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原爆投下についてのアジアの声

今日の中国新聞から、

< 原爆資料館(広島市中区)を運営する広島平和文化センターのス
ティーブン・リーパー理事長は30日、館の展示内容を見直す検討委員
会に、中国、韓国人らアジア出身の委員を起用する方針を明らかにし
た。リーパー理事長は中国新聞のインタビューに、「原爆投下を『日
本の植民地支配から解放した』と肯定する考えが根強いアジアの声に
触れながら議論を深め、多民族が共感、納得できる施設にしたい」と
述べた。>
資料館展示見直しに中韓の声

広島平和文化センターが03年に開いた「ヒロシマ・ピースフォーラム」
における、在日朝鮮人被爆者連絡協議会会長の李実根氏の講演から、

< 日本への原爆投下は当然だ、というのが日本による侵略戦争や植
民地支配で苦しんでいたアジアの人々の受け止め方である。一日も早
く戦争が終わってほしい、というのが終戦間際の中国を初めとするア
ジアの人々に共通の願望であった。そのような時に、原爆が投下され
たので、アジアの人々は「原爆の御蔭で日本が敗戦に追い込まれた」
「原爆投下によって我々は解放された」と考えたのは無理のないこと
だったと思う。>
日本は加害責任を明確に 外国人被爆者の半世紀

「大東亜戦争はアジアを欧米の植民地支配から解放するための聖戦だ
った」などと主張する人たちは、こういうアジアの声をどのように聞
くのでしょうか?


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現職閣僚の自殺に思う

一昨日の松岡農水相の自殺のニュースには、まったく驚きました。あ
の鉄面皮の外貌からは、およそ自殺するような人とは思っていなかっ
たからです。

そして現職閣僚の自殺なんて過去にあっただろうかと考え、終戦直後
の阿南惟幾陸軍大臣の自殺を思い出しました。あの時は、子供心にも
当然と思い、決して驚きませんでした。

松岡氏の自殺について、多くの人がコメントしていますが、その中で
気になったのが、石原都知事の「松岡さんは侍だった」という言葉で
す。侍らしく、潔く責任をとって自決したということなのでしょうが、
多くの疑惑に頬かむりしたまま、死んでしまったのは、決して侍らし
いとは思えません。

石原氏はまた、阿南陸相の自刃も高く評価しています。確かにその死
は、軍人=武士としてふさわしい責任の取り方でした。しかし阿南の
取った責任とは、何百万人という部下や国民の命を失わせたことでは
ありません。「一死以テ大罪ヲ謝シ奉ル」という遺書にあるように、
あくまで本土決戦を主張して、天皇の意思に背いたことにあります。

侍は殿様に、帝国軍人は天皇に、「忠節を尽すを本分」とされていま
した。こう考えますと、石原氏の「松岡=侍」説も理解できます。松
岡氏は決して国民に迷惑を掛けた責任を取ったのではなく、総理大臣
に迷惑を掛けた責任を取ったということなのでしょう。

どうも“臣、石原慎太郎”は、軍国少年のメンタリティをいまだに引
きずっているようですね。

戦争を正当化するアニメ教材「誇り」

今日昼ごろテレビを観ていましたら、日本青年会議所制作のDVDア
ニメ「誇り」のことを報道していました。これは同会議所が、<次代
を担う子供たちに確かな歴史を伝え、家族愛、郷土愛からなる国を愛
する心を育む>ために展開している「近現代史教育推進運動」の教材
として作成したものです。

このDVDでは、「日本は自国を守るためにやむをえず戦争した」
「アジアを解放するための戦争だった」との主張が繰り返されていま
す。詳しくは、下記のサイトにシナリオなどが書かれていますので、
ご覧ください。

近現代史教育プログラム 『誇り』」

ところで驚いたことに、文部科学省はこのDVDを使った教育プログ
ラムを今年度の「新教育システム開発プログラム」の委託事業として
採用しています。また青年会議所の会頭から、「美しい国づくりに生
かしていただければ」として、安倍首相にこのDVDが贈られたとの
ことです。

詳しくは次の新聞記事をお読みください。
侵略正当化へ“洗脳”」(しんぶん赤旗、18日)

この記事にあります、5月17日の衆院教育再生特別委員会における石
井郁子議員(共産党)の質疑の模様は、次の中継録画で視聴できます
(「石井郁子 ( 日本共産党 )  16時 00分  20分」をクリックして
ください)。
http://www.shugiintv.go.jp/jp/video_lib3.cfm?deli_id=35430

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山西残留日本兵・安井清氏の回想談
中国の山西省で、終戦後も残留して、国府軍に合流、中共軍と戦っ
た、いわゆる山西残留兵の証言

