戦争捕虜収容所埋葬者リスト

日本兵埋葬名簿、HPで公開=米公文書館で発見の6000人-N
PO
」(時事ドットコム、18日)

海上自衛隊ソマリア派遣に戦争体験者の不安

16日の日刊ベリタに、日本陸軍特務機関員の中谷孝氏が、 今回の
海上自衛隊のソマリア派遣について、<今後日本はアメリカのアジア
における橋頭堡となり、自衛隊がその尖兵になることだけは絶対にあ
ってはならない。嘗て戦場に赴き、殺戮を繰り返した私達世代の平和
日本に残す遺言である。 >と訴える記事を載せています。

近代日本の歴史が危ない 海上自衛隊護衛艦のソマリア派遣に戦争
体験者の不安


戦争遺留品返還の新聞記事

岐阜新聞090314

先にご報告しました戦争遺留品(F090)の返還が、去る14日の岐阜新
聞で報道されました。

記事のコピーを下記にアップしましたので、ご覧ください。
http://www.rose.sannet.ne.jp/nishiha/iryuhin/medea/gifu090314.htm

伊藤明彦さんを悼む

今日の「リベラル21」に、先日惜しくも亡くなりました伊藤明彦さ
んを悼む一文が掲載されています。伊藤さんは生涯をかけて、原爆被
害者の生の声を伝え続けてきた元放送記者です。

神から遣わされた『現代の語り部』」

伊藤さんが収録された被爆者の声は、次のサイトで聞くことができま
す。

被爆者の声

新たな戦争遺留品(M035)

M035
また新しくアメリカ・オハイオ州の元米空軍兵士から戦争遺留品の返
還協力の依頼がありました。1948年沖縄で勤務中、日本軍が玉砕した
島の洞窟内で発見された物として譲り受けたとのことです。

内容は、「人事ニ関スル書類綴 第二七一六部隊丸山隊」、「軍隊手
帳」(中岡正雄名義)、「貯金通帳」(種村豊名義)および「人事考
科表」(佐々木辰市)です。

隊員簿には「昭和19年3月30日硫黄島上陸」とありますので、硫黄島
で拾得された物と思われます。なお隊員全員の本籍地は島根県となっ
ています。

拙サイト「旧日本軍人の遺留品」の「その他 」のページに、 M035と
して掲載しましたので、ご覧の上、何か手がかりになるような情報が
ありましたら、ぜひお知らせください。

心結ぶキスカ島の花

昨13日の朝日新聞大阪本社版夕刊に、次のような書き出しで始まる、
心温まる記事が掲載されました。

< 太平洋戦争中の1942年夏、北太平洋・アリューシャン列島の
キスカ島から一輪の花が篠田千代さん(98)=岐阜市=のもとに届
いた。花を手紙に添えた出征中の夫は、投函(とうかん)から8日後、
海に散った。67年後の今年、再びキスカ島の花が篠田さんに送られ
てきた。花のかたわらには「キャサリン・エイブリーの息子たちから」
と記されていた。 >

以下は次のサイトでお読みください。

心結ぶ戦地キスカの花、再び妻へ 67年後米遺族から」

米潜水艦による漁船攻撃

今日の北海道新聞のコラム「卓上四季」は、戦時中北海道沖でアメリ
カの潜水艦が何度も漁船を襲撃し、撃沈させたことを紹介し、<無抵
抗の漁船への砲撃は、民間人を犠牲にする空襲と同じ蛮行だ>と書い
ています。

戦禍の記憶(3月13日)」

北海道様似町の「様似・戦争を記録する会」がまとめた、米潜水艦に
撃沈された3隻の漁船の記録です。

五十年目の鎮魂 -幌満沖漁船撃沈事件-

もっとも下記サイトにあるように、戦争中は大型漁船も徴用され、偵
察・監視任務にあたっていましたので、これら犠牲になった漁船も偵
察船と誤解されたのかもしれません。

特設監視艇隊の戦闘

大阪大空襲直後の写真

今日は「大阪大空襲の日」。朝日新聞大阪本社版の1面には、大阪大
空襲直後に撮影された未公開の写真が掲載されています。

ミナミの大空襲被災写真 枚方の民家から未公開24枚

また YouTube には、空襲2年後と現状の空撮写真を対比させた映像が
アップされています。

After the U.S. bombing of Osaka /米軍による大阪大空襲のそ
の後


大阪大空襲といえば、国民学校卒業式前夜に被災した体験を語ってい
ただいたGANOこと故谷本賀之さんのことも思い出されます。同氏
が遺されましたCG作品もご覧ください。

