命語い(ぬちがたい)
説を一挙に閲覧できる便宜を与えてくださったことを感謝」「社説の
見本市のように一度に読ませて頂けるとはあり難い」といったコメン
トを頂戴しました。
大都市圏に住んでいますと、新聞といえば全国紙と思いがちですが、
地方紙がトップシェアを占めている道県も多く、中には80%以上の県
もあります。全国の新聞メディアの論調を知るには、これらの地方紙
も欠くことができないと思っています。
昨日の沖縄タイムスのコラム「大弦小弦」も各紙の29日の社説につい
て書いていますが、読売と産経については「見解が分かれた」として
います。
< 一方で読売は判決が「自決命令それ自体まで認定することには躊
躇を禁じ得ない」としたことから「検定意見の立場は、妥当なものと
いうことになるだろう」。産経は「軍命令の有無という肝心な論点を
ぼかした分かりにくい判決」と疑問を呈し、見解が分かれた。>
なおこの記事に出てきます同紙連載記事「命語い(ぬちがたい)」は、
下記で通読できます。「集団自決」生存者の声をぜひお聞きください。
「連載『命語い(ぬちがたい)』(07年5月28日~12月1日)」
< 沖縄戦時下、日本軍の軍命・強制・誘導で起きた「集団自決」。
生き残った人たち、命を語る言葉に耳を傾ける。>
http://www.okinawatimes.co.jp/spe/syudanjiketsu/nuchigatai_index.html
映画「靖国」の上映中止問題
場のうち1館が、「問題が起きる可能性もあり」 という理由で上映中止を
決め、波紋を呼んでいます。
「新宿の映画館『靖国』上映取り止め…中国人監督ドキュメンタリー」(サンケイスポーツ、19日)
先にグランドプリンスホテル新高輪が日教組の集会をドタキャンした
のと同じようなケースで、こういうことで、集会や表現の自由が阻害
されるのはまことに残念です。
この問題について、今日の朝日新聞の社説も、
<映画は表現や言論の手段の一つであり、その自由は保障されねばな
らない。映画館もその一翼を担う社会的存在だ。評価が分かれる映画
だからこそ、多くの人に見る機会を与えることが大切だ。>
と述べ、その背景として一部の国会議員の動きを見逃せないとしてい
ます。
「映画『靖国』―上映中止は防がねば」
その国会議員とは、この映画の試写を求めた、自民党若手議員らでつ
くる「伝統と創造の会」の稲田朋美会長などのことですが、稲田氏は、
「試写を求めたことによって上映を取りやめた映画館があるとしたら
残念です」「試写について、事前検閲とか表現の自由に対する制約と
言われることは、弁護士出身の議員として心外である」と語っていま
す。
「『映画<靖国>の試写は事前検閲ではない』稲田朋美議員の訴え」
( JanJan 、29日)
劇場での封切りは4月12日となっていますが、公式サイトを見ても、
大阪での上映劇場はまだ掲載されていません。できるだけ多くの劇場
で上映されることを望んでいます。
集団自決判決に関する社説
昨日の「沖縄戦集団自決訴訟」の判決について、今朝の全国各紙はい
っせいに社説で採りあげています。例によって、この判決に異を唱え
ているのは読売と産経の2紙のみです。
「集団自決判決―司法も認めた軍の関与」(朝日)
< 教科書検定は最終的には「軍の関与」を認めた。そこへ今回の判
決である。集団自決に日本軍が深くかかわったという事実はもはや動
かしようがない。>
http://www.asahi.com/paper/editorial.html
「集団自決判決 『軍命令』は認定されなかった」(読売)
< ただ、集団自決の背景に多かれ少なかれ軍の「関与」があったと
いうこと自体を否定する議論は、これまでもない。この裁判でも原告
が争っている核心は「命令」の有無である。>
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20080328-OYT1T00793.htm
「沖縄ノート判決 軍の関与認めた意味は大きい」(毎日)
< しかし、客観的な事実の検証なくして、歴史の教訓を導き出すこ
