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NHK「ETV特集」の放送予定

NHK教育テレビ「ETV特集」で、次のように戦争関連の番組が放送されますので、ご覧ください。

●10月5日(日) 22時~23時
 「戦場カメラマン 小柳次一 ~日中・太平洋戦争 従軍5千キロの記録~」

●10月12日(日) 22時~23時
「70年目の名誉回復 ~宗教者と戦争協力~」

内容の詳細は、
http://www.nhk.or.jp/etv21c/lineup/index.html

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中山前国交相の妄言

早くもとびだした中山成彬国交相の大暴投で、麻生内閣は1回の表か
ら苦戦しています。自民党のウルトラ右派といわれる中山氏の、過去
の戦争に対する歴史認識の一端を知るため、過去のブログの記事をレ
ビューしてみましょう。

中山夫妻の場合」(2007-03-08)
<昨日と今日の2回にわたり、韓国・朝鮮日報のコラムに、東京特派
員が「中山夫妻の場合」という文を書いています。中山夫妻というの
は、元文部科学大臣の中山成彬氏と首相補佐官の中山恭子氏のことで
す。

成彬氏は、今「河野談話」の見直しを唱えている「日本の前途と歴史
教育を考える議員の会」の会長で、恭子氏はご存じのとおり拉致問題
のキーパーソンです。

そして記事はこう結んでいます。

「夫は自国の拉致犯罪を懸命に否定し、妻は北朝鮮の拉致犯罪を懸命
に世に知らしめている。このような二律背反が現在の日本の姿だ。そ
してこれを日本の指導層だけが理解していないのだ。」>


従軍慰安婦問題に関する社説」(2007-03-08)
< 中山成彬・元文科相が会長を務める「日本の前途と歴史教育を考
える議員の会」は「軍や官憲による強制連行はなかった」と河野談話
の見直しを政府に求めている。(宮崎日日、7日)>

映画『南京の真実』、国会内で試写会」(2008-04-15)
試写会には、自民党、民主党の保守系議員16人が参加、呼びかけ人代
表の自民党・中山成彬元文科相は、「南京事件と言われるものは通常
の戦争であると。(中略)日本の軍隊、軍人は立派な戦いをしたんだ
と」と述べていますが、文化庁に推薦でも要求するのでしょうか?

沖縄県民大会から満1年

昨年沖縄の宜野湾海浜公園で開かれた「教科書検定意見撤回を求める
県民大会」から、きょうでちょうど一年になります。今日の沖縄2紙
の社説はこれがテーマです。

歴史教科書検定 県民大会要求実現は道半ば」(琉球新報)
<県民大会後、検定審は日本軍の「直接的な命令」「強制」について
の断定的記述は「生徒が誤解する」との指針をまとめ、訂正申請した
教科書会社に通知していた。
 歴史教科書問題に対する検定審の姿勢は何ら変わっていないのであ
る。>

「[県民大会から1年]継承への確かな道筋を」(沖縄タイムス)
< 軍の関与という形で記述が復活したのである。しかし、検定意見
そのものは依然として撤回されていない。
二〇〇五年度まで軍の強制記述が認められてきたにもかかわらず、
〇六年度用教科書にクレームがついたのは、安倍晋三政権の誕生と無
関係ではない。
安倍政権を取り巻く政治的空気に応える形で、教科書調査官が検定
意見の原案をまとめ、それが沖縄戦専門家のいない審議会で通ってし
まったのだ。
検定制度の透明性をどう確保していくか。これもまた、今回の問題
が提起した重要な課題であるが、具体的な改善策はまだまとまってい
ない。>

その間、福田政権から麻生政権に変わりました。また逆行の方向に変
わるのでしょうか?

また「沖縄戦の歴史歪曲を許さず、沖縄から平和教育をすすめる会」
事務局長の山口剛史琉球大准教授は、最近雑誌などに「(住民に対す
る)壕追い出しはいち早く住民を投降させるものだった」との趣旨の
論調が多くあることを批判しています。

「『投降』論、事実と違う 山口琉大准教授、都内で連続講座」(琉球新報、27日)

私はこのような「投降」論にお目にかかったことはありませんが、投
降した、あるいは投降しようとした住民を日本軍がスパイとして殺し
たという証言はいくつも読んだことがあります。

新たな戦争遺留品(P024)

