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ノーベル賞益川教授、平和を語る

今日の朝日新聞大阪本社版夕刊の1面トップに、ノーベル賞の受賞講
演で自らの戦争体験に触れた益川敏英・京都産業大教授(68)のイン
タビュー記事が掲載されています。

< 「焼夷(しょうい)弾が自宅の瓦屋根を突き破って、地面にごろ
りと転がる。家財道具を積んだリヤカーに乗せられ、おやじやお袋と
逃げまどう。そんな場面を断片的に覚えている。焼夷弾は不発で、近
所でうちだけが焼けなかった。あとから思い返して、発火していれば
死んでいたか、大やけどを負っていたと恐怖がわいた。こんな経験は
子や孫に絶対させたくない。戦争体験はぼくの人生の一部であり、講
演では自然と言葉が出た」>

「『9条危機なら運動』ノーベル賞益川教授、平和を語る

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山田朗氏の「田母神」批判

去る1月21日に東京で開催されました、山田朗氏(明治大学教授、
日本軍事史)の講演会「何が『田母神』を生み出したか ―自衛隊と
歴史修正主義―」のレポートが下記ブログに掲載されています。

山田氏は「田母神論文」の約20の論点について反論すると共に、この
「論文」を産み出した背景について解説しています。ご一読ください。

何が『田母神論文』を生み出したか

歴史教科書の「集団自決」再訂正、執筆者ら申請断念

沖縄戦の集団自決を巡る高校日本史の教科書検定問題で、執筆者らで
つくる「社会科教科書懇談会」は、今年4月から使用する教科書の記
述について、「(旧日本軍による)強制」などの表現を入れるよう、
文部科学省に再訂正申請するのを断念したことを明らかにしました。
出版社側が拒否しているためとのことです。

執筆者ら訂正申請断念 『集団自決』修正 / 教科書会社が拒否
(沖縄タイムス、30日)

朝日新聞歴史写真アーカイブ

朝日新聞はこのほど、大阪本社が戦時下に保管していた写真7万2千枚
から1万枚を厳選してデジタル化し、「歴史写真アーカイブ アジア
・戦前戦中編」というデータベースを完成しました。

この写真選定にご協力した近現代史研究者など13人の「最も印象に残
った1枚」が下記サイトで紹介されています。

朝日新聞歴史写真アーカイブ

シベリア抑留、半世紀経ても続く悲惨

今朝の毎日新聞のコラム「記者の目」に、栗原俊雄記者が<昨年11
月10日~12月2日、大阪本社発行の夕刊で16回連載した「シベ
リア抑留 帰還者と遺族の戦後」の取材で約50人にインタビューし、
抑留が半世紀以上過ぎた今もなお続く悲劇であることを痛感した。>
と書いています。

< 確かに世界各地で戦争は続いている。しかし、戦争が、生き残っ
た人たちをも長くむごく苦しめることを知ることで、人々は悲劇を繰
り返さないために必要なことを模索するはずだ。そしてそれこそが、
つらい過去を語ってくれた帰還者たちの願いだろう。>
記者の目:シベリア抑留 半世紀経ても続く悲惨=栗原俊雄

戦争を語り継ぐ記事3件(JanJan)

今日のインターネット新聞・JanJanに、日米の兵士の戦争体験など、
次の3件の戦争を語り継ぐ記事が掲載されています。ぜひご覧くださ
い。

「『戦争には勝者も敗者もない』捕虜として東京大空襲を体験した元
B29搭乗兵が語る戦争の悲劇

日本を空襲し捕虜となった 元B29搭乗員が戦争体験を語る会見記

「【戦争を語り継ぐ】戦艦大和とともに~会場に響いた軍歌『海行かば』」
巡洋艦「矢矧(やはぎ)」に乗り組んで大和とともに特攻出撃した元海
軍兵士が語る戦争体験

「日中戦争下、三竈島で何が起こったのか―香港・華南を訪ねて(下)」
日本海軍が島民を虐殺した、中国・華南・三竈島の訪問記

今、平和を語る:森光子さん

毎日新聞に毎月連載されています「今、平和を語る」に、今月は女優
の森光子さん(89)が登場しています。

森さんは、戦争中の芸能生活が軍部に弾圧されたり、歌手として前線
の兵士たちを慰問した体験から、「どんなことがあっても、平和を手
放してはいけません」と述べています。

