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戦争と平和を問う8月の言葉

今日で暑かった“八月ジャーナリズム”の月も終わろうとしています
が、今朝の朝日新聞のコラム「天声人語」は、「戦争と平和を問う8
月の言葉」を紹介しています。

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遺骨

今なお戦地に眠る戦死者の遺骨の収集をどうすべきかについていろい
ろ意見があります。この問題をどう考えるかは、きわめて難しい問題
です。それはその人、その人の人生観、宗教観あるいは戦争の
体験などによって違ってくるからです。

最近では“散骨”などといって、かならずしも遺骨にこだわらない人
も多くなってきました。「千の風になって」という歌がヒットしてい
るのもそういう風潮を反映しているものでしょう。

またその意志をもっとも尊重すべき遺族の間でも、南方のジャングル
の奥深くまで何度も足を運んで探している方もあれば、あるいはかつ
てかつてMLの投稿にあった「たとい遺骨が見つかっても、ニューギ
ニアの自然のなかで、そのまま安らかに眠らせたい」というお気持ち
の方もおられます。

兵士たちも、「海行かば水漬く屍、山行かば草むす屍」と、たとえ肉
体は戻れなくとも、魂は靖国へ戻れるということを心のよりどころに
して出征されました。戦友の中にも、たとえ遺骨が戻らなくても、「靖
国神社へ行けば戦友に会える」と信じている方も多いと思います。

私はささやかながら戦争遺留品の返還のお手伝いをしていますが、運
よくお返しできた時のご遺族の喜びは、思わずこちらも涙するほどで
す。手垢のついた、あるいは懐かしい筆跡の残る遺品は、ある意味で
遺骨よりも肉親の体温が感じられるかもしれません。

もちろん遺品よりも遺骨と考えられる心情も理解できますし、またそ
のためにジャングルの奥深くまでわけ入っておられるご遺族やその支
援者には敬意を表します。

ともあれこの問題は、批判したり、議論したりするテーマではないで
しょう。人それぞれの考え、とくに遺族、戦友のご意見を尊重すべき
と思っています。

国が本当に戦争犠牲者の追悼を考えるなら、まず内外の人たち誰もが
わだかまりなく頭を下げることのできる“国立追悼施設”を建設すべ
きでしょう。

戦争柄

日清戦争から太平洋戦争の敗戦までの約50年間に流行した「戦争柄」
の着物400枚の展示会が、目下広島で開かれていますが、引き続き西
宮、大阪でも催される予定です。

軍艦、ゼロ戦…戦争柄の着物、西日本各地で展示会」(朝日関西版、
24日)

私たち元軍国少年少女は、こういう勇ましい柄の産着を着て、育てら
れたのです。

安倍首相のパール判事称賛に対する韓中の反応

先日訪印のさい、安倍首相がパール判事長男と面会したり、同判事を
称賛したことに対し、韓国および中国の政府から批判的な表明が出さ
れています。

安倍首相による東京裁判の判事称賛、政府が遺憾」(韓国・聨合ニ
ュース、24日)

中国、安倍首相をけん制 東京裁判判事長男と面談で」(産経、26
日)

空気の読めない安倍首相

今日の東京新聞のコラム「筆洗」は、一昨日の安倍首相とパール判事
長男との面会から、この夏の戦争体験者の「堰(せき)を切ったよう
に体験を語り残そうという動き」に触れ、次のように述べています。

<“空気の読めない”安倍首相は、戦争責任追及と戦後平和を維持し
たいという国民の願いからも脱却したいのか。>

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2007082502043689.html

戦前の日本は民主主義だった?(続)

昨日ご紹介しましたブッシュ大統領の演説を、今日の朝日新聞の社説
が採り上げ、彼の歴史認識を批判しています。

ブッシュ演説―日本の過去に触れるなら

ブッシュの歴史認識も、確かにアメリカの俗論をなぞったものと思い
ますが、

< 最近、米国内では、靖国参拝問題や慰安婦問題などで、日本の
保守回帰が第2次大戦の正当化につながり、それがやがて米国離れを
導く、といった懸念が出てきています。ひょっとして、「過去を直視
しない日本」への牽制(けんせい)がもうひとつのメッセージだった
のでしょうか。>