とはできない。判決はそうした点で、一つ一つの事実を冷静に判断す
ることの重要性を示したものと受け止めたい。>
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20080329ddm005070025000c.html
「沖縄集団自決訴訟 論点ぼかした問題判決だ」(産経)
< 日本軍の関与の有無は、訴訟の大きな争点ではない。軍命令の有
無という肝心な論点をぼかした分かりにくい判決といえる。>
http://sankei.jp.msn.com/column/1521/clm1521-t.htm
「集団自決判決 歴史を見る『冷静な目』」(北海道)
< 裁判で真に問われたのは、集団自決の悲劇を招いた軍国主義の異
常さであろう。軍命の有無や個人の言動に目を奪われては、沖縄戦の
真実を見逃すのではないか。>
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/editorial/84180.html?_nva=2
「沖縄ノート訴訟過去と向き合いたい」(中日 / 東京)
< 判決を何よりも評価すべきは「集団自決に軍が深くかかわった」
とあらためて認定したことだろう。多角的な証拠検討が行われ「軍が
自決用の手榴弾(しゅりゅうだん)を配った」という住民の話の信用
性を評価し、軍が駐屯した島で集団自決が起きたことも理由に挙げて
いる。沖縄戦を知るうえでこれらは欠かせない事実であり、適切な歴
史認識といえよう。>
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2008032902099210.html
「集団自決訴訟 『軍関与』は当然の判断だ」(新潟日報)
< 歴史認識についてはもっと闊達(かったつ)に論議されていい。
出版差し止めを認めなかった判決はそう示唆している。政治の力や社
会的圧力で、異なる意見を封殺してはならないということだ。>
http://www.niigata-nippo.co.jp/editorial/index.asp?syasetsuNo=1206
「集団自決判決 『軍の関与』を明快に」(信濃毎日)
< 裁判では自決の場に遭遇した人への尋問も行われた。体験者の言
葉は過去に起きたことの本当の意味を、どんな文献にもまして雄弁に
今に伝える。証言を重視した裁判所の姿勢を評価したい。>
http://www.shinmai.co.jp/news/20080329/KT080328ETI090003000022.htm
「集団自決判決/『関与』認定の意味は重い」(神戸)
< 検定で右往左往し、あらためて注目された問題が、判決で動かし
がたい事実と認定された意味は重い。>
http://www.kobe-np.co.jp/shasetsu/0000895231.shtml
「『集団自決』判決 軍のかかわり重い判断」(中国)
< 「軍の深い関与」を認めた今回の判決によって、文科省の検定意
見はその根拠が揺らいだ。歴史に対しては、絶えず謙虚な気持ちで向
き合いたい。>
http://www.chugoku-np.co.jp/Syasetu/Sh200803290256.html
「集団自決訴訟 軍の深い関与認めた妥当な判決」(愛媛)
< 悲劇の舞台となった渡嘉敷島できのう、くしくも六十三回目の慰
霊祭があった。この島では住民ら三百人以上が手りゅう弾などで犠牲
になっている。元隊長らの主張は腹立たしいものだっただろう。あの
日沖縄であったことを、ありのまま後世に伝えていかなければならな
い。>
http://www.ehime-np.co.jp/rensai/shasetsu/ren017200803294465.html
「歴史の深さ検定にも」(高知)
< 史実には多面性があり、新事実の発掘によりその様相が変わるこ
ともある。根拠もあいまいなまま特定の方向に誘導するような検定制
度は、歴史学習にふさわしくない。>
http://203.139.202.230/?&nwSrl=225026&nwIW=1&nwVt=knd