山西省で日華事変を体験した人の戦争体験談
日中戦争の戦火を受けた中国・山西省の住民の体験談。旧日本軍によ
る蛮行の数々など

なお、お奨めの戦争体験記のサイトがありましたら、お知らせくださ
い。

虎頭要塞攻防戦

今日の朝日新聞大阪本社版夕刊は、次のように伝えています。

<第2次世界大戦で最後の激戦となった日ソの旧満州・虎頭要塞攻防
戦の実態を調べる旧ソ連領の本格調査が初めて実現する。93年から中
国側と同攻防戦の共同調査を進めてきた日本の民間研究者の働きかけ
に、ロシア側が受け入れを表明した。>

この虎頭要塞攻防戦については、日中共同で学術調査を進めてきた
「虎頭要塞日本側研究センター」のウェブサイトをご参照ください。

http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/kotou-top.htm

「軍艦マーチ」とニヒリズム

皆さんは、「軍艦マーチ」と聞いて、どういうイメージを持たれるで
しょうか? 軍国少年だった私は、当時ニュース映画で観た、波を蹴
立て、軍艦旗をひらめかせて進むわが帝国海軍の連合艦隊の勇姿や
「守るも攻めるもくろがねのォ~♪」と歌いながら遊んだ戦争ゴッコ
などが頭に浮かんできます。

文芸批評家の新保祐司氏(1953年生まれ)は、今日の産経新聞のコラ
ム「正論」に、<私のような戦後世代にとって、この曲はパチンコと
ともに記憶されるようなものになってしまった>と書いています。

そして、<佐世保で100年前に戦艦三笠の上で鳴った「軍艦マーチ」
は、先の戦争中にさかんに演奏され、この行進曲の下に多くの日本人
が戦った。そういう意義深い音楽を、敗戦後の日本人が娯楽の場でか
けて聞いたということ、私はここに戦後の日本に巣くう敗戦からの一
種のニヒリズムを感じるのである。>と述べています。

当時の日本人が、敗戦からくる虚脱状態の中で、いわばやけくそにな
って、「軍艦マーチ」の曲に乗って、パチンコ玉を弾いていたという
ことでしょう。しかし私には、過去の軍国主義の権威も地に落ちて、
新しい平和の時代が来たことを奏でる行進曲のようにも聞こえました。

そして新保氏は、次のように書いています。

<戦後レジームからの脱却ということも、まずこの「軍艦マーチ」の
戦後の取り扱いに見られるようなニヒリズムの超克が前提であろう。
戦後的ニヒリズムが浸透した精神で、憲法改正や教育再生を検討して
も真の「内発的な」改正や再生にはならない。>

私にとっての戦後レジームとは、戦争の反省から生まれた新しい民主
主義国家、二度と戦争しない平和国家でしたが、新保氏や安倍首相の
言うそれは、敗戦による負け犬根性から生まれた体制のようです。

そして彼らが“戦後ニヒリズム”を超克して目指す「美しい日本」と
は、栄光に輝く「大日本帝国」的なものの再建にあるように思えます。

世代によって、人によって、「軍艦マーチ」のイメージもまたいろい
ろのようです。各世代の皆さんのご意見をお聞かせください。


【正論】「敗戦からのニヒリズムの超克を」(文芸批評家、都留文科
大学教授 新保祐司 )

英国機密文書に昭和天皇の日中戦争感

今日の毎日新聞ウェブ版によりますと、昭和天皇の肉声などを記録し
た英国政府の機密文書が見つかり、その中で昭和天皇が日中戦争が勃
発した頃、「その方向(中国を敵ではなく友人とする)に、すべて
の努力を傾けなければならない」と語ったことが記されているとのこ
とです。

昭和天皇:英国機密文書に“肉声”『日中事変で深い懸念』」

なおこれらの機密文書の一部は、明日発売の下記の本に掲載されてい
るそうです。

徳本栄一郎著 「英国機密ファイルの昭和天皇」(新潮社)

講演会「八十五歳の戦争論 -元日本軍兵士による詩の朗読とトーク-」のご案内

「戦争を語り継ごうML」では、次のように講演会を開きます。講師
は“浪速の反戦詩人”で知られる井上俊夫さんで、ご自作の詩を中心
に日中戦争の従軍体験など、貴重なお話を伺いできると思います。

メンバー以外の方のご来聴も歓迎していますので、ぜひご参加ください。

月日  7月7日(土)

【講演会】14時~16時30分
「八十五歳の戦争論
  ――元日本軍兵士による詩の朗読とトーク――」
講師:井上俊夫さん
会場:神戸学生青年センター(阪急神戸線・六甲下車、徒歩3分)
会費:600円(学生300円)