そうだったのかもしれませんね。

一方安倍首相の靖国や慰安婦についての歴史認識もまた、日本の一部
の俗論をなぞったものに過ぎないように思われます。

< ブッシュさんも安倍さんも、「共通の価値観」が日米の絆(きず
な)だと言っています。第2次大戦について、その観点からお二人で
じっくり話し合ってみませんか。 >

先にも言いましたが、日本の戦後民主主義を高く評価するブッシュさ
ん、戦後民主主義を基盤とするいわゆる“戦後レジーム”からの脱却
を唱える安倍さん、その二人からどういう「共通の価値観」が生まれ
るのでしょう? まぁお二人とも先が見えているので、どうでもいい
ことかもしれませんが。

戦前の日本は民主主義だった?

今朝の朝日新聞に、次のような記事が掲載されています。

米大統領、戦前日本とアルカイダ同列視 歴史観に批判

ご指摘は、ブッシュ大統領が「戦前の日本は民主主義ではなかった」
と語ったのに対し、朝日が「大正デモクラシーを経て普通選挙が実施
されていた史実は完全に無視された」と批判している点ですね。

まぁアルカイダと同列というのは別にして、この点ではブッシュさん
に同意です。普通選挙が実施されたといっても、選挙権は男性のみで
す。いわば半民主主義です。女性の皆さんは朝日新聞に抗議すべきで
しょう。

その半民主主義すらも、昭和になって軍国主義によりしだいに形骸化
されていきます。戦時中の国民学校で、私たちは大日本帝国は天皇を
中心とする「神の国」と叩き込まれましたが、民主主義の「ミ」の字
も習ったことはありません。それ以前の昭和10年代の小学校では、
大日本帝国は「民主主義国」と教えられたのでしょうか?

ブッシュ大統領はまた、日本の戦後民主主義はアメリカがもたらした
ものだといっています。その戦後民主主義を基盤とするいわゆる“戦
後レジーム”からの脱却を安倍首相は唱えています。ブッシュはそれ
をどう見ているのでしょうか?

安倍首相はまた、自由と民主主義という価値観を共有する米・豪・印
と連携して事に当たるという“価値観外交”を推進しようとしていま
す。はたしてそれぞれの首脳が考えている民主主義は一致しているの
でしょうか?

安倍首相とパール判事の面会

訪印中の安倍首相とパール判事長男との面会は、予想どおり儀礼的な
ものに終わり、もちろん平和憲法の話などは出なかったようです。産
経と朝日両紙の報道をご紹介します。

安倍首相、パール判事長男と面会 「日印関係基礎築く」> (産
経)
< 安倍首相は、東京裁判で有罪判決を受けたいわゆる「A級戦犯」
について、国会答弁で「国内法的に、戦争犯罪人ではない」と明言し
ている。首相には今回の面会を通じ、A級戦犯の合祀(ごうし)を理
由に首相の靖国神社参拝を批判する中国とはまったく異なるインドの
対応を際立たせることで、アジアには多様な歴史認識が存在すること
を浮き彫りにする狙いもあった。>

首相、東京裁判のパル判事の長男と面会」(朝日)
< 22日のインド国会での演説では「極東国際軍事裁判で気高い勇
気を示されたパル判事は、たくさんの日本人から今も変わらぬ尊敬を
集めている」と評価。ただ、日本政府関係者は「判事は戦中の日本軍
の行為は厳しく批判している」として、今回の面会が東京裁判に疑念
を示したり否定したりすることにつながるものではないと強調してい
る。>

「安倍総理、靖国の代わりに、パール判事を参拝 日本会議の聖地で
はなく、聖人を巡礼」というおもしろい見出しのブログがありました。
http://blog.livedoor.jp/manfor/archives/50988898.html

