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「パール判決」の意味は今も重い(渡部昇一)

今朝の産経新聞の「正論」欄に、上智大学名誉教授の渡部昇一氏が
東京裁判の「パール判決」について書いています。

【正論】上智大学名誉教授・渡部昇一 『パール判決』の意味は今
も重い


渡部氏は、日本人は東京裁判の「判決」には従わなければならないと
しても、その「内容」を受諾する必要がないことは明らかであると、
述べています。どうもこれは「迷論」ではあっても、「正論」とは思
えないのですが…。

「日本のいちばん長い夏」を読んで

nagainatu.jpg


半藤一利編「日本のいちばん長い夏」(文春新書、07年10月)を読み
ました。

これは終戦時の歴史を後世に伝えるために、1963年6月に行われ、そ
の年の「文芸春秋」8月号に掲載された座談会を再録したものです。
この座談会の出席者は、政治家、旧軍人から特攻隊員、沖縄の女学生
とあらゆる層に及ぶ30人、例えば次のような実に多彩な顔ぶれです。

迫水久常(内閣書記官長)、鈴木一(鈴木貫太郎首相秘書官)、入江
相政(侍従)、松本俊一(外務次官)、佐藤尚武(駐ソ連大使)、今
村均(第八方面軍司令官)、池部良(陸軍中尉、在ハルマヘラ島)、
会田雄次(陸軍上等兵、在ビルマ)、大岡昇平(陸軍一等兵、レイテ
島米軍捕虜収容所)、酒巻和男(海軍少尉、捕虜第一号)、ルイス・
ブッシュ(英海軍大尉、日本の捕虜収容所)、吉田茂(元駐英大使)、
志賀義雄(共産党員、獄中)

座談会の話題の中心は、対ソ和平工作、ポツダム宣言から玉音放送に
到る終戦史です。御前会議の出席者やクーデターの計画者を含む、内
閣、宮中、外務省、中立国駐在の大使、陸軍省・海軍省、NHKなど
の関係者の証言を一口でまとめれば、終戦までの過程はいかに軍部と
くに陸軍を納得させるかであったといえるようです。

戦争終了を進める要の立場にあった、迫水久常内閣書記官長(当時)
は、<事実は戦争をやめる方法ではなく、むしろ陸軍をどうやって抑
えるかがむつかしかった。>と発言しています。

こういう座談会で語られている事実は、今ではすっかり旧知のことと
なりましたが、当事者の口から生々しく語られたものを改めて読みま
すと、やはり真に迫るものがあります。出席者の内、すでに26名の人
が亡くなられている今日、この書は戦争の歴史を伝える貴重な資料と
いえましょう。

「日本のいちばん長い夏」(文芸春秋書誌ファイル)

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プロフィール

西羽 潔

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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