< 騙(だま)されていたのです。騙すといえば、玉砕という言葉も
そうでした。玉と砕ける、このきれいな言葉に私たちは騙されました。
とんでもない言葉で、師団長以下の全員が死んでしまった……。みん
な戦争の犠牲者だったと思います。長い戦争が終わったとき、正直言
って、ほっとしました。>

今、平和を語る:女優・森光子さん

新たな戦争遺留品(F098)

F098

あるアメリカ人から戦争遺留品である日章旗の返還協力の依頼があり
ました。伯父さんがフィリピンで取得された物だそうです。

元の所有者名は「寺野正一」。寄せ書きには、寺野照夫、天草定雄、
涌田良英、西尾治郎、小田原勇、原佳信、松村国徳、河田光仙、浦野
重信、光田好次などの署名があります。

拙サイト「旧日本軍人の遺留品」の「日章旗 (F051~ ) 」のページ
に、F098として掲載しましたので、ご覧の上、何か手がかりになる
ような情報がありましたら、ぜひお知らせください。

新規リンクのお知らせ

「戦争を語り継ごう -リンク集-」に新しく次の2サイトを追加し
ましたので、ご覧ください。

近代日本動画資料室
日米で撮影された、アジア太平洋戦争の映像が見られる

昭和20年8月15日前後
陸軍航空総軍司令部に勤務していた経理部見習士官の終戦時の思い出

NHKTV・証言記録「戦艦武蔵の最期」

NHKテレビのシリーズ「証言記録 兵士たちの戦争」の放送予定を
ご紹介します。次回は“戦艦武蔵”です。

「証言記録 兵士たちの戦争『フィリピン・シブヤン海“戦艦武蔵の最期』」
<不沈艦と呼ばれた戦艦武蔵。しかし航空戦が主体となった太平洋戦
争では、絶望的な戦いを強いられることになる。元乗組員の証言から、
巨大戦艦・武蔵の最期にせまる。>
チャンネル :BShi
放送日 :2009年 1月25日(日)
放送時間 :午後11:00~午後11:45(45分)

オバマ米大統領の核軍縮言及に広島で歓迎の声

オバマ米大統領が就任演説で核軍縮に言及したことに対し、被爆地・
広島では「大いに期待できる」と歓迎の声が上がっています。

オバマ大統領就任 核軍縮言及、広島で歓迎の声」(産経、22日)

ペリリュー島での戦争遺留品、ご本人に返還

一昨年10月、旧日本軍が玉砕したペリリュー島で取得された日章旗の
返還協力についてお願いをしました。
新たな戦争遺留品(F069)」

この旗については所有者の氏名が明確であったので、厚生労働省に調
査を依頼していましたが、先ほどやっとその所有者の所在が判明しま
した。驚いたことにその元兵士はご健在であったのです。

太平洋戦争中、ペリリュー島の日本軍は米軍の猛攻撃を受け、1944年
11月玉砕しました。日本軍の戦死者10695名、生き残ったのは捕虜に
なった202名と戦後まで隠れていた34名だけです。

元兵士はその奇跡的に生き残ったお一人だったのです。残念ながらそ
の方は所在を明らかにすることを拒否されたため、直接お話を伺うこ
とができませんでした。玉砕の島で生き残ったことに今なお拘ってお
られるのでしょうか。

30年来「両国間のたいへん英雄的な戦いの記念品として、この旗の故
郷が見つかること」を願ってこられたアメリカ人の保管者は、受け取
り側の詳しい状況が不明なことにご不満な様子でしたが、事情を説明
して何とかご了承いただき、このほど厚労省宛てに返還していただき
ました。

戦死されて、遺骨も遺品も何一つ返ってきていない場合は、ご遺族は
涙を流して喜ばれ、お礼も言っていただけるのですが、このようにご
本人がご健在の場合は、いろいろ複雑なケースが多いようです。

マレーシアで原爆展

13日から18日まで、マレーシアのクアラルンプールで日本原水協の主
催で原爆展が開かれ、マハティール前首相夫妻や核戦争防止国際医師
会議のロナルド・マッコイ元共同会長らも訪れました。

< 市民や若者たちに囲まれたマハティール氏は、「私たちも広島・
長崎のことは多くを語ってきたが、こうして実際に目で見ることは大
事なことです。原爆の被害を受けた日本のみなさんだからこそできる
活動です。悲劇がくり返されないためにも原爆展の活動を旺盛に続け
てください」と一行を励ましました。>

