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遺留品の日章旗返還の新聞記事

先日、東京都出身の元兵士「瀧島慶太郎」さんが戦地へ持っていかれ
た日章旗が、63年ぶりにご遺族の元へ返還されたとお知らせしました
が、今日の読売新聞多摩版にそのニュースが掲載されました。

受け取られた91歳のお兄さんは、「遺骨さえ戻らなかった弟の分身の
ような気がする」と涙ぐんでおられたとのことですが、何とかご健在
のうちにお返しでき、こんなに嬉しいことはありません。

記事の切抜きを下記に掲載していますので、ご覧ください。

日章旗 遺族の元へ

この件につきましては、瀧島さんの元勤務先である西多摩運送株式会
社のご協力により、異例の早さでご遺族の所在が判明しました。この
記事のコピーも、今朝早々担当者が送ってくださったものです。同社
のご協力に厚く御礼申し上げるしだいです。

今までもこのようなケースで何度か企業にお願いしたことがあります
が、残念ながら半世紀以上も前のことですので、いずれも不明に終わ
り、今回のようなケースはまったく稀です。

最近の例では、旧日本鋼管(現・ JFE スチール)やその下請けだっ
た旧鈴捨組(現・ JFE ウイング)の従業員と思われる寄せ書きがあ
る日章旗について、 JFE スチールと JFE ウイングの両社へ照会の手
紙やメールを送りましたが、1カ月以上たった現在もまったくナシの
つぶてです。 JFE スチール(旧日本鋼管)にご関係のある方がおら
れましたら、ぜひご協力をお願いします。
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慰安婦問題謝罪 米下院が決議

かねての予定どおり、米下院本会議は30日午後(日本時間31日午前)、
従軍慰安婦問題をめぐり日本政府に公式謝罪を求める決議案を満場一
致で可決しました。

NHKでもこのニュースを朝のニュースの中で伝えましたが、この中
でラントス外交委員長が、例のワシントンポストの意見広告を批判し
ており、やはりこの広告が逆の効果をもたらしたことをうかがわせて
いました。録画は下記で視聴できます。

慰安婦問題謝罪 米下院が決議

このニュースは、日本の各紙のサイトも報じていますが、やはりこの
問題については韓国のメディアのほうが詳しいようです。

「慰安婦:米下院、満場一致で決議案採択」(朝鮮日報)

自民党大敗と「戦争を語り継ごう」

参議院選挙の結果、自民党が大敗しました。しかしそれは、「年金」や
「政治とカネ」の大旋風に巻き込まれただけで、安倍首相の掲げる「憲法
改正」や「戦後レジームからの脱却」(=戦前レジームの復活?)まで
否定されたとは思えません。

「護憲」「平和」を旗印にして戦った共産、社民の両党は、議席数を落と
しました。

戦争を知る世代が大半を占める時代なら、こういうことは考えられなか
ったでしょう。ほとんどの有権者にとっては、「憲法」や「平和」のこ
とよりも、目先の「生活」のことがたいせつなのでしょう。

戦争によって「生活」がめちゃくちゃに破壊された世代は残り少なくな
りました。「戦争を語り継ごう」の重要性をいっそう痛感しています。

読売新聞「検証戦争責任」、中国で話題

読売新聞の連載をまとめた「検証戦争責任」の中国語版がこのほど出
版されましたが、中国国内で話題になっていると、今日の産経新聞が
伝えています。

< 国営新華社通信傘下の週刊誌「瞭望東方週刊」は7月12日号で、
「矛先を逆に向けた読売」とのタイトルで特集を組み、「保守と右翼
立場の代表と見られてきた読売新聞」が戦争責任を検証したとして、
「右派の反省は左派の反省より力強く、影響力も大きい」「(日本の)
子供にとっていい教育になる」などと、識者のコメントを掲載する形
で論評した。

また、同誌は「読売新聞の転向は、ある大物と深い関係がある。そ
れは1985年に同紙の主筆、91年から同社社長に就任した81才
の渡辺恒雄氏だ」と強調した。そのうえで、「これで(靖国参拝賛成
の)産経新聞は全国紙の中で政治的に完全に孤立した」とも指摘した。