【交流会】17時~19時ごろ
会場:六甲苑(阪急神戸線・六甲駅前)
会費:3000円(学生1000円)

主催  戦争を語り継ごうML
  神戸学生青年センター

●井上俊夫さんのご紹介
1922年、大阪の近郊農家に生まれる。詩人。
1942年より46年まで捕虜生活も含めて足掛け5年、日中戦争に
従軍。
戦後、農民運動に参加。57年『野にかかる虹』でH氏賞受賞。06
年に「先達詩人顕彰」受賞。
帝塚山学院短期大学、朝日カルチャーセンターなどで長年「文学講座」
を担当した。
主著に『農民文学論』『わが淀川』『葦を刈る女』などあり、戦争関
係では『従軍慰安婦だったあなたへ』(かもがわ出版)『八十歳の戦
争論』(同上)『初めて人を殺す』(岩波現代文庫)がある。

ホームページ「浪速の詩人工房」

●会場へのアクセス
下記サイトをご参照ください。
神戸学生青年センター」( TEL:078-851-2760)
六甲苑」( TEL:078-821-4868)

参加ご希望の方は、かならず事前に氏名を明記の上、下記アドレスへ
お申し込みください。なお学生の方は「学生」と明記してください。
また交流会へもご参加の場合は、その旨お書きください。

nishiha@rose.sannet.ne.jp

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惨烈の時代
1943年、国民学校入学前後の体験に基づくエッセイ

祈りの島~沖縄慰霊の旅
沖縄戦の体験者を訪ねたルポルタージュ。戦後60周年記念の十勝毎日
新聞の特集記事

嘉義丸のうた

今日の琉球新報のコラム「金口木舌」は、「嘉義丸のうた」について
書いています。嘉義丸とは、64年前の1943年5月26日、大阪から那覇
に向かう途中、米軍の魚雷攻撃を受け奄美大島沖で沈没した貨客船で、
幼児から老人まで321人が船と運命を共にしました。

「嘉義丸」および「嘉義丸のうた」については、三輪祐児さんのサイ
ト「戦時下に喪われた日本の商船」に詳しく紹介されています。

「嘉義丸のうた」の歌詞の一部をご紹介します。

 (1番)散りゆく花はまた咲くに/ときと時節が来るならば/死に
逝く人は帰り来ず/浮き世のうちが花なのよ
 (5番)ああ憎らしや憎らしや/敵の戦艦魚雷艇/打出す魚雷の一
弾が/嘉義丸船尾に突き当たる
 (6番)親は子を呼び子は親を/船内くまなく騒ぎ出す/救命器具
を着る間なく/浸水深く沈みゆく
 (9番)波間に響く声と声/共に励まし呼び合えど/助けの船の遅
くして/消えゆく命のはかなさよ

下記サイトで、朝崎郁恵が歌う歌の一部を試聴できます。
http://www.ongen.net/search_detail_track/track_id/tr0000196906/

新たな戦争遺留品

P019-01


あるアメリカ人から、旧日本軍人の遺留品であるはがきと写真を返還
したいので、協力をお願いしたいとの依頼がありました。フィリピン
と中国で従軍した元海軍の父上の遺品の中にあった物とのことです。

この内、はがきの差出人は、「菱(?)派遣塁第一四四七部隊水庭隊
 菊川利雄」とあり、宛先は中国・青島市の「椎葉芳利」となってい
ます。昭和20年の1月および4月に発送されたと思われます。

拙サイト「旧日本軍人の遺留品」の「手帳・日記・手紙」のページに
T013として、また「写真」のページに P019として、掲載しましたの
で、何か情報がありましたら、ぜひお知らせください。

マニラ市街戦についてのお尋ね

某テレビ局の番組制作を請け負っている会社から、次のような依頼が
ありました。

「昭和20年2月~3月にかけて フィリピン・ マニラで繰り広げられた
マニラ戦についての番組を放送予定です。現在、当時のことを知る方
を探していますので、該当者をご存じしたら、ご紹介ください」

もし該当する方をご存じでしたら、お知らせください。

「認識票」についてのお尋ね

千葉県の方から、アメリカ人から頼まれたとして、旧日本軍の遺留品
である「認識票」を返還したいので協力してほしいとの依頼がありま
した。

真鍮製楕円形で「空九九四八 ろみ第133番 B」と刻印がありま
す。この「認識票」について、次の点お教えください。

(1)刻印されている番号の意味
(2)番号から元の所持者を特定する方法は
(3)その他、「認識票」にまつわる思い出など

「旧日本軍人の遺留品」の「その他」のページにM032として掲載し
ていますので、ご覧ください。
http://www.rose.sannet.ne.jp/nishiha/iryuhin/