「被爆者の声」英語(字幕)版のネット発信開始

元NBC長崎放送記者の伊藤明彦さんが、1971年から全国の被爆者を訪
ね歩いて、直接被爆者の証言を収録しました。その録音がウェブサイ
ト「被爆者の声」で聴けますが、このほどその英語(字幕)版が発信
を開始しました。

VOSHN(Voices of the survivors from Hiroshima and Nagasaki)」

詳しくは次のブログをご覧ください。
世界にむかって『被爆者の声』(英語版)のネット発信開始



パール判事長男の思い

今朝の東京新聞のコラム「私説・論説室から」は、安倍首相とパール
判事の長男の面会について書いています。

パール判事長男の思い
< 七年前にプロサントさん(注、長男)と再会したとき、東京裁判
を扱ったある日本映画に、「事実と違う」と不満だった。判事の人柄
や思想を正確に伝えることが長男としての責務と考えているからだ。
今回「お会いするのはうれしい。パール判事の息子として、いろいろ
お話ししたい」と話す。安倍首相はその思いをじっくりと聞いてほし
い。>

ランドセル地蔵

毎日新聞東京版では、「戦跡を歩く:07年夏」シリーズを連載中で
すが、今日は八王子市にある「ランドセル地蔵」を紹介しています。

< 八王子市泉町の相即寺。この寺の地蔵堂に、灰色にすすけたラン
ドセルを背負った地蔵がいる。「終戦の年から62年間、背負い続け
ているのです」。住職の豊島康明さん(78)が語り始めた。

ランドセルの持ち主は、品川区の原国民学校から寺の近くの施設に
疎開していた当時9歳の神尾明治君。1945(昭和20)年7月8
日昼、米軍機の銃撃が明治君の命を奪った。悲しみにくれた母喜美枝
さんは、地蔵にわが子の面影を見て、遺品のランドセルを背負わせた
という。>

戦跡を歩く:07年夏/4 八王子市・ランドセル地蔵

ランドセル地蔵については、下記サイトで詳しく説明されています。

ランドセル地蔵

インドネシア紙、慰安婦問題を論評

安倍首相は今日インドネシアを訪問しましたが、現地の英字紙ジャカ
ルタポストは今日の社説で従軍慰安婦問題に言及し、「日本のリーダ
ーたちが自らの歴史を誠実に受け入れられない限り、国際社会の中枢
での役割を担うことは決してできないだろう」と論評しました。

従軍慰安婦問題に批判的な社説掲載 ジャカルタポスト紙」(朝日、
20日夕刊)

新たな戦争遺留品(F066、P022)

p022-3.jpg


1944年の2月末から8月上旬にかけて旧日本軍の第18師団と戦った米軍
兵士が、北ビルマのジャングルから持ち帰った戦争遺留品を返還した
いとのメールが来ました。

ボロボロに傷んだ日章旗と、古雑誌を利用した手製のアルバム帳に貼
られた写真です。元の持ち主は、久留米の第18師団菊8909部隊に属し
ておられたようですので、九州出身と考えられますが、氏名その他は
不明です。

旧日本軍人の遺留品」の、「日章旗」のページにF066として、ま
た「写真」のページにP022として掲載しましたので、些細なことで
も結構ですから、何か情報がありましたら、ぜひお知らせください。


マニラ市街戦

16日の夜にNHK・BS1で放送されました「証言記録 マニラ市
街戦 ~死者12万 焦土への1か月~」を、録画で観ました。

フィリピンの首都マニラは、戦前人口100万を擁する大都市でした。
1941年12月太平洋戦争勃発と同時に、日本軍はフィリピンに侵攻しま
したが、米軍のマッカーサー司令官はいち早くマニラを「無防備都市」
と宣言して撤退し、日本軍は無血占領しました。

ところが戦局が逆転し、今度はマッカーサーが「アイ・シャル・リタ
ーン」の言葉通りフィリピンに反撃したきた時、日本軍の山下泰文司
令官は、マニラからの撤退を決めました。ところが海軍はあくまで死
守を主張し、撃沈された軍艦の生存兵などを集めて陸戦隊を組織、抗
戦することになりました。