P024

長崎県の向陽学園から、戦争遺留品である1枚の写真とケース入りの
「支那事変従軍記章」を「旧日本軍人の遺留品」に掲載してほしいと
の依頼がありました。

1942~43年ごろ、ニューギニアで交戦中に、瀕死の重傷を負った日本
兵を介抱したオーストラリア兵に日本兵が託したものとのことです。
豪兵士の娘夫婦から、向陽学園の元英語教師を介して返還協力の依頼
があり、現在同学園で保管されているそうです。

「支那事変従軍記章」を持っておられたとのことから、元の持ち主は
中国戦線からニューギニアへ転戦されたと思われます。

写真には青年と少年の二人が写っており、裏面には、「四月二十二日
入手 友人 本荘孝保君 従弟 鈴木三郎君」と書かれています。

旧日本軍人の遺留品」の「写真( P009~ ) 」の項目に掲載しましたの
で、ご覧の上、何か情報がありましたら、ぜひお寄せください。


新たな戦争遺留品(F090、F091)

新しく戦争遺留品である下記2点の日章旗の返還協力の依頼がありま
した。

●日章旗(F090) 元の持ち主 「西 堅蔵」

F090

アメリカの Gordon Drake 様からのご依頼による。米空軍の飛行士で
あった彼の祖父は中国・海南省で撃墜され、戦死されたが、その遺品
にあったもの。南太平洋のどこかで取得されたものと思われ、旗の隅
に祖父の氏名と「1943年1月18日」と記されている。

寄せ書きには、西(源蔵、光夫)、二村(勘一郎、春造、昭次郎、
雅己)、中川(康平、重吉、三郎、貞雄)などの氏名がある。

●日章旗(F091) 元の持ち主 「大熊 武雄」

F091

米国ノースカロライナ州在住の浜岡真貴子様からのご依頼による。

寄せ書きには、大熊(照子、松枝、祐冶、みつ、きみ、さく)、
鈴木(浦吉、彦太郎、清、勇、孝雄、芳雄、よ志、さき、静枝、
千恵子、富枝)などの氏名がある。

また「印旛郡千代田町内黒田」(現:千葉県四街道市内黒田)と書かれ
ており、持ち主の出身地と思われる。


旧日本軍人の遺留品」の「日章旗 (F051~ ) 」の項目に掲載しました
ので、ご覧の上、何か情報がありましたら、ぜひお寄せください。

NYタイムズ、麻生首相を論評

24日付のニューヨーク・タイムズの社説は、麻生新首相を「隣国では
好戦的な国粋主義者としてよく知られている」と紹介し、「外相時代、
戦前の日本の植民地主義の成果を称賛したり、戦時中の残虐行為を正
当化することにより、中国や韓国との関係を損ねた」と書いています。

そして日本の将来は、中国、韓国やその他の急速に発展しつつある隣
国といかに政治的、経済的な関係を築き上げていくかにかかっており、
麻生首相が停滞する日本経済を立て直すためには、国粋主義(ナショ
ナリズム)から実利主義(プラグマティズム)に転換する必要がある
としています。

The Return of Taro Aso
麻生新首相に『中国との協調』を“進言” NYタイムズ」(産経、26日)
過去の社説:「NYタイムズの社説 麻生外相を批判

しかし麻生内閣の顔ぶれを見ますと、プラグマティストよりナショナ
リストのほうが主のようですね。

「あの戦場体験を語り継ぐ集い」に関するインタビュー記事

昨日ご紹介しました第2回「あの戦場体験を語り継ぐ集い」について、
主催者である「戦場体験放映保存の会」事務局の田所智子さんにイ
ンタビューした記事が、今日の JanJan に掲載されています。

「『あの戦場体験を語り継ぐ」 元兵士の集いが9月28日に開催

第2回 あの戦場体験を語り継ぐ集い

昨年第1回が開かれました戦場体験放映保存の会主催の「あの戦場体験を語り継ぐ集い」が今年も下記のように開かれます。皆さんお出かけください。

*********************************
 2008年9月28日(日)
 午後1時~3時半(12時開場)
 東京都・日比谷公会堂 【入場無料】
*********************************
63年前の戦場の実相を語るため、北から南から、老兵たちが集まります。

