スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

日本軍の捕虜収容所の写真

戦時中香川県の善通寺にあった捕虜収容所の珍しい写真が下記サイトに掲載されています。

善通寺捕虜収容所写真集


スポンサーサイト

新たな戦争遺留品(F078)

F078

また新しくアメリカ・ニューメキシコ州のアメリカ人から戦争遺留品
である日章旗を返還したいとの申し出がありました。これで今月にな
って3件目です。

陸軍軍人であった父(10年前の逝去)が遺した物で、フィリピンの洞
穴内で戦死した日本兵が持っていたものと推定されるとのことです。

元の持ち主名は「本田弘司」で、贈り主は「宮地町二組 町内会」と
書かれていますが、宮地町という地名は全国に多いので、特定は困難
です。その他寄せ書きには、白川徳次、山領濱偟、平岩弥一、大坪日
出雄、太田元次、金子岩冶、青柳実郎、宮副冶兵衛などの氏名があり
ます。

この日章旗については拙サイト「旧日本軍人の遺留品」の「日章旗
(F051~ ) 」のページにに、F078として掲載しましたので、ご覧く
ださい。

本田弘司さんについて何か手がかりになるような情報がありましたら、
ぜひお知らせください。

Re: 二・二六事件

昨日二・二六事件当時の記憶がある方に、その思い出をお願いしたところ、以下
のようなお返事をいただきましたので、ご紹介します。


2.26事件当時私は小学校1年ですから、記憶と言ってもたいした記憶ではありま
せん。
私の家は市ヶ谷富久町にありました。新宿の伊勢丹裏から、市ヶ谷の士官学校、
靖国神社へ通ずる「靖国通り」に面した薬屋でした。

家の斜め前には、陸軍の大島少将という人の邸宅。200メートルほど先には、日
本海海戦で「三笠」の砲術長を務めた安保海軍大将の邸宅がありました。

普段でも代々木練兵場や戸山が原射撃場へ往復する兵隊が列を組み、軍歌を歌っ
て通るのを眺めて育ちました。

2月26日、朝から雪が降っていました。どんどん積もります。学校は休みという
連絡が入ったとの事。はじめは雪でかと思いました。父から外へ出ては駄目だよ
と怖い顔で言われました。

大島少将の家には、剣付き鉄砲を構えた兵隊が並んで警戒していました。
家の前を駆け足で、何組みもの部隊が駆け足で通り過ぎます。慌ただしく、それ
こそ慌ただしくです。普段と違って鉄砲の先にみんな剣をつけています。先頭の
将校は、軍刀を抜いています。

店からは、ガラス戸越しに通りが見えます。日露戦争で胸に貫通銃創の弾の跡の
ある向かいのたんす屋さんのおじさんが来て、父とひそひそ話をしています。

子供心にただならぬことを感じました。旧制商業学校の長兄も休みです。反乱だ
ぞ、反乱ってわかるかと囁きます。
何が起こったのだろう。子供でも何も手が着きません。ひっそりと、ぼんやりと
していました。

夕方、治まったそうだ。反乱軍が降伏したそうだ。外へ出ても良いよと、父から
告げられました。
大島少将の邸宅も平常に戻ったようです。

雪も止んだ大島少将宅の前に子供隊たちが集まり、締められた鉄扉の間から邸内
をのぞき、それぞれ親たちの話を知ったかぶりにがやがや話したのを覚えていま
す。そんな記憶でもやはり忘れられない思い出です。

そこのけそこのけ戦車が通る

「そこのけそこのけイージス艦が通る」。今日の東京新聞のコラム
筆洗」は、先日民主党の鳩山幹事長が国会審議で述べたこの言葉か
ら、作家の司馬遼太郎さんが生前、よく書いたり話していたという終
戦直前の体験が頭に浮かぶと書いています。

司馬さんは本土決戦のとき戦車で敵を迎え撃てという指令を受けてい
ましたが、その時は街道は避難民であふれかねないと心配していまし
た。

<▼司馬さんは部隊にやってきた大本営参謀に、「交通整理はちゃん
とあるんですか」と質問した。ぎょっとした顔で考え込んだ揚げ句の
答えは「ひき殺していけ」だったという(『朝日ジャーナル』での対
談)。戦争の本質を端的に表している「そこのけそこのけ戦車が通る」
である>