読売新聞の“戦争責任反省第2弾”中国で話題

第百一師団長日誌

今朝の朝日新聞の文化欄に、このほど出版された「第百一師団長日誌」
(中央公論新社)が紹介されています。これは日中戦争勃発後、急遽
予備役、後備役を集めて編成された第101師団の師団長・伊藤政喜中
将の日誌です。

第百一師団長日誌―伊東政喜中将の日中戦争

<宮地正人・前国立歴史民俗博物館長(日本近代史)は「時間がたち、
ようやく公表されるようになった史料のひとつだろう。訓練もしない
で投入された予備役部隊の実情がわかる。南京事件など異常な事態を
招く背景をうかがわせるものだ」と語った。>

陸軍士官学校出身の歴史学者であった藤原彰も、その著「南京の日本
軍」で、南京事件の背景と原因のひとつとして、予備・後備兵の増加
による「軍の素質の低下」を挙げ、次のように書いています。

<いままで見てきたように、急速な軍隊の拡大による幹部と兵の素質
の低下、とくに軍隊経験をもち年齢の高い後備兵の増加が、軍紀風紀
の頽廃の原因となったのである。その対策の一つが、組織的な慰安施
設の導入となり、軍みずからが管理と統制に乗り出すことになったの
である。>

新たな戦争遺留品(S009、F063)

s009-1.jpg

また新しく戦争遺留品を返還したという要望が寄せられました。この
ところ、アメリカの地方紙に載ったこともあり、こうした要望が増え
ています。6月から数えて、これで8件目です。いかにこういうニーズ
が多いかということでしょう。

今回は次の2点です。

(1)軍刀(S009)
2005年にアメリカで購入したもので、戦争遺留品かどうかは不明だが、
元の持ち主に返したいとのこと。鞘に「柴栄」の刻印がある。

(2)日章旗(F063)
元の持ち主の氏名は「遠見石仁平」。「遠見石」というのは珍しい姓
であるが、静岡県に多いと思われる。

下記サイトに写真をアップしました。些細なことでも結構ですから、
何か情報がありましたら、お知らせください。

旧日本軍人の遺留品

久間失言と歴史認識

週刊誌「AERA」7月23日号に、先の久間発言を批判する記事が掲
載されています。「原爆投下はソ連の参戦を防ぐため」という誤った
歴史認識は、単なる「しょうがない」失言よりも重大な問題だという
内容です。

この記事は下記で読むことができます。
久間説は根本が誤り歴史的事実と逆歪曲は失言より重大だ

なんのための教科書修正か (岡本行夫)

今日の産経新聞のコラム「正論」に、元沖縄担当首相補佐官の岡本行
夫氏が「なんのための教科書修正か」という見出しで、集団自決問題
などについての一文を寄稿しています。

岡本氏は、集団自決問題にしろ、慰安婦問題にしろ、また南京事件に
ついても、今や事実関係が争点ではなく、歴史をどんな主観で語るか
が焦点になっているとし、集団自決問題について<しかし、既に書か
れていた教科書の記述を、論争のある時に修正することは、「軍の関
与はなかった」とする史観を新たに採択した意味を持つ。否定できな
い犠牲の歴史が沖縄にある時に、修正しなければならないほど重大な
過誤が従来の記述にあったのか。>と書いています。

元沖縄担当首相補佐官・岡本行夫 なんのための教科書修正か

戦艦「陸奥」、生存者の体験談

1943年6月、山口県の桂島沖で謎の爆沈をした戦艦「陸奥」の数少な
い乗組員の一人の体験談が今日の河北新報で紹介されています。

乗組員1470人のうち、約1210人が亡くなったとされ、生存者も秘密を
守るため、相次いで前線に出されたとのことです。

戦艦『陸奥』の事実後世に 乗組員生存者の布施さん

遺品の日章旗、60数年ぶりに里帰り

先にご紹介しました、ソロモン諸島で戦死された元日本兵士の日章旗
が、今日アメリカより東京都のご遺族の元へ里帰りしました。西多摩
運送株式会社のご協力のおかげで、異例の早さで返還が実現したもの
です。

幸いご高齢のご兄姉がご健在で、60年以上も経って、まさか遺品が帰
ってこようとは、言葉にならないくらいと感激していただきました。
快く返還していただいたアメリカ人ご夫妻、その依頼を受けて遺品を
発送してくれた友人、そしてお忙しい中ご遺族を探していただいた西
多摩運送のご担当の方、多くの善意のリレーの賜物です。

