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「集団自決」、軍の強制復活せず 検定審が結論

沖縄戦「集団自決」に関する教科書検定問題で、文部科学省は今日、
軍による「強制」などの表現は認めないが、軍の「関与」が主な要因
とすることで、教科書会社6社8点の訂正申請をすべて承認しました。

これについて沖縄タイムスは今日、電子号外を発行しました。教科書
会社全社の記述修正の具体的な内容も書かれていますので、ご覧くだ
さい。
http://www.okinawatimes.co.jp/pdf/2007122601G.pdf
http://www.okinawatimes.co.jp/pdf/2007122602G.pdf

また産経ニュースは、<断定的な記述や信憑(しんぴよう)性が疑わ
れる記述、事実ではあっても教科書記述として首をかしげたくなる記
述が次々とパスした。>と批判的な記事を掲載しています。
首かしげる記述、次々パス 集団自決訂正申請

TBSは夕方のニュースのトップにこれを報じました。
教科書検定問題、「軍の関与」認める
仲井真・沖縄県知事は一定の評価
「つくる会」、検定審の結論を強く批判

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従軍記者が見聞した南京事件(5)

「(揚子)江岸で一万五千捕虜」
1937年12月16日の朝日は、大きくそう報じた。「両角部隊は……総
計一万四千七百七十七名の敵軍と遭遇……捕虜とした」

両角部隊 ( 歩兵第65連隊、両角業作連隊長 ) の編成地は、福島の
会津若松。翌17日の朝日福島版は「おおでかした両角部隊」と郷土の
部隊をたたえ、県内の反応を伝えた。

前文で記者は「痛快だ、思ひ切つて一人残らず鏖殺(おうさつ)に
してやればよいのに、と老若男女一様に」「胸を……沸き立たせ」て
いる、と書いた。
「鏖殺」とは、皆殺しの意昧だ。

両角部隊が所属する歩兵第103旅団、山田栴二旅団長は14日の日記
にしるす。
「捕虜の仕末に困り、恰も発見せし上元門外の学校に収容せし所、一
四、七七七名を得たり、斯く多くては殺すも生かすも困ったものなり」
( 『南京戦史資料集Ⅱ』 )
記事と日記と、捕虜の数が一致する。

「十五日 晴 捕虜の仕末其他にて本間騎兵少尉を南京に派遣し連絡
す 皆殺せとのことなり 各隊食糧なく困却す」 ( 山田日記 )

南京入城式を17日に控え、日本軍は「残敵掃討」を急いだ。欧米人
が設置した「国際難民区」にも入り、「残敵」を連行した。

戦意を失い、軍服を捨てた中国兵と、避難民とは、ほとんど見分け
がつかなかった。

歩兵第7連隊の井家又一上等兵は、16日午前10時から「掃蕩」に出
かけた。「若い奴を三百三十五名を捕えて来る。避難民の中から敗残
兵らしき奴を皆連れ来るのである。……只々泣くので困る。手にすが
る、体にすがる全く困った」

この模様を取材しようと新聞記者が車から降りてきた。「十重二
(十)重にまき来る支那人の為、流石の新聞記者もつひに逃げ去る」
「揚子江付近に此の敗残兵三百三十五名を連れて他の兵が射殺に行っ
た」 ( 『同資料集Ⅰ』 )

16日午後、同盟通信記者前田雄二は、日本兵が捕虜を池の端に立た
せ、背後から撃つのを見た。
「記者さん、やってみないか」
下士官が銃を差し出した。前田は驚いて手を引っこめた。同行の連絡
員がニヤリと笑って銃を受けとった ( 前田『戦争の流れの中に』 ) 。

「目につく殆どの若者は狩り出される。……徹底的に掃蕩せよとの、
軍司令官松井(石根)大将の命令が出ているから、掃蕩は厳しいもの
である」 ( 「水谷荘日記」『同資料集Ⅰ』 )

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プロフィール

西羽 潔

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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