かつての大日本帝国の軍隊は、“国家”を護る軍隊であって“国民”
を護る軍隊でなかったのは、国内で唯一地上戦が行われた沖縄の例を
見ても明らかです。

今回のイージス艦のような事件でも、帝国海軍の場合だったら、当て
られたほうが悪いということになって、報道もまったく規制されたこ
とでしょう。


二・二六事件

今年の冬はまた寒さが戻って、各地とも雪が多いようですね。

72年前の今日、東京は雪が積もっていました。その雪の朝、帝国陸軍
の一部による反乱が起こりました。いわゆる二・二六事件です。この
クーデターは有名な「兵に告ぐ」という放送で収拾されますが、その
模様を YouTube で見ることができます。

二二六事件(『兵に告ぐ』)」

当時私は2歳、まったく記憶はありませんが、ご記憶のある方がおら
れましたら、思い出をお聞かせください。

新規リンクのお知らせ

「戦争を語り継ごう -リンク集-」に、次の2サイトを追加しまし
たので、ご覧ください。

想い出の故郷 元山
北朝鮮の元山(現ウオンサン)で終戦を迎え、その後三十八度線を越
えて引き揚げてきた人たちの体験記がある

三合里収容所小史
終戦直後、北朝鮮でソ連軍の捕虜になった日本軍将兵がシベリアに送
られるまで収容され、またその後シベリア抑留者の内病弱者が送られ
てきた三合里収容所の詳しい記録


被爆直後と復興期の広島のパノラマ写真

現在、広島平和記念資料館で「菊池俊吉写真展 - 昭和20年秋・昭和
22年夏 - 」が開催されていますが、今日の中国新聞のコラム「天風
録」はこれについて次のように書いています。

<写真家の菊池俊吉さん(一九一六~九〇年)が、被爆後の惨状と復
興に立ち上がる市民の姿を克明に記録している。被爆二カ月後と二年
後。同じ場所で撮った写真の対比が印象的だ>
http://www.chugoku-np.co.jp/Tenpu/Te200802220091.html

この2点の写真は下記サイトで見ることができます。

復興期の広島 パノラマネガ発見 被爆から2年 菊池俊吉さん撮



新規リンクのお知らせ

「戦争を語り継ごう -リンク集-」に、次の2サイトを追加しまし
たので、ご覧ください。

童話で語る戦争
大阪大空襲など、子供のころの戦争体験を、孫たちに伝えるため、童
話ととして記録

故郷『駒止のふもと』に生きて 二、戦時出征のこと
1940年現役召集後、主として旧満州に駐屯、戦後シベリアへ抑留され
た体験を綴る


新たな戦争遺留品(F077)

F077

引き続きアメリカから戦争遺留品である日章旗を返還したいとの申し
出がありました。海兵隊員としてサイパン島の戦闘に参加し、戦後占
領軍として日本に駐留した義父(故人)が遺した物で、入手経緯は不
明とのことです。

元の持ち主名は「高橋繁蔵」で、寄せ書きには、中村庄次郎、早崎共
市、野崎利美、森山幸作、池下慶尾、野中伊佐治、元永篤雄、古川弘
政、戸田須枝、古賀芳枝、小林チヱ、宮崎孫八、本部炊飯係一同など
の氏名があります。

この日章旗については拙サイト「旧日本軍人の遺留品」の「日章旗
(F051~ ) 」のページにに、F077として掲載しましたので、ご覧く
ださい。

「自決」した隊長、「逃走」した隊長

昨日の朝日新聞東京本社版「声」欄の特集「語り継ぐ戦争」に、「逃亡を許した部隊長は自決」という投書がありました。

筆者は戦争末期北朝鮮で臨時召集され、元山でソ連の大軍に包囲された時、部隊長が「お前たちは全員召集兵である。家には妻も子もあろう。よって逃亡を許す。責任は自分がとる」と訓示しました。そこで筆者はすぐ逃げ出し、半島南部経由で無事帰国しました。しかし部隊長は責任を取って割腹自殺したとのことです。

これをを読んで、当時の北朝鮮駐屯部隊にも、ビルマ戦線のミートキーナの水上源蔵少将のような部隊長がおられたのかと感銘を受けました。

ところで北朝鮮の元山といえば、「予備学生の墓場」といわれた海軍特攻隊の基地があった所です。この隊の司令・青木泰二郎大佐は、戦況不利と見るやいち早く8月11日に家族ぐるみで元山の海軍基地から日本に脱出しました。彼はミッドウエー海戦で撃沈された空母「赤城」の艦長でしたが、その時撃沈された帝国海軍の軍艦中唯一の生き残り艦長でもありました。