「河野談話」の見直しを(産経)

安倍首相がアメリカの議会や大統領に謝罪して、なんとか従軍慰安婦
問題の火を消そうとしているのに、今日の産経のサイトでは、署名入
り記事で「河野談話の検証が必要だ」と、また油を注ぐような主張を
しています。

河野談話の検証が必要だ 『聞き取り調査』公表せよ

ふとその上をを見ると、大前研一氏のメルマガの広告が出ていました
(今はもう出ていないようですが)。彼は先日 [no_more_war:17247]
でご紹介しましたように、 次のように主張しています。

< 今回、従軍慰安婦の証拠となる資料が明らかになったのだから、
もっと積極的に使って、安倍首相や下村官房副長官の行動に封をして
もらわないといけない。そうでないと対米関係、フィリピンや東南ア
ジア、中国や韓国との関係まで悪くなっていくことは避けられない>

また今日の産経の「主張」では、安倍首相のブレーンである岡崎久彦
氏が次のように書いています。

< アメリカの政府も議会指導者も日本の釈明を受けいれた。議会の
決議案審議の結果如何に関わらず、この問題は今後の日米問題から遠
ざかっていっている。南京事件70周年を迎え、今後も歴史問題で曲
折がありそうなこの年において大きな意味のある訪米の成果であった
と思う。
 今でもなお、謝罪は旧日本軍、ひいては国家としての日本の名誉を
傷つけるものとして釈然としない人々は、強制の有無を問題にして事
実を徹底調査して問題の黒白を付けることを主張している。
 私はそれは無用のことと思う。常識で考えれば良いことだからであ
る。>
元駐タイ大使・岡崎久彦 安倍総理訪米と慰安婦問題の行方

右派の論客たちも、いろいろ混乱しているようですね。

語り継ぎたい「沖縄戦」(沖縄県民世論調査)

本土復帰35周年を迎えるのを前に、沖縄タイムス社は県民世論調査を
実施しましたが、今日の社説でその結果について論じています。その
中から、沖縄戦に関する部分を引用します。

< 今回の調査で日本軍関与の記述・削除への賛否を聞いたところ、
「反対」が81・4%、「賛成」が8%、「分からない」が10・6
%だった。

 反対理由は「沖縄戦の歴史を歪曲するから」(52・4%)「『集
団自決』の現実を伝えていないから」(37%)などの順に多い。

 約八割が検定結果に疑問を投げており、支持政党の党派の枠を超え、
反発が広がっているのが大きな特徴だ。

 沖縄戦について、日々の暮らしの中で「よく話す・聞く」「時々話
す・聞く」が合わせて58%だった。

 「沖縄戦の体験について次の世代に語り継ぎたいか」との質問では、
「すすんで語り継ぎたい」(51・3%)、「尋ねられたら話す」
(40・1%)と九割余が継承の必要性を感じている。

 教科書検定の動きに反応したのか、「すすんで語り継ぎたい」が十
年前調査と比べて15ポイント余も増えた。

 沖縄戦をどう継承していくかが問われているが、歴史の事実を直
視する重要性について、県民の間で共通認識ができつつあると言え
よう。>

「〔復帰35年調査]語り継ぎたい『沖縄戦』」


沖縄では、他の地域よりも「戦争を語り継ごう」の意欲が強いようで、たいへん心強く思われます。

ヨシコが燃えた

今朝の朝日新聞大阪本社版は、最近「新編 ヨシコが燃えた」を出版
した詩人・たかとう匡子さんを紹介しています。

たかとうさんは、62年前国民学校1年生の時、兵庫県姫路市で空襲に
遭い、いっしょに逃げていた当時4歳の妹を亡くしました。その思い
出を一生背負い、その時の情景を繰り返し、詩に表現してきました。
今回出版した著作は、その集大成です。

<ヨシコの / 腕の/胸の / 皮膚がぺろんとずり落ちて / ローソク
の火が揺れるたびに / 水ぶくれがつぶれ / めくれた皮膚が光る /
頭が / 顔が / 焼き茄子のように焦げている / 荒々しい呼吸がつづ
く / ヨシコの口がうごく / オ・カ・ア・チ・ャ・ン / といってる
かのように>

たかとうさんのことは、05年8月の神戸新聞の特集「戦後60年 記
憶を託す II 」でも採りあげられています。

〈ヨシコが燃えた/焼夷弾が/舞いながら/火の粉吹きあげて落ち/
それから/爆風に飛ばされて/高架下の橋げたまで/空き缶のように
転がっていった/ヨシコとふたりして〉