こうしてマニラでは、住宅地やビル街などで、住民を巻き込んだ市街
戦が展開され、12万人の死者が出ましたが、そのうち市民は実に10万
人といわれています。「死して虜囚の辱めを受けず」という皇軍の精
神が、いたずらに戦闘を長引かせ、犠牲者を増やしたといえましょう。

その映像を観ていて、同じく住民を巻き添えにした沖縄戦を思い出し
ました。しかし沖縄戦と違うのは、住民は第3国の人たちで、しかも
日米双方の軍隊によって殺されたということです。

フィリピンでの戦いというと、われわれはすぐコレヒドールとか、レ
イテを思い浮かべますが、マニラ市街戦のことももっと知るべきでし
ょう。

ところで、この市街戦の直後、米海軍将校によって拾われた日本兵の
手紙などの戦争遺留品を、拙サイト「旧日本軍人の遺留品」に掲載し
ていますが、マニラでの戦闘がこのようにまで苛烈なものであったと
は改めて知りました。

この遺留品については、下記サイトの「手帳・日記・手紙」のページ
にT009として掲載しています。
http://www.rose.sannet.ne.jp/nishiha/iryuhin/

これらの遺留品を日本のご家族にお返しくださった(一部はまだ未返
還)、フィリピン在住の米人ピーター・パーソンズ氏は、現在マニラ
市街戦に関するドキュメンタリー・フィルム「 Manila 1945: The
Forgotten Atrocities 」を製作中とのことです。完成すれば、戦争
を語り継ぐ貴重な作品となることでしょう。

静かな語り部 大分の戦跡

今年も終戦記念日の前後に各メディアが戦争のことを集中的に採り上
げています。これを「八月のジャーナリズム」と呼ぶそうですが、読
売新聞の大分版では、「終戦から62年…静かな語り部 大分の戦跡
を連載しました。

その中の<3>は、私どもがアメリカからの返還のお手伝いをさせて
いただいた日章旗のことを伝えています。

「TOKKO/特攻」、62年前と今の共通点は?

イギリスの報道および情報提供企業であるロイターのサイトで、映画
「TOKKO / 特攻」の日系米国人監督リサ・モリモトさんと日本
生まれ、育ちの米国人プロデューサー、リンダ・ホーグランドさんの
二人が、62年後の今この映画で伝えたかったことを話し合っています。

下記サイトでビデオをご覧ください。

映画『 TOKKO/ 特攻』、62年前と今の共通点は?」

あるシベリア抑留歌人の死と非戦の心

昨日の JANJAN に、去る5日、90歳でなくなりましたシベリア抑留体
験者の歌人・千葉徹夫氏を悼む記事が掲載されています。

同氏の詠まれた歌と筆者の追悼の歌を引用します。

<何時の日に妻と会わむか臥しいりて泣きつつ聞きし汽車の遠鳴り>
<戦いの終わりし街の上空をソ連機南下せり二十年八月>
<病む友を庇(かば)いてノルマ拒みたるロシア語「駄目」(ネリジ
ャー)いまも忘れず>
<敗れたる国の兵なり言挙げず吹雪の中に樹を切りつづく>

<徹翁の歌読み聞けば戦など二度と起こしてならじと思う>

追悼 あるシベリア抑留歌人の死と非戦の心

権力に抗して投獄された98歳の証言

戦前、学生運動で先頭に立って、思想犯として2回にわたり投獄され
て拷問を受けた西川治郎さんの証言が、「60年目の証言」に掲載され
ています。

戦中の権力に抗して検挙・投獄された98才の人生と信念

パール判事と安倍首相(続)

ご承知のように、安倍首相は来週のインド訪問の際パール判事の遺族
と会う予定ですが、今日の朝日新聞の社説は、その際の首相の言動を
懸念しています。

パル判事―心配な安倍首相の言動
< 生前のパル氏と面識のあるインドの代表的知識人、アシス・ナン
ディ氏は「パルを日本軍国主義の正当化に使うのは間違いだ」と言い
切る。
 安倍首相はそうしたパル判事の全体像を理解しているのだろうか。
パル氏の主張をつまみ食いして遺族と語り合うようなことだけは、厳
に慎んでほしい。>

首相が会う予定のパールの長男プロサント・パール氏は、かつて
東条英機を美化する映画「プライド」を激しく批判しました。インド
の新聞「インディアン・エクスプレス」は「父が渾身の力を振りしぼ
ってまとめ上げた判決書を、自分の政治的立場を補完する材料として
利用しようとする者への怒りは、きわめて厳しかった」と報じたとの
ことです。

はたして面談はどういう内容になるのでしょうか?