戦時中われわれ軍国少年たちの憧れと尊敬の的であったエリート軍人たちもまた「いろいろ」だったようです。

戦時中の食生活(12 完)

引き続き皆さんからお寄せいただきました体験をご紹介します。今回
が最終回です。

------------------------------------------------------------
(12)甘いもの

全文を表示 »

新たな戦争遺留品(F076)

F076

また新しくニューヨーク州のアメリカ人から戦争遺留品である日章旗
を返還したいとの申し出がありました。亡くなった友人が残した物で、
入手の経緯は不明とのことです。

元の持ち主名は「前野 廣成」で、寄せ書きには、馬渡貞雄、重光?
英、上原道良、平松健佑、宮本光雄、戸部鉱吉、林重茂、金澤光、金
澤榮?、金山忠雄などの氏名があります。また朝鮮を意味する「青丘」
やハングル文字も書かれているので、朝鮮半島とも関係があるのかも
しれません。

この日章旗については拙サイト「旧日本軍人の遺留品」の「日章旗
(F051~ ) 」のページにに、F076として掲載しましたので、ご覧く
ださい。

欧州議会の慰安婦決議

昨日ご紹介しました林博史氏の講演の中に、次のように書かれていました。

< もう一つ、EUの決議があります。これも、あまり日本で知られていませんが、その中の「B項」に、「『慰安婦』制度は輪姦、強制堕胎、屈辱及び性暴力を含み、障害、死や自殺を結果し、20世紀の人身売買の最も大きなケースのひとつであり」とあります。アメリカの決議の場合は、主に戦時性暴力を問題にしていますが、EUは戦時だけではなくて平時における性暴力、あるいは人身売買の組織的な問題として日本軍の「慰安婦」制度を問題にしています。この点については後で触れます。 >

このEUの決議というのは、昨年12月13日に欧州議会で可決された「『慰安婦』(アジアにおける第二次世界大戦の戦前・戦中の性奴隷)のための正義に関する2007年12月13日の欧州議会決議」のことですが、その全文(英文および和訳)が下記サイトに掲載されています。

欧州議会の慰安婦決議

「沖縄戦検定問題が投げかける『いま、なぜ?』」(林博史)

今日のインターネット新聞JanJanに、去る11日に開かれました「建国記念の日」反対集会における林博史氏(関東学院大学経済学部教授)の「沖縄戦検定問題が投げかける『いま、なぜ?』」という講演のレポートが掲載されています。

林氏は、沖縄戦というのは日本の侵略戦争のあらゆる問題を含んでいるとし、沖縄の問題は日本全体の、戦争全体の認識に関わる問題であると説いています。

従軍慰安婦についても沖縄戦と共通性があるとし、最近になって慰安婦問題が国際的に取り上げられているのは、いまだに世界で組織的な戦時性暴力がくり返されているので、この問題は日本の問題であると共に、国際社会の問題であるという認識が生まれてきているからだと述べています。

沖縄戦検定問題が投げかける『いま、なぜ?』を林教授が講演


戦時中の食生活(11)

引き続き皆さんからお寄せいただきました体験をご紹介します。

------------------------------------------------------------
(11)食べられる野草

全文を表示 »

戦時中の食生活(10)

引き続き皆さんからお寄せいただきました体験をご紹介します。

------------------------------------------------------------
(10)食料品店

全文を表示 »

国家神道と建国記念の日

先にご紹介しました八木秀次氏の「建国の精神と公共の精神」は、
神武天皇の「八紘一宇」、聖徳太子の「十七条憲法」、そして「公地
公民」の例を挙げ、わが国の建国の精神は「公共の精神」と説いてい
ます。

しかし神武天皇なるものは、皇国史観を教え込まれた戦時中のわれわ
れ“少国民”ですら、何となく本当の歴史かおとぎ話か分からないよ
うな存在でした。まさにわれわれが教え込まれた建国の歴史は、「神
主の祝詞」のようなものだったといえましょう。

そしてお札にまでなって、国民に広く知られている聖徳太子でさえ、
最近の実証的歴史学の結論ではその実在が否定されていると昨日
の中日/東京新聞の社説は述べています。