■サイパン 全員玉砕の戦地から私だけなぜ還った。(故人・VTR)
■ニューギニア 目的の島に着く前に2千人が292人に減ってしまった。
■巡洋艦・愛宕で ミッドウェー海戦、ソロモン海戦、ガ島撤退に連続参加。
■インパール軍医 負傷兵の腕を手術中、我が足を弾が貫く。二人で逃げ惑う。
■ラバウル 駆逐艦で。島に近づく艦船はことごとく被弾。艦橋は跡形も無く。
■ノモンハン 死体置き場で焼却寸前、7日目に生存が発見される。
■シベリア抑留 酷い食糧、最後は自分の糞を食べた。
■ガダルカナル (ガ島戦友会長)上陸から撤退まで全部見た。
■北支・軍医 捕虜を生体解剖、その記憶がまぶたから離れぬ。
■南支・初年兵教育 命令でやむなく捕虜を刺した私。
■中支 命令でも苦力(クーリー)を刺せなかった私。
■中国・最後の初年兵 行き先も知らされず3千?を歩く。
■軍属 船ごと徴用され撃沈された。島へ泳ぐ。
■秘密基地建設中の 強制連行の朝鮮人は、敗戦前夜、全員行方不明。
■硫黄島 地下壕40度を死体と共にいかに生きたか。
■沖縄戦 その空を守る日々、我が機も被弾。炎上の機体から脱出。
■ルソン島 富永司令が逃亡後、飛行兵は歩兵に。蛆虫を喰って生き延びる。
■特攻基地 せめて練習用赤とんぼでない飛行機で行かせてくれの声続く。
■北支 至近距離の八路軍と、相手の投げた手榴弾を投げ返す激戦。
■パレンバンで 「空の神兵」と呼ばれた私がなぜ脱走を決意したか。
■満蒙 15歳の少年兵は『お母さん』と泣いた。
■比島在住 現地召集、収容所で家族5人の惨死を知る。
■パラオ島 (最後に96歳、静岡からの登場)疫病で川に沿って死者ずらり。

主催:戦場体験元兵士の会・戦場体験放映保存の会
戦場体験放映保存の会ブログ

「戦争出前噺」の本多立太郎さん、世界へ

日中戦争やシベリア抑留の体験を「戦争出前噺」として、1125回も語
り続けてこられた95歳の元兵士・本多立太郎さんは、去る06年2月に
大阪府・箕面市で最後の「出前噺」を披露されたと以前お伝えしまし
た。
本多立太郎さん、最後の『出前噺』」

ところが驚いたことに、来年から今度は海外へ渡り、まずヨーロッパ
で「9条手渡し運動」を独力で始めることを宣言されたそうです。

本多さんは、自らが編集長を務める手書きの新聞「わんぱく通信」の
最新号に次のように書かれています。

< 「まあ10年はかかるでしょうが、私はまだ90代、百歳にも到らぬ
若僧です。世界をかけめぐる気力も体力も失っていません。アンデス
のふもとでも蒙古の大草原でも仲間は待っていてくれましょう。立太
郎サハラに死す。いいじゃないの、です」>

欧州を振り出しに『9条手渡し運動へ』 戦争体験出前噺の本多さ
ん、来年5月から


私たちも負けてはおられませんね。


新たな戦争遺留品(F089)

F089

またあるアメリカ人から戦争遺留品である日章旗の返還協力の依頼が
ありました。

米陸軍兵士だった亡父が戦場から持ち帰ったもので、墜落した飛行機
の戦死したパイロットが持っていたとのことです。なおこのお父さん
たちは、パイロットの遺体を機体から降ろし、丁重に土に埋めたそう
です。

旗からは元の持ち主の姓が「塩崎」と推定されるだけで、その他の手
がかりはありません。

この日章旗については拙サイト「旧日本軍人の遺留品」の「日章旗
(F051~ ) 」のページにに、F089として掲載しましたので、ご覧の
上、何か手がかりになるような情報がありましたら、ぜひお知らせく
ださい。

大阪大空襲被災者 国を提訴へ 

今朝の朝日新聞は、大阪大空襲の被災者と遺族らが国に損害賠償と謝
罪を求める集団訴訟を年内にも起こすと報じています。
大阪大空襲、被災者・遺族ら国を提訴へ 賠償・謝罪求め