繁華街で原爆展開催 マハティール前首相夫妻ら訪問 マレーシア
(しんぶん赤旗、19日)

平和記念資料館元館長がオバマ氏に広島訪問要請

広島市のオバマの高橋昭博氏(77)は、オバマ次期米大統領に、「広
島に来て被爆体験を聞いて」と訴える手紙を送りました。

オバマ氏に『被爆体験聞いて』=元資料館館長が訪問要請-広島」(時事、18日)

米大統領のヒロシマ訪問、ぜひ実現してほしいものです。

新たな戦争遺留品(F096、F097)

また新しくアメリカから戦争遺留品である日章旗の返還協力の依頼が
2件ありました。

(1)日章旗(F096)
F096

米テキサス州の増田様からのご依頼。知人のアメリカ人の友人がフリ
ーマーケットで購入した物。

元の持ち主名は「千葉 房志」。「昭和十五年一月二日 北海道
亀田郡赤川青年団」との書き込みがあるので、現在の函館市赤
川の出身と思われます。

(2)日章旗(F097)
F097

米ノースカロライナ州の Ray L. Ollis, Jr. 様からのご依頼。亡父
が終戦時に沖縄で取得した物。

寄せ書きには、松沢芳太郎、呉本大國、賎川官平、大竹武夫、東山ツ
ヤ子、東田聖太郎、金城竜漢、福田タマヱなどの氏名があります。
「遠賀の健児」と書かれているので、福岡県遠賀地方の出身かと思わ
れます。

この旗については、1992年9月4日付けの西日本新聞で紹介されました
が、反応はなかったとのことです。

以上の2件については拙サイト「旧日本軍人の遺留品」の「日章旗
(F051~ ) 」のページにに、F096およびF097として掲載しましたの
で、ご覧の上、何か手がかりになるような情報がありましたら、ぜひ
お知らせください。

遺留品の日章旗、米留学生からご遺族へ

アメリカからの留学生が預かっきた戦争遺留品の日章旗が、昨15日新
潟県・佐渡のご遺族に返還されたと今日の新潟日報が伝えています。

元の持ち主だった海軍兵士はボルネオで戦死されましたが、92歳にな
る実兄がご健在で、65年ぶりに帰ってきた旗を感慨深く迎えられたと
のことです。

日章旗65年ぶり“帰郷”」

田母神問題とテレビ報道

「マスコミ九条の会」のサイトに、 元日本テレビ社会部長の河野慎
二氏が、田母神問題と昨年12月24日放送のテレビ番組「シリーズ激動
の昭和 あの戦争は何だったのか」について書いています。

河野氏は、田母神問題で際立ったのはテレビメディアの腰の引けた報
道であると批判し、上記番組については一定の評価をした上で、ふた
たび軍部の暴走を許さないようにと、次のごとくに述べています。

<テレビメディアは「田母神問題」に正面から向き合う必要がある。
この問題をさらに掘り下げて取材し、継続的に情報を伝えるなど、報
道を強化すべきである。>
T BSドラマ『あの戦争は何だったのか』―テレビは『田母神問
題』と正面から向きあえ―」


「村山談話」と教育基本法

今日の産経新聞のコラム「正論」で、高崎経済大学教授の八木秀次氏
が「村山談話」を批判し、それが自衛隊をはじめ、あらゆる政府機関
を束縛しているとしています。

<私が懸念するのは公教育にこの余波が及ぶことだ。2年前に教育基
本法が改正され、「教育の目標」として「伝統と文化を尊重し、それ
らをはぐくんできた我が国と郷土を愛する…態度を養うこと」が新た
に規定された。これに伴い、昨年3月、不十分ではあるが、学習指導
要領も改定された。

しかし、「村山談話」が政府機関を縛るということになれば、公教
育における歴史教育は「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤
り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略
によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損
害と苦痛を与えました」と教えなければならなくなる。当然、教科書
検定にも反映されるだろう。

これではせっかくの教育基本法の規定も画に描いた餅(もち)に過
ぎなくなる。「村山談話」が教育基本法に優位し、理念を形骸(けい
がい)化させるという構図である。>

「【正論】高崎経済大学教授・八木秀次 村山談話に乗っ取られる日


過去の過ちを正しく認識し、反省することが、どうして「我が国と郷
土を愛する…態度を養うこと」を形骸化させるのでしょうか?