書き換わる聖徳太子像 週のはじめに考える

また「建国記念の日」の今日、朝日新聞の「月曜コラム」に、東京大
学教授(宗教学)の島薗進氏が「国家神道」と題する一文を寄稿して
います。

< 神道についてよくある誤解は、神道とは神職とその崇敬者の宗教
とすることだ。これは狭い神道理解だ。実は天皇崇敬こそ国家神道の
基軸だった。国家神道は神社以外の場、とりわけ近代国家のなじみが
深い学校や国民行事やマスメディアを通して広められた。これは江戸
時代に形作られ国体思想を拠り所とし、国民国家とともに形成された
神道の新しい形態だ。>

<1945年以後も広い意味での国家神道は存続している。……戦前に比
べ薄められてはいるが、「神の国」の信仰を受け継ぐ国家神道は今も
多くの支持者がいる。>

八木秀次氏はさしずめこの国家神道の支持者の典型的な例でしょう。
また今日の産経新聞の主張(社説)の筆者や「正論」を書いている小
堀桂一郎氏もそうといえるでしょう。

「旧仮名遣ひ」から抜けきらない小堀桂一郎氏はともかく、八木秀次
氏のような若手が先祖帰りするのは、「国家神道」でひどい目に遭っ
た私には不思議でなりません。

「【主張】建国記念の日 国づくりの歴史を学ぼう
< 2月11日が「建国記念の日」に定められたのは、『日本書紀』
で初代の神武天皇が即位したとされる日だからである。明治維新のさ
い政府がこの日を「紀元節」とし、戦後、GHQ(連合国軍総司令部)
によって廃止されたが、国民の要望もあって「建国記念の日」として
復活した。>

「【正論】東京大学名誉教授・小堀桂一郎 目下の国難と『明治の初
心』」

< 紀元節の制定は、この国民的団結と主権尊厳の意識を涵養(かん
よう)するための教育的施策の一環だつたと見ることができる。或い
は、その様に解釈する事が目下の事態にとつてむしろ必要である。名
称は「建国記念の日」といふ史実にそぐはない呼び方に変つたが、そ
れは必ずしも大きな傷ではない。重要なのはこの日の記念の意味づけ
である。>

戦時中の食生活(9)

「暮らしの手帖」からの転載は前回で終わりましたが、このテーマに
関連して皆さんから体験をお寄せいただきましたので、以下ご紹介し
ます。

-----------------------------------------------------------
(9)配給あれこれ

全文を表示 »

君が代判決に関する社説

卒業式などの君が代斉唱時の不起立を理由に再雇用を拒否されたのは
違憲・違法として、東京都立高の元教職員13人が都に賠償を求めた訴
訟で、東京地裁は7日、計約2760万円の支払いを命じる判決を下しま
した。

この判決について今日の朝日、産経の両紙は、対照的な論調の社説を
掲載しています。

君が代判決―都教委は目を覚ませ」(朝日)
< 再雇用拒否の当否が争われた裁判では、東京地裁の別の裁判長が
昨年、都教委の主張を認めた判決を出している。「一部の教職員が起
立しないと式典での指導効果が減る」との理由だが、再雇用を拒むほ
どのことではないという今回の判決の方が常識にかなっている。>

君が代訴訟 徹底指導を妨げる判決だ」(産経)
< 卒業式と入学式は年に一度ずつしか行われない。子供たちが国旗
と国歌に対して敬意を払う心とマナーをはぐくむための数少ない機会
である。教員の不起立がたった一度であっても、それは重大な職務命
令違反である。>

建国の精神と公共の精神

「建国記念の日」を前にして、今日の産経新聞のコラム「正論」に、
高崎経済大学教授の八木秀次氏が、わが国の「建国の精神」は「公共
の精神」であったとする一文を書いています。

< 世界を家族的情愛でもって統治しようという神武天皇の「八紘一
宇」の理想。豪族の私的支配を戒め、天皇を中心に国がまとまること
を示した聖徳太子の十七条憲法。豪族のみならず皇族の土地まで没収
した大化の改新から始まる「公地公民」。またそこにおける「天皇」
という無私の地位…。

これらから浮かび上がってくるのは「公共の精神」という概念であ
る。>

しかし私が感じる、そこから浮かび上がってくるものといえば、「大
和朝廷による全国統一」という概念であり、「天皇」というのは無私
の地位よりも、どろどろした権力闘争で争われた地位のように思われ
ます。

「八紘一宇」の精神も、そういうキレイゴトではなく、国家統一のた
めのイデオロギーであり、戦争中は「日本ヨイ国、強イ国、世界ニカ
ガヤクエライ国」(国民学校1年生教科書)である大日本帝国による
アジア支配、世界支配の精神的スローガンとして使われました。