〈叩(たた)きつけられ/突き飛ばされ/もぎとられ/失心してしま
った数秒後/眼の前の/枯れ草の傍らで/燃えていた/焼けていた/
ヨシコ〉

〈助かった!/ふるえながら一息ついたとき/オテテ キレイニ チ
テ/ヨシコの唇はたどたどしく動いて/そのまま/息絶えてしまった


〈自転車の荷台にくくりつけた/そうめんの箱に/ヨシコの亡きがら
を/白い小菊で/埋めていった〉

一つひとつの死 -高校生が撮った空襲-

「新編 ヨシコが燃えた」については、下記サイトもご覧ください。

<「国民学校一年生」7歳の「私」が4歳の「ヨシコ」を連れて、
「焼夷弾が/舞いながら/火の粉噴きあげて落ち」る下を逃げ惑う、
そんな姿を想像してみてください。戦争が出来る“美しい国”になろ
うとしている現在、ぜひ読んでいただきたい1冊です。>
http://homepage2.nifty.com/GOMAME/2007/04/070410.htm

憲兵が連行、慰安婦でオランダ新史料

今日のベルリン発共同通信は次のように伝えています。

<太平洋戦争時の従軍慰安婦問題で、日本占領下のインドネシアで憲
兵らが直接、女性を連行して慰安所で売春を強制したことを記述した
オランダ政府の公文書が10日までに見つかった。旧日本軍による
「狭義の強制性」を否定した安倍晋三首相の発言の矛盾を裏付ける新
史料として注目される。>

憲兵が連行、売春強制 慰安婦でオランダ新史料」(山陽、11日)

旧オランダ領東インド(現インドネシア)におけるオランダ人女性に
対する強制売春については、去る4月10日、社民党の辻元清美代議士
が質問主意書を提出し、政府が答弁書を回答しています。

質問主意書には次のように書かれています。

<(A)一九四三年三月にジャワ島ブロラで二〇人のヨーロッパ人女
性を日本軍が監禁・レイプしたケース
(B)一九四四年一月、抑留所からマゲランの慰安所に女性たちを暴
力的に拉致したケース
(C)一九四四年二月、抑留所からスマランの慰安所に女性たちを暴
力的に拉致したケース
(D)一九四四年四月、スマランで女性たちを逮捕し、スラバヤやフ
ローレス島の慰安所に移送したケース

 なかでも(C)のケースは「スマラン慰安所事件」として知られてお
り、バタビア臨時軍法会議で、現地日本軍部隊が抑留所にいる若い女性
を暴力的に拉致して慰安所に入れたとして、死刑判決が下されている。
(中略)当該事件については、オランダ人のジャン=ラフ=オハーン
氏が、二〇〇七年二月一五日の米下院外交委員会公聴会で、「日本軍
の将校に連行され、慰安所で性行為を強要された」と証言している>

http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a166168.htm

これらの件に関し答弁書には次のように書かれています。

< オランダ出身の慰安婦を含め、慰安婦問題に関する政府の基本的
立場は、平成五年八月四日の内閣官房長官談話のとおりである。
 御指摘のオランダ政府の報告書の内容は承知しているが、同報告書
はオランダ政府が作成したものであり、これに基づいて、お尋ねの個
々の事例についてお答えすることは差し控えたい。>

http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b166168.htm

首相の靖国供物奉納に関する社説(続)

昨日に引き続き、今朝の新聞の社説をご紹介します。

首相の靖国奉納 騒ぎ立てる問題ではない」(産経)
< 靖国神社は戦没者慰霊の中心施設である。日本の首相が国民を代
表して参拝し、あるいは奉納して、国のために亡くなった人たちを追
悼することは、当然の行為である。>

無用な摩擦生じかねない 靖国神社に供物」(西日本)
< 唯一無二の戦没者慰霊の場として靖国神社を崇敬する人たちがい
る。一方では、戦前の軍国主義的な思想潮流を引きずる存在として、
靖国神社に否定的な態度を取る人々も少なくない。
 だからこそ、この国の最高権力者である首相は、靖国神社との関係に
おいて常に慎重でなければならない。今回の供物奉納は、慎重さに欠け
る行為だったと言わざるを得ない。>

「[首相の靖国供物]きちんと説明すべきだ」(沖縄タイムス)
< 一国の首相として、参拝の是非や対外的な配慮にとどまらず、太
平洋戦争に対する自らの歴史認識などを国民の前で堂々と示してもら
いたい。>