TVドラマ「なでしこ隊~少女達だけが見た“特攻隊”封印された23日間~」

今夜21時からフジテレビ系列で、ドラマ「なでしこ隊~少女達だけが
見た“特攻隊”封印された23日間~」が放映されます。ご覧ください。

<太平洋戦争末期、鹿児島の知覧で、「なでしこ隊」と呼ばれた少女
たちだけが見た、封印され続けた特攻隊の真実に迫るドキュメンタリ
ードラマ。>
「『千の風になって』ドラマスペシャル なでしこ隊~少女達だけが
見た“特攻隊”封印された23日間~


臨時ニュース第1号(続)

先の記事で、<昨日ずっとメディアをチェックしていましたが、満州事
変に触れたものはほとんどありませんでした。>と書きましたが、ネ
ットでは唯一しんぶん赤旗が採りあげていました。

それによりますと、「赤旗」31年10月5日号には「中国略奪戦争開始
さる」と書かれていたそうです。それを書いた岩田義道は、ほぼ1年
後に特高に虐殺されました。

「『満州事変』勃発 そのとき日本共産党は?」

臨時ニュース第1号

77年前の今日、1931年9月19日の朝、ラジオ放送が始まって以来、
はじめて臨時ニュースが放送されました。それは満州事変(柳条湖
事件)の第一報でした。

その前日、9月18日に柳条湖で起こった事件をきっかけに、日本軍は、
満州事変、日中戦争、太平洋戦争という、いわゆる15年戦争に突入
します。ですから日本の戦争を語る場合は、この長いスパンで考えな
ければなりません。

開戦の臨時ニュースといえば、太平洋戦争が始まった12月8日のケ
ースがよく知られています。開戦日を1941年12月8日としますと、米
英との戦いを自存自衛のためと正当化する見方も出てきましょうが、
1931年9月18日とすると、そういう見方もまた違ってくると思います。

昨日ずっとメディアをチェックしていましたが、満州事変に触れたも
のはほとんどありませんでした。しかし中国では、この日は「九一八
事変」の日として広く知られており、昨日も各地でいろいろな行事が
行われたようです。

中国の一部都市で防空警報、『九一八』事変77周年

どうも日本では、「九一八」より「九一一」のほうが関心が高いようですが、
歴史を正しく認識するためにも、この日のことがもっとよく知られるべきだと
思います。

満州事変(ウィキペディア)」

勅使参向を見ながら靖国神社・遊就館ツアー

靖国神社の平和ガイドとして有名な長谷川順一さんおよび石橋星志さんによる靖国ツアーが下記のように挙行されますので、ご案内します。

------------------------------------------------------------------
靖国神社の重要な祭事は春秋の例大祭です。当日祭には宮内庁から勅使が参向し、本殿に昇殿して天皇の代理として参拝します。今秋の例大祭(当日祭)は土曜日となりますので是非皆さんに見学して頂きたく企画をいたしましたのでご案内します。

◆主催:東京の戦争遺跡を歩く会
◆日時:08年10月18日(土)雨天決行
◆集合:午前9時靖国神社境内入り口の「社号標」前(青い旗が目印)
◆解散:午後3時頃遊就館前
◆ガイド:長谷川順一、石橋星志
◆参加費:1500円(冊子「フィールドワーク靖国神社・遊就館」と資料を含む)
(遊就館の入館料と昼食代は別)★イヤホンガイド付★
 ■すでに冊子をお持ちで持参された方は800円です)
◆定員:25名(先着順)
◆申込はメールまたはFAX
◇メール:jhagw0011@circus.ocn.ne.jp
◇FAX:03-3268-1993

【主な見学ポイント】

◆齋館から本殿に向かう勅使参向の行列(午前10時30分)
◆遊就館
◆境内の外苑と内苑
★戦利品「清国の獅子」。★第1鳥居。★常陸丸殉難記念碑。★田中支隊忠魂碑。★大村益次郎像。★富国徴兵保険献納の大灯籠。★第2鳥居。★第一徴兵保険献納の神門。★鎮霊社。★招魂齋庭跡。★靖国刀を製造した日本刀鍛錬会跡。★パール判事顕彰碑。★軍用犬・軍用馬・軍用鳩の慰霊碑。★その他。

◇勅使参向の画像は2007年4月22日のブログをご参照下さい。
      http://hagw.blogzine.jp/index/2007/04/index.html

◆終了後、九段下交差点周辺で感想交流会を予定しています(自由参加)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「勅使参向を見ながら靖国神社・遊就館ツアー」に参加を申し込みます。