「公共の精神」というのも美しい言葉ですが、本来の公共の精神(パ
ブリック・マインド)というのは、まず個人の人権が確立され、その
上で他人の人権も尊重するということでなければならないと思います。

戦前・戦中も「滅私奉公」という言葉が叫ばれましたが、それは個人
の人権どころか命さえも投げうって、天皇=国家に尽くすことだと、
われわれは教えて込まれたのです。

< 沖縄のみならず大東亜戦争の末期に各地で起こった集団自決とい
う悲劇もその精神の一つの表れであったろう。例えば映画『氷雪の門』
が描いた樺太・真岡の電話交換手の女性9人がソ連軍の侵攻に際して
集団自決した事件も、彼女たちが内地に引き揚げろとの軍の命令を拒
否してまで職務を最後までまっとうしようという強い責任感の持ち主
であったがゆえの悲劇だった。特攻隊の若者たちの気持ちも同じとこ
ろにあっただろう。>

集団自決や特攻隊の悲劇も、本来の意味としての「公共の精神」によ
るものでなく、天皇陛下の御ために死ぬことを最高の国民道徳とした
「皇民化教育」の結果だと、同じ教育を受けた私は思うのです。

高崎経済大学教授・八木秀次 『建国の精神』に立ち返ろう

新規リンクのお知らせ

「戦争を語り継ごう -リンク集-」に、次の2サイトを追加しまし
たので、ご覧ください。

那覇市史を読む
「那覇市史」に書かれた、現地召集された県民の「防衛隊」とひめゆ
り学徒隊に参加しなかった女学生たちの記録を紹介

集団疎開
東京都立淡路国民学校の集団疎開の記録、写真、体験記


戦時中の食生活(8)

引き続き、「暮らしの手帖 96号 特集・戦時中の暮らしの記録」
(1968年8月)から転載します。

皆さんのご感想や同じような体験記をお寄せください。

--------------------------------------------------------------
(8)ごった煮

全文を表示 »

戦時中の食生活(7)

引き続き、「暮らしの手帖 96号 特集・戦時中の暮らしの記録」
(1968年8月)から転載します。

--------------------------------------------------------------
かぼちゃの葉

全文を表示 »

「次代へ語り継ぐ戦争」のご案内

下記のようなメールをいただきました。「転送歓迎!!」とありましたので、転載します。

-------------------------------------------------------------
<市民社会をつくるボランタリーフォーラム
 分科会『次代へ語り継ぐ戦争』のご案内>
 
東京ボランティア・市民活動センターでは、毎年2月に、
現代社会の様々なことがらを参加者が共有し、考えるフォーラムを開催しています。
今年は「危機(クライシス)に立ち向かう市民活動」をテーマに
多彩なプログラムを開催。
プログラムNo.28として、『次代へ語り継ぐ戦争』を開催します。
ぜひご参加下さい。 

●「次代へ語り継ぐ戦争」 2月10日(日)10時~12時30分
                   ※9時半よりビデオ上映あり。

第二次大戦を知らない世代が多数を占め、戦争の記憶が薄まっていく一方で、
テロや内戦も含め世界で今なお戦争は続いています。
戦後生き残った人々の不戦への誓いを礎に、
現在の平和な民主主義国家・市民社会としての日本が形造られてきました。

東京大空襲の体験者や、戦地へ赴いた方などに戦争を語っていただきながら、
戦争とは何か、市民社会とは何か、考えたいと思います。

●日時:2月10日(日)10時~12時30分
   ※9時30分~ 東京大空襲に関するビデオ上映あり

●会場:飯田橋セントラルプラザ会議室 (他にて資料展あり)
●定員:30名
●参加費:千円(一度お支払いいただければ、他のフォーラムプログラムにも
        参加できます)

●語り手:
<清岡美知子さん (東京大空襲体験者)>
<岡野工治さん (学徒飛行兵、終戦後シベリア抑留者)>

●資料展示:
東京大空襲ほか「市民が描く戦争体験画」などの展示をします。
(当日会場および1F区境ホールにて)
あわせてご覧ください。

●詳細・申込
http://www.tvac.or.jp/special/vf2008/prg_28.html

※フォーラム全体の詳細についてはこちら
http://www.tvac.or.jp/vf2008/

●主催・問合せ:東京ボランティア・市民活動センター
TEL:03-3235-1171 FAX:03-3235-0050

新規リンクのお知らせ

「戦争を語り継ごう -リンク集-」に、次の2サイトを追加しまし
たので、ご覧ください。

人間たちの記録
1939年5歳の時から約10年間の日記に基づく体験記。軍国少年時代の
教育、疎開、空襲、戦後のインフレなど

戦後60年『集団学童疎開』『空襲』」
学童疎開と空襲の体験談。東京都荒川区の「荒川ゆうネット」より


戦時中の食生活(6)