これで04年2月サイトを立ち上げて以来、33件目の返還となりました。
これを励みに、今後とも微力を尽くしていきたいと思っていますので、
今後ともご支援をお願いします。

戦争遺留品の返還をテレビで訴え

今朝のNHKテレビのニュースで、あるアメリカ人が戦争遺留品であ
る日章旗を返還したいと訴えていました。その日章旗に見覚えがある
と思って調べてみましたら、何と去る6月6日、「新たな戦争遺留品(F058)
でご紹介したのと同じ物でした。

ニュースはここ↓で見られますので、ご覧ください。

日の丸の持ち主は武田さんか

なおニュースでは、元の持ち主の姓は「武田」と伝えていますが、こ
れは兵士の名ではなく、送り出した側の署名ではないかと思います。

戦時下の紙芝居再演

高齢者の皆さんなら、昔懐かしい街頭での紙芝居をご存知でしょう。
この紙芝居にも、戦時中は戦意高揚のため、「国策紙芝居」と呼ばれ
る作品が登場しました。私たち当時の子供は、こういうものでもマイ
ンド・コントロールされていったのです。

昨日の朝日新聞大阪本社版夕刊は、この「国策紙芝居」が今日の午後、
大阪で実演されると報じています。

紙芝居は平和のあかし 21日に戦時下の作品再演 大阪

「ポンコン隊」、「月の中のうさぎ」など、当時の作品を憶えておら
れる方がおられましたら、思い出をお聞かせください。

バターン死の行進に対する責任は?

拙サイト " Let War Memorabilia Come Home" へ、あるアメリカ人か
ら概略次のようなメールが寄せられました。

<伯(叔)父がフィリピンから持ち帰った2枚の旗をお返ししたと思
っています。しかし、バターンにおける米国兵士の待遇に対し日本政
府が責任を取るまでは、お返しできません。もし責任が取られたなら、
お返しします。>

バターン“死の行進”に対する日本政府の見解およびその責任の取り
方について、お詳しい方がおられましたら、お教えください。

参院選と歴史認識

いよいよ参議院選挙が始まりました。「年金」や「政治とカネ」で盛
り上がっていますが、近隣外交の推進も重要なテーマではないか、そ
れには歴史認識を明らかにすべしと、今日の北海道新聞の社説は述べ
ています。

近隣外交*参院選*歴史とどう向き合うか
< 自民党の公約には「近隣諸国との友好関係をさらに深化させ」な
どとあるだけで、中国や韓国との関係についてはいかにもおざなりだ。
 近隣の国々との信頼を醸成していくうえで、靖国問題は避けて通れ
ない。共産党や社民党は公約で、首相の靖国参拝に明確に反対してい
るが、民主党や与党の公明党は言及がない。
民主党には首相に近い歴史認識の議員も少なくない。党としてきち
んと説明する必要がある。
政治的にも経済的にもアジアをけん引するこの三カ国の関係をどう
安定させ、発展させていくか。それは日本の国益を考えることでもあ
る。与野党ともにもっと論議を深めてほしい。>

余談ですが、選挙といえばメディアによる世論調査が盛んになります。
このような調査の信頼性について以前問題になりましたが、何と一昨
日突然我が家へ「朝日新聞の世論調査です」と電話がかかってきまし
た。

「コンピュータによって無作為にお宅が選ばれました」とのことです。
張り切って答えようとすると、「有権者のご家族のうち二番目に年齢
の高い人」ということで、残念ながら妻にバトンタッチ。

その世論調査は今朝の朝日新聞に報告されていますが、有効回答数
1118のうちには愚妻の清き1票も含まれています。下記でご覧くださ
い。

「比例投票先 民主30%、自民23% 本社連続世論調査

中国は脅威?