「歴史の状況見つめた判決 沖縄ノート訴訟」(西日本)
< 「集団自決は軍の強制や誘導なしには起こり得なかった」とする
沖縄の人々の事実認識を裏づける判決といえる。>
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/column/syasetu/20080329/20080329_002.shtml
「沖縄集団自決訴訟 『軍の関与』で一歩踏み込む(熊本日日)
< せい惨な体験は、生存者の記憶に生きており裁判を機に貴重な証
言が語られた。史実を検証し、誤りを正すことは重要だが、その大前
提は歴史に誠実に向き合うことだ。>
http://kumanichi.com/iken/index.cfm
「軍の関与を明確に認定」(南日本)
< 「沖縄ノート」がこれまでに30万部売れたのは、歴史を検証す
る中で過ちを繰り返すまいとの願いと、戦後民主主義への問い掛けが
支持されたからだろう。くしくも判決は、渡嘉敷島で惨劇が起きた日
から63年目に下された。反戦の誓いを新たにするとともに、基地の
島・沖縄の現状を見詰め直す契機としたい。>
http://373news.com/_column/syasetu.php
「大江訴訟判決 体験者の証言は重い/教科書検定意見も撤回を」
(琉球新報)
< 岩波側の証拠として提出された女性の証言には「『自決しなさい』
と手榴弾を渡された」とある。「軍官民共生共死」の意識を徹底させ
られた住民にとっては、軍民は一体であり「命令」と受け取るしかな
いだろう。判決にもある通り、この女性だけでなく多くの住民が同じ
ような証言をしており、軍関与を認めた判決は妥当といえよう。>
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-130610-storytopic-11.html
「[「集団自決」訴訟]史実に沿う穏当な判断」(沖縄タイムス)
< 今回の判決は、沖縄戦研究者が膨大な聞き取りや文書資料の解読
を基に築き上げた「集団自決」をめぐる定説を踏まえた内容だといえ
るだろう。>
http://www.okinawatimes.co.jp/edi/20080329.html#no_1
沖縄の皇民化政策
らしたのは、「皇民化政策」であると書いています。
<▼軍と住民の「タテの構造」における死の強制、と大江さんは言う。
その構造は、皇民化政策でならされた島にやすやすと根を張った。
そして「軍民の共生共死」を押しつけられた地上戦で、おびただし
い住民の血が流れた。それが沖縄戦である▼米国の著名な歴史家ア
ーサー・シュレジンジャー氏から、「歴史は国家の応援団ではない」
と聞かされたのを思い出す。かく言う氏も、盟友ケネディ元大統領
の失政には甘かったようだ。教訓としつつ、歴史を見る目を養いた
い。 >
大江健三郎さんの「判決にあたって」
は、原告側の敗訴に終わりましたが、朝日新聞夕刊は、大江健三郎
さんについて次のように書いています。
< 太平洋戦争が始まった41年の春、故郷の愛媛県で国民学校(現
在の小学校)に入学。軍国教育で「生きて虜囚の辱めを受けず」とい
う訓示を受けた。戦後、中学時代に施行された憲法の9条が、その後
の人生の「原点」になった。>
私は大江さんの1歳年長、まったく同じような体験を共有する者とし
て、彼の考えには共感するところ大です。
< 判決前、大江さんは朝日新聞の取材に「判決にあたって」と題す
る手書きの回答文を寄せた。「口頭なり文書なりの命令があったかな
かったかは、『集団自決』の結果を揺るがせはしない。日本軍の構造
の全体が、島民たちにこの大量の死を強制した」と改めて考えを述べ、
こう結んだ。
「日本の近代化をつうじて行われた『皇民教育』のイデオロギー復
活に道を切り開かぬように努力する。それが私の作家活動の、終生の
目標です」>
「軍関与を司法明言 元隊長、悔しい表情 沖縄ノート判決」(朝日、
28日夕刊)
「君が代」不起立で処分される教師
職処分を受け、今度は免職も予想されている、ある都立校教師につい
て、今日の毎日新聞のコラム「記者の目」が書いています。