山梨県に幻の「七里岩」地下軍需工場

戦争末期、旧陸軍が山梨県韮崎市の七里岩台地に地下軍需工場を建設
しようとしていました。昨日の毎日新聞山梨版は、当時この地下工場
建設に動員された旧制中学生の体験談を紹介しています。

追跡・発掘:太平洋戦争末期、幻の『七里岩』軍需工場 /山梨

昭和恐慌に学ぶ

現在の経済危機が昭和初期の大恐慌に似ているとよく例えられます。
そしてかつての大恐慌がファシズムの台頭を生み、世界大戦につなが
っていった愚を繰り返すのではないかと危惧する声もあります。

この問題について、今日の中日/東京新聞と信濃毎日新聞が社説で採
りあげています。

中日新聞は、「昭和恐慌から何を学ぶか」として、<現在の日本が、い
きなりファシズムや戦争への道を歩むことはありますまい>としながらも、
そのようなことを防ぐためにも、<いま直面している矛盾の構造を正す政
策を立案・推進することが急務です。>と述べています。

昭和恐慌に学ぶ 週のはじめに考える

これに対し信濃毎日新聞は、具体的な対策として「グリーン・ニューディ
ール」を提唱しています。これは<環境やエネルギー関連分野へ投資し、
雇用拡大や景気浮揚だけでなく地球温暖化対策を目指すのが特徴>
です。

そしてアメリカのオバマ新大統領は、太陽光や風力などの新エネルギ
ー開発に巨費を投資し、500万人の雇用を生み出すと提唱しており、
日本を始め、各国とも追随の動きが出ていると述べています。

ニューディール 『緑』の日本版を着実に

21世紀における世界大戦は、今や各国間の戦争でなく、人類共通の敵
である地球温暖化との戦いでなければなりません。過去の歴史に学ば
ず、いたずらに他国の脅威を強調して、軍備増強を志向するタモガミ
的思考は、前世紀的な思想というべきでしょう。

「ひめゆり」校章、最期の地で発見

沖縄戦で「ひめゆり学徒隊」として戦った沖縄県立第一高等女学校生
徒の物とみられる校章がこのほど、最期の「集団自決」の場所である
沖縄県糸満市の荒崎海岸で見つかりました。

<戦後64年目に校章が出てきたことに関係者らからは「これからも
戦争の事実を伝えてほしいとのメッセージだ」「沖縄戦を継承する上
で重要な物証」との声が上がっている。>

「『ひめゆり』校章 最期の地、糸満・荒崎海岸で発見」(琉球新報、
10日)

NHK番組改変問題、BPOが検証へ

2001年1月に放送されましたNHK番組「ETV2001・戦争をど
う裁くか『問われる戦時性暴力』」が放送直前に大幅に改編された問
題で、「放送倫理・番組向上機構(BPO)」の放送倫理検証委員会
が審議を始めることを決めました。

NHK特番問題:従軍慰安婦特集、BPOが検証へ」(毎日、10日)


NHK番組改変問題(ウィキペディア)」

戦死した兵士の日章旗、奥様の元へ

先に「新たな戦争遺留品(F093)」でご協力をお願いしました日章旗
の持ち主の身元が、厚生労働省の調査により判明し、このほどアメリ
カから青森県のご遺族に返還されました。

持ち主だった逢坂岩蔵様は、歩兵第126連隊所属の陸軍伍長でしたが、
中国戦線からフィリピンへ転戦、1945年7月、フィリピン・レイテ島
にて戦死されました。

当初アメリカ側の情報では、この旗はガダルカナルで取得されたとの
ことでしたが、寄せ書きにはご家族の名前も記されており、逢坂様が
持っておられたものに間違いなく、取得した米兵の記憶違いかと推察
されます。

旗にも署名されています逢坂様の奥様は、87歳のご高齢ですが幸いご
健在で、またご長男は1歳の時父上が出征されたとのことで、顔もま
ったく憶えていないとのことです。遺骨も遺品もなく、63年ぶりに帰
ってきた遺品にたいへん感激されていました。

そもそもアメリカの保管者がこの旗を返そうと思い立ったのは、息子
さんが今年の夏学生親善大使として訪日することになり、できればそ
の機会にご家族にお渡ししたいということで、当方へ協力の依頼があ
ったものです。