12日に書きました「21 世紀の戦争に勝者はあるか?」に対し、ある
元兵士の方から、<4年前ご執筆のものとは思われない新鮮な感じを
うけました。>とのご評価をいただきました。

その後の世界の動きを見ますと、当時考えていた方向へ、世界がます
ます動いていくように思えます。

まず日本では、小泉政権から安倍政権へ変わったとたん、氷結してい
た日中関係が一気に融け始めました。あのタカ派の安倍首相が、取り
巻きを裏切ってまでして、「村山談話」、「河野談話」を認めるなど、
その豹変振りはまったく予想外でした。

その陰には、やはり中国との経済拡大を狙う経済界の意向が働いたの
ではないでしょうか。日本の産業構造は戦前の軍需依存型、高度成
長時代の公共事業依存型から、民需依存型に変わり、今や経済界も、
戦前の戦争志向から、平和志向へと変わってきているのです。

中国側も、江沢民政権から胡錦濤政権に変わり、経済成長のため、歴
史問題には多少目をつむり、日本とも経済関係をより緊密にする政策
に転じました。

またアメリカも、軍産共同体をバックにしたネオコンがしだいに勢力
を失い、やはり膨大な中国市場をにらむ民需産業をバックにした国務
省派が力を増し、ブッシュ政権の対中政策は大きく変わり、北朝鮮戦
略も変わりつつあります。

その間わが国は、中国の脅威をことさら誇張し、平和を唱える人々に
対し空論だとか理想論だとか批判する声がむしろ大きくなってきてい
るようですが、世界の趨勢から考えますと、むしろそのような声のほ
うが時代錯誤的な空論のように思えます。

今日の産経新聞のコラム「正論」に、公文俊平氏が「中国はどこへ行
くのだろうか」という一文を寄稿していますが、その中で公文氏も次
のように書いています。

< 私はかねがね近代文明は前世紀の後半以降、その「成熟局面」、
つまり近代を超える「ポストモダン」ではなく、近代自身がその有終
の美をなす「ラストモダン」の局面、「軍国化」と「産業化」に続く
「情報化」の局面に、入ったと主張してきた。そこでは「進歩」は依
然として理念的価値であるばかりか、現実にも、現代物理学や情報技
術に代表される科学技術の不断の進歩が続くと共に、人びとは「闘争」
や「競争」よりは「共働」を通じて、グローバルな諸問題に対処しよ
うとするようになると予想してきた。現実世界での軍事的・経済的な
成長にはブレーキがかかるにせよ、バーチャル世界での経済成長は過
去に例を見ないほどの速さで持続し、それが、資本主義的な「富のゲ
ーム」に追加される智本主義的な「智のゲーム」の基盤となると想像
してきた。>

公文氏のこの一文も、中国に対する一つの見方として傾聴に値すると
思います。

多摩大学情報社会学研究所所長・公文俊平 中国はどこへ行くのだ
ろうか

戦争体験から見る日本の現状(小田実)

13日と14日の朝日新聞大阪本社版夕刊に作家の小田実さんのインタビ
ュー記事が掲載されました。その中で彼は、自身の戦争体験やべ平連
の活動体験を踏まえて、日本の現状を憂いています。

前にもご紹介しましたように、小田さんは末期の胃がんを患っていま
すので、おそらく病床でのインタビューでしょうが、お元気そうなの
で安心しました。

<そのためには、いい悪いという価値観を入れないで、まず冷厳な
「事実」を把握する。その上で思考は自由に。>

私が「戦争を語り継ごう」で常に心がけていることです。

<否応なくベトナムにかり出されたアメリカ兵にも共感があった。中
国人を殺さなければならなかった日本兵と同じだから。私も、少し年
齢が上だったら徴兵されて加害者になっていたよ。立派な兵隊ではな
かったろうが、自分なりに戦う意味を一生懸命考えて戦ったと思うね。
戦争という装置の中では普通の市民が被害者になり、加害者になる。
残虐行為も犯す。被害者と加害者が一体になるのが戦争のサイクルで
すよ。>

1歳下の元軍国少年として、元兵士の方に対する気持ちはまったく同
じです。

そして最後にこう語っています。

<3ヵ月生きられたらいい。6ヵ月生きられたらもっといい。(中略)
9ヵ月生きたらバンザイ。1年生きたらもっとバンザイ。何を書くかは、
またそのとき考えるよ。>

まったく同じような状況でがんと闘ってきた身として、これを読んで
涙が出てきました。私は好運にして、約1年経ってオフ会のお世話が
できるほど回復しました。小田さんもこの調子なら、きっと持ち前の
バイタリティでがんとの戦いに打ち克たれることでしょう。まだまだ
お元気でいろいろ書き残していただきたいと祈っています。