「8・15靖国参拝」をめぐる論評

今日の産経新聞の「正論」欄で、高崎経済大学の八木秀次教授が、安
倍首相はじめ閣僚のほとんどが8月15日に靖国参拝をしなかったこと
を強く批判しています。

彼はまた、その原因は中国などが歴史を政治に利用するからだと主張
し、慰安婦や南京事件などについても、中国、韓国そして最近ではア
メリカまでもが、政治に歴史を利用していると批判しています。

もう自分たちの歴史認識が国際的には通用しないことが明らかになっ
てきた故の焦りからでしょうか、まるで日本流に「過去のことは水に
流せ」といっているように感じられます。

高崎経済大学教授・八木秀次 靖国参拝見送りは『不戦敗』の容認

一方今日の「しんぶん赤旗」は、アメリカ側の動きについて次のよう
に伝えています。

< 米誌『タイム』(電子版)は十五日、靖国神社を参拝しなかった
安倍首相について「日本の安倍首相、神社に現れず」と題して伝えま
した。「故意に中国や韓国などの隣国を挑発した」前任の小泉首相よ
りも「個人的にはより保守である政治家」の安倍首相が参拝しなかっ
たのは「前向きな動き」だとしながらも、靖国神社は「日本とアジア
諸国の関係においてとげ」となってきたと、この問題を注視していま
す。>
「『慰安婦』決議採択の米 『靖国』派の対応を注視

なお昨日「靖国参拝についての各紙社説」をご紹介しましたが、今日
は西日本新聞の社説が採りあげています。

「『あり方議論』深める時だ 靖国参拝問題
< 「靖国」問題が外交問題として沈静化しているいまこそ、国の戦
没者追悼のあり方を外国の声にわずらわされることなく再考する、い
い機会だと考えたい。>

「ヒロシマナガサキ」と「 TOKKO -特攻」を観て

大阪・十三の第七芸術劇場では、お盆の期間中(今日まで)「ひめゆ
り」「ヒロシマナガサキ」「 TOKKO -特攻」の3作品を連続上映し
ていますが、昨日このうち後の二つを観てきました。

連日満員の盛況だそうで、開演1時間ほど前に行ったのですが、入場
整理券は定員140名のうち70番台の番号でした。どうしてこういう映
画をもっと大きな劇場で上映しないのでしょうか?

ご承知のように、この2作はともに若い日系アメリカ人が監督をした
ものです。日米両国の文化に通じた監督だけに、いずれも過去の戦争
をどちらにも偏らず客観的に描いているように思いました。

私にとっては、内容はとくに目新しいものではありませんでしたが、
原爆や TOKKO のことに無知な多くのアメリカ人や日本の若者たちに
はぜひ観てほしいものです。

ただ一つ、私にも初めての映像がありました。それは「ヒロシマナガ
サキ」で映された、米海軍が兵士たちに日本のことを教育するために
作成した映画です。

それがスクリーンに流れたとき、ふと連鎖的に頭に浮かんだのが、こ
の数年テレビでよく見る北朝鮮の映像です。当時のアメリカ始め世界
の人たちがわれわれ大日本帝国をどのように観ていたが、改めて感じ
られました。

“大東亜戦争”とアジア解放

いわゆる“大東亜戦争”を「自存自衛」「アジア解放」のための聖戦
であったという向きがあります。しかし開戦の詔書を読む限り、そこ
には「自存自衛」「東亜安定」という語句はあっても、「亜細亜解放」
などという概念は見られません。