ところが奥様がご高齢の上健康も害されているので、ご遺族としては
できればなるべく早く返してほしいとのご希望があり、アメリカ側も
快く応じていただき、早期の返還となりました。

ご遺族も、この夏息子さんが訪日されたときは、ぜひお礼をしたいと
心待ちにされています。この旗が日米の親善と平和のシンボルとなる
ことを願っています。

七草粥

今日は七草粥の日、皆さんはもう召し上がりましたか? これは古く
から伝わる慣習ですが、お正月のご馳走から胃を休めるという生活の
知恵でもあり、すっかり定着しているようです。

しかし私は七草粥を食べる度に、戦中・戦後の食糧難の時代を思い出
します。当時は米不足からしだいに固いご飯が食べられなくなって、
主食ももっぱらお粥になっていきました。それも七草粥といった風流
なものでなく、その辺の雑草を引っこ抜いて入れたものでした。

しかしそのお粥もだんだん薄くなり、芋などを入れて不足を補ってい
ましたが、ついには飯粒もなくなり、芋だとかすいとんなどになりま
した。

毎年七草粥を祝うたびに、あの食べ盛りのころの辛い思い出がよみが
えってきます。ネットを検索しますと、次のような句が見つかりまし
た。

食糧難を思い出しつつ七草粥

勝ち抜く僕ら少国民

今日の産経新聞のコラム「正論」に、敗戦のとき国民学校3年生であ
ったという立命館大学教授の加地伸行氏が、久しぶりの同窓会で、当
時の唱歌を「勝ち抜く僕ら少国民、天皇陛下のおんために、死ねと教
えた父母(ちちはは)の…」と大合唱したとし、次のように書いてい
ます。

< それから茫々(ぼうぼう)60年余、この老骨、皇室への敬意は
変わらない。>


井上俊夫さんの遺作「詩集 八十六歳の戦争論」には、次のような一
節がありました。

当時の国民はみんな天皇の赤子だった
だから天皇のおんために死ぬのが当然とされていた。
それにしても老いも若きも見事なまでに
皇国史観と軍国主義に染め上げられていたものよ。

それも一朝一夕に染められたのではなく
梅干を作る際、青梅がじわじわと赤くなっていくように
幼い時から受けてきた天皇制教育により
徐々に、けれども確実に染められていったのだ。

だから戦争が終わって六十有余年にもなるこんにち
いまだに梅干のようなアタマを
後生大事に持っている人が大勢いる。

「梅干の壷を覗きながら」より

新たな戦争遺留品(F095)

F095

今年になって初めての戦争遺留品返還の協力依頼がありました。米ワ
シントン州の MATTHEW J. MILLER という人からの依頼ですが、硫黄
島、沖縄と転戦した父上が持ち帰った物だそうです。

この旗の寄せ書きには、残念ながら固有名詞はなく、その他の書き込
みにも手がかりになるような文字はありませんので、所有者を特定す
るのははなはだ困難と思われますが、「旧日本軍人の遺留品」の「日
章旗 (F051~ ) 」のページにに、F095として掲載しましたので、ご
覧の上、何か手がかりになるような情報がありましたら、ぜひお知ら
せください。

なお昨年中に寄せられました戦争遺留品の情報は25件となり、また返
還が実現したケースは8件、他に目下返還手配中のケースが2件となり
ました。皆さんのご協力に感謝申し上げると共に、今年もよろしくお
願いするしだいです。

日の丸・君が代訴訟を巡って(齊藤園生)

「マスコミ九条の会」のサイトに、日の丸・君が代訴訟の弁護士であ
る齊藤園生氏が寄稿し、東京都の教育現場で教育委員会の締め付
けが厳しくなってきているのを憂いています。

< このままではこの国はどこまで行ってしまうのだろう、本当に戦
前と同じように、官製教育が全国に広まってしまい、子どもたちの頭
まで国家が支配する時代がまた来るのだろうか。私はとても心配なの
である。>

この国はどこに行くのだろう ―日の丸・君が代訴訟を巡って―」

田母神論文と自衛隊の現状(小西誠)

今日の日刊ベリタに元自衛官で反戦活動家の小西誠氏が、<田母神論
文の背後にあるのは自衛隊の歴史に連綿として流れる「旧軍」思想を
受け継ぐ制服組のよる政治的決起である>と読み解く一文を寄稿して
います。

《田母神論文と自衛隊の現状》 狙いは制服組の「軍部」化 小西


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プロフィール

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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