63 年ぶりに配達された軍事郵便

昨日の山形新聞によれば、ニューギニア島で戦死した兵士が書いたは
がきが、アメリカを経て、63年ぶりに山形県のご遺族に返還されたと
のことです。

時を超え遺言、遺族に 太平洋戦争で戦死の金原さん

私どもの戦争遺留品返還活動でも、山形新聞のご協力により、同じよ
うな軍事郵便のはがきを、山形市のご遺族にお返できたことを思い出
しました。ご遺族のお喜びはいかばかりかとお察します。

しかしまだもう1件、フィリピンで戦死された(と思われる)、舞鶴
市出身の辻清さんが書かれた手紙が残っています。何とか宛名のご家
族ご健在のうちにお返しできればと願っています。

21 世紀の戦争に勝者はあるか?

以下は、約4年目にMLへ投稿した一文です。その後の世界の動きを見
ますと、決して陳腐化したとは思えず、この文で論じた方向へ向かっ
ているように思いますので、再掲させていただきました。

今年の防衛白書に見られるように、中国の軍事的脅威をことさら強調
する向きがありますが、前世紀的、前々世紀的な見方のように思えます。

全文を表示 »

戦争遺留品(F061)の返還先判明

去る8日、「瀧島慶太郎 西多摩運送株式会社氷川営業所」との寄せ
書きがある日章旗のことをご紹介しましたが、今日異例の早さで瀧島
慶太郎様のご遺族と連絡が取れました。

実は西多摩運送株式会社にメールで照会したところ、早速調査してい
ただき、元従業員の名簿になかったのにもかかわらず、いろいろ調べ
ていただいて、判明したものです。

今日電話でお話したのは、慶太郎様の甥御さんでしたが、90歳代のご
兄姉がご健在とのことで、どうにか間に合って、たいへん嬉しく思っ
ています。

今までも同じようなケースで、いくつかの企業に調査をお願いしまし
たが、何分60年以上も前のことで、ほとんど不明のことが多く、中に
はナシのつぶてもある中で、西多摩運送のご担当の方には、深く感謝
したいと思います。

これを励みに今後も戦争遺留品の返還に微力を尽くしていきたいと気
持ちを新たにしていますので、引き続きご支援をお願いいたします。

従軍慰安婦問題を学び発信する女子学生たち

今日の朝日新聞大阪本社版夕刊に、従軍慰安婦問題について、韓国の
元慰安婦と交流するなどして研究し、その結果を講演や本で発信して
いる神戸女学院大学の学生グループを紹介しています。

従軍慰安婦問題を学び発信する女子学生たちの活動が本に

こういう若い人たちが戦争を語り継いでいってくれるのは頼もしいで
すね。

新たな戦争遺留品(F061、F062)

去る3日ご紹介しましたアメリカ・オハイオ州の地方紙を読んで、ソロ
モン諸島から持ち帰られた日章旗2点の返還協力の依頼が在米の友人
の元に寄せられました。

その一つは寄せ書きからは元の持ち主が特定できませんが、もう一つ
は「瀧島慶太郎」さんが持っておられたものに違いありません。「西
多摩運送株式会社氷川営業所」と書いてありますので、瀧島さんは同
所の従業員であったことが考えられます。

西多摩運送株式会社は現存する会社で、同社のHPによれば、1944年
4月設立とありますので、この旗はそれ以降に出征された兵士に送ら
れたものと思われます。

旧日本軍人の遺留品」の「日章旗 (F051~ ) 」のページに、F061
およびF062として掲載しましたので、また何か情報がありましたら、
お寄せください。



盧溝橋事件から70年

ちょうど70年前の7月7日、北京郊外の盧溝橋で起こった発砲事件がき
っかけで、日中は本格的な戦争に突入しました。いわゆる日中戦争で
す。

今日は日本では七夕の日として知られていますが、中国では「七七事
変」の起こった民族屈辱の日として記憶されています。このように、
日中両国では歴史認識の違いがありますが、それを乗り越えて、相互
理解の関係を築いていかねばならないと、今日の朝日、中日・東京の
各紙の社説は述べています。