映画「ひめゆり」と「別れの曲」

今朝の朝日新聞のコラム「天声人語」は、沖縄戦で多数の犠牲者を出
した「ひめゆり学徒」について書いています。

http://www.asahi.com/paper/column.html

< 歌われなかったことで、永遠の生命を与えられた歌がある。19
45年春、沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高女の卒業式のために
準備された「別れの曲(うた)」だ。>

この歌は、下記サイトで聴くことができます。
http://www.asahi-net.or.jp/~FY7T-NKMR/kyozai/orion/wakare.htm

< 戦場動員された「ひめゆり学徒」222人は15~19歳だった。
戦闘や捕虜を拒んだ自決により123人が死亡した。生存者の証言を
収めた映画「ひめゆり」が、近く東京で公開される。>

映画「ひめゆり」の公式HP

< 「別れの曲」は毎年の慰霊祭で歌い継がれているが、証言者のう
ち3人が映画を待たずに亡くなった。忘れたくて、一度は砕き捨てた
記憶かと思う。その破片をカメラの前でつなぎ合わせてくれた元ひめ
ゆりたち。かけがえのない「記憶の束」を両手で抱え、次世代に運び
届けたい。 >

天皇と平和憲法

私は、同じ歳の天皇が、われわれの世代の大多数と同じく、過去の戦
争への反省から、平和を志向し、平和憲法を尊重する気持ちを持って
いるのではないかと、これまで何度も述べてきました。AERA5月7
日号も、それを裏付けるような記事を掲載しています。

その中の何人かの証言をご紹介します。

< 言葉だけではない。学習院初等科からの陛下の学友で元共同通信
記者の橋本明さんはこう証言する。「われわれは新憲法の申し子みた
いな世代。陛下はこれまで理屈でなく行動によって、平和憲法のあり
ようをみせようとしてきた」>

< 初等科から高等科までを学習院で過ごし、陛下の「先輩」である
参議院議員の田英夫さんは言う。
「ご夫妻は根っからの『平和好き』。日本国憲法の根幹である第9条
が国民投票で変えられ、戦争を可能にする条文が入ってきたら驚き、
戸惑うだろうな」>

<(前略)9条問題について発言を続けてきた国際政治学者の姜尚中
さんは、(中略)
「僕個人の印象として、今上天皇は日本国憲法に対して非常に強いア
タッチメント(愛着)をもっていらっしゃるのではないか、と。天皇
制を支持する人が『右』といった雑駁な構図には収まらなくなってい
る。奇妙な現象です。政治がポピュリズム(大衆迎合主義)に傾いて
いるいま、天皇が戦後民主主義の象徴として『重し』になるという
『ねじれ』が生じている」>

< 戦後の皇族の語録集『おことば』(新潮社)を編纂した作家の島
田雅彦さんは、
「現天皇はそのお言葉を見る限り、現代思想家の、だれにいちばん近い
スタンスで立っておられるかというと、僕は大江健三郎だと思う」
(「週刊朝日」2006年3月17日号)>

かつてMLで、大江健三郎氏を「反日」と言った若い人がいましたが、
それでは天皇も「反日」ということになるのでしょうか?

天皇家の「戦争を語り継ごう」の一節を、長文ですが引用します。

全文を表示 »

首相の靖国供物奉納に関する社説

安倍首相が靖国神社春季例大祭に「内閣総理大臣」名で供え物を奉納
した件についての、今朝の各紙の社説をご紹介します。

首相と靖国―抜け出せぬジレンマ」(朝日)
< 国際社会の一員としての日本の地位や9条の改憲を望んでいない
世論などの制約の中で、ナショナリズムの地金を小出しにする。そん
なやり方を続ける限り、首相がジレンマから抜け出す道はない。>

首相と靖国 もう『参拝せず』と明言しては」(毎日)
< 従軍慰安婦問題を思い出そう。安倍首相は、旧日本軍の関与を認
めた河野(洋平官房長官=当時)談話の見直し論に、いったんはくみ
するような姿勢を見せながら、日米間がぎくしゃくすると一転、火消
しに回った。その経験は首相にも反省として残っているはずだ。中途
半端な対応はかえって話をこじらせるだけだ。この際、「参拝しない」
と明言するのが最も分かりやすいのではなかろうか。>

「靖国への供物*道理のない宗教的行為」(北海道)
< 参拝にしろ奉納にしろ、憲法の政教分離原則を無視するような行
為なのだ。小泉純一郎前首相の靖国参拝をめぐる各地の訴訟でも、違
憲判断はあるが合憲とする判決はまだないことを、わきまえてもらい
たい。>