大阪大空襲

東京大空襲と国立慰霊碑

今日の産経新聞のコラム「正論」に、拓殖大学教授の藤岡信勝氏が
「『東京大空襲』が意味するもの」という一文を寄稿しています。

「【正論】拓殖大学教授・藤岡信勝 『東京大空襲』が意味するもの

前段の<「東京大空襲」は、第二次世界大戦の最大の戦争犯罪の一つ
であろう>とする部分は、去る9日の産経新聞の主張(社説)と同じ
ような内容です。

そして後段では、かつて「戦災犠牲者の国立慰霊碑建立議連が発足」で
お伝えしました戦災犠牲者の国立慰霊碑の建立を急げと主張しています。

しかし同様な趣旨の「全国戦災都市空襲死没者慰霊塔」がすでに1956
年に姫路市に建立されており、毎年首相代理も出席して慰霊祭が行わ
れています。

また広島、長崎、沖縄には、市や県が建設した立派な追悼施設や資料
館が建設され、世界各地から多くの人が訪れています。一方同じよう
に大きな被害を受けた東京では、1992年から「東京都平和祈念館」の
企画が進められてきましたが、石原都政になってから凍結されてしま
いました。

すでに既存の施設がある全国規模の戦災犠牲者慰霊碑よりも、東京都
の追悼施設を建設すべきではないでしょうか。全国規模の戦没者追悼
施設としては、これもかねてから懸案のままとなっている「新しい国
立追悼施設」の建設こそ望まれると思うのです。

中国国民党、真珠湾攻撃を事前察知

台湾紙・今日新聞は9日、国民党の特務機関「軍統」(軍事委員会調
査統計局)の暗号解読班が1941年の日本軍による真珠湾攻撃を事前に
察知していたが、米軍側が重視しなかったため、悲劇を未然に防げな
かったと報じました。

真珠湾攻撃の事前察知、『米側に相手にされなかった』―台湾メデ
ィア
」( Record China 、10日)

東京大空襲の新聞記事

昨日の東京大空襲の日に当たって、被害者の体験を新聞各紙が掲載し
ていますので、ご紹介します。

「東京大空襲『あの夜悔やみきれない』…家族失った女性が手記」
(読売、10日)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090310-OYT1T00644.htm

「東京大空襲で両親亡くした女性、遺品に『戦争恨みます』」(読売、
10日)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090310-OYT1T00738.htm

「普通の人生返して 空襲生きのびた71歳」(読売東京23区版、10
日)
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tokyo23/news/20090310-OYT8T00141.htm?from=os2

「東京大空襲:空襲の記憶、後世に 妻子亡くした白石さん『ただつ
らい思い出』」 (毎日都内版、10日)
http://mainichi.jp/area/tokyo/news/20090310ddlk13040300000c.html

「きょう東京大空襲64年 惨劇に恐怖心が麻痺」(東京、10日)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/kanagawa/20090310/CK2009031002000070.html

「降り注ぐ焼夷弾で火の海に 体験者が語り部 下町で体感ツアー 
『命懸けで戦争反対訴え』」(東京、11日)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyo/20090311/CK2009031102000052.html

「東京大空襲から64年 亡き父への思い、ハープに込め」(朝日、
10日)
http://www.asahi.com/national/update/0310/TKY200903100178.html

「『焼き尽くされた浅草』空襲被害示す都市地図 米軍作製」(朝日、
10日)
http://www.asahi.com/national/update/0309/TKY200903090145.html

 

大空襲三一〇人集

東京大空襲をはじめ、空襲の悲劇をテーマにした詩を集めた「大空襲
三一〇人詩集」(コールサック社)が、東京空襲から64年目の今日刊
行されました。

空襲詩の代表作を残した宗左近から戦争を知らない二十代の作品まで、
東京だけでなく、日本各都市さらに重慶、ロンドン、ガザまで含めた
空襲を詠んだ詩が収められています。中国の文人・郭沫若の詩もあり
ます。

「『大空襲三一〇人集』刊行」(コールサック社)

空襲詩 怒りと祈り 重慶、東京、ガザ…400編を一冊に」(東
京、3日夕刊)

天声人語」(朝日、10日)
<詩集は、戦争と平和をめぐる言葉の空疎化にあらがってもいる。た
とえば「戦争の悲惨さ」や「命の大切さ」と言う。便利なだけに手垢
(てあか)にまみれ、もはや中身はからっぽの感が強い。うつろな言
葉が封じる想像力を取り返したいという思いが、書中から伝わる>

東京大空襲に関する社説

明日10日は東京大空襲から64年目にあたりますが、今日の産経新聞は
“勝者の戦争犯罪”も検証すべしという社説(主張)を掲載していま
す。

東京大空襲 『勝者の罪』も検証しよう
< 戦争はいつの時代も、勝者の側から見た歴史だけが語られがちで
ある。だが、敗者の側から“勝者の戦争犯罪”を検証することも大切
である。>