◇氏 名:
◇メールアドレス:
◇電話番号:
(できるだけ携帯電話をお知らせ下さい)

平和をたずねて:「強さ」より確かなもの

毎日新聞西部朝刊の特集「平和をたずねて」で、8月20日から福岡
賢正記者による「『強さ』より確かなもの」シリーズが始まり、昨日で
5回のシリーズが終了しました。

今回も戦場で戦った元兵士やそのご遺族に取材しての記事ですが、今
回の元兵士たちはいずれも、戦地で体験した残虐行為の重荷を背負っ
て一生を送って来られた方たちです。

< 人間の尊厳を守り、戦争に抵抗し続けるために私たちが求めるべ
きは、実は「強さ」ではないのかもしれない。ならばそれは何なのか。
戦争の影を背負って生きた人々の声に耳を澄まし、考えてみる。>

平和をたずねて:『強さ』より確かなもの

新規リンクのお知らせ

戦争を語り継ごう -リンク集-」は、去る11日で満8周年を迎え
ました。当初約100であったリンク数も546を数え、その間の累計アク
セス数は125万を超えました。これも皆様方のご協力・ご支援の賜と
感謝申し上げます。

このたび下記の2サイトを新しく追加しましたので、ご覧ください。

忘れられない戦争の記憶
京都生協の皆さんの戦争体験記

14歳で兵士になった ―少年兵たちの足跡」
十代の前半で志願して兵士になった少年兵たちの記憶と足跡を追う。
07年8月の神戸新聞の連載記事

新たな戦争遺留品(F088)

F088
アメリカ・ニューメキシコ州在住のアメリカ人から戦争遺留品であ
る日章旗の返還協力の依頼がありました。

母の前夫が戦争から持ち帰ったもので、元の持ち主は「崎山慶一」様
と思われます。寄せ書きには、崎山朝二・トミ、中塩屋敏男・ハツエ、
吉野騏一郎、荒木明、大津芳男、木内安太郎、梶照子などの署名があ
り、また関東工業株式会社と書かれています。

この日章旗については拙サイト「旧日本軍人の遺留品」の「日章旗
(F051~ ) 」のページにに、F088として掲載しましたので、ご覧の
上、何か手がかりになるような情報がありましたら、ぜひお知らせく
ださい。

自民党総裁選、靖国問題で論戦

自民党総裁選たけなわですが、私が注目する「靖国問題」はなかなか
論点に上がりません。そうした中、昨日のテレビ朝日番組「サンデー
プロジェクト」でやっと話題になりました。

麻生氏は持論の特殊法人化を主張、与謝野氏と石破氏はA級戦犯分祀
の必要性を強調し、石原氏、小池の両氏も、天皇参拝に向け、何らか
の環境整備が必要との考えを示しました。

総裁選 『靖国』でも舌戦 特殊法人化を/A級戦犯は分祀」(
経、15日)


自民党総裁候補の靖国観(続)

一昨日、8日に行われる日本遺族会の勉強会でA級戦犯の分祀論議
が行われ、それが自民党総裁選の政策論争に一石を投じるきっかけ
になる可能性があるという報道をご紹介しました。

しかし分祀を主張する古賀誠会長は、常務理事会でこの問題を協議す
るよう求めただけで、その後の勉強会は欠席、結局勉強会では具体的
な論議は行われず、先送りとなってしまいました。

自民党総裁選:古賀氏、遺族会に対応要求 靖国勉強会は欠席
(毎日、9日)

A級戦犯の分祀問題は古賀会長が熱心に主張していますが、会の内部
には根強い反対があり、その実現は容易ではないようです。

これで、はたして“靖国観”は総裁選の一つの争点になるのでしょう
か?

週刊朝日の今週号に、各総裁候補の“靖国観”が掲載されていますの
で、ご紹介します。
--------------------------------------------------------------
小泉純一郎首相が終戦記念日に靖国神社を参拝して物議を醸した。
候補たちは8月15日にどう動きそうか。

小池氏は、小泉内閣の閣僚時代に2度参拝している。05年の参拝時
には「深い感謝と世界平和を願うために来た」と話した。

「タカ派」と評される麻生氏は、終戦記念日には参拝しないのがポリ
シー。靖国の「非宗教法人化」にも言及し、 A 級戦犯分祀論にも一
定の理解を示す。外相時には参拝しなかった。

与謝野氏は分祀論者。靖国の必要性を認めつつ、戦没者の遣悼を行
う恒久的施設の建設を主張する。閣僚時には参拝していない。

石原氏は、毎年欠かさず参拝する父・慎太郎都知事とは対照的に、
閣僚時代の参拝はゼロ。父親は " 反面教師 " なのか ?