靖国神社に供物 総理大臣名で私人とは」(中国)
< しかし、いつまでもあいまいなままでは済まないだろう。私人の
思想、信条をとやかくいうつもりはない。首相が「国のために戦った
方々のご冥福をお祈りし、尊崇の念を表する思いは持ち続けたい」と
いうのも分かる。ただ、一国の首相ともなると「個人の心情の問題」
では片付けられない。信頼回復の一歩を踏み出したばかりの日中関係
を、靖国参拝問題で損なっては元のもくあみである。>

世論と輿論

今朝の朝日新聞のコラム「政態拝見」は、先にご紹介しました「言論
の自由を考える5・3集会
」について書いています。コラムニストの
星浩氏は、この集会の第2部「愛国心・ナショナリズムを問う」の司
会を務めていました。

その中で、パネリストの一人、中島岳志氏の発言を紹介して、<熱狂
する世論がいかに危ういか。ここ数年、政治家やメディアは目の当た
りにしてきた。>と書いています。

中島氏はまた、世論と輿論(与論)を区別して、前者をポピュラー・
センチメント、後者をパブリック・オピニオンと説明していました。
この「世論」論について、中島氏は自身のブログでも説明しています。

「内閣不支持率の急上昇について」
http://www.indo.to/log/nakajima/?itemid=725

戦前・戦中、政府・軍部やメディアは、「世論」を煽り立てましたが、
「輿論」は徹底的に弾圧しました。それが国民をあの戦争に駆り立て
ていったのです。そうの愚をふたたび繰り返してはなりません。

「大東亜戦争」を再考する(小田実)

作家・小田実氏が一昨年毎日新聞に連載した「西雷東騒」の中に、先
の戦争についての見方を表す一文がありましたので、ご紹介します。

彼は、<西洋の植民地支配の下で苦しんで来たアジアの各民族を解放
し、共存共栄の「大東亜共栄圏」を確立する>といわれた「大東亜戦
争」の大義名分が、いかにマヤカシであったかを、帝国議会の秘密会
での議事録から明らかにしています。

「『大東亜戦争』を再考する

軍隊手牒と従軍手帖

従軍手帖


旧日本軍人の遺留品」の中に、いくつかの手帳があります。「軍隊
手牒」とか「従軍手帖」とかいわれるものです。いろいろな名称があ
るので、これらはどう違うか、多くの軍隊経験者に尋ねてみました。

その結果をまとめてみますと、次のようです。

●軍隊手牒
軍人としての身分証明書と履歴書を兼ねた、公式の官給品。手牒の心
得には、「此手牒ハ自ラ保管ノ責アリ」となっていますが、紛失した
場合は懲罰に処すると書かれており、運用上は本人に手渡さず、部隊
の人事管理者が一括保管するケースが一般的だった。「補充兵手牒」
というのも、此れに準ずる物と思われる。給付対象は、陸軍の下士官、
兵。

下記サイトに、「軍隊手牒」の内容の写真があります(左側の文字を
クリックしてください)。
http://homepage3.nifty.com/nononn/gntito/gt.htm

●従軍手帖
軍人向けに一般に市販されていたもの。いわゆる手帳として、各人が
購入、私物として携帯し、自由に記入していた。「皇軍手帖」など、
いろいろな種類があったようだ。

下記サイトに、戦争遺留品である、各種の軍人用手帳(手牒)の写真
を掲載しましたので、ご覧ください。

http://www.rose.sannet.ne.jp/nishiha/senso/techo/

南京事件、事実に基づいた議論を(読売社説)

今日の読売新聞の社説は、南京事件70周年にあたり、今年は映画制作
などいろいろな動きがあるが、まず事実に基づいた議論が重要である
と、次のような社説を掲載しています。

南京事件70年 事実に基づいた議論が必要だ
< 日本と中国の歴史研究者でつくる日中歴史共同研究委員会の作業
が、これから本格化する。そういう場でも、南京事件について実証的
な議論を深めていくことが望まれる。>

「奇跡に生きて」の筆者ご逝去

「戦争を語り継ごう ―リンク集―」に掲載しています「奇跡に生き
て」の筆者・西羅欽介様が、去る4月に兵庫県篠山市のご自宅で永眠
されたとの報に接しました。享年91歳でした。

またお一人戦争の語り部を失うことは、天寿とはいえ、まことに残念
なことです。西羅様を偲んで、今一度このサイトをご紹介させていた
だきます。

奇跡に生きて
元陸軍下士官が、旧満州で終戦を迎え、ソ連軍の手を逃れて、各地を
転々と逃亡、ついに捕らえられて、シベリアへ抑留された後、1947年
に無事帰国するまでの手記

