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「玉音放送」に関する聞き取り(2)

引続き第2回を掲載します。

(6)学徒動員先の川西の飛行機部品工場で聞いた。
 8月初めごろ、ある工員さんが、アメリカ軍機が投下した伝単(ビラ)を、警察へ提出する前に、そっと見せてくれた。
 そこには、「日本の皆様」という見出しで、連合国は、ポツダムで、日本に対する共同宣言を締結したこと、および、その概要が書いてあった。
 8月15日、「重大な放送がある」という理由で、午前の作業を早めに切り上げて全員集合した。玉音放送だということがわかり、全員最敬礼をして頭を下げた。放送の中身はわかりにくかったが、私は伝単を見ていたので、日本は降伏したのだと思った。
 ほとんどの工員さんたちは、放送を聞いて首をかしげていたが、工場長は、玉音放送の中身を、あらかじめ知っていたらしく、「今日は作業を継続するが、後は連絡を待て」という指示を、冷静にテキパキとし出した。
 午後の作業で、同級生の1人がグラインダーで指2本を切断した。せっかく戦争が終わったばかりなのにと、口惜しかった。そのときに飛び散った赤い血は、今でも頭に焼き付いている。

(7)国鉄明石駅のホームで聞いた。
 当時、神戸工専の学生で、学徒動員先は網干の工場、寮生活。
 8月15日は、たまたま汽車に乗っていた。昼ごろ、汽車は明石駅で長い間停車。ホームで、最敬礼をしている人が何人もいた。何事ならんと尋ねてみると、玉音放送を聞いている人々だった。
 玉音放送は意味不明で、自分もふくめ、誰も、首をかしげていた。しかし、何か重大な内容だろうとは思った。敗戦かなという思いも、頭をかすめた。寮へ帰ってから、それが敗戦の詔勅だということがわかった。
 神戸工専の校長は、戦時中から、アメリカびいきといわれ、ルーズベルトというあだ名がついていた。そのために、八紘一宇の精神を早く切り替えて、平和な日本の建設に邁進せよ、目標は戦争ではなく平和建設だという、校長の発言は非常に重みがあり、みんな信奉していた。

(8)疎開先で自宅療養中に母が聞いた。
 学徒動員で姫路の造船所で働いていたときに骨折、家族の疎開先である篠山で療養していた。8月15日、重大な放送があると聞いていたが、家にはラジオがなかったので、母が集会所で聞いた。
 母は、「何のlことやら、さっぱりわからん」と言ったが、1人の人は、日本は降伏したのだ言っていたらしい。自分も、母が記憶していた断片的な言葉から、降伏ではないかと思った。その夜、近所人が、「ラジオニュースで、日本負けたと言っている」と報せてくれた。
 療養中は、物事を静かに考えることに馴れていたから、以前から敗戦は予想していた。父は軍人で出征しており、尼崎の家は空襲で焼けたから、戦後の生活が心配だった。
 玉音放送は、戦後、ニュースや映像で聞いたが、天皇の滑稽さと天皇に対する怒りを感じた。いまでも、そう思っている。

(9)学徒動員先の姫路の船舶部品工場で聞いた。
 玉音放送の前日、工場で、日本は負けたという噂が流れた。噂の根拠はわからなかったが、多くの仲間が否定する中で、数人は噂は本当だと言っていた。
 8月15日は夜勤で、昼は寮で寝ていたが、友だちに起こされ、日本は負けたらしいと知らされた。夕方、早めに工場へ行き、ラジオニュースで、敗戦を聞いて、やはり噂は本当だったのだと確認した。敗戦の噂は前の日から聞いていたから、大きなショックは受けなかった。
 あとで考えると、玉音放送で戦争が終わったことは良かったと思う。あの放送のおかげで、日本は、大きな混乱もなしに終戦を迎え、国の統一が保たれて、経済復興が進んだ。しかし、その後、天皇の人間宣言のときに、天皇が自分の責任を認めて退位していたら、もっと良かったと思う。

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プロフィール

西羽 潔

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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