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「秘録 沖縄戦記」に書かれた集団自決

今日のインターネット新聞 JanJan は、防衛研究所所蔵の沖縄戦関係
資料に付けられた「事実を捏造している」という所見について書いて
います。

その資料とは山川泰邦著「秘録 沖縄戦記」(読売新聞社、1969年)
を掲載した報道資料です。以下この記事の一部を引用します。

<『秘録 沖縄戦記』の著者は琉球立法院議長もした山川泰邦氏(故
人)である。序を書いた元早大総長の大浜信泉氏は「沖縄戦の当時、
著者は警察官として軍部とも協力すべき地位にあった。したがって学
徒隊をはじめ一般住民の戦闘参加の経緯と、その悲惨な最期について
も詳細に知りうる立場にあった」と述べている。そして「本書がはじ
めて明らかにした、いわゆるスパイ事件が暗示するように、当時日本
の軍部がいかに血迷い、それが戦争をいやがうえにも悲惨なものにし
たという点にあるといえよう」と述べている。

手許にある昭和44(1969)年12月1日発行の同書(第1刷)
の「渡嘉敷村民の集団自決」の項目を調べてみた。その148ページ
には「赤松隊は住民の保護どころか、無謀にも『住民は集団自決せよ
!』と命令する始末だった」と書かれている。また手榴弾の不発で保
護を求めた村民に対して「『貴様たちにかまってはおれん。さっさと
帰れ!』赤松大尉は、壕の入り口に立ちはだかり、恐ろしい形相で島
民をにらみつけた」と、当時の状況をくわしく記述している。壕に入
れなかった38人は米軍の砲撃で亡くなっている。

梅沢少佐の率いる約1千人の陸軍部隊が駐屯していた座間味村の集
団自決について記述した158ページには「それは『働き得る者は男
女を問わず、戦闘に参加せよ。老人、子供は全員、村の忠魂碑前で自
決せよ』というものだった」と書かれている。日本軍から手榴弾が配
られ、軍命令で集団自決が行われたことは県民大会での体験者の発表、
新聞に次々と発表された証言記録とも一致している。そして、慶良間
諸島の中で日本軍が駐屯していない島では、決して集団自決が起こっ
ていないことに注目してほしい。>

防衛研究所が沖縄戦資料に軍命否定の所見

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プロフィール

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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