引き続き、「暮らしの手帖 96号 特集・戦時中の暮らしの記録」
(1968年8月)から転載します。

--------------------------------------------------------------
(6)ジャガ芋

全文を表示 »

戦前の少年犯罪

今日の産経新聞のコラム「正論」で、国際教養大学学長の中嶋嶺雄氏
が、教育再生会議の最終報告に盛られた「徳育」の教科化を強く主
張しています。

「『教育改革』はどこへ 国際教養大学理事長・学長 中嶋嶺雄

この中で中島氏は次のように書いています。

< 今回の最終報告では、道徳意識の低下や親殺し、子殺しといった
「最近の社会状況に鑑み」として、徳育が学校教育において不可欠で
あることを強く訴えている。>

このように、安倍前首相ら「徳育」の重要性を叫ぶ人たちは、最近の
親殺し、子殺しは、「戦後レジーム」下での教育により、戦前に比べ
道徳意識が低下したことが原因であると力説しています。

しかし「修身」が重要な教科だった戦前は、はたしてこのような犯罪
は今よりはるかに少なかったのでしょうか?

最近この疑問に答える本が話題になっています。「多くの実証データ
によって戦前の道徳崩壊の凄まじさが明らかにされる ! 」というキ
ャッチコピーの管賀江留郎著「戦前の少年犯罪」 (築地書館、07年
10月)です。

申し訳ありませんが、この本はまだ読んでいませんので、書評を二つ
ご紹介しておきましょう。

ひとつは朝日新聞の書評( [ 評者 ] 香山リカ)です。
<なるほど、ここに並べられた目をおおいたくなる事件を眺めている
と、“昔の子どもはよかった”“現代の子どもはモンスター”的な言
い方には何の根拠もないことがよくわかる。>

もうひとつは“新右翼”の鈴木邦男氏の「今週の主張」からです。
<本を読んで驚いた。今よりも、もっともっと少年犯罪は多いし、道
徳崩壊も多い。それなのに、「昔はよかった」「今は人々の心が荒ん
でいる。凶悪犯罪が多くなった」と言っている。無責任に。私だって
同罪だ。「妄想の教育論」「でたらめな日本論」と言われても仕方は
ない。>

この本を読むまでもなく、著者の管賀江留郎氏のウェブサイトには戦
前の少年犯罪の実例がとても読みきれないほど書かれています。いず
れも現在であれば、連日テレビなどで大騒ぎになるような事件ばかり
です。

少年犯罪データベース 戦前の少年犯罪

しかし人命や人権がずっと軽んじられていた当時は、せいぜい新聞の
地方版で報じられるくらいであったでしょうし、戦時中には軍部の統
制により、世間を騒がす犯罪は戦意に悪影響を及ぼすとして、記事に
もならなかったのではないかと思います。

なお中嶋先生が言うところの「徳育嫌い(?)のマスメディア」であ
る朝日新聞は今日の社説で次のように書いています。

< 安倍氏が熱心だった徳育の教科化は、最終報告の提言にも盛り込
まれている。だが、文科省も中央教育審議会も消極的で、見送られる
公算が大きい。>

教育再生会議―安倍氏と共に去りぬ

«  | HOME |  »

最近の記事

カテゴリー

カレンダー

01 | 2008/02 | 03
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 -

月別アーカイブ

最近のトラックバック

ブログ内検索

リンク

このブログをリンクに追加する

「戦争を語り継ごうML」ご案内

このブログの記事は、主としてメーリングリスト「戦争を語り継ごうML」へ投稿したものです。このメーリングリストは、世代間の交流を通じて戦争を正しく語り継いでいく場として、設けたもので、10代から90代まで、多数の人が参加しています。

参加を希望される方は、上の「リンク」の「戦争を語り継ごうML」をクリックしてください。

コメントをどうぞ

このブログについてのコメントは、下記へお寄せください。

名前:
メール:
件名:
本文:

プロフィール

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。