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原武史著「昭和天皇」を読んで

原武史著「昭和天皇」(岩波新書、08年1月)という本をを読みました。
「宮中祭祀」に焦点を当て、昭和天皇像を描き出しています。

宮中祭祀というと古来伝統のものと思われがちですが、そのほとんど
は明治維新以降に作られたものとか。明治天皇や大正天皇はこの宮中
祭祀にさほど熱心でなかったのに、昭和天皇はなぜ熱心だったのか。
そこには、「神ながらの道」を信奉する母・貞明皇后の影響がありま
した。

このようなたいへん興味ある挿話も多いのですが、ここでは戦争との
関連の部分のみをご紹介します。

昭和天皇は戦争中も熱心に宮中祭祀を続けました。空襲が激しくなっ
て、住居を防空壕である御文庫に移した後も、その中で祈りを続けま
した。

戦況が深刻になっても、貞明皇后(当時の皇太后)は自らを神功皇后
に擬して「かちいくさ」を祈り続けましたが、昭和天皇はなかなかそ
の呪縛から抜けきれず、同じように戦勝を祈り続け、戦争終結を主張
する弟の高松宮の進言にも耳をかそうとしませんでした。

<だが昭和天皇が戦争終結を決断した究極の目的は、「三種の神器」
の護持にあった。>と著者は書いています。これ以上戦況が悪化すれ
ば「三種の神器」の確保すら危ないと考えたのです。

<天皇がこだわった「国体」の護持というのは、「万世一系」の皇室
を自分の代で終わりにしてはならないということであり、国民の生命
を救うのは二の次であった。>

私もかねてから昭和天皇が最終的にポツダム宣言受諾を決意したのは、
連合国側との折衝で“国体の護持”に見通しがついたからで、決して
自分の身や国民の生命を救うためではなかったと申し上げてきました
が、この本を読んでこの昭和天皇の決断の背景が理解できたように思
います。

あまり知られていない“お濠の内側”の昭和天皇に興味のある方には
お奨めの本と思います。

読売新聞の書評
毎日新聞の書評


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プロフィール

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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