盧溝橋事件70年―もう一歩、踏み出す勇気を」(朝日)
< そうした中で、日本の首相が南京を訪れてはどうだろう。小泉前
首相や村山元首相は在職中、盧溝橋の抗日戦争記念館を訪れた。論争
は専門家に任せ、現地を訪ねて慰霊する。中国の人びとからも、国際
社会からも歓迎されるはずだ。>

「『盧溝橋』70年 『歴史』のとげ克服を」(中日・東京)
< 両国の各界がこうした反省を共有する必要があるのではないか。
日本側は歴史を直視し、中国は歴史を政治問題化しない思慮深い態度
こそ、日中戦争以来の禍根を乗り越えることにつながるだろう。>

沖縄集団自決をめぐる秦郁彦氏の意見

今日の産経新聞のコラム「正論」に、現代史家と称する秦郁彦氏が
沖縄の集団自決についての一文を寄稿しています。

この中で、秦氏は「情緒過剰な記事が並ぶ」と報道を批判するととも
に、次のように書いています。

< ところが、研究者でも集団自決や慰安婦の強制連行を証する軍命
令が見つからないのは、終戦時に焼却したからだとか、個々の命令は
なくても戦前期の天皇制や軍国主義教育に起因すると強弁する人が少
なくない。>

「【正論】現代史家 秦郁彦 沖縄集団自決をめぐる理と情

果たして軍が集団自決の正式な命令を下したかは、私も疑問を持ちま
すが、しかし集団自決が「戦前期の天皇制や軍国主義教育に起因する」
というのは決して強弁ではなく、当時の空気を吸っていた日本人には
ごくふつうに考えられることだと思います。

私自身ももしそういう立場にあったなら、例え命令があろうとなかろ
うと、子どもながらも、集団自決すべきと考えたでしょう。私より1
歳年上の、やはり「軍国少年」であったという秦氏が、それを「強弁」
というのは違和感を感じざるを得ません。同年輩の皆さんはどうお感
じでしょうか?

「集団自決」検定、沖縄の撤回要求を文科省拒否

教科書検定の「集団自決」に関する問題で、沖縄の県、県議会、県市
長会、県市議会議長会、県町村会、県町村議会議長会の代表6人が、
昨日文科省を訪ね、検定撤回と記述の回復を求めましたが、文科省は
撤回には応じられない考えを示しました。

「『集団自決』検定、沖縄の撤回要求拒否 文科省」(琉球新報、5
日)

これについての今日の琉球新報の社説です。

検定意見撤回要請 軍命の事実は消せない
<改正学校教育法の教育目標に盛り込んだ「国を愛する心」を育てる
一環として「軍命」の削除があったのではないかとの疑念もわく。>

韓国、強制連行被害者支援法を可決

残留孤児、シベリア抑留、空襲被害など、戦後補償の問題がいろいろ
議論になっていますが、韓国では昨日、日本植民地時代に海外に強制
連行された韓国人被徴用者を対象に「慰労金」を支給する「国外強制
動員犠牲者等支援法」が可決されました。ただし、被害者団体が当初
要求した水準には至らず、日韓両政府に対する戦後補償要求運動は今
後も続きそうとのことです。

韓国:強制連行被害者支援法を可決 生存者にも慰労金」(毎日、
3日)

新たな戦争遺留品(P021)

アメリカでもう30年も戦争遺留品の返還活動をやっています友人のこ
とが、地元のオハイオ州トレドの地方紙で紹介されました。下記をご
覧いただければ幸いです(英文ですが)。

Toledo physician has mission to repatriate World War II
relics


このような報道もあってか、このところアメリカから、戦争遺留品返
還の要望が次々に寄せられますが、 今回はオクラホマ州に住むある
アメリカ人からです。アメリカ陸軍軍人だった父上(83歳)が、1945
年4月、フィリピン・セブ島の洞穴で、遺棄されていた日本兵の鞄か
ら見つけ、持ち帰った2枚の写真をぜひお返ししたいとのことです。

そのうちの1枚に写っているのは、胸に「花中」とマークのある柔道
着姿の青年。裏面には、「高橋理祐 六原道場青教生」とあり、持ち
主だった兵士の親友と推察されます。