<卒業・入学式で国旗掲揚・国歌斉唱を実施するようにとの指導が強
まり、反対してきた教師が次々に起立・斉唱に転ずるなか、この教師
は、自らの良心に従って不起立を貫いてきた。その姿は、周囲をうか
がい迎合するのではなく、勇気を持って行動することの大切さを教え
ているようにも見える。この静かな不服従に東京都教育委員会が免職
や停職処分で臨むことは、はたして適切な教育行政なのだろうか。>
<私たちは、多くの命が奪われたアジア・太平洋戦争から、「お国」
も間違うことを学んだ。国旗・国歌はそれぞれ歴史を持つ「お国」の
象徴だ。国民それぞれに思いがあるのは自然だ。
「良心に基づく不服従」への処分は、東京都だけの問題ではない。
日本社会のありようが問われている。>
<記者の目:君が代 不起立で処分される教師=湯谷茂樹>
この教師、根津公子さんについて、2月18日付のジャパン・タイムス
が記事を載せていますので、その日本語訳をご紹介します。
「座っているが誇りは高く」
この記事から―
<ある戦争中の語り伝え
佐藤秀夫は1940年、小学生だった頃、日の丸を君が代に合わせ
て揚げさせられたことを思い出す。(君が代は日本の国歌で「天皇
の御代」という意味)
日の丸が旗竿の上に届くのが歌より早過ぎると教員は彼を殴った。
60年以上たって、彼は今だにこの旗が使われていることが不愉快で
ある。>
岸幸一コレクション
これらの資料は現在ジェトロのアジア経済研究所図書館のデジタルアーカイブスで公表されており、下記サイトで見ることができます。
「岸幸一コレクション」
開戦前の海軍の南方政策、日本占領下の東南アジアにおける軍政などに関する貴重な一次資料が多数ありますので、ぜひご覧ください。
なおこのサイトは、「戦争を語り継ごう -リンク集-」にも掲載しました。
新規リンクのお知らせ
たので、ご覧ください。
「大東亜戦争従軍記 北満からインドネシアへ」
1940年入営後、北満州からインドネシアへ転戦し、復員するまでの6
年間の記録
「戦争を知らない若者たちへ」
神戸大空襲などの戦争体験を文章と絵で伝える
元兵士の遺留品、ご本人に返還
「旧日本軍人の遺留品」に掲載しています未発送の葉書2葉 ( T013)
および写真3枚( P019) の元の持ち主、菊川利矩さんが、厚生労働省
の調査により福岡県にご健在であることが判明し、このほどアメリカ
から返還されました。
菊川さんは88歳ですが、お元気なご様子でした。戦争では中国戦線に
従軍されたそうですが、山西省で終戦を迎えられた時のどさくさでこ
れらの品を押収されたと思うとのことでした。しかし何しろ60年以上
も経っているので、写真に写っているのが自分かどうかも分からない
と言っておられました。
これで今年になって故郷へお返しできた遺留品は2件目です。引続き
お返しできることを願っています。
重慶大爆撃被害者の証言
ご覧になった方も多いと思いますが、先週、今週と、東京大空襲をテ
ーマとしたテレビ・ドラマが放映されました。いずれも空襲のシーン
はたいへん迫力があり、空襲の恐ろしさ、残虐さがよく表現されてい
たと思います。
番組の中では、ともにルメイ司令官と重慶大爆撃のことも採りあげて
いましたが、どちらかといえば前者のほうに重点が置かれていたよう
にでした。しかし重慶大爆撃のほうは日本人にはあまりよく知られて
いないので、もう少し詳しく説明してほしかったと思います。
目下東京地裁で、東京大空襲と重慶大爆撃の被害者が日本政府に賠償
を求める訴訟が進行中ですが、毎日新聞都内版ではこれをテーマに特
集記事を10回にわたって連載しました。
そのうち、重慶を訪問して被害者から証言を聞いたルポの部分の URL
をご紹介しますので、お読みください。
「東京・重慶・戦禍の空の下:大空襲・大爆撃訴訟を追う/6~10」
http://mainichi.jp/area/tokyo/archive/news/2008/03/16/20080316ddlk13040257000c.html
http://mainichi.jp/area/tokyo/archive/news/2008/03/17/20080317ddlk13040165000c.html