一方、石破氏は、靖国は国家の命で散った人々を顕彰する場と考え
る。ただし対中関係に配慮し、閣僚時には参拝を避けた。

首相として参拝しそうなのは、小池氏だけだろうか。


戦争遺留品の写真、ご遺族に返還

P009-05
拙サイト「旧日本軍人の遺留品」の「写真」のページにP009-04、05
として掲載しています写真の人物が、亡父に酷似していると神奈川県
の女性からメールをいただき、このほどその方に写真をお返ししまし
た。

このようにサイトに掲載した写真を見て、写っている人物が特定され
たのは、今回が2回目で、奇蹟ともいうべききわめて稀なことです。
実はこの写真は1992年12月8日の読売新聞にも掲載されたのです
が、そのときは何の反応もなかったのに、まさにこれはインターネット
というニューメディアの威力というべきでしょう。

写真は父上が近衛歩兵第一連隊十一中隊に所属されていた太平洋戦争
前のものと考えられます。父上はその後満州へ出征され、無事復員さ
れましたが、57歳で亡くなったとのことです。

この写真は南方戦線で、米軍に押収されたものと思われ、南方戦線の
ご経験のない父上が所持されていたとは考えにくいのですが、どなた
が所持されていたのは今ではとても確かめるすべもありませ。、とも
かくゆかりの方に保存していただき、戦友も併せてご冥福を祈っていた
だくのが何よりとご返却したしだいです。

ご家族からも、<二枚のお写真は、私の元で大切にお預かりさせてい
ただきたいと存じます。もしも、ご一緒の戦友の方についてのお問い
合わせがございましたら お手数ですがご一報いただけますと幸いで
す。>とお礼のメールを頂戴していますので、引続きこれらの写真に
ついて何か情報がありましたら、お願いいたします。

自民党総裁候補の靖国観

またぞろ自民党総裁選がメディアを賑わしています。各候補の品定め
などヤジウマ的関心は私も持っていますが、ここではただ一点、各候
補の過去の戦争に対する歴史認識、それが具体的に表れる靖国観につ
いて注目したいと思います。

今日の毎日新聞は、本日午後開かれる日本遺族会の分祀論議が<総裁
選の政策論争に一石を投じるきっかけになる可能性がある>として、
各候補の靖国神社に対するスタンスを紹介しています。

自民党総裁選:『靖国問題』争点化も 遺族会、午後に勉強会

なお候補の内、超保守派による日本会議国会議員懇談会のメンバーは、
麻生太郎(前会長)、石破茂(副幹事長)、小池百合子(副幹事長)
の3氏です。

新たな戦争遺留品(F087)

F087
アメリカ・カルフォルニア州に住む日本人女性から、戦争遺留品であ
る日章旗の返還協力の依頼がありました。

知人の父上(故人 ) がミンダナオ島の戦場から持ち帰られたものと
思われるとのことです。持っていた兵士の氏名は「高野良夫」、旗の
贈り主は宮内幸勝です。

この日章旗については拙サイト「旧日本軍人の遺留品」の「日章旗
(F051~ ) 」のページにに、F087として掲載しましたので、ご覧の
上、何か手がかりになるような情報がありましたら、ぜひお知らせく
ださい。

「軍国少年はこうして作られた」出版

鹿児島市の元中学教師帖佐勉さん(74)が、戦時教育の記録「軍国少年はこうして作られた」を出版しました。戦争中の小学校・国民学校時代の習字やテスト問題を通し、子どもを軍国主義に染めていった当時の初等教育を紹介するものです。

出版:鹿児島の元中学教諭・帖佐さん、自宅に残る資料で戦時教育再現 /鹿児島」(毎日新聞鹿児島版、5日)

帖佐さんは私の1学年上のようですが、この本は私たちと同時代の国民学校教育の生の資料としてたいへん貴重なものと思います。われわれが軍国主義教育を受けたかを知ってもらうため、広く読まれることを期待しています。