試しに「高橋理祐」をインターネットで検索してみますと、岩手県花
巻市のある商店の代表者としてその名がありました。「六原道場」と
いうのは戦前・戦中岩手県にあった青年練成の道場で、「花中」は旧
制花巻中学かと考えられます。

そこでこれは可能性が高いと、ネットに書かれていた番号に電話をし
ますと、ずばりご本人が出られました。そしてお孫さんのアドレスへ
メールで写真のファイルを送りますと、やはり本人のお若い時の写真
に間違いありませんでした。

その高橋さんの証言から、写真の元の持ち主は、岩手県立花巻中学校
(現:岩手県立花巻北高校)時代の同級生「木村武夫」さんと判明し
ました。木村さんは、旧制中学時代、岩手県代表としてスキージャン
プの全国大会にも出場され、また柔道の大将としても活躍されたスポ
ーツマンだったそうですが、残念ながらフィリピンで戦死されたよう
です。

木村さんは、お父さんが北海道に勤務されていた関係で、お祖父さん
の郷里である花巻に寄宿されて、花巻中に通われたのですが、ご両親
は京都府亀岡の出身だそうです。

もう1枚の中年夫婦らしい2人の写真は、高橋さんによればそのご両親
ではないかとのことです。写真が入っていたカバーには、「春木写真
館 京都府亀岡町」と書いてあるのも符合します。このカバーには、
「木村留之助 六十二才」と手書きされていました。

そこでまたインターネットで検索して、現亀岡市のハルキ写真館へ電
話しましたが、もう当時の記録はないし、先々代も最近亡くなったの
で、写真を送ってもらってもわからない、木村姓はこの辺に多いので、
心当たりもないとの返事でした。

このように、インターネットのおかげでご本人の氏名までは確定され
ましたが、ご遺族の所在まではフォローできません。これらの写真は、
下記サイトの「写真( P009~)」のページにP021として掲載しまし
たので、また何か情報がありましたら、お寄せ願います。

「旧日本軍人の遺留品」http://www.rose.sannet.ne.jp/nishiha/iryuhin/index.htm

久間発言に関する各紙社説

原爆投下を「しょうがないなと思っている」という久間防衛相につい
て、昨日の西日本新聞に引き続き、今朝の各紙も一斉に社説で採りあ
げています。産経のみはコラムで採りあげています。


「久間発言―思慮のなさにあきれる」(朝日)
< 久間氏は昨日、「被爆者を軽く見ているかのような印象に取られ
たとすれば、大変申し訳なかった」と弁明したが、印象や説明の仕方
の話ではない。認識そのものが問題なのである。 >
http://www.asahi.com/paper/editorial.html


「久間防衛相 何と軽率で不見識な発言か」(毎日)
< 核兵器使用による惨劇は広島、長崎で最後にしようと日本は国を
あげて核兵器廃絶に取り組んできた。その意味でも久間氏の発言は国
の基本方針に反し、核廃絶の努力に冷水を浴びせる軽率で不見識なも
のだ。安全保障を担当する閣僚だけになおさら責任は重い。>
http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/shasetsu/


「またも立場忘れた久間発言」(日経)
< 久間章生防衛相の発言がまたも問題になっている。個人としての
発言には言論の自由があるが、閣僚、しかも防衛相の立場では言動に
自己抑制が働かなければ、内外で混乱をまねく。久間氏はどうやら過
去の学習効果がなかったようであり、閣僚としての適格性に疑問符が
つく。安倍政権には一層の打撃となる。>
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20070701AS1K0100101072007.html


「防衛相発言*核廃絶に逆行する暴論」(北海道)
< 原爆投下を是認するような物言いで、核問題を担当する防衛相に
あるまじき、辞任に値する暴論である。>
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/editorial/35604.html


「久間防衛相発言/無神経にもほどがある}(河北新報)
<  被爆国としてのわが国は、非核三原則を堅持し、世界の核廃絶を
訴え続け、リードしていかなければならない。核をめぐる発言、とり
わけ閣僚の発言は殊更慎重を期す必要がある。世界の信用を勝ち得な
ければ、前進しないからだ。>
http://www.kahoku.co.jp/shasetsu/2007/07/20070702s01.htm