http://mainichi.jp/area/tokyo/archive/news/2008/03/18/20080318ddlk13040446000c.html
http://mainichi.jp/area/tokyo/archive/news/2008/03/19/20080319ddlk13040154000c.html
http://mainichi.jp/area/tokyo/news/20080320ddlk13040292000c.html
「東京大空襲を語り継ぐつどい」での講演
空襲を語り継ぐつどい」における次のお二人の講演が、下記のサイト
で視聴することができます。
「猛火の中を逃げ惑った語り部いま86歳」(橋本代志子さん)
「大戦禍を伝える公的資料館がいまだにない」(早乙女勝元さん)
「東京大空襲 継承の新気運に続こう」(JANJAN、20日)
元兵士の日章旗、母校へ帰る
昨年12月、沖縄戦での遺留品と思われる日章旗が、「熊商三々会」と
いう書き込みから旧制県立熊本商業学校(現:県立熊本商業高等学校)
の卒業生の持っておられた物と判明したとお伝えしました。
「新たな戦争遺留品(F073)」
この旗に署名されている氏名の多くは、熊本商高の調べで、同校の卒
業生であることが分かりましたが、いずれもすでに他界されておられ、
残念ながら元の持ち主は特定できませんでした。
そこでとりあえず日章旗を熊本商高へお返し願い、同校で保管してい
ただくよう、同校の校長先生と現在の所有者であるアメリカ人のご親
族にお願いしましたところ、両者とも快く了承してくださいました。
そして去る17日、日章旗は無事元の持ち主の母校へ帰ってきました。
私どもの活動としては、このようなケースは愛知県立新城高校
に引続き2例目です。
熊本商高の西村陽一校長からは、同校が現在「人間としての在り方・
生き方を考える教育」の推進校としての指定を受けていることから、
「本校生の心の成長を促す、大切な教材とし、大切に保管させて頂き
たい」とのメールをいただきましたので、あわせて若い世代へ戦争を
語り継ぎ、平和のありがたさを伝える教材としても役立てていただく
ようお願いしました。
これを機に、さらに元の持ち主も特定され、日章旗がわが家へも帰る
日が来ることを願っています。
京大での原爆研究の資料見つかる
< 戦時中、旧海軍から原爆研究の委託を受けて旧京都帝大(現京都
大)で建造が進められていた加速器「サイクロトロン」の工事記録な
どを記した日誌が、京都大化学研究所(京都府宇治市)に残されていた。>
「『原爆研究』京大に日誌 海軍への支援依頼などが記載」
戦時中の日本の原爆研究については下記をご参照ください。
「日米の原爆製造計画の概要」
海軍と京大の原爆製造計画に関する打ち合わせには、湯川秀樹、坂田
昌一などの名前も見られるが、1945年7月21日の最終打ち合わせの結
論は「原爆製造は原理的には可能、現実には無理」となっています。
新たな戦争遺留品(F80)
この度ある女性から戦争遺留品の日章旗を拙サイト「旧日本軍人の遺
留品」に掲載してほしいとの依頼がありました。ちょうど20年前ごろ
アメリカに在住していた際、知人のアメリカ人から「あなたの国のも
のだから、お返しします」と譲り受けたものだそうです。
この旗はその人の父上が太平洋戦争から持ち帰られた物だそうですが、
それ以上詳しいことは分かっていません。
寄せ書きには、佐藤弥宗、相原忠男、舟生三郎、阿竹長次郎、小幡水
夫、松谷幸夫、市田貞一、大塚包子、原島富美男、上田冨士、芝春男、
当麻弥三、伴博、菊池千鶴子、千枝子などの氏名があり、また「中島
ヒコーキ」(中島飛行機株式会社 ? )という書き込みもあります。
この日章旗については「旧日本軍人の遺留品」の「日章旗 (F051~ ) 」
のページにに、F080として掲載しましたので、ご覧ください。
元の持ち主またはそのご家族について何か手がかりになるような情報
がありましたら、ぜひお知らせください。
米軍資料にみる神戸大空襲
初の本格的な空襲がありました。その犠牲者を追悼するため、昨日は