先にご紹介しました今日の「産経抄」は、昭和18年11月に開催された
大東亜会議の時点から、<戦争の目的は「アジア解放戦争」の大義名
分に変わる。>と書いています。

すなわち「アジア解放」というのは後付の「大義」であり、そもそも
“大東亜戦争”は「アジア解放」を目的として始められたものではな
いということは、産経紙も認めるところなのでしょう。

もっとも産経紙は「大東亜共栄圏の建設=アジア解放」と考えている
ようですが、私は「大東亜共栄圏の建設=第二、第三の朝鮮・台湾や
満州帝国の建設」であり、「アジア解放」というのはあくまでタテマ
エであって、大日本帝国のホンネはまったく逆だったと考えています。

私は当時小学生でしたが、この戦争はいわゆるABCD包囲網に対抗
して国を護るためと教えられており、「アジア解放のための戦争」と
いう考えはなかったと思います。ですから、「“大東亜戦争”はアジ
ア解放のための戦争だった」などという意見を聞くと、何か違和感を
感ぜざるを得ません。

当時の皇軍の軍人たちも、「天皇陛下のため」「お国のため」「家族
を守るため」と命を懸けて戦われたと思いますが、「アジアを解放す
るため」という使命感を持って戦われた人はいたのでしょうか? 

戦争世代の皆さんにご意見をお聞かせいただければ幸いです。

「終戦の日」の靖国神社

昨日の「終戦の日」の靖国神社は、「昨年とはうって変わって穏やか
な雰囲気」だったと今日の JANJAN は伝えています。

靖国神社 閣僚わずか1人、様変わりした終戦の日


今日の新聞のコラムから

昨日に引き続き、今日の新聞各紙のコラムも、戦争に関する話題が見
られます。


朝日の「天声人語」は、遺骨についてです。
<  人の生きた証しは様々だが、骨は最も素朴なものだろう。南方の
熱帯林で苔(こけ)むしていた、日本兵のしゃれこうべに、詩人の茨
木のり子さんは胸を痛めた。〈生前/この頭を/かけがえなく いと
おしいものとして/掻抱(かきいだ)いた女が きっと居たに違いな
い〉。>
http://www.asahi.com/paper/column.html


日経の「春秋」は、高木敏子さんの「ガラスのうさぎ」からです。
<昨日の全国戦没者追悼式の参列者のうち戦没者の妻は2%、6割以上
は子ども世代という。戦没者の親としてただ1人参列したのは101歳の
松岡コトさん。「二度と戦争なんかあっちゃダメ。子どもを戦争に出
した人は皆おなじ思いでいるんですから」。これが最後になるかもし
れないと言う母の嘆きを、誰が語り継いでいくのだろうか。>
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20070815AS1K1500115082007.html


産経の「産経抄」は、パール判事とチャンドラ・ボースを採り上げて
います。
<手元に戦前から日印をつなぐセピア色の写真がある。昭和18年1
1月に開催された大東亜会議の模様が撮影されている。東条首相の右
側3人目がボースの晴れ姿だ。会議の開催に奔走したのが、東京裁判
でA級戦犯として禁固刑を受けた重光葵外相だった。
この時点から戦争の目的は「アジア解放戦争」の大義名分に変わる。
重光没後50年の今年、遺族が日米文化の研究者を対象に「重光葵賞」
を創設するという。受賞者の一人が、パール、ボース、重光という3
者の活躍を描いてきた作家の深田祐介氏だ。>
http://www.sankei.co.jp/ronsetsu/sankeisho/070816/sks070816000.htm


琉球新報の「金口木舌」は、沖縄と本土のズレについて書いています。
<8月15日の「終戦記念日」の受け止め方にも沖縄と本土にはズレ
がある。62年前の8月中旬も本島南部では米軍の掃討戦が続いてい
た。沖縄守備軍の降伏調印は9月7日だ>
http://ryukyushimpo.jp/variety/storytopic-12.html

靖国参拝についての各紙社説

昨年の8月15日は小泉首相の参拝で泰山鳴動した靖国神社でしたが、
今年は結局鼠一匹だけでした。にわか信者の小泉氏よりはるかに確信
的な信者である安倍氏が首相になったのに、こういう結果になったの
はまことに皮肉なことです。


