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建国の精神と公共の精神

「建国記念の日」を前にして、今日の産経新聞のコラム「正論」に、
高崎経済大学教授の八木秀次氏が、わが国の「建国の精神」は「公共
の精神」であったとする一文を書いています。

< 世界を家族的情愛でもって統治しようという神武天皇の「八紘一
宇」の理想。豪族の私的支配を戒め、天皇を中心に国がまとまること
を示した聖徳太子の十七条憲法。豪族のみならず皇族の土地まで没収
した大化の改新から始まる「公地公民」。またそこにおける「天皇」
という無私の地位…。

これらから浮かび上がってくるのは「公共の精神」という概念であ
る。>

しかし私が感じる、そこから浮かび上がってくるものといえば、「大
和朝廷による全国統一」という概念であり、「天皇」というのは無私
の地位よりも、どろどろした権力闘争で争われた地位のように思われ
ます。

「八紘一宇」の精神も、そういうキレイゴトではなく、国家統一のた
めのイデオロギーであり、戦争中は「日本ヨイ国、強イ国、世界ニカ
ガヤクエライ国」(国民学校1年生教科書)である大日本帝国による
アジア支配、世界支配の精神的スローガンとして使われました。

「公共の精神」というのも美しい言葉ですが、本来の公共の精神(パ
ブリック・マインド)というのは、まず個人の人権が確立され、その
上で他人の人権も尊重するということでなければならないと思います。

戦前・戦中も「滅私奉公」という言葉が叫ばれましたが、それは個人
の人権どころか命さえも投げうって、天皇=国家に尽くすことだと、
われわれは教えて込まれたのです。

< 沖縄のみならず大東亜戦争の末期に各地で起こった集団自決とい
う悲劇もその精神の一つの表れであったろう。例えば映画『氷雪の門』
が描いた樺太・真岡の電話交換手の女性9人がソ連軍の侵攻に際して
集団自決した事件も、彼女たちが内地に引き揚げろとの軍の命令を拒
否してまで職務を最後までまっとうしようという強い責任感の持ち主
であったがゆえの悲劇だった。特攻隊の若者たちの気持ちも同じとこ
ろにあっただろう。>

集団自決や特攻隊の悲劇も、本来の意味としての「公共の精神」によ
るものでなく、天皇陛下の御ために死ぬことを最高の国民道徳とした
「皇民化教育」の結果だと、同じ教育を受けた私は思うのです。

高崎経済大学教授・八木秀次 『建国の精神』に立ち返ろう

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プロフィール

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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