「神戸空襲を記録する会」の主催で、合同慰霊祭が行われました。
神戸市文書館のサイトには、この神戸大空襲を説明するコーナーがあ
りますが、とくに米軍側の作戦計画や損害評定などに関する詳細な資
料が公表されているのが特徴です。
他都市の空襲についても参考になると思われますので、ご覧ください。
「米軍資料にみる神戸大空襲」
なおこのサイトを「戦争を語り継ごう -リンク集-」に追加しまし
た。
B29元搭乗員の今治再訪
・リード・バーンさん(84)が、このほど戦後初めて今治市を訪れま
した。その様子を毎日新聞愛媛版が、昨日と今日の2回にわたって報
じています。
バーンさんと、旧日本軍の特攻機「桜花」や戦闘機「零戦」の元パイ
ロット、佐伯正明さん(82)の対談を聞いた、今治明徳高校矢田分校
の長谷部祐輝さん(2年)の感想です。
「こんな優しそうな人が爆弾を落とすなんて。戦争は国家レベルで人
を動かす。皆が一致団結しないと戦争は防げない」
「B29元搭乗員の今治再訪:WAR IS OVER/上」
「B29元搭乗員の今治再訪:WAR IS OVER/下」
「中央区平和祈念バーチャルミュージアム」開館
る昨15日、インターネット上の博物館「平和祈念バーチャルミュージ
アム」を開設しました。
空襲や学童疎開など、戦時中の生活の写真、資料、体験記、証言ビデ
オなどが展示されていますので、ぜひご覧ください。
「中央区平和祈念バーチャルミュージアム」
日本軍の占領行政とインドネシアの文化
ア美術における日本の影響」という講演が インドネシア・バンドン
工科大学美術館館長アミヌディン・H・シレガー氏によって行われた
とライブドアニュースが報じています。
太平洋戦争中の1943年、日本軍は宣伝部の下部組織として「啓民
文化指導所」を設立しましたが、これが文学、演劇、映画、美術など
の分野で影響を与え、美術面では、それまでインドネシアになかった
美術教室を開き若手芸術家の育成に貢献したとのことです。
「美術講座:インドネシア美術と日本占領=福岡市」
インドネシア占領中の日本軍は、住民に対する宣撫工作を行うため、
阿部知二(作家)、小野佐世男(漫画家)、大宅壮一(評論家)、北
原武夫(作家)、河野鷹思(デザイナー)、武田麟太郎(作家)、南
政善(画家)、横山隆一(漫画家)、倉田文人(映画監督)、松井翠
声(弁士)等のいわゆる文化人を徴用し、宣伝班を設けていました。
帝国陸軍にしてはずいぶん文化的な発想であったように思われますが、
下記サイトによれば、これはナチス・ドイツのゲッペルス宣伝相の文
化部隊の成果をみてきた山下奉文将軍の進言によるものであったらし
いとのことです。
またインドネシア占領行政を武力によらなくても文化で統治すれば安
上がりという判断があったのであろうともみられています。しかしそ
れによりインドネシア文化の担い手となった多くの芸術家が育ったと
いうのもまた事実といえましょう。
「第16軍宣伝班」
インドネシアの歴史教科書
で東南アジアの諸国が独立できた」と主張する人たちがいます。
それでは東南アジア諸国の歴史教科書が太平洋戦争や自国の独立をど
のように書いているかについて、かつて話題になったことがありまし
たが、このほどインドネシアの歴史教科書の日本語訳を掲載している
サイト教えていただきましたので、ご紹介します。
●高校歴史教科書「日本軍占領時代」
●中学社会科教科書「独立準備の過程」
高校教科書のほうは、日本の占領統治時代についてかなり詳しく書い
ており、日本軍による占領政策が、後のインドネシア独立に与えたイ
ンパクトを認めつつも、「日本による占領時代は、インドネシア史
上最悪の時代であった」と批判しています。
以下同書の書き出しと結びの部分をご紹介します。
<1942年の1月・2月、日本軍はインドネシアへ侵攻した。スマトラと
カリマンタンの石油生産地域は第一の目標とされた。なぜなら、それ
は侵略を継続するための重要な天然資源であったからだ。>
<日本占領時代に、インドネシア民族はオランダ植民地時代をうわま
わる非常に重い圧政を経験した。天然資源及び人的資源は大東亜戦争