今日は朝日、毎日、産経の3紙が、社説でこの問題を採りあげていま
す。


「靖国参拝―静かな夏に見る変化」(朝日)
< 静かな夏の底流で進む変化を見落としてはならない。戦前の軍国
主義のシンボルである靖国神社に戦争指導者をまつり続けることは、
ますます受け入れられなくなってきた。小泉内閣で一度は検討した
「新たな国立の追悼施設」の構想を再び動かすときである。 >
http://www.asahi.com/paper/editorial.html


「靖国神社 追悼のあり方議論重ねよ」(毎日)
< 国民だけでなく海外の人もわだかまりなく追悼できるようにする
にはどうするか。A級戦犯分祀論や靖国神社の非宗教法人化、新国立
追悼施設建設案なども政界では最近、忘れ去られたようになっている。
これも再度、議論を重ねていかなくてはならない課題だ。>
http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/shasetsu/


「8・15と靖国 閣僚参拝が1人は寂しい」(産経)
< 閣僚の靖国参拝に対する中国や韓国の批判を恐れた結果だと思わ
れる。今年は、先月の参院選で与党が大敗し、これ以上の政治問題化
を避けたいという意識が各閣僚により強く働いたとすれば、残念なこ
とだ。首相をはじめ閣僚の靖国参拝は、政治や外交の動きに左右され
るべきではない。>
http://www.sankei.co.jp/ronsetsu/shucho/070816/shc070816001.htm

祖父たちの戦争体験

今年6月、東京・神宮前で開催されました「アジア・フォーラム20
07『祖父たちの戦争』」(主催:アジア・フォーラム東京・三多摩
実行委員会)で、元日本陸軍中尉・金井貞直さん(87歳)が、戦場で
の加害者としての生々しい体験を語りました。

そのビデオ録画が下記サイトで見ることができます。

白泉村での出来事~『祖父たちの戦争体験』を聞く」(JANJA
N、15日)

「終戦の日」の新聞コラムから

今日の各紙のコラムは、やはり戦争に関する話題が多いようです。そ
の一部をご紹介します。 

全文を表示 »

「終戦の日」の各紙社説

今日の「終戦の日」の新聞各紙の社説をご紹介します。改めて「戦争
を語り継ごう」の重要性を認識させる内容のものが多いと感じました。

全文を表示 »

パール判事と安倍首相

昨日のNHKスペシャル「パール判事は何を問いかけたのか」を観ま
した。

パール判事は東京裁判で被告全員に無罪を主張したことにより、一部
の人たちから聖人のように崇められ、靖国神社などに顕彰碑が建てら
れています。

しかし彼は絶対平和主義者であり、日本の戦争を肯定したのでなく、
むしろそれは侵略戦争であったと弾劾し、バターン死の行進、南京事
件など、旧日本軍が戦地で行った残虐行為を批難しているということ
が、この番組の言いたかったことと感じました。

パール判事は裁判後も何度も来日し、日本は「美しい国」と賞賛する
とともに、平和憲法を守るべきだと訴えていたことも紹介していまし
た。

ところで安倍首相は、来週のインド訪問の際パール判事の遺族と会う
予定で、「たいへん楽しみにしている」と語っていますが、はたして
昨夜の番組を観たのでしょうか? そしてご遺族に、平和憲法を守る
と誓うのでしょうか?

パール判事については、昨年7月にも書いていますので、よろしけれ
ば今一度ご覧ください。

http://nishiha.blog43.fc2.com/blog-entry-277.html

私の八月十五日

今日は「終戦記念日」。今年は昭和20年と曜日が同じということで、
62年前の今日もやはり水曜日でした。今日もあの日のように、晴れ上
がった、暑い日になりそうです。

戦争を体験した世代にとっては、今日は忘れられない日です。当時1
歳から39歳だった63人の思い出を綴った「私の八月十五日」をお読み
ください。

私の八月十五日

皆さんからのご投稿もお待ちしています。

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プロフィール

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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