南方新社のサイトから直接申し込むことができます(送料無料)。

「『軍国少年はこうして作られた』―昭和14~20年、戦時教育の
記録―


NHKテレビ「シリーズ 日本降伏」

昨夜のNHKテレビ「その時歴史が動いた」は、「シリーズ 日本降
伏 前編 焦土に玉音が響いた ~8月15日・終戦決定までの道程
」を放送していました。下記のように再放送されますので、見
逃された方はご覧ください。

9月8日(月)17:15~17:58 BS-2 全国
9月9日(火)03:30~04:13 総合 全国(近畿除く)
9月9日(火)16:05~16:48 総合 全国

また後編は次の予定で放送されますので、ご覧ください。

9月10日(水)22:00~ 22:43 総合
シリーズ 日本降伏 後編 帝国最大屈辱ノ日ナリ ~9月2日・
降伏文書調印~


麻生太郎氏と靖国神社

福田首相の「投げ出し」退陣で、後継者として麻生太郎自民党幹事
長の名が大きクローズアップされています。

麻生氏がどういう歴史観、靖国観を持っているかは、過去このブロ
グでたびたび採りあげてきましたが、このさい靖国観についてもう一
度レビューしたいと思います。

ちょうど1年前、福田氏と総裁選挙を争ったさい、二人は靖国神社に
ついてそれぞれ意見を述べています。

自民党総裁候補の靖国観」

この記事にありますように、麻生氏は靖国神社を実質国営化すべき
という私案を、自分のオフィシャルサイトの「靖国に弥栄(いやさか)あれ
で提言しています。

かつて自民党は、同じような靖国神社国営化の法案を何度も国会に提
案しましたが、つど廃案になりました。この麻生氏の提案に対しても、
産経新聞が主張 ( 社説 ) で真っ先に反対するなど、靖国神社はじめ
靖国派の強い反対があります。たとえ麻生氏が首相になっても、やは
り画に描いた餅と言わざるを得ません。

「【主張】靖国麻生私案 神社ではなくなる懸念も」(産経、06年8
月9日)」

また麻生氏は外相時代の国会答弁で、靖国参拝の理由を説明するため、
ビッテル神父の文章を読み上げたことがあります。しかしビッテル神
父は「信仰の自由」を理由に、GHQの靖国神社焼却案に反対したの
です。麻生私案はまさに「信仰の自由」をないがしろにするもので、
彼が信奉するビッテル神父の思想にも反するものといえましょう。

麻生外相とビッテル神父

われわれ軍国少年OBが見ると、まるで戦争中にタイムスリップした
かのような遊就館の展示についても、麻生氏はかつて「戦争を美化す
る感じではなく、当時をありのままに伝えているだけ。当時はそうだっ
たと事実を述べているにすぎない」と語りました。

「『遊就館は戦争美化でない』麻生外相

何の反省も批判もなく、当時の事実や大日本帝国の主義主張を述べて
いるのは、やはり戦争の美化、正当化というべきでしょう。

戦時下の食生活の写真

このMLでも、戦時中の食生活のことがしばしば話題になりますが、
毎日新聞のサイトに当時の食生活を物語る写真が掲載されています。
戦時中ひもじい思いをした体験者には、身につまされる写真が数多く
あります。

戦時下の『食』」


ニューギニアに残された日本兵の日記

アメリカ在住の日本人・Mさんから、次のようなメールをいただきま
した。

<戦死した日本兵が、ニューギニアで残した日記の一部が英語に訳さ
れている物を、米陸軍婦人部隊( WAC )の資料に混じって入ってい
るのを目にしましたので入手しました。それを、載せましたので、ご
覧下さいませ。数多く命を落とされた日本兵の一人の方によるもので
すが、私は、この様な無名の一般の日本兵の言葉を決して無にしては
ならないと感じるばかりです。飾り気のないその素朴な言葉が、まさ
しく戦争の現実を物語っていると思います。おそらく、米陸軍婦人部
隊の兵士たちに読まれたと思われますが、敵味方関係なく、その「戦
争」という現実を経験した者には共感できるものがあったのではない
かと考えさせられました。>

この日記の日本語訳が掲載されたのは次のブログです。ぜひお読みく
ださい。
ニューギニアに残された言葉。米陸軍婦人部隊の兵士たちに読まれ
た一日本兵の日記


なおこのブログを「戦争を語り継ごう -リンク集-」に掲載しまし
た。

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プロフィール

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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