この「主張」にも一理あると思いますが、まず自国の戦争犯罪も正し
く認め、かかることをお互いに二度と犯してはならないという反戦平
和の立場に立って、主張しないと説得力を欠くのではないでしょうか。

戦争遺留品(F096)をご遺族に返還

先に「新たな戦争遺留品(F096、F097)」で情報提供をお願いしました
戦争遺留品である日章旗の持ち主のご遺族が判明し、このほど厚生
労働省を通じ北海道の姪御さんに返還されました。

この旗は、米テキサス州在住の増田さんの友人が所有していたもので、
増田さんの熱心なご努力が通じて返還が実現しました。

今後とも皆さんのご協力をお願いします。

映画「語らずに死ねるか!」

株式会社ユニモトと戦場体験放映保存の会は、元兵士たちの戦場体
験を語る声を集めたドキュメンタリー映画 「語らずに死ねるか!無名の
兵士たちの声」の製作を進めてきましたが、今月末完成、4月から上映
の予定です。

予告編を下記ブログで見ることができます。
http://soushunfu.blog89.fc2.com/blog-category-28.html

原爆の映画「GATE」監督のマット・テイラーさん

今日の毎日新聞のコラム「ひと」は、「原爆の火」を持って米国内
2500キロを歩いた3人の僧侶の行脚を描いたドキュメンタリー映画
「GATE」のマット・テイラー監督を紹介しています。

ひと:マット・テイラーさん 原爆の映画『GATE』監督

GATEの予告編

靖国合祀判決に関する各紙社説(続)

今日は西日本新聞の社説が靖国合祀判決を採りあげています。

「靖国合祀訴訟 遺族の心情は尊重したい」(西日本、3日)
<  今回の判決のように、たとえ合祀が法的に問題がないとされると
しても、社会的には、「英霊」として祭られたくないという遺族の意
思や心情を、神社側が無視していいものではあるまい。>
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/80723

靖国合祀判決に関する各紙社説

去る2月26日大阪地裁が下した靖国合祀訴訟の判決に関する各紙の社
説をご紹介します。各紙ともこの判決は遺族の心情を軽視したものと
批判しています。

「靖国合祀判決―歴史に向き合った判決を」(朝日、1日)
< 国家神道が戦争遂行に果たした役割は大きい。そこに遺族の思い
の源もある。東京、那覇地裁でも同様の訴訟が審理されている。歴史
や憲法の理念に正面から向き合った判断を期待する。>
http://www.asahi.com/paper/editorial.html

「靖国合祀訴訟 遺族感情軽んじた判決」(北海道、2月27日)
<  戦没者追悼のあり方をめぐっては二〇〇二年、官房長官の私的懇
談会が、「無宗教の国立施設が必要」との報告書をまとめたが、たな
ざらしになっている。このままでは、合祀の是非をめぐる議論がさら
に混乱しかねない。責任は政治にもある。>
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/editorial/149676.html

「靖国合祀訴訟/「イヤだ」は届かなかった」(神戸、2月27日) 
< たしかに、何らかの強制があったわけではないにしても、価値観
は多様化し、宗教についての考え方も個人によって違う。戦死した肉
親を自分のやり方でしのびたいという願いは、あって当然だ。むしろ、
尊重されなければならないものだろう。そうした遺族の心情が後回し
になった形の判決には、釈然としないものが残る。>
http://www.kobe-np.co.jp/shasetsu/0001724664.shtml

「【合祀拒否訴訟】遺族感情も大切にしたい」(高知、2月27日)
< 肉親の慰霊に対する考え方は多様だろう。戦前の国家神道がもた
らした苦い経験を考えれば、靖国神社の合祀についても遺族の受け止
め方は一様ではないはずだ。遺族の心情を踏まえるなら、死者の慰霊
を神社側の信教の自由だけで判断してしまうことには無理があるので
はないか。>
http://203.139.202.230/?&nwSrl=239911&nwIW=1&nwVt=knd

韓国の中央日報もコラムでこの問題を採りあげています。

「【取材日記】靖国合祀、遺族は拒否しているのに…」(中央日報、
2月27日)
<  結局、保守的な日本の裁判所が合祀分離判決を下した場合に生じ
る社会的波紋を憂慮し、こういう判決を下したという印象を否めない。
しかし日本の裁判所がずっと真実に顔を背けるかぎり、過った歴史の
傷は簡単に消えないだろう。>
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=111934&servcode=100&sectcode=120

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プロフィール

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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