なおこのサイトは、西羅様の手記を私がHP化させていただいたもの
です。このサイトをいつまでも存続させることが故人のご遺志にも副
うことになると思いますが、何分私自身もガン・キャリアの身、どな
たかお若い方に引き継いでいただければと思います。お引き受けいた
だける方がありましたら、お申し越しください。

神風は吹かなかった(小田実)

作家・小田実氏がガンにかかったそうです。下記のサイトに、彼が
知人に書いた手紙が公開されていますが、それによると「末期――
またはそれに近いガン」とのことです。

小田実さんが知人に送った手紙の全文紹介

小田氏は私の1歳年上の1932年生まれですが、数カ月前私も同じよう
な状況にありましたので、全く他人事とは思えません。私は幸い神風
が吹いて、ほぼふだんの生活に戻れるほどになりましたが、小田氏に
も神風が吹くことを祈っています。

小田氏の Web 連載「西雷東騒」の第1回に、「少国民」だった開戦時
の思い出や、玉砕、特攻について書いてありますので、お読みくださ
い。こういう戦争の語り部にはぜひ長生きしていただきたいと願って
います。

神風は吹かなかった

日本は慰安婦の強制連行を認めていた(大前研一)

日経 BP ネットに、経済評論家の大前研一氏が従軍慰安婦について書
いています。この問題について、これまでの経緯と問題点が要領よく
まとめられていると思いますので、ご紹介します。

大前研一:日本は慰安婦の強制連行を認めていた
< 今回、従軍慰安婦の証拠となる資料が明らかになったのだから、
もっと積極的に使って、安倍首相や下村官房副長官の行動に封をして
もらわないといけない。そうでないと対米関係、フィリピンや東南ア
ジア、中国や韓国との関係まで悪くなっていくことは避けられない>

言論の自由を考える5・3集会

昨日は憲法施行60周年でしたが、右翼による朝日新聞阪神支局襲撃事
件から20周年でもありました。この事件を語り継ぐ「言論の自由を考
える5・3集会」(朝日新聞労働組合主催)が昨日、尼崎市で開かれ
ましたので、参加してきました。

第1部のシンポジウム「阪神支局襲撃事件から20年」には、わがML
の飛田雄一さんがパネリストの一人として出演され、凶弾に斃れた
小尻記者の思い出や、市民運動化の立場からのメディアへの注文な
どについて語っておられました。

第2部のシンポジウム「愛国心・ナショナリズムを問う」のパネリス
トは、自民党衆院議員の加藤紘一、ニュースキャスターの筑紫哲也、
北海道大大学院准教授の中島岳志の3氏でした。

この3者に共通の意見としては、この20年間で社会の右傾化が進んだ
こと、そしてそれは何か熱中するものを求めて移ろいやすい世論にも
関係があるということでした。

筑紫哲也氏は「(阪神支局襲撃)事件当時、赤報隊の(犯行)声明文
は衝撃だったが、現在の右派言論はこの程度の内容を当たり前のよう
に語っている」と述べました。

またかつて自民党の保守本流といわれた加藤紘一氏は、「今では自民
党の最左翼」と苦笑し、会場の笑いを誘いました。そして個々人の価
値観が失われた結果、「地上5メートルに糸が切れた風船が何百万と
漂っている感じだ」と話しました。

そして今の右派は、靖国でも従軍慰安婦でも、行き着くところは反米
となるとの意見を述べ、最近右派系の雑誌の売れ行きが落ちているこ
となどから、漂流する風船がまた戻ってくるのではと期待を示しまし
た。

中島岳志氏は、昨年の小泉首相の靖国参拝に際し、直前まで「反対」
が多かったのに、参拝後は一転して「賛成」が多数になったことを
「グロテスク」と表しました。

「戦争と平和の資料館ピースあいち」、明日開館

名古屋市名東区に明日開館する「戦争と平和の資料館ピースあいち」
について、今朝の中日新聞のコラム「中日春秋」が書いています。

http://www.chunichi.co.jp/article/column/syunju/CK2007050302013378.html

この資料館についてのニュースです。

戦争資料館が5月4日開館 痛みや悲しみ、記憶よ永遠に」(中日、
4月27日)

この資料館の建設を推進したNPO法人「平和のための戦争メモリア
ルセンター設立準備会」のウェブサイトです。
http://www.memorial-aichi.jp/

「中日春秋」は、<今は改定への動きが目立つ中で今日、憲法記念日
だ。戦争の記憶から眼をそらさず、胸に刻み直す日でもあろう。>と
書いていますが、まさにそのとおりです。

このような戦争を語り継ぐ施設が、民間の手で作り上げられたことは
すばらしいことと思います。早速観覧された方は、ご感想をぜひお寄
せください。

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プロフィール

西羽 潔

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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