「防衛相発言 原爆容認は無知の露呈」(中日・東京)
<  投下した米側の論理そのものであり、被爆者や広島、長崎の市民
などから悲しみ、憤る声が上がったのは当然である。二つの原爆では
二十数万人の命が奪われ、いまなお二十万人以上が苦しんでいる。久
間氏はそれらの人の墓前、面前でも「しょうがない」と言えるのだろ
うか。>
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2007070202028890.html


「防衛相発言/核廃絶の決意が疑われる」(神戸)
<久間防衛相が講演でこんな発言をした。米国による広島、長崎への
原爆投下を容認したとも受け取れるもので、耳を疑う。久間氏が長崎
の選出だけに、なおさらだ。>
http://www.kobe-np.co.jp/shasetsu/index.shtml


「久間防衛相発言 核廃絶への思いどこに」(中国)
< 核兵器廃絶は、世界唯一の被爆国である日本の使命である。その
政府の閣僚で、ましてや国民を守るのが任務の防衛相である。そうし
た自覚は果たしてあるのか。>
http://www.chugoku-np.co.jp/Syasetu/Sh200707020096.html


「原爆投下『是認』 被爆者を踏みにじる暴言/内閣のレベルが問わ
れる」(琉球新報)
< 首相も首相だ。これだけ批判を浴びている久間氏の発言を「米国
の(当時の)考え方について紹介したと承知している」とし、問題は
ないとの認識を示した。そうであれば、補足した首相の「核を廃絶し
ていくのが日本の使命」という言葉が薄っぺらに聞こえる。>
http://ryukyushimpo.jp/news/storytopic-11.html


「産経抄」(産経)
<雑賀忠義広島大学教授の考案によるこの碑文は、昭和27年の碑建 
立当時から、「主語」をめぐって論議を呼んできた。素直に読めば、
原爆投下は、日本人に責任があるということになる。この碑文をりが
たがる人たちに、久間発言を非難する資格はない。それにしても、広
島と長崎になぜ原爆が投下されたのか。>
http://www.sankei.co.jp/ronsetsu/sankeisho/070702/sks070702000.htm

宮沢さんの遺言

今朝の中国新聞のコラム「天風録」は、先日亡くなりました宮沢喜一
元首相の徴兵検査時のエピソードを紹介し、そして次のように書いて
います。

<▲戦後政治の否定は、戦争ができる国への道につながる、との懸念
があったのかもしれない。語り終えると、「頼みますよ、皆さん。平
和を守っていくのはあなたたち若い人なのですから」と、その場にい
た記者を一人一人見回した▲今、安倍晋三首相は「戦後レジーム(体
制)からの脱却」を目指す。原爆投下について、久間章生防衛相から
「あれで戦争が終わったのだからしょうがない」との乱暴な発言まで
飛び出した。宮沢さんの「頼みますよ」は、この国への遺言と受け止
めたい。>

宮沢さんの遺言

久間防衛相発言

久間防衛相が昨日、原爆投下について「しょうがない」と発言し、波
紋を呼んでいます。それを言うなら、1945年2月に、近衛文麿が天皇
に戦争中止を上奏した時に、なぜ戦争を止めなかったのかというべき
でしょう。その時に戦争を止めておけば、原爆投下も、ソ連参戦もな
かったはずです。

先日情報保全隊の情報活動が問題になったとき、憲兵・特高の怖さを
知っている人がもっと多い時代なら、防衛相のクビは吹っ飛んだこと
でしょうが、今回はさてどうなるでしょうか?

今朝の全国紙は社説で久間発言をまだ採りあげていませんが、長崎を
地盤とする西日本新聞は早速テーマとしています。

被爆国の大臣がこれでは 久間防衛相発言
< 原爆の惨状を体験した私たち日本人が「ノーモア原爆」「核兵器
廃絶」を訴え続けるのも、戦争の歴史を正しく後世に伝えなければと
いう思いからである。それは、日本が世界の中で担わなければならな
い役割でもある。

久間氏の発言は、そうした視点が欠落している。国防・軍事を担当
する防衛相の戦争総括としても、お粗末と言わざるを得ない。戦略・
戦術面だけで、原爆投下の意味を総括すべきではない。久間氏の閣僚
としての資質を疑う。>

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プロフィール

西羽 潔

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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