遂行のために搾取・利用された。また他には、日本軍政府による厳し
い対応が、いくつかの地域で反抗・反乱を引き起こした。しかし、そ
れらレジスタンスは短時間のうちに鎮圧されてしまった。
しかしそれでもなお、インドネシア民族は独立達成のための基礎とな
りうる幾つかの利点を手に入れていた。インドネシア青年・青年婦人
に対し広範囲に実施された軍事訓練は、インドネシア国軍及び戦闘組
織の萌芽となった。また、重要な役職についた国民的指導者たちは、
インドネシア民族自身に対する自信を、つまり独立の際には自らが国
家を運営することが出来るという気持ちを芽生えさせた。>
なおこのサイトを「戦争を語り継ごう -リンク集-」に掲載しまし
た。
映画「靖国」国会議員向け試写会
写会が行われることになり、昨夜実施されました。約80人の各党議員
らが出席したとのことです。
観覧した議員の感想です。
稲田朋美衆院議員(自民党)
「靖国神社が、侵略戦争に国民を駆り立てる装置だったというイデオ
ロギー的メッセージを感じた」
島村宜伸衆院議員(自民党)
「一貫したストーリーを見せるというよりは、様々な場面をつなげた
映画。自虐的な歴史観に観客を無理やり引っ張り込むものではなかっ
た」
横光克彦衆院議員(民主党)
「戦争の悲惨さを考えさせる映画だが、むしろ靖国賛美6割、批判4
割という印象を受けた」
「国会議員横ヤリの『靖国』試写会に80人 偏向指摘も」(朝日、
13日)
観る人によってさまざまな受け取り方をさせる映画のようですね。
新たな戦争遺留品(F079)
の持ち主を探しているという記事が、去る8日の産経新聞関西版夕刊
に掲載されました。
「寄せ書き日章旗『返したい』 吹田出身のデザイナーが米から持ち帰る」
注:文中「石忍必勝」とあるのは「百忍必勝」の誤りと思われる。
この女性・フルーデとき子さんが拙サイト「旧日本軍人の遺留品」を
ご覧になって、協力を依頼してこられましたので、「日章旗 F051~ ) 」
のページにF079として掲載しました。
元の持ち主である「高島貞夫」様またはそのご家族に関する情報があ
りましたら、ぜひお寄せください。
近衛内閣の書記官長・風見章の日記公刊へ
< 日中戦争下の近衛文麿内閣で書記官長(現在の官房長官)、司法
相を務めた政治家、風見章の日記と手記が近く公刊される。日中戦争
の拡大過程や太平洋戦争に突入するまでの政治状況を生々しく証言す
る貴重な資料だ。>
「近衛内閣の書記官長・風見章の日記公刊へ」
東京大空襲をテーマとしたTV 番組
ご覧ください。
●「シリーズ激動の昭和 3月10日東京大空襲 語られなかった33枚の
真実」
TBS系、10日(月)21:00~23:09
●大型ドラマ「東京大空襲」
日本テレビ系、17日(月)21:00~23:18・18日(火)(2夜連続)
「東京大空襲を見つめる TBS系と日テレ系で特番」(朝日、7日)
下記の YouTube もご覧ください。
「アメリカからみた【東京大空襲】」
東京大空襲に関する社説
の日です。今朝の産経新聞は主張(社説)でこの東京大空襲を採りあ
げ、<日本と米国の特に若い人たちに、無差別爆撃の戦争責任につい
て、改めて問い直し、検証してほしい。>と書いています。
「東京大空襲 日米で戦争責任の検証を」
映画「靖国 YASUKUNI」
をかけて撮影したドキュメンタリー映画「靖国 YASUKUNI」
がこのほど完成し、4月12日から公開されます。
「映画『靖国 YASUKUNI 』公式サイト」
「予告編」
この映画には政府出資の基金から助成金が出ていますが、内容が“反
日”的だとして、週刊新潮(07年12月20日号)や神社新報から批判が
出ていました。そこで自民党の稲田朋美衆院議員らから文化庁へ試写
の要求がありましたが、一部の議員だけでなく、全議員を対象に試写
会が開かれることになったと今朝の朝日新聞が報じています。
「靖国映画『事前試写を』 自民議員が要求、全議員対象に」(朝日、
9日)
神社新報の記事です。↓
「反靖國映画波紋広がる 協力者らも憤慨の声」(神社新報、2月25
日)
稲田議員から、同氏が会長を務める自民党若手議員の勉強会「伝統と
創造の会」の会員にあてた文書です。↓
「伝統と創造の会 会長通信 No33」
この映画に関する過去の報道です。↓
「靖国神社ドキュメンダリー映画の制作が初めて完成」(北京週報、
07年11月8日)
「中国人監督が『靖国』映画制作」(産経、2月8日)
浄土宗も戦争責任を検証
しましたが、1987年の真宗大谷派を初めとして、浄土真宗本願寺派や
曹洞宗、臨済宗妙心寺派などが相次いで戦争協力に反省や謝罪を表明
してきました。
しかし浄土宗では戦後に宗派が分裂するなどの理由でそのような反省
が遅れていたそうですが、このほどようやく戦争責任の検証作業を本
格化することになりました。
「浄土宗、戦争責任を検証 戦後63年、加担を反省へ」(京都新聞、
8日)
「被爆者の声」の伊藤明彦氏に「吉川英治文化賞」
「吉川英治賞」
伊藤明彦氏については、下記の新聞記事をご参照ください。
「被爆者の証言CD化 元NBC記者の伊藤明彦さん 」(長崎新聞、06年1月25日)
また伊藤氏が集められた被爆者の声を下記サイトで聴くことができます。
「被爆者の声」
「戦争を語り継ごう」の関連では一昨年も、シベリア抑留死亡者の名簿を独力でベータベース化し、ホームページで公開されました村山常雄氏が、同じく「吉川英治文化賞」を受賞されています。
戦争を語り継ぐ、こういう地道で、ご苦労の多い業績が顕彰されることはまことに喜ばしい限りです。
映画「私たちは忘れない」
作:日本会議、英霊にこたえる会 後援:靖国神社)を毎日上映して
います。
数年前遊就館を訪ねた際、時間の関係でこの映画を見ることができ
ませんでしたので、いつかぜひ見たいと思っていましたら、 YouTube
で見られることが分かり、いながらにして見ることができました。
かつてこの映画を見た同じ歳の知人が、「まるで 戦時中の『ニュー
ス映画』を観ているような錯覚に陥りました」と述べていましたが、
私もまったく同じように感じました。
日清・日露以来の日本の戦争を「自存自衛のための戦争」と正当化し、
大日本帝国こそが常に正しかったとするその歴史観は、まさに“自慰
史観”というべきでしょう。英語版を作り、世界の人に見せたら、どのよ
うに評価されるでしょうか?
まだご覧になっていない方は、下記のサイトでご覧になることができま
す。
http://www.youtube.com/watch?v=olU-W-4DQbE
http://www.youtube.com/watch?v=CQoFeF8nQjI&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=BwAiBiHWiu4&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=awMNpMZcPxU&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=PGFa2-wk7hQ&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=MGB6a--ydO0&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=EJGeADgfoto&feature=related
沖縄集団自決 客観的、冷静な歴史認識を
(1925年生まれ)が「沖縄集団自決」について投稿しています。
大杉氏は、集団自決を軍が強制したと一概に断定するのは難しいので
はないかとしつつ、次のように述べています。
<一億玉砕を教えられていた当時の国民はそれを受け入れる精神状態
にあり、それがあの戦争の現実であった。>
<悲劇の責任を問われるべきは、沖縄現地軍というよりは、敗色歴然
となっても本土決戦、一億玉砕を叫んでいた軍首脳と、終戦を積極的
に推進しなかった政治家である。権力の中枢にいた人と、第一線で戦
わざるを得なかった人々の責任の軽重は、厳に区別されなければなら
ないだろう。>
“少国民”ながら、当時の国民、いな臣民の一員として、大杉氏の意
見は共感できます。